本心 | あしたもいっしょ

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生きてりゃ誰もが通る道「わたし編」

私の父母は自営業を営み、父が75歳になった年に、母が区切りをつけて隠居した。
最終日は多くのお客様に惜しまれて、華々しくも清々しい仕事人生の幕の下ろし方だった。
そんな父母を私は心から尊敬し、感謝している。

隠居後は、私と私の夫との同居を望んだ。
知り合いの建築会社にリフォームを頼むことにし、同居に向けての準備が着々と進み始めた。

ある日、夫が一人で父母の家を訪ね、父母は同居することをとても楽しみにし和気あいあいと話をしたそうだ。父は涙を流して喜んでいたそうだ。それを話してくれる夫もとても嬉しそうで、私は幸せを噛みしめた。

その翌日、父母は貸家にしていた持ち家が空き鍵の引き渡しに行った。
その後、父からの電話「あっちに住むことにしたから、同居の話は無しで・・・悪いな」
と、前夜の主人との話はまるでなかったことのように、軽い口調で言った。


夫は相当の覚悟を持って同居に承諾した。
私と違って夫は繊細で優しい人で、人が喜んでくれるなら犠牲を惜しまない人だ。
そんな夫の気持ちを踏みにじった不義理な父母に私は怒りに震えた。
前夜の涙はなんだったんだ?

嬉々として引っ越していった私の親のその後は予想通りだった。
地元に戻りたい。

何度となく地元に帰りたいと言う度、親の気まぐれに私たち夫婦は振り回された。私は年に2回ほど手頃な物件を探すハメになった。5月に母がこうなる前の3月にも仮契約まで進んだところでドタキャンし、私たち夫婦は2人きりで気楽に暮らしていこうと改めて決めた。そんな矢先、母は末期癌の宣告を受けたのだった。

母は本当ならこちらに戻りたい。
でもこれまでの経緯を考えると、私たち夫婦には頼めない。
だからといって息子夫婦のところには行けない。

口に出せない母の本心がチクチクと私の胸に刺さった。