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自然な関係

ここでは、ノーマライゼーションの考え方に則り、人と人、社会と人、それらをつなぐ自然なつながり。そこにある確かなコミュニケーションの創造を求め、私が感じる日々の雑感を書き連ねたいと思っています。

この明るい兆しを書いたのは4月24日のこと。もう10日以上過ぎてしまった。あのときの思いは少し
変わったけど、そのときの思い、感じたことを書き留めておくこと、いいことだと思う。
感じたことを感じたままに、新鮮なうちに…。これって、食べ物と同じ。時間が経つと変色したり、
覚めたりしちゃうから、出来るなら、常に熱い思いを記して行きたいものだ。
GWと言われるこの季節の連休。例年は、あまりいいことはないんだけど、今年は、まずまず、楽しい
休日だった。さぁ、明日からまた戦いが始まる。
特にきょうの給食のナポリタンパスタに添えられていた胡桃入りのサラダは、なんともおいしく、量が少し多いと感じたものの、綺麗に食べてしまった。メインのナポリタンも以前と比べるとそう、格段に違い、おいしかった。さらに嬉しいことに、おまけのようにつけられたパンがこれまたおいしいパンに変わったのだ。「やれば、出来るじゃん」と言いたくなってしまう。
…ということで、出来うる限りここでは、いいこといっぱい書き込みたいな。そう言えば、きょう、
終日降り続いていた雨だけど、午後の日差しが雨のしずくに反射して、眩しく輝く情景を描き出して
いた。やはり、この雨は、春の雨。うっとうしさの中にも、わずかながらも明るい未来を予感したよ
うな気がした。

栄養士は、栄養配分とかカロリー計算が主であり、味覚とは関係ないように思うが、それを踏まえた
うえで、やはり、「料理なるものおいしくなければ…」とは、その新栄養士さんが言ったかどうかは、
わからないが、組織の体制が変わらない中で、これだけその内容を変えることが出来たということは、
あらゆるセクションにたいして、影響力があってもいいはず。いえ、その可能性が期待出来るという
か、一人の人の考え方が、行動力によってその組織がどのようにでも変わり得るということを証明し
たように思える。
とは、残念ながら、誰もここまでは考えていないだろう。
でも、実際、あれだけ、ここ二年間にも渡り給食に出されるサラダや酢の物が食べられなかった私が、
食べられるようになったのだ。
平成25年4月24日 水曜日
きょうは、雨。春雨というより、まだ暖かめの冬の雨といった感じだ。
このところ、マイブログでは、某特別支援学校の批判めいたことばかり書いているが、最近、今年度
になって、驚くほどに良い感じに変わったことがある。
それは、給食である。毎日、生徒・職員が食べている給食の味が格段に良くなった。まぁ、味覚とと
いうものは、人それぞれ、私が「おいしい、旨い」と言っても、他の人は、「いいや、まずい!!」
というかも知れないが、ともかく、私にとっては、かなり、おいしくなったように思う。勿論、給食
代は変わらない。給食スタッフも変わっていないと思う。変わったのは、チーフにあたる栄養士だけ
のようだが、ここまで味が、調理が変わったことには、とっても驚いている。
昨日、あるメルマガに掲載されていたことに、ふと感じた。
「日本の三種の神器と言えば、鏡・勾玉・剣であるが、共通点はなんだと思いますか?
それは、すべて磨くものです。
人生とは自分にないものを嘆くのではなく自分にあるものを磨いていくんです。
磨いていけば
それが、その人の魅力になる!「…とのこと。
出来ないこと、だめなことを愚痴っていてもどうしようもない。それより、出来
ること、可能性に向かって踏み出して行くことがたいせつ、そうそれが人生だと思う。
親しい友達が愚痴るのを電話で聞きいた後、思合わずそう返した。
やっと天気も良くなって、体調も順調に回復。身体が健康だと、気持ちも良くなるもの。不安は拭い
切れるものではないけれど、一歩一歩コツコツと前に歩めば、新たな道が開けるものと…。
また時間に追われる日々が始まった。