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スキル向上委員会のブログ

skill:スキル(熟練、技)をテーマに日常の出来事、ニュース、情報を主観的、客観的に考え話にしています。作家:愛崎好生・1億人のスキルー人生の参考書を執筆。人生のお役に立てば幸いです。

異世界商人

第3章
香水の完成とラベル作成
ラベルの印刷
ダリオの店で初販売
初めての販売成功
自作香水の量産
マルタの助言
新作香水
マルタの評価
エルマ薬草商
新たな一歩
リーナ商会

 

第3章
◆ 香水の完成とラベル作成
翌朝、窓から差し込む朝日で目が覚めた。体は少しだるいが、動けないほどではない。
 

階下に降りると女将が朝食のパンとスープを出してくれた。昨夜のパンは失ったが、ここで補充できたのはありがたかった。

食事を済ませ、水筒に水を汲んで宿を発つ。朝の空気はまだ冷たく、石畳に朝露が光っていた。

マルタの店に着くと、老女はすでに店先で開店準備をしていた。

ヨシオを見るなり、

遅い!もう日が高くなるよ。さ、入んな。

昨日の原液は、そこにあった。

今日もよろしくお願いします。

出来上がった小瓶をヨシオに差し出し、ほら、嗅いでみな。

ヨシオは瓶の蓋を開けて、中の香りを確認する。

嗅ぐと花の香りがふわっと漂ってきますね。

この香りなら、売れていきそうです。

マルタさん。小さい瓶に小分けしたいので瓶を分けてください。

その小瓶を差し上げます。

小分け用の瓶を棚から出しながら、

10本で200Gだよ。……抜け目ないねえ。

ヨシオは瓶を購入し、1本をマルタに渡した。残り9本。マルタは手首に香水をひと吹きし、目を細めた。

悪くない。いや、正直に言うよ。上等だ。この辺の香水屋が作るものより余程いい。

ただしね、問題がひとつある。ラベルだよ。どこの誰が作ったか分からなきゃ、客は手を出さない。

もっともな指摘だった。ブランドの保証がない商品は、この世界では信用されにくい。

腰に手を当てて、

あんたの名前で売るなら看板が要るね。町の印刷屋は「インク工房ベルティーニ」ってのが東通りにある。
 

紙とインク代合わせて200Gもありゃ、名前と花の絵くらいは刷れるだろうさ。

マルタさん、少し資金を貸してもらえませんか?

ラベンダー香水商売の利益でお返しするので。

じろりとヨシオを見据えた。しばらく無言が続き、やがて大きくため息をついた。

……あんたね、昨日会ったばかりの婆に金を借りようってのかい。

マルタは棚の引き出しをがたがたと開け、中から銅貨を数枚取り出した。
 

300G。利子は利益の三割。返せなかったら精油の仕入れは今後一切あたしを通させない。いいね。

……それから、あたしはこれでも香水の元締めを長年やってきたんだ。
 

素人が商売で躓くのを何十人も見てきた。だから一つだけ言っとく。

最初から大きく出るんじゃないよ。まずは3本売って反応を見な。
 

それで駄目なら駄目、いけるなら続ける。商売ってのはそういうもんだ。

はい。わかりました。

しっかり、利子の三割を払います。

3本売れたら、続けるか、やめるか判断します。

それでは、ラベルを作ってきます。
 

手をひらひら振って、

さっさと行きな。ラベルができたら持っておいで。


◆ ラベルの印刷
ヨシオはマルタから300Gを受け取ると、東通りへ向かった。

「インク工房ベルティーニ」はすぐに見つかった。
 

看板の文字が色鮮やかに刷られており、店内にはインクの独特な匂いが漂っている。

店主のベルティーニは眼鏡をかけた痩せぎすの男で、入ってきたヨシオをちらりと見た。

何か刷り物か。

ヨシオは香水のラベルを作りたいと伝えた。内容は「ラベンダーナの香水」と名前、そしてラベンダーナの花の絵。
 

5本分だけ先に刷ってほしいと頼むと、ベルティーニは紙とインクを選び始めた。

手のひらサイズのラベルだな。1枚20G、5枚で100G。乾くまで半日かかるから夕方に取りに来い。

代金を先払いすると、ベルティーニはさっそく版を彫り始めた。彫刻刀が木を削る小気味よい音が店内に響いた。


◆ ダリオの店で初販売
今日はダリオさんの手伝いをして、日当を稼ぐことにした。

午前中はまだ時間がある。ヨシオはマルタへの借金を抱えている身だ、少しでも稼いでおきたかった。
 

中央広場を抜けて南通りへ足を向ける。

ダリオの青果店に着くと、店先にはもう常連客が並び始めていた。
 

老婆が一人、若い女性が二人。ダリオは忙しそうに野菜を包んでいる。

顔を上げて、

おう、来てくれたか!今日は玉ねぎが大量に入ったんだが、皮剥きを手伝ってくれるか?時給150Gでどうだ。

悪くない条件だった。皮剥きなら力も要らず、昼までに数時間は稼げるだろう。
 

店の裏手に回ると木箱いっぱいの玉ねぎが積まれていた。陽の下での作業になるが、汗をかけば香水の香りも気にならない。
 

むしろ、ラベンダーナの爽やかな香りが玉ねぎの臭いを中和してくれて、常連の女性客がちらちらとヨシオの方を見ていた。

お客様、香水はいりませんか?ラベンダーナの香水ですよ。

玉ねぎの皮を剥く手は止めないまま、ヨシオはさりげなく声をかけた。若い女性客の一人がぴくりと反応した。

興味を隠せない様子で、

香水?この町で香水なんて珍しいわね。見せてくれる?
 

ヨシオはポケットから試供品の小瓶を取り出し、手首の内側にひと吹きして女性に差し出した。

手首を顔に寄せて、

わあ……すごくいい香り。すっきりしてて嫌味がない。

隣から覗き込んで、

ちょっと、あたしにも嗅がせて。

二人目の女性も香りに惹かれ、きゃあきゃあと騒ぎ始めた。ダリオが裏から顔を出す。

苦笑しつつも、

おいおい、商売の邪魔にならん程度にしてくれよ。……しかし、確かにいい香りだな。
 

財布を握りしめて、

ねえ、これどこで買えるの?

私が香水を売ろうと思って、これはサンプルです。

明日はラベルが付いた高級香水として売り出します。

目を輝かせて、

高級って……おいくら?

身を乗り出して、

私も欲しい!明日はどこに行けば買える?
 

二人の食いつきは予想以上だった。女性たちにとって香水は日用品ではなく贅沢品だが、手が届かないほど高価でもない。
 

この町には香水を扱う店が少ないというマルタの言葉は本当だったらしい。
 

玉ねぎを運びながら横で聞いていて、

へえ、お前さん商売人だったな。道理で昨日、花の相場に食いついたわけだ。

客は友人の袖を引っ張って、

ねえ聞いた?明日発売だって。絶対買いに行こうよ!

頷いて、

私、朝一で行くわ。どこに売りに出るの?
 

二人は明日この青果店に買い物に来るついでに、ここで売ってくれないかと頼み始めた。
 

ダリオは困った顔をしつつも、客寄せになるならと悪い気はしていないようだった。

ダリオさん、明日はここで香水を売ろうと思うけどよろしいですか?

頭をがりがりと掻いて、

まあ……邪魔にならん程度なら構わんよ。うちの客がついでに買ってくれるなら悪い話じゃない。

ただし店先を占領するなよ?野菜の並べる場所がなくなっちまう。

手を合わせて、

決まりね!明日ここで待ってるわ!
 

うきうきと、
名前は?あなたの名前。

女性たちの勢いに押されるように、名前を聞かれた。ラベルにも名前が要る。
 

ヨシオは改めて自分の名前を名乗った。

アイザキヨシオと言います。よろしくお願いします。

値段は一瓶500Gでどうかな?

顔を見合わせて、

500G……ちょっと高いけど、香水ならそんなものよね。
 

指折り数えて、

今月のお小遣いぎりぎりだけど……買う。絶対買うわ。

感心したように、

500Gか。パンが5個買える値段だな。……いや、野暮なこと言わんとこう。

500Gという値付けは、マルタの助言通りの中間層向けの価格帯だった。
 

安すぎれば品質を疑われ、高すぎれば手が出ない。女性客たちの反応を見る限り、設定としては妥当なようだ。
 

やがて玉ねぎの皮剥きが終わり、ダリオから日当の150Gを受け取った。夕方にはラベルも仕上がる。
 

明日ここで香水を売る段取りも整った。着々と準備が進んでいく手応えに、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

翌朝早くから目がさめた。

ラベルを受け取りびんに張り付け、香水小瓶をマルタに見せに行った。
 

朝もやの残る早朝、ヨシオはインク工房ベルティーニへ足早に向かった。
 

「ラベンダーナの香水」の文字と花のラベルが綺麗に仕上がっている。5枚受け取って1枚はマルタ用だ。

マルタの店に着くなり、扉を叩く前に中から声がした。

開いてるよ、入んな。

中に入るとマルタはすでに作業台に座って待っていた。香水瓶を手渡すと、ラベルを一瞥し、それから蓋を開けて香りを確かめた。

目を閉じて香りを吸い込んでから、

……昨日より落ち着いてる。寝かせた方が馴染むんだよ、香りってのは。
 

小瓶を台に置いて立ち上がり、ヨシオに正面から向き直った。

ラベルも悪くない。さて、今日は売り子デビューだね。

1本はマルタさんに。

4本は売れたら2000G入るから借金かえします。

片眉を上げて、

4本だけ?あの子たちが朝から並んでるってのに足りないじゃないか。

……まあいいさ、最初はそんなもんだ。

借金は300Gだったね。売れたら利子の三割、90Gをあたしに渡しな。

残りの利益がヨシオの取り分になる。まずは3本売ることがマルタとの約束だ。
 

4本では心許ないが、ないものは仕方ない。


◆ 初めての販売成功
中央広場の時計塔が朝8時を告げた。南通りのダリオの店に急ぐと、すでに女性客が二人、店の前に立っていた。

一人は昨日と同じ若い女性で、もう一人は別の知り合いを連れてきたらしい。口コミの力は侮れなかった。

ヨシオを見つけるなり、

来た来た!ヨシオさん、待ってたわよ!

素早くラベンダー香水を取出し、女性客に販売した。

毎度あり。

またラベルを依頼しマルタに借金を返済した。

二人の女性は迷うことなく500Gを差し出した。
 

一人がもう一人にひと言も言わせず即決、二人目の方は「ずるい、私が先に買いたかったのに」と悔しがる始末だった。
 

ヨシオは丁寧に香水を手渡し、笑顔で見送った。

またそれを見ていた客が私にも売ってと言いだした。

その足で東通りのベルティーニへ走り、追加分のラベルを発注。ついでにマルタのところへ駆け込んだ。

マルタは金を数えて、

元金300G利子90G、確かに。

……で、残りの5本分はどうすんだい。

手元に残ったのは2000Gからラベル代、利子と元金、瓶や器具代金など引くと利益はまだ無い。

ラベルが仕上がるのは明日の夕方。しかし材料の精油はマルタから買う必要がある。

マルタは精油の瓶を振ってみせて、

原液はまだあるよ。2本分なら50G。今度は自分で希釈してみるかい?

自分で原液から希釈して作ることにした。

◆ 自作香水の量産
瓶を購入し詰込みした。

手順を指差しで示しながら、

精油を1、アルコールを9。瓶の口を下にしてゆっくり注ぎな、飛び跳ねるから気をつけな。

ヨシオは慎重に瓶に液体を注いだ。ラベンダーの精油がアルコールに溶けていく様は不思議と神秘的だった。

最後にマルタから受け継いだブレンド技術で香りを整え、小瓶にラベルを貼り付ける。5本完成。

初日にしては上々の滑り出しと言える。

だが材料費や器具、ラベル代を考えると、純粋な利益はまだ無い。
 

量産体制を整えるか、価格を上げるか、それとも別の売り方を考えるか。
 

商人としての腕が試される段階に差しかかっていた。

夕暮れの南通りで、ダリオが店じまいをしながら声をかけてきた。

売上の勘定を終えて、

今日も繁盛だったぞ。お前さんの香水、客足が倍になった。明日も頼むよ。

ラベンダーの花をまた摘みに出かけた。
 

当面は地道に商売して、信用と品質の良い香水を売る事に専念しよう。

量産はもう少し資金に余裕ができてからだ。

翌日も朝からダリオの店に香水を並べた。噂はさらに広がっていたらしく、女性客が三人、男性客まで一人混じっていた。
 

花の香りが汗臭さを消すと気づいたらしい。

三人にも香水は売れ、残るは2本。午後には完売した。
 

夕方にラベルを回収し、翌日また売る。このサイクルが確立しつつあった。

そして、ダリオにも香水を卸すことになった。

ダリオは、周辺の町に雑貨を売り歩くことが多い。
 

ダリオの言った「もし香水ができたら、最初の卸し先は俺だ。」を守ることで
 

恩を返した。

◆ マルタの助言

ある日の夕方、ヨシオがマルタに売上を報告していると、老女がふと手紙を読んでいた顔を上げた。

マルタは手招きして、

ちょっとこっち来な。面白い話がある。
 

隣町のリーナって商人がね、うちの香水に目をつけたらしい。卸してくれないかって手紙が来たんだよ。

卸売り。つまり他の町にも香水を流通させるということだ。売上は跳ね上がるが、品質管理や輸送の問題も出てくる。

一つの転機が訪れていた。

マルタは試すような目で、

どうする?あんたの香水だ。決めるのはあんたさ。

ラベンダーナの花畑はまだ咲いているのでもう少し作れると思うが、いつか摘み取り出来ない日がくる。

他の花の香水も試作した方が良いかもしれない。

マルタは顎に指を当てて、

いい着眼点だね。ラベンダーは確かに強い花だけど、一種類だけじゃ飽きられる。

この辺りで採れる花はラベンダーだけじゃない。
 

西の丘陵地帯にはローズマリーの群生地があるし、南の湿地にはスイレンも咲く。
 

マルタは棚から分厚い植物図鑑を引っ張り出してきた。

ページをめくりながら、

ローズマリーは刺激的で男向きの香りになる。スイレンは甘くて夜向けだ。どっちも精油は採れる。

ただね、花が変われば配合の比率も変えなきゃならない。
 

あたしが教えたのはラベンダー用のレシピだ、他のは自分で試行錯誤するしかないよ。

新しい香水の開発。それは商品の幅を広げると同時に、香水職人としての技量が問われる領域だった。
 

卸売りの話は魅力的だが、まずは足元を固めるべきだとヨシオは判断した。

地道にラベンダーを売りながら新作の研究を進め、軌道に乗ってからリーナの申し出に応じる。
 

堅実な道筋が見え始めていた。

◆ 新作香水
早速ローズマリーとスイレンの花を摘み取りに出かけた。

翌日、ヨシオは朝の香水販売を終えると西の丘陵地帯へ足を向けた。
 

ローズマリーは乾燥に強く、岩場や荒れ地に自生する。町から歩いて小一時間ほどの場所に群落を見つけた。

地面を這うように茂るローズマリーの葉は肉厚で青々としており、その下に小ぶりな花がびっしりと咲いている。
 

手で触れるとぴりっとした刺激があった。葉の先端を摘み取って籠に入れていく。

帰り道、南へ迂回して湿地にも寄った。水面から突き出すようにスイレンの白い花が浮かんでいる。

泥に足を取られながらも花柄ごと摘み取り、葉も何枚か採取し
 

夕方近くになって町に戻った頃には、籠二つ分の花と葉が手に入っていた。

宿に帰って精油の抽出作業に取りかかる。まずはローズマリーから。葉を蒸留器に入れ、水蒸気を当てると青みがかった液滴り始める。

続いてスイレン。こちらは甘い芳香が蒸留部屋に充満した。二つの新しい香水原液が、机の上に並ぶ。ここからが職人の腕の見せ所だった。

ローズマリー、スイレンそれぞれを希釈し、香りを確かめた。

うん良い香りだ。更にローズとラベンダーナをブレンしてみた。

スイレンにもラベンダーナをブレンしてみた。

配合を変え最適な香りを創りだした。

試行錯誤の末、四つの香水が形になった。

ローズマリー単体は葉の清涼感が際立つ男性的な香り。
 

そこにラベンダーナを加えると角が取れて落ち着いた印象に変わる。
 

スイレンは甘さが強すぎたのでラベンダーナで中和しつつ、葉から採った精油を微量加えることで奥行きが出た。
そしてラベンダーナとローズマリーの二種をブレンドしたもの。これは甘さと清涼感が同居する、これまでにない香水だった。

最後にラベンダーナとスイレンの組み合わせ。花同士の相性が良く、柔らかく上品な仕上がりになった。

四本を並べて嗅ぎ比べてみる。どれも悪くない。特に二種ブレンドとラベンダーナ×スイレンが気に入った。
 

マルタに意見を聞こう。

◆ マルタの評価
翌朝の香水販売を済ませてからマルタを訪ね、四本の小瓶を台に並べた。

一つずつ蓋を開けては嗅ぎ、

あんた……一晩で四本も仕上げたのかい。無茶するねえ。

二種ブレンドの瓶で手が止まった。もう一度嗅いで、

これは面白い。男でも女でも使える。一番の当たりだよ。

これなら量産もできそうだ。

またラベルも考案して商品化しよう。

ラベルにはブレンダー、アイザキヨシオと明記することにした。

マルタは腕を組んで、

ブレンダーか。いい肩書きだね。作った人間の名前があると箔がつく。

まずは量産体制の確立だ。四種すべてを並行して作るには精油が大量に必要になる。
 

仕入れ先はマルタ一本に頼っているが、老女の生産量には限界がある。

ヨシオの考えを察したように、

花の仕入れ先を増やしたいんだろう?あたし一人じゃ足りないのは分かってるよ。

西通りにエルマって薬草商がいる。あの子は花卉の栽培もやっててね、卸してくれるはずさ。

ただし値段は自分で交渉しな。あたしの紹介だって言えば門前払いはされないから。

◆エルマ薬草商
新たな仕入れルートの開拓。商売の輪が少しずつ広がっていく。
 

資金も潤沢とは言えないが、香水が順調に売れている今なら交渉の余地はある。
 

ヨシオはラベルの発注をベルティーニに依頼した後、西通りへ足を運んだ。

エルマさん。花の採集をお願いしたいのですが。

ローズマリーとスイレンなのですが。

カウンターの向こうから顔を出して、

あら、あなたがマルタさんのお弟子さん?話は聞いてるわ。

立ち上がって棚から植物の図録を引っ張り出し、

ローズマリーとスイレンね。どのくらいの量が要るの?定期?それとも不定期?

エルマは二十代半ばの女性で、緑色のエプロンに土がこびりついていた。
 

薬草店の奥には温室らしきガラス張りの建物が見える。
 

算盤を弾きながら、

今の時期なら両方とも自家栽培で間に合うわ。
 

ローズマリーは鉢植えで安定供給できるし、スイレンは池で育ててるから花の数は多い。

ただねえ、精油用となると花弁だけじゃなくて葉や茎も必要でしょう?
 

品質管理するとなると手間がかかるのよね。

要するに、量を出すなら手間賃を上乗せしろということだ。
 

エルマの目は商人の目だった。にこやかだが抜け目がない。

にっこり笑って、

それで、いくらで考えてる?

定期購入できますか?

なるべく安くお願いします。

エルマは人差し指を立てて、

安くはするけど「なるべく」じゃ困るの。商売だもの。

ローズマリーが週に20株、スイレンが10株。これで月2500G。マルタさんとこの卸値と大差ないはずよ。

月2500G。現状の売上から考えれば決して安い出費ではない。
 

しかし香水四種を安定供給できるなら必要経費と割り切れる金額でもあった。
 

小首を傾げて、
 

あとね、一つ条件があるの。うちから仕入れた花で作った香水、できたら最初に一本ちょうだい。試供品ってやつ。

品質が良ければ他の薬草卸のお客さんにも宣伝できるでしょう?お互い損はないと思うけど。

持ちつ持たれつの関係。エルマなりの投資案だった。自分の商品が広告塔になるならヨシオにとっても悪い話ではない。

その金額でお願いします。最初の香水は広告用に差し上げます。

ぱっと笑顔になって手を握り、

交渉成立ね!よろしく、アイザキさん。

来週の月曜から納品できるようにしておくわ。受取は朝でいい?

こうして仕入れルートが確保された。定期購入の契約を交わし、宿に戻ると机の上が小さな工房のようになっていた。
 

蒸留器、精油瓶、希釈用のアルコール。香水職人の道具が揃い始めている。

◆ 新たな一歩
その日の夕方、マルタからリーナへの返事について再び問われた。

椅子に深く腰掛けて、

さて。卸の件、そろそろ返事を出さないと失礼にあたる。あんたはどうしたい?

四種揃った今なら胸を張って送り出せる品ができる。でもまだ地盤が弱い。
 

どっちを選ぶかはあんた次第さ。

商売は時を逃してはならない。返事は引き受けることにした。

マルタはふっと笑って、

いい目だ。若い頃のあたしを思い出すよ。

じゃあ返事を書くから、あんたは新作の量産に入んな。
 

リーナが来るまでにある程度の数を揃えておかないと格好がつかないからね。

その夜からヨシオは本格的に動き出した。四種の香水を各10本、計40本。
 

これがリーナに見せる最低限のロットだ。一晩に作れるのはせいぜい5本が限界で、八日間かけての作業になる。

合間にラベンダーの通常品も売り続けた。
 

常連の女性客は毎朝欠かさず買いに来るようになっており、もはやヨシオの顔を見ないと一日が始まらないとまで言う者もいた。

八日目の夕方、最後の二瓶にラベルを貼り終えた。計42本。机の端から端まで香水の小瓶が整列している。
 

朝日を浴びたその光景は壮観だった。

エルマにも試供品を差しあげた。

香水名:
ローズマリー・クリア。スイレン・ホワイト。
ラベンダーナ・ブルー。
ラベンダーナ・ローズ。ラベンダーナ・スイレン。
それぞれの香水名ができた。

ブレンダー:
アイザキヨシオ

◆リーナ商会
翌朝、宿の一階で朝食を取っていると、見慣れない馬車が通りに停まった。

見慣れない馬車だな。

馬車は上等な造りで、車体に商会の紋章が刻まれていた。
 

御者が扉を開けると、中から降りてきたのは三十代半ばの痩せぎすの男だった。
 

仕立ての良い濃紺の上着に銀の懐中時計。いかにも商人といった出で立ちだ。
 

その後ろに荷物持ちの従者が一人続く。

男はきょろきょろと辺りを見回し、宿の看板を見上げると真っ直ぐ入ってきた。
 

階段を上がり、食堂にいるヨシオを一目見て足を止め、にこりと営業用の笑みを浮かべた。

右手を差し出して、

はじめまして。リーナ商会のリーナです。あなたがアイザキヨシオさんですか?
 

マルタさんからお手紙をいただいて参りました。

予定より二日早い到着だった。手紙には日付を書いていなかったのか、それともリーナが気の早い性格なのか。
 

いずれにせよ、大口取引の相手が目の前に立っている。

はじめまして、私はアイザキです。香水は出来ているのですこしお待ち下さい。
 

2階から40本の香水を持ってリーナ氏に確認してもらった。

小瓶を一つ一つ手に取って光に透かし、香りを確かめながら、

ほう……四種も。しかもどれも質が高い。
 

ラベルにブレンダーとお名前が入っているのがいいですね、職人の顔が見える。

リーナの目つきは香水を見るたびに鋭くなっていた。伊達に商会を率いているわけではない。
瓶の気泡、色味、香りの立ち方を入念に確認している。

最後の一本を置いて、

単刀直入に言いましょう。四種すべて仕入れたい。各20本、計80本。うちの町で月に200本は捌けます。

価格は1本600Gでいかがです?この品なら安いくらいだ。

600G。自分で売る500Gより高値だ。評価が良いことは嬉しい。
 

月に120.000Gの売上になる。
 

リーナは1本1000Gより高値で売れると言っていた。

契約書を鞄から取り出し、

それと、一つご相談が。来月あたり私の町で香水の即売会を開こうと思っています。出展しませんか?

リーナの提案にヨシオは契約を承諾した。同時に香水のイベント参加をすることにした。
 

参加費はこちらが負担することになった。更にイベント期間中はリーナの店舗で売ることになった。

確認したいのですが香水のイベントの時期はいつ頃になるでしょうか?それによってこちらも在庫調整をしないといけませんので。

契約書にペンを走らせながら、

三週間後です。私の町、港町アクリアの中央市場で三日間。
初日は試供品の配布から始めて、二日目から本格的に売り出します。

三週間。それなりに猶予はあるが、日5本の製作を考えれば悠長にもしていられない。
 

エルマからの花の納品がちょうど軌道に乗る頃で、タイミングとしては悪くなかった。
 

逆に言えば、この機会を逃せば次の大商いは当分先になるだろう。

ペンを止めて、

在庫調整の件ですが、前日入りしていただければ私の倉庫を使えます。
 

宿も手配しましょう。交通費と宿代はこちら持ちです。

それと、当日はアイザキさんにも店頭に立っていただきたい。職人の顔があると客の食いつきが違いますから。

つまりイベント期間中はアクリアに滞在することになる。
 

町を離れるのは不安だが、ビジネスチャンスとしてはこれ以上ない大きさだった。
 

契約書の細かい条項を確認し、互いの署名を交わせば取引は成立する。

わかりました。契約書にサインをした。私の香水が町の人達に気に入ってもらえればこの上ない喜びです。
 

これからもよろしくお願いします。

握手を交わして、

こちらこそ。いい取引ができそうだ。

三週間後のイベント、期待していますよ。では私はこれで。

リーナは馬車に乗り込み、従者と共に去っていった。蹄の音が遠ざかると、宿の食堂に静けさが戻る。
 

ヨシオの手元には契約書の控えと、これからの三週間分の計画が残されていた。

まずやるべきことは明確だ。出荷分の80本を来週までに仕上げる。
 

並行してイベント用の在庫も確保する必要がある。80本では三日分の即売には心許ない。
 

150本は欲しいところだ。となると精油の量も倍以上要る。

翌日からヨシオは猛然と動いた。朝の香水販売をこなし、午後は工房に籠もって香水を量産する。
 

夜はマルタやエルマと連絡を取って花の手配を詰める。忙しさは日に日に増していった。


三日後、中央広場でマルタが声をかけてきた。

小声で、

あの話、本当かい。港町のイベントに出るって。

本当だよ。明日はイベントで香水を売るんだ。
 

私一人では身体が持たない。私にも助手が必要なんだが
 

良い人はいないかな?

 

第4章
助手シーラ・アリアー
香水の即売会
新しい香水の構想
冒険者へ依頼
スキル確認
ゴブリンと遭遇
月下香の原種
花の栽培
王都へ販路拡張
 

次回もお楽しみに

 

 

異世界商人

 

第2章
翌朝、再びダリオの仕事へ
マルタとの出会い
香水作りの基礎
条件提示
必要な材料と準備
トマとの交渉
初めての蒸留
原液の完成
アルコールの購入と帰路
魔物との遭遇
退路を選ぶ商人の判断
無事帰還

 

第2章
 

◆ 翌朝、再びダリオの仕事へ
朝だ。良く寝た。

30Gで朝食をして、ダリオさんに会いに行こう。

朝の光が窓から差し込み、鳥のさえずりが町を包んでいた。階下に降りると、すでに数人の宿泊客が朝食をとっている。
女将が出してくれたのはパンとチーズ、それに薄いスープ。質素だが30Gならこんなものだろう。

今日も泊まるなら同じ値段でいいよ。どうする?
ヨシオはパンを齧りながら考える。
しばらくこの町で商売をしてみるなら、拠点は必要だ。
100Gを追加で渡し、連泊の手続きを済ませた。
残りは340G。財布が本格的に悲鳴を上げている。

宿を出ると朝の空気が心地よかった。
広場を通り抜けて荷車のところへ向かうと、ダリオはすでに到着しており荷車に荷物を積み始めていた。

ヨシオを見て、おう、時間通りだな。感心感心。
今日は隣町のヴェルデまで行く。片道で半日ってとこだ。
ダリオが荷車を指差した。昨日より荷が増えている。

で、だ。お前さん商人だって言ってたろ。道中で何か売れそうなもん見つけたら拾っていいぞ。
ただし荷車には載せろ、手で持って歩くのは無しだ。……商人の目利きってやつ、見せてみろよ。

判りました。代金は日当500Gで後払いします。

良い品物を見つけたら買います。

ふんと鼻を鳴らして笑った。

商売する気満々じゃねえか。いいぞ、好きにしろ。
ただし荷の管理がおろそかになったら承知しねえからな。

小物や生活必需品を町で購入した。

二人は町を発ち、街道を東へと進んだ。
石畳の道はやがて土に変わり、木立が増えてくるにつれ空気もひんやりと湿り気を帯びてきた。
荷車の車輪が時折小石を跳ね上げ、そのたびにヨシオが手で押さえる。
ダリオは前方で馬を操りながら、時折ヨシオに話しかけてきた。

ふと道の脇に目をやり、

おい、あそこ。見えるか?

街道から少し外れた木陰に、紫色の花をつけた低木が群生していた。

あれはラベンダーナって花でな。この辺にしか自生しねえ。
花弁は香料の原料になるんだが、町で買うと1束200Gはする。
群生してりゃ束ごと採れるが、根こそぎは駄目だぞ。

確かに甘い香りが風に乗って漂ってきている。
ダリオは興味なさそうに前を向いたが、「拾っていい」とは言った。
つまり、これはヨシオへの試験でもあるのだろう。

タダで収獲できるなら、籠1杯摘んでいこうかな。

手綱を片手に持ち替えて振り返った。

籠なんかどこに……ああ、まあ手で持てる分なら構わねえよ。
ただし荷車から離れすぎるなよ、すぐ出発するからな。

ヨシオは荷車から手頃な空の木箱と籠を降ろし、ラベンダーナの群生地に駆け寄った。
紫の小花は枝先に密集して咲いており、手で丁寧に摘めば傷もつかない上質なものばかりだ。
夢中で摘んでいると、あっという間に木箱の半分ほどが紫で埋まった。
香りは濃厚で、手に移り香が残るほどだった。

戻ってきたヨシオと木箱を見て目を丸くした。

おいおい、そんなに摘んできたのか。根は残してあるだろうな?

確認するように木箱を覗き込んで、

……ほう。花の状態もいいな。潰れもほとんどねえ。やるじゃねえか。

ダリオの表情には素直な感心が見て取れた。
ラベンダーナを売る当てがあるのかと問いたげな目つきだったが、あえて口には出さなかった。

商人の領分には踏み込まない、という暗黙の了解らしい。
馬が小さくいなないて、馬車がゆっくりと動き出した。

ラベンダーナを煮詰めて、香水を造ればひと儲け出来る気がした。

手綱を握りながら横目でちらりとヨシオを見た。

香水か。そりゃあ当たりゃでかいが……蒸留器と設備がいるぞ。
ヴェルデの町に鍛冶屋はいるが、貸してくれるかどうかは別の話だ。

馬車は林道を進んでいく。木漏れ日が車輪に斑模様を落とし、鳥が頭上で騒がしく飛び立った。

少し間を置いて、

まあ、お前さんなりに伝手を探すんだな。俺の知り合いにマルタって薬師がいる。
ヴェルデに店を構えてる婆さんでな、香料の扱いに詳しい。紹介してやってもいいが……タダじゃねえぞ。

ダリオはそう言って前を向いた。金を取るのか恩を売るのか、その先は言わなかった。
林道の出口が見え始めており、遠方にはヴェルデの町らしき石造りの壁が陽炎の中に揺らめいていた。

マルタさんを紹介して下さい。

香水が作れたらダリオさんと商売できます。

口の端を持ち上げて、

話が早えじゃねえか。いいだろう、紹介してやる。

ただし条件がある。もし香水ができたら、最初の卸し先は俺だ。
ヴェルデじゃ香水は貴族向けの高級品でな、うまくいけば1瓶で1万Gは堅い。
独占させろとは言わねえが、優先権はもらう。

ヴェルデの門が近づいてきた。
町の規模はヨシオが最初にいた町より一回り大きく、門番も二人体制だ。
ダリオが顔見知りらしく軽く手を挙げると、すんなりと通過できた。

門をくぐってすぐ、通りの右側を指差した。

あの青い屋根の家がマルタの店だ。「マルタ薬房」って看板が出てる。昼過ぎなら大体いるはずだ。
荷車を商会の倉庫に届けてからでも、時間は十分にある。
マルタという薬師がどんな人物かは会ってみなければわからないが、香料に精通しているなら心強い味方になり得るだろう。

商談をするにしても、手土産の一つもないのは些か心許ない。

ラベンダーナの花をみやげにするか?
残りは香水にする方法を教えてもらい、日当で蒸留器をさがそう。

まずはダリオの荷降ろしを手伝い、商会の倉庫に荷を収めた。
倉庫の番人がラベンダーナの木箱にちらりと目をやったが、何も言わなかった。

よし、じゃあ今日の分だ。約束通り500G。

ダリオは革袋から銅貨を数えてヨシオに渡した。

あと、マルタの店はこの通りを真っ直ぐ行って左だ。……せいぜい上手くやれよ。

ダリオは馬車を引いて去っていった。
ヨシオは木箱からラベンダーナを数束選り分け、残りを荷車に残したまま、マルタの店へ向かった。

◆ マルタとの出会い
青い屋根のこじんまりとした店で、扉の前に乾燥ハーブの束が吊るされている。
「マルタ薬房」の文字は年季の入った木彫りのに刻まれていた。扉を叩くと、しばらくして中から声がした。
はいはい、ちょっと待っておくれ。

出てきたのは白髪をきっちり結い上げた小柄な老女だった。
背筋はしゃんと伸びているが、目元には深い皺が刻まれており、長い年月を生きてきた人間特有の重みがある。

ヨシオと手元のラベンダーナを交互に見て、わずかに目を細めた。

……ほう、ラベンダーナかい。いい色だね。それで、あたしに何の用だい?

ラベンダーナから香水を作りたいのですが、香水の作り方を教えて欲しいのですが?

マルタは束ねたラベンダーナをひょいと手に取り、鼻先に近づけた。
目を閉じて香りを確かめるようにしばらく沈黙した後、ゆっくりと束を下ろした。

香水ねえ。あんた、素人だろう?

言葉は辛辣だったが、追い返す気配はなかった。
マルタは扉を開けたまま、まあ入りな。立ち話で済む話じゃない。

店内は薄暗く、天井から吊り下げられた薬草や根が影を作っていた。
中央の作業台にはガラス器具が整然と並び、奥の棚には瓶詰めの液体がずらりと陳列されている。
マルタが椅子に腰を下ろすと、ぎしりと木が軋んだ。

◆ 香水作りの基礎
香水ってのはね、花の精油をアルコールに溶かして作るんだよ。
精油の抽出には蒸留器がいる。火加減と冷却の温度管理が命でね、失敗すりゃ花は駄目になるし、出来損ないの泥水が残るだけさ。

マルタの目がヨシオを真っ直ぐ射抜いた。

教えてくれってことは、設備も人手もないんだろう?
あたしを便利屋扱いする気なら帰ってもらうよ。

蒸留器とアルコールを仕入れてくるので、ラベンダーナから香水を作ったら差し上げます。

ふん、と短く息を吐いた。だが口元にはかすかな笑みがあった。

あたしに試供品で恩を売ろうってのかい。……悪かない考えだ。

◆ 条件提示
ただしね、アルコールならそこらの酒屋で買えるが、蒸留器はそうはいかないよ。
普通の鍛冶屋じゃ作れない。分留器が必要になるからね。うちのを貸してやってもいいが……

マルタは指を一本立てた。

条件がある。まず、作った香水は最初にあたしのところに持ってくること。
品質の確認はあたしがする。それと、もし商売として軌道に乗ったら、精油の定期仕入れはあたしを通しな。
野草を自分で摘むのにも限度があるだろう?

つまりダリオと似たような条件だが、より専門的な知見を得られる相手でもある。
香水作りの師匠であり、販路の一角を担う存在。悪くない取引だった。

奥の棚から小瓶を一つ取り出し、机の上に置いた。琥珀色の液体が光を受けて揺れている。

これが精油だよ。ラベンダーナから採れたものだ。匂いで覚えな、これがあんたが目指すものの完成形だ。

ラベンダーナの香水は、爽やかな香りなのですね。

◆ 必要な材料と準備
この量を作るのにラベンダーナの花はどれだけ必要ですか?

マルタは精油の小瓶を指先で回しながら、

そうだね、この量を作るのにラベンダーナなら……ざっと5束ってところかね。
ただし、花が咲ききってから摘んだものじゃないと駄目だ。蕾のうちに摘んでも精油の成分が足りない。

荷車にはまだラベンダーナが残っている。今朝摘んだばかりのものだから、鮮度は十分だろう。
ヨシオの顔を見て、

その顔は心当たりがあるね?持ってるのかい。

……持ってるなら話が早い。あたしの蒸留器を使いな。
ただし今日は先客が使ってるから、夕方まで待ちな。それまでにあんた、やることがあるだろう。

マルタが立ち上がり、壁に掛かった鍵束を手に取った。

この町の西側に雑貨屋がある。「トマの店」って看板だ。
そこで蒸留用のフラスコと冷却管、あと蒸留後の残滓を濾す布袋が要る。
全部揃えな。値段は……まあ800Gってとこだね。

800Gか?少し資金不足だな。

交渉で値引きさせてみるか?

呆れたように肩をすくめた。

交渉もいいけどね、トマは頑固者だよ。値切るならそれなりの材料を持っていきな。
あいつは物々交換にも応じる男だ。

ヨシオはマルタに礼を言い、店を後にした。


◆ トマとの交渉
手元にはまだラベンダーナが数束残っている。西通りに向かうと、「トマの店」はすぐに見つかった。
間口の狭い店で、中に入ると天井まで棚が積み上げられており、所狭しと商品が並んでいる。

カウンターに肘をついた中年の男が、入ってきたヨシオを無愛想に見た。

いらっしゃい。……何探してる。

店主のトマは角張った顔に太い眉、いかにも商売人といった風貌だった。
ヨシオが蒸留器の消耗品を探していると告げると、奥からフラスコ一式を出してきた。
冷却管、布袋、合わせてマルタの言った通り800Gだ。

少し値引きしてもらえませんか?足りない分はこのラベンダーナを差し上げます。

ラベンダーナを一瞥して、

花ぁ?うちは花屋じゃねえんだが……

だが手は自然と束を掴んで香りを嗅いでいた。

……ほう。色も香りも上物だな。

トマの目の色が変わった。無愛想な表情の奥に、商人の計算がちらついたのが見て取れた。

これ、どこで摘んだ。

ヨシオが街道沿いの群生地のことを話すと、トマは腕を組んで唸った。
あの辺りのラベンダーナは採り尽くされて最近は市場に出回らなくなっていたらしい。

……650Gでいい。ただし条件がある。

太い指でヨシオを指した。

この花、定期的に仕入れられるか?

うちの嫁が香り袋を作るのにラベンダーナが要るんだが、最近は市場じゃ高くて手が出ねえってぼやいてんだ。

またラベンダーナを摘んできます。

それを売ってください。

にやりと笑って、よし、決まりだ。

棚から蒸留器一式を取り出し、カウンターに並べた。フラスコ、冷却管、布袋。中古だが手入れは行き届いている。

全部で650Gだ。……毎度あり。

ヨシオは代金を支払い、品物を受け取った。残りは100G。日当500Gがあれば明日も食いつなげる。
トマがラベンダーナの残りを大事そうに奥に仕舞い込むのを横目に見ながら店を出た頃には、陽が西に傾き始めていた。


◆ 初めての蒸留
マルタの店に蒸留器の部品を預けに行くと、ちょうど先客が帰ったところだった。
老女は蒸留器の蓋を開けて中を点検し、それからヨシオに向き直った。

そろそろ夕方だ。準備はいいかい?
マルタが蒸留器の火の番を務め、ヨシオに手順を指示し始めた。
フラスコに水とラベンダーナを入れ、下から火を当てる。
やがて蒸気が立ち昇り、冷却管を通って冷やされていく。ぽたり、ぽたりと透明な雫が布袋に落ちた。
焦るんじゃないよ。ゆっくり冷やすんだ。……そう、その調子。

ラベンダーナのしずくに感動した。

◆ 原液の完成
初めて創る香水の原液。

布袋から滴り落ちる液を小皿で受けながら、満足げに頷いた。

いい色だ。透き通ってる。これが精油だよ。

小皿に溜まった精油はほんのわずかだった。5束分のラベンダーナから、たったこれだけ。香水に換算すれば数滴分だろうか。
それでもヨシオにとっては初めての自分の作品だった。
手の甲に一滴落として嗅ぐと、朝摘みの花束とは比べ物にならないほど凝縮された香りが鼻腔を満たした。
精油を慎重に小瓶に移し替えながら、

ここからアルコールで希釈して香水にするんだけど、それは明日にしな。今日はもう蒸留器を洗って片付ける。

マルタが手際よく蒸留器の火を落とし、水を張った桶で洗い始めた。

明日またおいで。アルコールは酒屋で一番安いのを買いな、果実酒用のやつで十分だ。……それと。

老女はヨシオを振り返った。

精油が冷めたら香りが変わるから、今日のうちに少し手首にでもつけておきな。
自分の香水の出来を覚えておくのも大事なことだよ。

わかりました。

明日またラベンダーナを摘んできます。よろしくお願いします。

マルタは片付けの手を止めずに、

ああ、待ってるよ。

◆ アルコールの購入と帰路
マルタの店を辞した頃には日がすっかり落ちていた。
ヴェルデの夜道は街灯の魔法石が淡く光り、幻想的な雰囲気を醸し出している。
酒屋はすぐに見つかり、果実酒用のアルコールを50g購入した。

ヴェルデにも宿はあるが、手持ちを考えると来た道を戻って最初の町に帰る方が賢明だった。
夜道は少々不安だが、月明かりもある。ヨシオは街道に出て歩き始めた。

しばらく歩いた頃、前方の茂みからがさりと音がした。風ではない。何かが動いている気配だ。

◆ 魔物との遭遇
月光に照らされた草むらから、低い唸り声。犬ほどの大きさの影が二つ、街道にのそりと這い出てきた。

牙が月光を反射してぎらりと光る。灰色の毛並みに赤い目、野犬か、あるいは魔物の類か。

ヤバイ。オオカミか?

逃げるにもオオカミの方が足は速い。

どうするか?

二匹の獣は低い姿勢のまま、じりじりと間合いを詰めてきた。
片方が小柄で、もう片方は一回り大きい。おそらく親子だろう。
腹を空かせているのか、牙の間から涎が垂れている。

ヨシオは荷物を地面に降ろした。手ぶらの方がまだ動ける。
月明かりの下、獣の動きを注視する。先に動いたのは小さい方だった。
横に回り込むように駆け出し、同時に大きい方が正面から突っ込んできた。
大きい獣が跳躍し、鋭い爪が月光に閃いた。
咄嗟に横へ転がれば躱せるかもしれないが、体勢を崩せば次はない。
街道沿いに人影はなく、助けは期待できなかった。

◆ 退路を選ぶ商人の判断
そうだ。ふところに食物があった。

とっさに食物をばらまいた。
ヨシオは腰の袋に手を突っ込み、残っていたパンや干し肉を掴み出して地面に投げ散らした。
獣たちの注意が一瞬そちらに向く。小さい方が鼻をひくつかせて干し肉に飛びつき、大きい方も首を巡らせた。

その隙にヨシオは後ずさりながら距離を取った。獣たちは地面の食料に夢中で、追ってくる様子はない。

しばらく様子を見ていると、親子は食べ終えて再び茂みの方へ戻っていった。
完全に姿が消えるまで息を殺して待ち、それからようやくヨシオは深く息をついた。

命は助かったが、手持ちの食料はすべて失った。残りはアルコール50gと小銭のみ。
明日の朝食も確保できない状態で、月夜の街道をとぼとぼと歩き続けるしかなかった。
明日の朝食もないな。空腹で歩くしかないか。でも、道は間違えていない。

水もある。少し我慢しよう。

マルタのおばあさんには、香水を作ってもらわないとならないし。

空腹を抱えたまま月明かりを頼りに歩くこと数刻、見覚えのある街道の分岐点がようやく見えてきた。
ここを曲がれば最初の町まであと少しだ。夜明け前に町に着けるだろう。

ふと、ヨシオは思った。あの獣たちは野犬にしては毛並みが綺麗だった。
赤い目は魔物特有のものかもしれない。この世界にはテイムや召喚のスキルがある。
もし手懐ける手段があるなら、護衛にもなるし、将来的には狩りの相棒にもなり得る。
だが今は空の腹と50gのアルコールだけが現実だ。まずは香水を完成させて稼がなければ、夢物語に過ぎない。

◆ 無事帰還
やがて町の外壁が闇の中に浮かび上がった。夜番の門兵が松明を掲げている。
ヨシオはふらつく足取りで門に近づき、門兵に通行料の10Gを払った。
宿までの道のりがやけに遠く感じたが、赤枕亭の扉を開けた瞬間、女将の寝ぼけ顔と温かいランプの灯りに心底安堵した。
明日は朝一でマルタのところへ行き、香水を仕上げる。それがすべての始まりになるはずだ。

ただいま。なんとか帰ってこれました。

おやすみなさい。
女将は半分寝落ちしかけた状態で「はいはい、おかえり」と欠伸混じりに鍵を差し出した。
部屋に入るなり、ヨシオはベッドに倒れ込んだ。空腹も疲労も限界だった。

 

第3章
香水の完成とラベル作成
ラベルの印刷
ダリオの店で初販売
初めての販売成功
自作香水の量産
マルタの助言
新作香水
マルタの評価
エルマ薬草商
新たな一歩
リーナ商会

 

次回もおたのしみに


 

異世界商人

私はエッセイ作家アイザキヨシオ。異世界転生漫画やアニメが好きだ。
私も異世界小説を執筆した。他の異世界小説と類似する点は多いが、AIの力を借りたので
執筆時間は驚くほど短時間だった。
それでは、異世界へ転生しよう。

目次

第1章
異世界の平原
スキル設定
最初の町へ
旅商人ダリオとの出会い

雑貨屋マルコとの会話

赤枕亭

 

 第1章

◆異世界の平原

天の声:

異世界にようこそ。

ここは緑豊かな平原です。

まずは貴方の情報を教えて下さい。

・名前
・性別
・種族
・年齢
・職業

ヨシオ、男、人間、20歳、商人。

頷くように、空間がわずかに震えた。ヨシオの足元に淡い光の円が浮かび、消える。

ヨシオ、男、人間、20歳、商人。承りました。

光が収束し、再び静寂が戻る。風が草を撫でる音だけが耳に届く。次に進むべきことが待っていた。


◆スキル設定
天の声:

次はスキルの設定です。スキルは自由に作成できます。
複数選択も可能ですので、好きなだけ設けてください。

目の前に半透明のウィンドウが展開された。

Lv.1 ・基礎体力 1/100 ・基礎魔力 1/100 

             ・スキル: 無  スキル作成

指先で触れれば操作できるようで、「スキル作成」とだけ書かれた項目がぽつんと浮いている。
空は抜けるような青で、遠くには山脈の稜線がうっすらと霞んでいた。
ここは街道沿いの草地らしく、踏み固められた土の道が左右に伸びている。右手の遠方に、石壁に囲まれた小さな町の輪郭がぼんやりと見えた。

スキル_商人のスキルなのか?計算能力と記憶力と創造力が良いかな?

ウィンドウに三つの項目が追加され、それぞれの説明が横に並んだ。

天の声:

「計算能力」「記憶力」「創造力」ですね。商人に適した実用的なスキル構成かと思います。

もう少し追加しますか?

スロットにはまだ余裕がありそうだった。ウィンドウの右下に「残りスキル枠:あと7」と表示されている。
草原を渡る風に乗って、かすかに町の方角から鐘の音が一つ鳴った。昼を告げるものだろうか。

太陽は頭上近くまで昇り、影は短い。
この世界での最初の一歩を踏み出す前に、もう少し手札を増やしておくのも悪くない。

治癒力も追加しよう。残りは必要になった時に追加しよう。
 

天の声:

スキル自動追加機能を選択しますか? 

はい。
了解しました。残りスキル枠を保留とします。

スキル一覧:計算能力、記憶力、創造力、治癒力

以上で設定は完了です。
それでは、この世界での生活をお楽しみください。何かあれば呼び出していただければ対応いたします。
光の粒子が散るように消え、ウィンドウも空気に溶けていった。
途端に、世界の解像度が一段上がったような感覚が押し寄せる。
草の匂い、土埃の混じった風の味、足裏に伝わる地面の凹凸。五感がこの身体に馴染んだのだ。


◆最初の町へ
街道の先、先ほど見えていた町が陽光の下ではっきりとその姿を晒している。
木造と石造りが入り混じった二階建ての建物が並び、町の中心には風車がゆっくりと回っていた。
まずはあそこを目指すのが妥当だろう。手ぶらの商人がどこまでやれるかは、腕と機転次第といったところか。

まずは、腹が減ったから何かたべたいが、お金が無い。

この国の通貨を教えて欲しい。
呼びかけに応じるように、頭の中にすっと情報が流れ込んできた。
まるで最初から知っていたかのように、通貨の知識が自然と定着する。

天の声:

この世界の通貨はGです。1Gで1円、100Gで100円。分かりやすく日本円と同じ価値基準ですね。
現在の所持金は0Gです。……直に申し上げますと、商人が手持ちゼロというのはなかなか厳しい状況かと。
腹の虫が盛大に抗議の声を上げた。転移して間もないが、身体は正直である。
 

町までの距離は徒歩で二十分ほど。途中に食料を売ってくれそうな人影もなければ、木の実が生っている気配もない。
道端の草は食えなくもなさそうだが、それで空腹を凌ぐのは最終手段にしたいところだ。
右の街道脇に目をやると、石ころに紛れて何かの硬貨が一枚、陽光を反射しているのが見えた。
 

あの硬貨を拾うとするか?
 

ヨシオが街道脇にしゃがみ込み、指先でその硬貨を摘み上げた。
泥に半分埋もれていたが、表面にはくっきりと100Gの刻印が刻まれている。拾い物としては上々だ。

天の声:

おめでとうございます。100Gを入手しました。
……落ちていた理由は不明ですが、この辺りは交通量もそこそこありますので、落とし物が転がっている可能性は今後もあるかもしれませんね。
 

これで所持金100G。町に入って何か腹に入れるには十分だが、宿を取ったり商売の種を仕入れたりするには心許ない額だ。

立ち上がって町を見やれば、門の前に数人の人影が行き交っているのも確認できた。
旅商人らしき荷馬車も一台停まっている。
あの町に何かしら稼ぎの糸口があればいいのだが、まずは空っぽの胃袋をどうにかするのが先決だろう。

◆旅商人ダリオとの出会い
門の前まで歩み、旅商人に声をかけた。

助手は必要ありませんか?

門に近づくと、旅商人は荷車の横で木箱を整理していた。
四十がらみの恰幅のいい男で、額に汗を浮かべながら革袋に商品を詰め替えている最中だった。
ヨシオに声をかけられ、ふと手を止めて顔を上げる。
ん?助手? じろりとヨシオを見た。
荷物もなければ護身用の武器もない、見るからに身一つの若者だ。眉間に皺を寄せて、少し考えるように顎を掻いた。

……見ない顔だな。どこから来た?

男の目つきは品定めそのものだった。
ただ、突っぱねるというよりは値踏みするような、商人特有の計算高い視線である。

荷運びと帳簿の整理ができるなら悪かねえが、うちは安い飯しか出せんぞ。
それでもいいなら明日の朝まで手伝え。日当は500Gだ。

破格とまではいかないが、食事付きで500Gなら悪くない条件だろう。
男は返事を待つように腕を組み、ヨシオを値踏みし続けていた。

わかりました、お手伝いします。
私はヨシオです。
よろしくお願いします。

おう、俺はダリオだ。よろしくな、ヨシオ。

ダリオはにやりと笑って、荷台から干し肉の塊を一つ引っ張り出した。
ちょうど昼飯にしようと思ってたところだ。先に食っとけ、残りは全部積み終わったらな。
差し出された干し肉は塩気が強く、噛み応えもなかなかだったが、空きっ腹には何よりのご馳走だった。

ダリオが荷車に向き直って作業を再開する横で、ヨシオも残りの木箱に手をつける。
中身は色とりどりの薬草や乾燥ハーブの束で、この町から隣町への卸売りが仕事らしい。

量はそこそこあるが、二人がかりなら日暮れまでには片付くだろう。

ダリオはふと振り返りもせず、独り言のように呟いた。

お前さん、商人だって言ったな。この町にはしばらく滞在するつもりか?
もしそうなら、市場の連中に顔繋いどくといい。ここいらじゃ紹介なしで店は出せねえからな。
 

わかりました。積み終わったら皆さんに挨拶します。

二人は黙々と荷を積み終え、日が傾き始めた頃にようやく作業が片付いた。
ダリオの約束通り500G、残りの干し肉とパンが振る舞われ、ヨシオは腹を満たすことができた。

ダリオは町の広場を親指で示して、

あそこに見える大きな天幕がマルコの露店だ。明日は朝の鐘が二つ鳴ったらここに来い。遅れんなよ。
ダリオは手をひらりと振って宿のある方角へ去っていった。

◆ 雑貨屋マルコとの会話
広場には夕暮れの喧騒が満ちていた。
仕事終わりの住人たちが三々五々集まり始め、屋台からは肉を焼く香ばしい煙が立ち昇っている。

マルコの天幕は広場の中央にどっしりと構えられており、その前で片付けをしている小太りの男がいた。
年の頃は三十半ば、人の良さそうな丸顔をしている。

ヨシオの視線に気づいたのか、顔を上げてこちらを見た。

おや、見かけない顔だね。うちに何か用かい?

マルコさん。初めまして、ヨシオと言います。

ダリオさんの助手をしてます。

マルコさんは何を売っているんですか?

マルコは愛想よく笑いながら、天幕の中を手で示した。

うちは雑貨屋だよ。干物、日用品、ちょっとした薬なんかも扱ってる。
この町じゃあ一番品揃えがいいって評判でね。

並べられた商品は確かに多種多様だった。
塩漬けの魚、麻布の袋、石鹸、虫除けの軟膏、革の水筒。
どれも旅人や地元の住人が必要とする生活必需品ばかりだ。
ダリオさんの助手ってことは、しばらくこの町にいるのかい?

マルコの声には商売人の嗅覚が滲んでいたが、同時に純粋な好奇心も混じっているようだった。

もしそうなら、うちで仕入れたいものがあれば相談に乗るよ。
卸値で出せるから、小売りするよりずっと儲かるはずだ。まあ、その分うちに場所代は払ってもらうけどね。

夕陽がマルコの赤ら顔をさらに赤く染めていた。
広場を行き交う人々の数は徐々に増えつつあり、そろそろこの町の夜が始まる気配だった。

ありがとう。

またよろしくお願いします。
まだこの町を良く知らないので、今晩の宿を探してから休んで、明日はいよいよスタートします。

マルコは手を振って、宿ならこの通りをまっすぐ行って左手に「赤枕亭」ってのがあるよ。
飯もまあまあだし、一泊200Gくらいだったかな。悪い宿じゃないから試してみな。

マルコに礼を言って広場を離れ、教えられた通りに歩く。
通りには酒場から漏れる喧噪や、路地裏で遊ぶ子供たちの笑い声が溢れていた。

◆赤枕亭
「赤枕亭」はすぐに見つかった。看板の赤い枕の絵が目印で、木造二階建てのこぢんまりとした宿だ。
扉を開けると、カウンターの向こうで女将らしきふくよかな女性が鍋をかき混ぜていた。

あら、お客さん?一泊?

女将は木べらを止めて、人懐こい笑みを向けた。
奥の食堂では数人の客が夕食を摂っており、肉の煮込みの湯気が漂っている。

ヨシオの所持金は600G。宿代と夕食を考えれば、今夜はここで一区切りつけるのが賢明だろう。

宿泊代はいくらですか?

100Gで泊まれますか?

もちろん!ちょうど100Gでいいよ。夕飯もつけるならプラス30Gね。
今日は鹿肉のシチュー、なかなかの出来だよ。

ヨシオが130Gをカウンターに置くと、女将は慣れた手つきで銅貨を数え、代わりに木札の鍵を差し出した。
二階の一番奥の部屋だという。階段を上がると廊下はきしむが清潔で、窓からは夕焼けに染まった町並みが一望できた。
部屋は質素だが寝台に毛布、小さな机と椅子が揃っている。悪くない。

食堂に降りて夕食にありつくと、鹿肉のシチューは確かに絶品だった。
滋味深い味わいに空腹も手伝って、あっという間に平らげてしまう。
腹が満たされると途端に疲労感が押し寄せてきた。転移の疲れが今になって出てきたのかもしれない。

翌朝はダリオとの約束がある。朝の鐘が二つ鳴るまでにあの荷車のところへ戻らなければ。
初日の夜は静かに更けていった。
 

第2章
翌朝、再びダリオの仕事へ
マルタとの出会い
香水作りの基礎
条件提示
必要な材料と準備
トマとの交渉
初めての蒸留
原液の完成
アルコールの購入と帰路
魔物との遭遇
退路を選ぶ商人の判断
無事帰還

 

次回ご期待ください。