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スキル向上委員会のブログ

skill:スキル(熟練、技)をテーマに日常の出来事、ニュース、情報を主観的、客観的に考え話にしています。作家:愛崎好生・1億人のスキルー人生の参考書を執筆。人生のお役に立てば幸いです。

異世界商人

 

第6章
◆ポーション
◆老魔術師のガルドス
◆香水に魔法添加
◆新作の香水
◆若返りですって
◆治癒ポーションの王宮試験
◆美容ポーション
◆美容ポーションの効果

 

第6章

◆ポーション
マルタの本を借りた中で、気になる文脈があった。ポーションに関する記述だ。王都に着いたら、それらも調べる事にした。

王都への道中、馬車の中でヨシオはマルタの書物を思い返していた。

分厚い革装丁の本には香水の歴史だけでなく、ポーションや魔法薬に関する記述も含まれていた。その中の一節が妙に引っかかっていたのだ。

「香りと魔力は表裏一体である。古の調香師は香りに魔力を込め、傷を癒す薬香を生み出したという」

具体的なレシピは記されていなかったが、香りを魔法的に機能させるという発想自体は面白い。

もしそれが可能なら、単なる嗜好品としての香水とはまったく異なる商品が生まれる。

傷を治す香り、疲労を回復する香り。冒険者や騎士団に需要があるはずだ。

王都に到着すると、まずグスタフに新作六種のプレゼンを行った。

「琥珀の雫」を手首につけたグスタフは目を細め、「これなら花なしでも十分に売れます」と太鼓判を押してくれた。

生産増加の件も承諾し、「注文の件はこれで対応できる」と胸を撫で下ろしていた。

商談を終えたヨシオはその足で王都の大図書館へ向かった。

マルタの本で見つけた記述の裏付けを取るためだ。薬学や魔術の棚を片っ端から漁り、「香りと魔法」に関する文献を探し始めた。

ポーションに魔力を込めることで、香りと魔力が効果を発揮する事が分かった。

王都の魔法使いに助言を求めた。

文献の記述は正しかった。ポーションに特定の香草を混ぜ、そこに魔力を注ぎ込むことで効果が増幅される。

ただし、魔力の込め方には熟練した調香技術と魔法の素養の両方が必要で、双方を兼ね備えた人間は極めて少ないと記されていた。


◆老魔術師のガルドス
翌日、ヨシオは王都の魔術師ギルドを訪ねた。

石造りの重厚な建物の中は薄暗く、香のような独特の空気が漂っている。

受付で事情を話すと、奥の部屋に通された。待つことしばし、現れたのは白髪の老魔術師だった。

名はガルドス。ギルドの顧問を務める大魔術師だという。


ガルドスはしわがれた声で、

香りに魔力を乗せたいとな。珍しいことを考える若者だ。

ガルドスはヨシオを値踏みするように見つめ、机の引き出しから一冊の古びた書物を取り出した。

かつて存在した「薫療師」と呼ばれる者たちの記録だ。香りを媒介にして治癒や強化を行った連中でな。最後の一人も百年以上前に死んでおる。

書物を開くと、そこには複雑な魔法陣と香りの配合が図解されていた。ガルドスがページをめくりながら説明を続ける。

理論は残っておるが、実践できる者がおらん。魔力と香りを同時に制御するには、両方の才が必要だからな。

……お前さんにその素質があるかは分からんが。

一度試してみます。嗅覚のレベルは4、魔法レベルは2ですが、論より証拠。実践あるのみ。

ガルドスは眉を上げて、

ほう、嗅覚レベル4か。それは大したものだ。ならば試してみるがいい。

ガルドスは奥の実験室にヨシオを案内した。石壁に囲まれた広い部屋の中央に作業台があり、ガラス器具や香草の束が並んでいる。

百年以上前に使われていた設備をそのまま保存しているらしい。

まずガルドスが基本を教えた。ポーションに魔力を流し込みながら香草を加える。魔力の流し方は手のひらから糸を出すように細く繊細に。

強すぎれば器が壊れ、弱すぎれば効果が出ない。

簡単な回復ポーションを使って実演してみせる。老魔術師の手から淡い光が流れ込み、ポーションが微かに発光した。


さあ、やってみろ。


◆香水、ポーションに魔法添加
ヨシオの前にポーションと香草の束が置かれた。まずは初歩の傷薬用ポーションに、鎮痛効果のあるラベンダーナを加えるところからだ。

手の甲に軽く切り傷を作り、そこにポーションを塗る工程を想定しての練習だった。

ポーションを手に取る。魔力を流す。そしてラベンダーの香草を加え、混ぜ合わせる。三つの要素を同時に制御しなければならない。

魔力の強さをセーブして……香草を加えればいいんですね。

手のひらから糸を出すように細く繊細に魔力をポーションに流しながらラベンダーナの香草を加える。そして混ぜ合わせる

魔力の糸がポーションに触れた瞬間、液体がわずかに震えた。加減が難しい。

少しでも力を込めすぎれば容器が割れそうな危うい感覚。そこにラベンダーナの香草を細かく千切って加えながら、手を止めずに混ぜる。

数秒の格闘の末、ポーションは淡く青白い光を放った。

成功だ。光の色は弱々しく、ガルドスの実演に比べれば頼りないが、確かに魔力が宿っている。

手の甲の切り傷に少量を塗ってみた。じわりと温かい感覚が広がり、傷口が塞がっていく。通常のポーションより明らかに治りが早い。

ガルドスは目を細めて、

……一発で成功させおったか。


老魔術師は驚きを隠さなかった。理論を聞いてから実践までわずか数分。普通なら一週間はかかる工程だという。


お前さんの魔力制御は荒削りだが筋がいい。あとは香草との組み合わせだ。相性の悪い組みもあれば、想像以上の効果を生む組みもある。

試行錯誤あるのみだな。

それから三日間、ヨシオはギルドの実験室に通い詰めた。

様々な香草とポーションの組み合わせを試しながら、薫療師としての第一歩を踏み出しつつあった。

魔力レベルを確認した。香水とポーションの効果を見たかったから。

ステータスを確認すると、魔力レベルは3に上がっていた。三日間の集中的な訓練が効いたらしい。

嗅覚レベル4と合わせて、調香と魔力制御の両立が着実に進んでいる証拠だった。

そしてヨシオは自分が作ったポーションと既製品の香水の効果を比較してみることにした。

まずポーション。鎮痛・治癒効果のあるラベンダー入りのものは、通常ポーションの約1.5倍の回復力を示した。

まだまだ改良の余地はあるが、方向性としては間違っていない。

次に香水。既存の月下香の香水を自分で嗅いだ際の精神安定効果は、通常の使用感と変わらなかった。

つまり、香水には魔力が乗っていない。ただ香りが良いだけだ。これを薫療師の技術で魔力を込めたらどうなるか。

試しに月下香の香水に魔力を流してみた。青白い光が瓶の中の液体を包み込む。

見た目は変化がないが、嗅いでみると明らかに違った。鼻腔に届いた瞬間に魔力が体に浸透し、心の安定だけでなく微かな活力まで感じられる。

これは別物だ。薫療師の香水は香りだけでなく魔法の力も同時に発揮する。

ポーションより携帯しやすく、用法も簡単。冒険者や騎士団、旅人たちに需要があることは間違いない。

ひとまず、香水に魔力を乗せられる事が分かった。

次の日、王宮へ拝謁することにした。


◆若返りですって
翌朝、身なりを整えたヨシオは王宮へと向かった。新作の香水と薫療師の技術、どちらも王家に報告するに値する成果だ。

門番に名を告げると、すでに話が通っていたらしくすぐに通された。

案内されたのは謁見の間ではなく、王女の私室だった。堅苦しい場ではなく気軽に話を聞きたいということだろう。

部屋に入るとマルティナ王女が笑顔で迎えてくれた。侍女が茶を用意し、二人きりになる。


お久しぶりですわ、ヨシオ様。お元気そうで何より。それで、今日はどんな驚きを持ってきてくださったの?

王女の瞳には好奇心が溢れていた。前回の訪問で嗅覚の天賦を見抜いた時のような、新しい発見への期待がその表情に滲んでいる。

隣国に香水を販売する件と合わせて、新しい香料の試作品、及び香水に魔法添加の試作品をお持ちしました。

王女は身を乗り出して、

まあ、魔法添加ですって?


ヨシオが持参した箱を開けると、三つの小瓶が並んでいた。琥珀の雫、月光の微笑み、そしてラベンダー入りの魔力香水だ。

さらにガルドスから借り受けた薫療師の古文書も添えた。

マルティナはまず新作の二種を手首につけて香りを確かめた。金柑ベースの重厚な香り、ベルガモットの上品な余韻。

どちらも既存の花香水とは異なる個性に王女は目を見開いた。


素晴らしいわ。花がなくてもこれほどの香りが……そしてこちらは?

三本目に手を伸ばし、手首ではなくハンカチに一滴落として嗅いだ。途端に王女の表情が変わった。驚きと感嘆が入り混じった顔でヨシオを見つめる。


これは……普通の香水ではありませんわね。体の奥に何かが染み込んでくるような。精神的な安らぎだけでなく、活力まで感じますわ。


王女は古文書を手に取り、ぱらぱらとページをめくった。「薫療師」の記述に目を通すと、再びヨシオに視線を戻した。

ヨシオ様、これは大変な発明ですわ。もしこの技術が普及すれば、我が国の軍事力にも影響を及ぼしかねません。

お褒めに預かり光栄です。ぜひ、国内での販売を認めていただきたいです。

今の所、香水に込められる魔法は落ち着いていると推定する精神系の安定と精力系の疲労回復に限定しています。

それと、これを。

香水を入れてきたガラス瓶と同じ大きさのガラス瓶を取り出す。

中には透明な液体が入っている。


王女はガラス瓶を受け取り、光に透かして、

これは……何ですの?

透明な液体は一見するとただの水に見えた。しかしヨシオが取り出したということは、これも何かの発明品であることは明白だ。

マルティナは警戒する様子もなく、しかし好奇心は全開で瓶を見つめていた。

これは治癒ポーションです。傷や病気に効果を発揮します。

また美容と健康と若返りにも効果が有ると思われます。


王女は目を丸くして、

若返りですって!?

「若返り」という単語にマルティナの反応が一段跳ね上がった。女性にとってそれは魔法よりも強い魔力を持つ言葉かもしれない。

王女は慌てて居住まいを正し、王族としての威厳を取り繕おうとしたが、頬の紅潮は隠しきれていなかった。


……失礼しましたわ。それで、これはどの程度の効果が?

声は平静を装っているが、瓶を握る手に力が入っている。明らかに期待している。

二十代半ばの王女であっても、美容と若返りという言葉には抗えないらしい。

まだ試験段階ですので、充分な効果を確認する為、大勢の男女に使ってもらい意見を聞きたいと思っています。

王女は真剣な顔で、

それはつまり、被験者が必要ということですわね。


王女の頭が高速で回転しているのが見て取れた。数秒の沈黙の後、にっこりと微笑んだ。


王宮の侍女たちに協力させましょう。二十人ほどおりますの。皆、化粧品や美容には目がありませんわ。それに……

少し言い淀んでから、

わたくしも、その……被験者の一人に名乗りを上げてもよろしくて?

最後の一言だけ声が小さくなった。王族の矜持と女性としての本音がせめぎ合っているのがありありと見える。

侍女を差し出しておいて自分だけ蚊帳の外ではいられないという、至極人間的な動機だった。

わかりました。試験品を10 本作りますので、王宮の皆さんで1ヶ月ほど御使用ください。

効果は人によって違いますので、後日面談にて確認させて下さい。

王女は嬉しさを抑えきれず、

一ヶ月ですのね。承知しましたわ。面談にはわたくしも必ず立ち会いますから。


◆治癒ポーションの王宮試験
こうして治癒ポーションの王宮試験が始まった。翌週、ヨシオは約束通り治癒ポーション十本を王宮に届けた。

侍女長に使用法を説明し、傷や軽い体調不良、肌荒れなどに試してもらうよう依頼した。

一本あたり百ミリリットル、一日一回、体に振りかけるか飲むかすれば効果が現れる。

侍女長は半信半疑だったが、「王女様のご命令ですので」と素直に従った。

一方、薫療師の香水とポーションの国内販売許可については、マルティナが父王に掛け合ってくれた。

「王家御用達」の認可を得たことで、国内での流通は一気に加速する見込みだ。

ただし軍事転用の懸念から、販売数量と使用先の報告義務が課せられた。

これは想定内だった。

さらに隣国への輸出交渉もグスタフが着々と進めており、近く使節団が出発する運びとなっていた。

ヨシオの異世界での商売は順調に拡大し続けていた。

王宮で治療ポーションが好評で、在庫が無くなり補充が必要となった。グスタフ商会の事務所にマルティナ王女が訪れた。

応接室にて対面するヨシオとマルティナ

王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。本日はどのような御用件でしょうか?

王女は扇子で口元を隠しながら、

ご機嫌麗しゅう、ヨシオ様。……単刀直入に申し上げますわ。治癒ポーションの追加をお願いしたいのです。


マルティナはソファに腰を下ろすと、少し声を落とした。


侍女たちの間で大変な評判になっておりますの。

切り傷が跡も残らず治った者、長年の頭痛が消えた者、肌に艶が戻った者……皆、まるで奇跡だと騒いでおりまして。

わたくし自身も、肩の凝りがすっかり楽になりましたわ。


王女の顔色は以前より明らかに良い。目の下の隈も消えている。十本を二十人で分けて一ヶ月の試験期間、どうやら効果は本物だったらしい。

それで……ここからが本題なのですけれど。


マルティナが居住まいを正した。扇子を膝の上に置き、真っ直ぐヨシオを見据える。


国王陛下が大変興味をお持ちですわ。兵士の訓練や遠征に使用できないかと。それと……他国に知られる前に独占したいとのお考えも。


応接室の空気がわずかに張り詰めた。香水や隣国との交易とは次元の違う話が動き出そうとしている。

身を乗り出すマルティナに微笑みを向け

はい。マルティナ王女のご推薦があった治癒ポーションのご用意、全力でお応えさせていただきます。数はどのくらいご入用でしょう?

王女は少し安堵したように息を吐いて、

ありがとうございます。陛下はまず百本をご所望ですわ。それと、継続的な供給体制の構築も視野に入れておられますの。

百本。現状の生産力で賄える数ではあったが、供給が続けば原材料の安定確保が課題になる。

魔力を込めたポーションは通常の調合より手間がかかる上に、香草の仕入れルートも限られている。


それから……もう一つ。

王女が声をさらに落とした。目配せで扉の外に控える侍従を下がらせ、二人きりになる。

陛下のお耳に入れたのはわたくしなのですけれど、実はわたくし個人としてもお願いがありますの。

マルティナの指先が扇子の縁を無意識に撫でていた。言おうか言うまいか迷っている様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。

あの治癒ポーション……肌への効果が非常に高いでしょう? あれを、その……美容に特化したものを作っていただけませんかしら。

陛下には内緒で。


◆美容ポーション
治癒ポーションのバリエーションを開発する。適用効果を特化する事でさらに効果を倍増させる。

私一人では出来ない相談だ。ガルドスと相談することにした。

ヨシオはマルティナの依頼を承諾した。ただし美容特化の開発は一人では手に余る。

ガルドスの知見と協力が不可欠だった。

マルティナには「開発に時間がかかりますが必ずご報告します」と伝え、ひとまず百本の納品を優先することにした。

翌日、ヨシオとマルティナは連れ立って魔術師ギルドを訪れた。

ガルドスは突然の来客、しかも王女の同伴に目を白黒させたが、応接室に通して茶を出した。


……して、何用だ。王女殿下まで引き連れて。

ヨシオが事情を説明した。治癒ポーションの美容特化型の開発、適用効果を絞り込むことによる効果倍増の狙い。

ガルドスは腕を組んで聞いていたが、話が終わると低く唸った。

理屈は分かる。傷や病気に効く万能薬を美容に絞れば、成分が凝縮されて効果は跳ね上がるだろう。だがな……

老魔術師はヨシオをじろりと見た。

万能から一芸に特化するということは、余計な効果を削ぎ落とすということだ。加減を間違えれば毒にもなりかねん。

それに、美容に魔力を乗せるという発想自体が儂の専門外だ。肌の美しさとは何をもって定義する?

美肌。肌の艶、張り、透明感、細胞の活性化、老廃物の分解と排出、毛穴の開き。肌を美しく保つ効果を狙いたい。

ポーションで擦り込むのが簡単だろう。化粧水や乳液のような薬剤を作成するのは私には難しい。ポーションなら万能薬の応用だ。

どうだ、やれるか?ヨシオは腕を組んでガルドスを見た。

顎髭を撫でながら、

ふむ……具体的だな。万能を捨てて肌に特化するか。悪くない発想だ。ポーションの形なら調合の知識も活かせる。

ガルドスは立ち上がると棚から一冊の古い書物を引っ張り出した。革の表紙は色褪せているが、中身は丁寧に保存されている。

百五十年前の薫療師の文書だ。ここに美容用の記録がわずかに残っておる。読め。

ヨシオがページを開くと、古代文字で書かれた記述があった。肌の再生を促す香草として「白蓮花」と「月露草」が挙げられている。

この二つをポーションに溶かし、魔力で活性化させて肌に塗布する。

細胞の新陳代謝を加速し、老廃物を排出させて肌本来の美しさを引き出すという理論だった。

 



しかし注意書きもある。魔力が強すぎれば肌が耐えられず逆に炎症を起こす、と。


要するに、お前の腕次第ということだ。まずは一本試しに作ってみろ。白蓮花なら王都の薬草店で手に入る。月露草は……少し厄介だな。

王女は目をきらきらさせて、

月露草なら王家の温室にございますわ!

白蓮花と月露草は手に入る様だ。それらを蒸留して調合して魔力を追加する。

そして被験者に試験してもらい効果を確認する。言うのは簡単だが並大抵のことではない。一度工房の工員と相談してみることにした。


◆美容ポーションの効果
数日後、ヨシオは工房に戻った。シーラ、フィン、ベルクの三人を集めて新しい開発計画を打ち明ける。

美容ポーションという未知の領域に、三者三様の反応が返ってきた。

シーラは肌に魔力を乗せるなんて……考えたこともありませんでした。

フィンは蒸留は任せてください。植物の精油を抽出する技術なら心得があります。

ベルクは被験者なら工房の女衆が喜んで協力するぞ。うちの嫁なんか新しい化粧品と聞いただけで目の色変えとったわ。


ベルクが豪快に笑い、場の空気が和らいだ。早速、材料集めが始まった。

ガルドスから白蓮花の根茎と月露草の花弁を分けてもらい、フィンが蒸留器の準備に取りかかる。

工房の女性陣も自主的に手伝いを申し出て、試作品の被験者志願者はあっさり二十人以上集まった。

二週間後、試作一号が完成した。透明でほのかに甘い香りのする液体。

フィンの蒸留技術で白蓮花と月露草の成分を丁寧に抽出し、ヨシオが魔力を注いで仕上げた。見た目は美しいが効果は未知数だ。

被験者第一号はシーラだった。恐る恐る腕の内側に塗り込んだ瞬間、肌がほんのり発光した。

翌朝、シーラの肌は驚くほど滑らかになっていた。

これなら美容ポーションの効果は申し分ないだろう。王女様に使って頂き、感想を聞こう。その上でを量産化しよう。

ラベルはその名のとおり、美容ポーション。

美容ポーション第一号を携え、ヨシオは王宮へ向かった。マルティナに直接手渡すと、王女は小瓶を宝物のように両手で包み込んだ。

まあ……これが。すぐに試してもよろしくて?


返事を待たずにマルティナは侍女を呼び、寝室に消えていった。

しばらくして戻ってきた王女の肌を見て、ヨシオは息を呑んだ。

まるで陶器のように滑らかで、十歳は若返ったかのような透明感があった。


……ヨシオ様。わたくし、鏡を見て泣きそうになりましたわ。

大袈裟ではなく、本心からの言葉だった。目の縁が微かに潤んでいる。

その後、王女付きの侍女たちにも試してもらった結果、全員が絶賛した。

「肌が生まれ変わった」「もう手放せない」と口々に語る侍女たちは、もはや美容ポーションの虜だった。

こうして美容ポーションの量産化が決まった。一本当たりの原価は治癒ポーションより

高くつくが、需要は確実に見込める。王女という最強の広告塔もついている。

ヨシオの工房は、また一つ新たな柱を手にしたのだった。

 

次回に続く

 

第7章
◆花々の廃棄処理
◆魔力式紙漉き装置
◆リサイクル
◆魔力量の調整
◆ワイバーン
◆ロックリザード
◆ミスリルの精錬
◆完成したポーション

 

 

異世界商人

 

第5章
王女アンネリーゼ
専属契約
アクリア調香学院
温暖化装置
効率的な精油抽出方法
輸送費削減
王都に店舗と工房
明日への期待

 

第5章

◆王女アンネリーゼ
ある朝、宿で帳簿を見ていたヨシオの元に、一通の封書が届いた。封蝋には王家の紋章が押されている。

封筒を空けると王女様から香水の納入希望が書かれていた。

封書の中身は上質な羊皮紙に丁寧な筆跡で書かれていた。内容は簡潔だ。
王女アンネリーゼがヨシオの香水を王都の店で試し、大変気に入ったので定期的に納入してほしいという依頼。
さらに、可能であれば王宮に出向いて王女に直接香水の説明をしてほしいとの一文も添えられていた。

末尾には王宮の担当侍女の署名と、面会希望日が記されている。三日後だ。

シーラは後ろから覗き見て、

王女様からのご指名ですか……すごいじゃないですかマスター!

これは大きなチャンスだった。王族御用達となればブランドの箔が格段に上がる。
しかし同時に気を引き締めなければならない。相手は王族だ。失礼があれば首が飛ぶ。
香水の質は問題ないとして、面会時に何を話すか、どう振る舞うかが重要になる。

王都での面会に備え、服装や礼儀作法を調べておく必要があった。商人としての正装も用意しなければならないだろう。

ヨシオとシーラは礼儀作法を習い、王都で最高級のタキシードとドレスを用意し、日時通りに王宮を訪れた。
貴族たちの視線を意識しつつも、胸を張って毅然と振る舞う。

王宮の正門は壮麗だった。白大理石の柱が左右に並び、鉄製の門扉には精緻な彫刻が施されている。
門番に封書を見せると、しばらく待たされた後に中庭へ通された。

中庭の薔薇園を抜けた先、応接室に案内される。調度品の一つ一つが庶民の年収を超える代物だろう。
革張りの長椅子に腰掛けて待つこと数分、扉が開いた。

侍女を二人従えて現れたのは、二十歳前後の若い女性だった。淡い金髪を緩やかに結い上げ、薄い水色のドレスに身を包んでいる。
華やかだが嫌味のない装い。碧い瞳がヨシオとシーラを捉えた瞬間、ふわりと微笑んだ。

椅子には座らず、自ら歩み寄って、

あなたが「ヨシオ」の調香師?お会いできて嬉しいわ。あの香水、どれも素晴らしかったけれど、特にムーンライトは忘れられなくて。

王女は想像していたより気さくだった。堅苦しい儀礼よりも、純粋に香水への興味が勝っているようだ。
侍女たちが茶を用意し、アンネリーゼは向かいの席に座ると身を乗り出すようにしてヨシオを見た。

はじめまして、私はアイザキヨシオと申します。となりは助手のシーラです。このたびは、私どもの香水をお気にめして下さりありがとうございます。

王女は手を振って、

そんなに畏まらないで。私、堅苦しいのは苦手なの。ねえ、もっと近くでお話ししましょう?

立ち上がってヨシオたちのそばに来ると、

実はね、今度隣国のレオハルト王子がいらっしゃるの。晩餐会でムーンライトをつけて出席したいと思って。王子のお好みに合うかしら。

王女の頬がわずかに赤らんだ。どうやら単なる社交ではなく、個人的な事情が絡んでいるらしい。

レオハルト王子といえば隣国ヴェルディアの第一王子で、文武に秀でた美丈夫と評判の人物だ。両国の関係強化のための外交訪問だが、年頃の王女にとっては別の意味もあるのだろう。

シーラは小声で、

マスター……これは商機ですよ。晩餐会用の特別調合、提案してみては。

ムーンライトは、高貴な王女様に良くお似合いです。晩餐会用に特別に調合したゴージャスムーンライトを試作中です。
これを納品しますのでお使いください。

王女は目を輝かせて、

特別に調合してくださるの?嬉しい!ねえ、どんな香りになるのかしら、今ここで少しだけ嗅がせていただくことはできる?

無限収納から試作品を取り出す許可を求める必要がある。王宮内での魔法使用は制限されている場合が多いが、「所持品の取り出し」程度なら問題ないか確認が要る。

シーラが小声で耳打ちした。

私のマジックポケットから最高級のゴージャスムーンライトを取出し王女様に手渡した。

小瓶を受け取って蓋を開け、手首の内側にひと吹き。目を閉じて香りを確かめると、

……まあ。ムーンライトより深いのに、重たくない。これなら晩餐会でも負けないわ。

侍女にも香りを試させて、

どう思う?

恭しく、

大変よろしいかと存じます。華やかさの中に気品がございます。

満足げに微笑んで、

ではこれを百本お願いするわ。それと、今後も定期的に王宮への納入を続けていただける?専属契約という形で。

百本。通常の百倍の量だ。金額にして一本当たり2,000Gで計算すれば20万G。
月商が跳ね上がるどころの話ではない。しかも専属契約となれば、王家の御用調香師という肩書きが手に入る。
商人としては破格の待遇だった。

ただし条件の詳細は詰めなければならない。納期、支払い方法、品質保持の期限、王家以外への販売制限の有無。
浮かれる前に確認すべきことは多い。

誠にありがとうございます。よろしくお願いします。

王宮を後にした。

 

◆専属契約
王宮を後にしたヨシオとシーラは、しばらく無言で石畳の通りを歩いた。
現実感が追いついてきたのは王都の喧騒が耳に戻ってきた頃だった。

シーラは両手で口を覆って、

百本ですよ百本!しかも専属契約!月商いくらになるんですかこれ!

帰路、馬車の中でシーラは興奮冷めやらぬ様子だった。アクリアに戻った二人はさっそく精油の増産体制に取りかかった。月下香の農地をさらに拡張し、精油蒸留設備も増設。リーナと新たに雇ったもう一人の助手で回せるぎりぎりの規模だ。

王女との契約書も完成した。内容は以下の通り。

・月下香精油百本を毎月納入

・一本あたり2500G

・王家以外への販売は王女の許可を要する

・契約期間は一年、以降は双方合意の上で更新

年間売上は3000万Gに達する。当初の百倍以上だ。商売としては大成功と言っていい。

だが、急激な拡大はリスクも伴う。農園の管理、精油の品質管理、そして人手。すべてが回り続ける保証はどこにもなかった。

私は、改めてスキルを確認した。

ヨシオがスキルウィンドウを開くと、これまでの活動で新たな項目が追加されていたり、既存スキルのレベルが上がっていたりした。

確認できた内容は以下の通りだ。

無限収納(中):収納容量が大幅に増加し、家一軒分ほどの物資を格納可能

調香術(中級):香水の調合精度が向上し、新しい香りの組み合わせを直感的に把握できる

商才(中級):商取引における交渉力や市場の動きを読む勘が強化されている

鑑定眼(初級):物品の品質や価値をある程度見抜けるようになった

言語理解(全種族):この世界のあらゆる言語を自然に理解・会話できる

また、スキルポイントが5貯まっていた。「スキルの強化」や「新スキルの取得」に使用できる。


◆アクリア調香学院
香水も大量生産となると品質管理が重要となる。

私以外に調合師を多く育てる必要がある。

優秀な人材を登用するために、教育する学校が必要かもしれない。

調香師の育成は急務だった。現在の調合はすべてヨシオ一人で行っているが、百本以上の月下香精油を香水に仕上げるには手が足りない。
品質にばらつきが出れば王女への納品に差し障る。

そこで教育機関の設立を考えた。香水専門の学校。この世界にはまだ存在しない概念だ。

候補地はアクリアが適当だろう。港町で交易が盛んゆえに各地から人が集まりやすい。
町の有力者に話を通せば土地も確保できるはずだ。資金は潤沢にある。

問題は教師を誰が務めるかだ。ヨシオ自身が教壇に立つか、それとも信頼できる調香の経験者を探すか。
あるいはスキルで「調香指導者」のような人材を召喚する手もある。

まずは構想をシーラに相談してみるといいだろう。

シーラ。香水の教育をする学校を設立しようと思う。

初めは小人数からだが、教師を私とシーラで受け持ち、

高級品は私が、普通品はシーラが講師となって香水師を育てる。

意見を聞きたい。

シーラは少し考えて、

いいと思います。ただ、私に普通品の講師が務まるかは正直自信がないです。マスターの調合を間近で見てきたから基本は分かりますけど、まだ経験が浅いので。

シーラは正直だった。自身の実力を過大評価しない点は美徳だが、このままでは講師役を任せるのは荷が重い。

続けて、

教師役の補佐としてもう一人か二人、経験のある調香師を雇うのはどうですか?
王都で探せば小規模な工房で働いてた人がいるかもしれません。独立したくても資金がないとか、腕はあるのに機会がないとか。

王都の商業区には香水を扱う工房がいくつかあった。中には後継者問題で閉業を考えている職人もいると聞く。
スカウトすれば即戦力になる可能性がある。

学校の設立場所については、商業区の外れに空いている二階建ての建物が候補に挙がっていた。
元は薬草店だったらしく、調合用の設備がそのまま残っている。改装すれば教室として使えるだろう。

指を立てて、

あと生徒の募集ですね。給料を出すなら応募は来ると思いますが、「香水師」なんて職業はこの世界にないですから、どんな人が集まるか未知数です。

私は、王都で香水師の募集を開始した。

それと並行して花の特性や香水作成の教本も図解入りで作成した。

募集は王都とアクリアの両方で行った。条件は調香に興味があり、基礎的な読み書きができること。
給与は月8万G、住み込みの場合は家賃を差し引いた額が支給される。

一ヶ月の募集期間で集まった応募者は十二人。面接の結果、四人を採用した。

エルザ:元薬草師の娘。父の仕事を手伝っていた経験から嗅覚が鋭く、植物への知識も豊富

カイル:元冒険者。怪我で引退した後、手先の器用さを活かした職を探していた

ミーナ:花農家の三女。実家の手伝いで花の扱いに慣れている

リコ:没落貴族の息子。高等教育を受けた教養がある

いずれも癖はあるが素質を感じさせる面々だった。教本も完成し、図解入りの分かりやすい内容に仕上がっている。

学校は「アクリア調香学院」と名付けられた。生徒四人と教師二人。小さな船出だが、まずはここからだ。

開校初日、教室に四人が並んで座っている。期待と不安が入り混じった表情でヨシオを見上げていた。

皆さん、ようこそ。我がアクリア調香学園に。

これから1ヶ月間、香水の調香について勉強してもらいます。

その後、私たちの工房で香水作製の仕事をしてもらいます。

よろしくお願いします。

エルザは真っ先に立ち上がり、

よろしくお願いします!父から香料のことは少し聞いていましたが、体系的に学べるのは初めてです。

カイルはぶっきらぼうに頭を下げて、

よろしく。手先には自信がある、期待してくれ。

ミーナはにこにこしながら、

花の香りでお仕事できるなんて夢みたいです!

リコは落ち着いた声で、

ご指導よろしくお願いいたします。

四人の反応はそれぞれだったが、やる気は十分に感じられた。

初日は座学から始まった。花の種類と香気成分、精油の抽出法、基剤の選定と配合比率。教本を使いながらヨシオとシーラが交代で講義する。

エルザは目を輝かせながらノートを取り、カイルは黙々と図面を写し取った。ミーナは実際に花に触れられる実習を心待ちにし、リコは的確に質問を挟んで理解を深めていく。

二週目からは実技に移った。月下香とラベンダーを使った基本の調合から始まり、三週目には各自がオリジナルの香水を設計する課題を出した。

そして一ヶ月後。四人は見習い調香師として工房に配属された。まだヨシオやシーラの足元にも及ばないが、「ヨシオ」ブランドを支える手は確実に増えた。

香水製造は毎日高稼働で材料の花も足りない状態が続いていた。


 

◆温暖化装置
冬に入ると更に深刻化した。

花は寒さに弱い。

そこで、温暖化装置を考案する必要があった。

この世界にはビニールハウスは無い。

さてどうするか?

冬の到来は容赦なかった。アクリアは温暖な地方とはいえ、十二月から二月にかけては気温が一桁まで下がる。

月下香は寒さに弱く、霜が降りると葉が傷んでしまう。

現状の対策は焼石に水だった。傷んだ月下香から精油を搾ると品質が落ちる。

落ちた品質を補うためにさらに月下香を消費するという悪循環に陥りつつあった。

選択肢を整理しよう。

一つ目は耐寒性のある品種への切り替え。しかし月下香の代替品はまだ見つかっていない。

二つ目は温室の建設。ガラス張りで内部を温めれば冬季でも栽培は可能だが、この世界にビニールハウスの概念はない。

ガラスは高価で壁一面に張るとなると莫大な費用がかかる上に強度の問題もある。

三つ目の方法として、魔法を活用する手がある。火魔法で地中に熱を蓄える、

あるいは火属性の魔石を利用して地表の温度を保つ。コストは魔石の維持費次第だが、工夫次第で安価に抑えられるかもしれない。

シーラなら何か知恵を持っているだろうか。

シーナに魔石について聞いてみた。

シーナは作業の手を止めて、

魔石ですか。火の魔石なら手頃なのがありますよ。火蜥蜴(サラマンダー)の巣穴から採れる小粒のやつ、市場に出回ってます。

一個500Gくらいかな。

シーラは続けた。

火蜥蜴の魔石は火属性の熱を蓄えてるんで、砕いて地面に埋め込めばじんわり温かくなります。

農業用に使ってる農家もありますね。ただし熱が広がるのが遅いから、畑全体をカバーするにはかなりの数が要ります。

指折り数えて、

百平米でだいたい五十個。全部で月下香の栽培区画は……ざっと三百平米だから、千五百個。七十五万Gですね。

一見高額に見えるが、「ヨシオ」の年間売上は数千万Gに達している。

千個程度の魔石なら誤差の範囲だ。問題は熱の持続時間と、冬の間ずっと交換や補充が必要になるかどうかだった。

魔石千五百個を結集した大きな魔石を製錬した。

中央には巨大な浮遊水晶炉があり、内部で青白い魔炎が穏やかに燃えています。

炎は熱ではなく「生命の温度」を放ち、周囲の気候を安定させます。


しかし、魔石エネルギーは使い捨てがこの異世界の常識だった。

魔石のリサイクルは出来ないだろうか?使い終わった魔石に魔法を付与すれば再利用出来るかもしれない。

シーラは目を見開いて、

あ、それ面白いかも。魔石って使い切ったらただの石ころですけど、魔力を込め直せば再充填できるって話は聞いたことあります。

魔石への魔力再充填は専門の術師に依頼するのが一般的だが、調香術を極めたヨシオなら自前で魔力付与ができる可能性があった。

魔力の流れを読み、操る感覚は調合の過程で培ってきたものと近いはずだ。

試しに廃棄予定の小さな魔石を一つ手に取ってみる。掌の上で転がすと微かに温もりが残っていた。

完全に空になった魔石でも、構造自体は壊れていない。ここに魔力を流し込むイメージで……。

調香術の要領で香気の層を重ねるように、魔力の膜を魔石に纏わせていく。

すると石が仄かに赤みを帯び始めた。微かな熱が掌に伝わってくる。

シーラは覗き込んで、

できてるじゃないですか!これならリサイクルできるかも。

再充填の効率を検証する必要はあるが、もし実用に耐えるなら魔石代を大幅に削減できる。まずは専門家に意見を聞くべきだろう。

魔法使いの冒険者に魔石のリサイクルについて聞いてみた。

アクリアの冒険者ギルドに併設された酒場で、一人の魔法使いに声をかけた。

銀髪を短く刈り込んだ中年の男で、「炎槍のガルド」という二つ名を持つベテランだ。

テーブルには空になったジョッキが三つ並んでいたが、話に応じてくれた。

顎髭を撫でながら、

魔石の再充填?やったことねえな、普通は。

ガルドは腕を組んで少し考え込んだ。

ただ理屈としちゃあ分からんでもねえ。

魔石ってのは魔力の通り道みてえなもんで、使い果たしても石自体が割れるわけじゃねえからな。

空の器に魔力注ぎゃ溜まるってのは筋が通る。

ジョッキを持ち上げて、

問題は効率だ。自然放置じゃまず無理だろうよ。術師が直接流し込むにしても、魔石の容量を超えた魔力ぶち込んだら石が砕ける。加減がいる。

つまりヨシオのやり方は方向性としては間違っていなかったが、出力の調整という課題が残る。ガルドが興味を示したのはそこだった。

「暇な時に手伝ってやるよ」と協力を申し出てきた。魔石リサイクルの実験に、元冒険者の魔力操作の知見は心強い味方になるだろう。

こうして魔石をリサイクルする事で、温暖化装置のコスト削減に成功した。


月下香栽培が安定し、香水生産量が上がった。

嬉しいことに、私の基礎魔力レベルが1から2に上がった。

◆効率的な精油抽出方法
そこで、より効率的な精油抽出方法を考えることにした。

蒸留装置の改良が必要だ。

リサイクル魔石のおかげで温暖化装置の運用コストは当初の見込みの十分の一に収まった。

月下香は冬季でも安定して育ち、精油の生産量は以前の倍に達した。

しかし、いくら原料が増えてもボトルネックは精油の蒸留工程にあった。

現行の蒸留装置は単式で、一度沸騰させて冷却し精油を分離するという古典的な方法だ。これでは処理量に限界がある。

改良の方向性としては二つ考えられる。一つは連続式蒸留装置の導入。

パイプを循環させて連続的に蒸留と冷却を繰り返す仕組みで、理論上は生産量が飛躍的に伸びる。

もう一つは高圧蒸留法。水蒸気の温度と圧力を上げることで沸点の低い揮発成分だけを効率よく抽出する方法だ。どちらもこの世界では前例のない技術になる。

ドワーフの鍛冶師に相談すれば、設計と試作は可能だろう。
費用はそれなりにかかるが、「ヨシオ」の売上を考えれば十分に投資の価値がある。

ドワーフ鍛治師の所に行き相談を持ちかけた。

アクリアから馬車で半日の鉱山町ドルク。
ここに腕利きのドワーフ鍛冶師がいると聞き、訪ねた先は「鉄火工房」という看板を掲げた工房だった。
金属を打つ音が絶え間なく響いている。

出てきたのは身長の低い赤毛のドワーフだった。
ずんぐりした体躯に太い腕、顔には煤がこびりついている。名はゴルドというらしい。

ゴルドは汗を拭きながら、

なんだ、ひょろ長い兄ちゃんがこんな山奥まで。武器の注文か?

蒸留装置の設計図を見せると、ゴルドの目の色が変わった。職人の目だ。分厚い指で図面をなぞりながら唸る。

ほほう……こいつは見たことねえ構造だな。水を沸かして花から油を絞るってか。

設計の一点を指差して、

ここの冷却部分だが、もう少し効率よくできるぞ。二重管にして内側に水流を通しゃ、外管の冷えが早え。

ゴルドは図面に直接書き込み始めた。どうやら気に入ったらしい。
「三日くれ、試作してみる」と言い放ち、すでに頭の中では部品の形状を組み立てているようだった。

試作品をお願いします。上手く行けば、数台製作依頼します。

ゴルドは歯を見せて笑い、

数台じゃ足りねえかもしれんぞ。こいつは面白え仕事だ。

三日後、ゴルドから連絡があった。工房を訪れると、作業台の上に試作品が鎮座していた。
鉄と銅の管が複雑に絡み合い、底部には蒸発皿が据えられている。
想像以上にコンパクトな設計だった。

実際に月下香の花弁を入れて稼働させてみると、旧来の単式装置とは段違いの速度で精油が滴り落ちた。

ゴルドが考案した二重管冷却の効果は絶大で、加熱から冷却までの時間が半分以下に短縮されている。

ただし課題もあった。連続運転を続けると管の内壁に精油の成分が付着して詰まる。定期的な洗浄が必要だ。

それと、初期投資として試作一台で50万Gがかかった。

量産するなら複数台必要だが、その前に精油の品質チェックが先だ。

旧装置と新装置で抽出した精油に違いがあるかどうか、比較試験を行わなければならない。

私は、旧装置と新装置の精油状態を試験し、製造量のコストを計算した。

両装置で抽出した精油をヨシオ自身の鑑定眼で比較した。成分分析の結果、品質にはほとんど差がなかった。

純度は新装置の方がわずかに高い程度で、香水としての価値に影響するほどの差ではない。

続いてコスト計算を行う。旧装置は一時間あたり約十五本分の精油を生産できた。

新装置は設計通りなら約三十本。さらに魔石の再充填を考慮すれば、ランニングコストは旧装置の三分の一以下に収まる。

さらにゴルドは改良を約束しており、将来的には一台で五十本以上の生産が見込めるとのことだった。

つまり新装置を五台導入すれば旧装置の十五倍の精油が生産できる。投資額は五台で250万G。対して月下香一株あたりの収益を計算すると、一株から精油約二十本分が採れる。五台体制なら一株から得られる利益は旧装置の約四倍。

結論として、新装置への切り替えは極めて合理的だった。さらにゴルドに量産を依頼すれば生産速度はさらに上がるだろう。

ゴルドに装置の製作を正式に5台依頼した。

ゴルドは拳で胸を叩いて、

任せとけ。十日で仕上げてやらあ。

十日後、鉄火工房から新装置五台が届けられた。設置作業はゴルド自らが立ち会い、配管の微調整まで丁寧に仕上げた。

職人としての矜持が窺える仕事ぶりだった。

稼働を開始して三日目には、月下香畑の景色が一変した。以前は数人の人手で回していた作業が、装置の自動化で大幅に効率化されたのだ。

空いた人員は品質管理や出荷準備に回せるようになり、工房全体の生産性が底上げされた。

その効果は数字にも表れた。

アクリア調香学院の生徒たちが作る見習いブランドの香水も安定して出荷できるようになり、ブランド全体の月間生産量は千二百本を突破。

王女への納入分を差し引いても月商は九百万Gに迫った。

アクリアの港町を歩けば、道行く人々がほんのりと香水の匂いを纏っている。

ヨシオブランドの香りはもはやこの町の風景の一部になりつつあった。

新装置による、香水の生産量の増加は、さらに新たな課題を私に提示した。

◆輸送費削減
香水の売り上げが伸びるにつれて、輸送費が馬鹿にならない。

ここでも、コスト削減が必要だと考えられた。

問題は単純明快だった。いくら生産量を増やしても、アクリアから王都までの輸送コストが売上を圧迫し始めていたのだ。

片道の馬車便で五日、往復で十日。その間に品質が劣化するため、高級品は魔法で冷却しながら運ばなければならず、その費用も馬鹿にならない。

現在の輸送コストは一本あたり約50G。千本出荷すれば5万G、つまり売上の約五パーセントが輸送だけで消えている計算になる。

これがもし自社で輸送手段を確保できれば、人件費と燃料費だけで済み、大幅なコスト削減が見込める。さらに冷却不要の常温輸送が可能になれば経費はさらに下がる。

考えられる選択肢は二つ。自前の輸送隊を組織するか、あるいは定期船の航路に乗せてもらうかだ。

後者なら船賃との相殺で大幅に安くなる可能性があるが、交渉次第だろう。

港にはちょうど王都からの船が停泊している。使者に会うついでに、港湾の責任者にも話を通しておくのが得策かもしれなかった。

港湾の責任者に運送コストと運航日数を確認した。

港湾事務所を訪ねると、恰幅のいい中年の男が出迎えた。港湾長のバルドという人物だ。

バルドは書類を引っ張り出しながら、

あー、香水の運送ね。王都行きの定期便なら片道三日で着く。船なら馬車よりずっと早い。

そろばんを弾いて、

一本あたりの船賃は二十本単位で契約なら一本当たり15Gってとこだな。

ただし割れ物扱いだから梱包に気ぃ遣うし、揺れで瓶が破損した時の補償は別料金だ。

つまり二十本単位の定期契約を結べば、輸送コストは一本あたり約15G。馬車便の三分の一以下だ。

さらに冷却不要で運べるため保冷費用も削減できる。

ただし注意点もあった。現在の定期便は週に二便、つまり月に八回しか出ない。

月に千本以上出荷するなら便数が足りず、かといって船を一隻専属で確保するとなると月間の船賃が百万Gを超える。

大口の契約を結んで専用枠を設けてもらう必要があるだろう。

当面は、陸と海で運搬し王都に香水の工場を建設する計画を考案することにした。


◆王都に店舗と工房
王都に工場を建てるという案は、輸送問題を根本から解決する最善手だった。現地で生産すれば輸送費はゼロ、保冷の手間もない。しかし実行には莫大な資金と政治的な後ろ盾が必要になる。

まず初期投資の見積もりだ。王都の土地代はアクリアの数倍、工業用地となればさらに高い。建物の建設費、調香設備の導入、人材の確保。最低でも数千万Gは必要だろう。

次に政治面。王都で商売をするには王の許可がいる。今回の使者の訪問は、あるいはこの件に関係しているのかもしれなかった。

港で待つ王宮の使者はまだ帰っていない。会って話を聞く価値は十分にある。王都進出の足がかりになるかどうかは、これからの交渉次第だ。

王宮の使者に香水工場の許可は出るか確認に行った。

港の待合室で待っていたのは、白髪交じりの壮年の男と若い文官の二人組だった。文官の名はレナード、男の名はグスタフと名乗った。

グスタフは穏やかな口調で、

お忙しいところ申し訳ない。実は本日参りましたのは、こちらからお願いがあってのことでして。

グスタフは懐から書状を取り出した。封蝋には王家の紋章が押されている。

王女殿下がヨシオ殿の香水を大変お気に召されまして、最近では侍女たちの間でも評判になっております。

そこで殿下より直々に、王都にも店舗と工房を構えていただけないかと。

つまり王都進出の許可どころか、王女側から誘致の話が来たのだ。渡りに船とはまさにこのことだった。グスタフは続けて、

土地と建物は王家で用意いたします。ただ、いくつか条件がございまして。

グスタフは書状の条項を読み上げ、

まず王都での売上の一部を税として納めること。次に王家御用達の看板を掲げていただくこと。

最後に、新作ができた際には王家に優先的に献上すること。

要するに王家の威光を利用させてやるから、見返りを寄越せという話だ。悪くない条件だった。

土地と建物がタダで手に入るなら、数千万Gの投資が丸ごと浮く。

承知しました。ありがとうございますと王女様にお伝え下さい。

グスタフは深く頷いて、

殿下もお喜びになるでしょう。それでは早速、準備に取りかかります。

話はとんとん拍子に進んだ。使者たちは翌週までに土地の選定と建物の手配を済ませると約束し、帰路についた。

この知らせをアクリアに持ち帰ると、工房はちょっとした騒ぎになった。

シーラは目を丸くして、

王都に工房!?ヨシオさん、いつの間にそんな話に……。

興奮気味に、

王都なら人口も桁違いですし、販路が一気に広がりますね!

しかし浮かれてばかりもいられない。

王都での生産体制を構築するには人材を送り込まなければならず、学院の生徒たちの中から選抜が必要になる。

また、アクリアと王都の二拠点をどう運営していくかという問題も生じる。片方が疎かになればブランドの信用に関わる。

春風が窓から吹き込む中、ヨシオは王都進出に向けた具体的な計画を練り始めなければならなかった。

高級香水は王都で、普通香水はアクリアで生産することにした。王都の人材は私とエルザ。

アクリアはシーラと他の工員で生産する事にし、軌道にのれば、逐次ローテーションする様にした。

また新たに工員の募集もし学校の授業も継続している。

体制は着々と整っていった。王都組はヨシオとエルザの二人、アクリア組はシーラを筆頭にカイル、ミーナ、リコの四人。

それぞれの工房長として生産を統括する。

新たな工員募集にも応募が殺到した。アクリア調香学院の評判は近隣の村にまで広まっており、調香師になりたい若者が毎月のように門を叩く。

その中から適性を見極めて採用していく。

こうして二つの工房が同時に稼働し始めてから三ヶ月。夏を迎える頃には両拠点とも軌道に乗った。

ローテーションも順調で、王都組がアクリアに戻って技術を伝え、また王都へ送り出す。

この循環が回り始めたことで、職人の技術格差は縮まりつつあった。

売上も右肩上がりだ。王都での高級香水は貴族や富裕層に飛ぶように売れ、アクリアの普通香水は庶民の手が届く価格帯として定着した。

月商は王都工房が四百万G、アクリア工房が三百万G。合計七百万Gを超え、名実ともにアクリア最大の産業になっていた。

そんなある日のこと、王都から一通の手紙が届いた。差出人はグスタフ。内容は短かった。

「至急お会いしたい」とだけ記されている。

王女様からのご依頼でしょうか?

翌週、ヨシオは王都へ赴いた。エルザに留守を任せての単身出張だ。工房はすでにエルザが問題なく回せるようになっている。

王都の工房でグスタフと面会すると、彼の表情はいつもの穏やかさが消えていた。眉間に皺を寄せ、明らかに困り顔だ。

グスタフは声を潜めて、

実はヨシオ殿、厄介なことになりました。

グスタフが語ったのは次のような話だった。先日、隣国の使節団が王都を訪れた際に「ヨシオブランド」の香水が話題になった。

使節の一人が自国の王妃への土産として大量に購入していったのだが、それが他の使節団員の耳にも入り、我も我もと買い求め始めた。

結果として王都の在庫が底をつきかけている。それだけならまだいい。問題はその噂が国境を越えて周辺国に広まり始めたことだ。

各国の貴族や富豪から注文が殺到し、このままでは王都工房だけでは到底捌ききれなくなる。*

グスタフは一枚の紙を差し出した。そこには各国から届いた注文書の一覧が並んでいる。数十件の名前が連なり、中には大陸の反対側にある国の名前まであった。

現時点で確認できている注文だけでこの有様です。おそらく今後さらに増えるでしょう。いかがなさいますか。

腕を組んで考え込んでしまった。注文が多いことは嬉しいが、生産体制が追いつかない。原材料の花も足りない。即答は出来ない。後日返事をすることとした。

グスタフは理解を示して、

もちろん即答は求めません。よくお考えください。ただ、あまり長くはお待たせできない状況であることだけはご承知おきを。

工房を出たヨシオは、王都の通りを歩きながら思考を巡らせた。通りには香水を纏った女性たちが行き交い、店先にはヨシオブランドの看板が掛かっている。

この光景がやがて大陸中に広がるかもしれないという実感は、正直まだ湧かなかった。

宿に戻り、机に向かう。

問題を整理しよう。

まず生産能力。王都工房の現在の生産量は月四百本。原材料の月下香はアクリアからの船便で供給しているが、これ以上の増産には花の栽培面積を大幅に拡張する必要がある。

シーラに相談すれば畑の拡大は可能だろうが、それでも限界はある。

次に人材。調香師の数が圧倒的に足りない。学院の卒業生はこれまでに十二人出ているが、そのうち実戦投入できるのは六人程度。

このペースでは年間に百人が限度だ。現地での調香師育成も視野に入れなければならないが、教えられる人間が限られている。

そして最大の課題は花の調達だった。月下香は希少な野生種で、栽培も難しい。

代替品を探すか、花に頼らない香水を開発するか。あるいはまったく別の解決策があるのか。

夜が更けても、ペンは紙の上で止まったままだった。

花以外の香水を開発する必要がある。しかしどうすれば良いか工員全員で知恵を絞ることにした。

翌日、ヨシオはアクリアに飛んだ。工房の全員を集めて緊急会議を開く。

会議室のテーブルに着いたのはヨシオ、エルザ、シーラ、カイル、ミーナ、リコ、そして新人工員のリーネの八人。議題は「花に頼らない香水の開発」だ。

最初に口を開いたのはシーラだった。

あの花以外となると、果物や樹脂系ですかね。例えば東方の島国では竜涎香っていう鯨の体内でできる香料があるって聞いたことがあります。

エルサはメモを取りながら、

でもそれって入手が難しくないですか?ここでは手に入りませんよね。

カイルは腕を組んで、

樹脂なら森で採れるものもあるんじゃないか?樟脳みたいなやつとか。

リーナはおずおずと、

あの……花の香りを再現するんじゃなくて、まったく新しい方向で攻めるのはどうでしょう。例えば、柑橘系の爽やかな香りとか、男性向けのウッディな香りとか。

様々な意見が飛び交う中で、一つの突破口が見え始めた。花に固執する必要はないのだ。これまで月下香という素材に依存してきたが、香水は香りの芸術。

使う素材に制限などない。八人の頭脳が絞り出したアイデアの断片がテーブルの上に散らばり、新たな可能性の輪郭が少しずつ浮かび上がってきた。

柑橘系の果物。レモンやミカンや桃。皆で手分けしてあらゆる香りを探索して下さい。これからは皆さんの創作の時間です。

その一言で工房に火がついた。八人は一斉に立ち上がり、それぞれの持ち場へ散っていく。目は爛々と輝いていた。

探索は三日間に及んだ。


◆ 明日への期待
シーラとカイルは港に走り、各地から届く果物の木箱を片っ端から開けて回った。レモン、オレンジ、グレープフルーツ、ライム、金柑、夏みかん、ザボン、ネーブル、そして季節外れの桃。香りの強いもの、弱いもの、酸味の立つもの、甘いもの。数十種類の柑橘系果実が工房の作業台にずらりと並んだ。

エルザとリーネは王都の市場を回り、乾燥させた柑橘の皮や果皮を大量に買い付けてきた。陳皮や乾皮は生の果実とはまた違った香気を持つ。漢方薬のような奥深い風味が調香に新たな表情を加えるかもしれない。

ミーナとリコは森に入り、樹木の樹皮や樹液、葉の汁などを採取してきた。ヒノキに似た香りを持つ木、シダーウッドのように重厚な木、果実とは違う森の空気そのものを閉じ込めたような素材たち。

三日目の夕方、ヨシオの前に八人分のノートが集まった。それぞれが試作した香りの記録と感想がびっしりと書き込まれている。

その夜、ヨシオが一人で工房に残って試作品を嗅ぎ比べた。レモングラスを基調にした爽快な一本、桃の甘さを活かした柔らかな一滴、ヒノキ系の落ち着いた香り。どれも既存の月下香とはまったく違う個性を放っている。

翌朝、全員を集めて発表の場を設けた。

皆さんご苦労様でした。皆さんのおかげで色々なサンプルがそろいました。これらの香料から香水を開発する様にするため皆さんの意見を聞かせて下さい。

最初に手を挙げたのはシーラだった。彼女のノートには柑橘系の果皮を使った香りがいくつも記録されている。

私は乾燥させた金柑の皮に注目しました。甘くて重い香りの中にほのかな苦味があって、既存の月下香とは全然違う方向性だと思います。これをベースにして、若い女性向けの香水が作れないかなと。

続いてエルザが立ち上がった。

私とリーネで試したのはベルガモットです。オレンジの皮から抽出した精油なんですが、上品で華やかさもあって。男性用にも女性用にもいけると思います。ヨシオブランドの新しい看板商品になり得るかと

カイルが鼻をこすりながら続いた。

森で採ってきた木の樹脂が面白かった。松に似たやつで、燻したような深い香りがする。煙草の匂いに近いんだが、嫌な感じじゃない。狩人とか職人向けの男性香水に合うんじゃないか。

ミーナとリコが顔を見合わせてから口を開いた。二人のノートには森の素材を組み合わせた香りが並んでいた。

森の素材を三つ混ぜたものを作ってみたんです。シダーウッドとヒノキと、あと葉っぱの汁。森の中にいるみたいな香りになって……そのまんまなんですけど、なんか落ち着くというか。

最後にリーネがおずおずと手を挙げた。

あの、私のはまだ全然まとまってないんですけど……レモンとグレープフルーツを組み合わせて、すごくさっぱりした香りになりました。夏場に使えたらいいかなって。

皆さんありがとう。香水とはまた違った芳香剤も作れそうです。

室内の芳香剤とかトイレの芳香剤にも使えそうです。

睡眠時の心地よい香りにもなる物も作れそうです。

みなさんと一緒に開発しましょう。

そして王女様には良い返事をしましょう。

工房全体が沸き立った。香水だけでなく、芳香剤という新しい市場が開けるかもしれない。その可能性に全員の目が輝いている。

それからの日々は怒涛の開発期間となった。朝から晩まで工房には甘い香りや森の匂いが漂い続け、壁には試作品の番号札がずらりと並ぶ。失敗作も山のようにあったが、その山の分だけ新しい発見が生まれた。

二週間後、ついに六種類の新作が形になった。金柑ベースの甘く重い「琥珀の雫」、ベルガモットの上品な「月光の微笑み」、松系樹脂の渋い「深林の誇り」、森の香りそのままの「安らぎの森」、レモンとグレープフルーツの清涼感ある「涼風の囁き」、そしてラベンダーとヒノキを合わせた「眠りの揺り籠」。

睡眠用の「眠りの揺り籠」は意外な大発見だった。枕元に数滴垂らすだけで、森の中で眠っているかのような安らぎを得られる。工房で仮眠を取ったシーラが「もう朝ですか」と寝過ごしたほどだ。

六種類を小瓶に詰め、王都へ向かった。グスタフへの返事を携えて。

 

第6章
◆ポーション
◆老魔術師のガルドス
◆香水に魔法添加
◆新作の香水
◆若返りですって
◆治癒ポーションの王宮試験
◆美容ポーション
◆美容ポーションの効果

 

次回につづく

異世界商人

 

第4章
助手シーラ・アリアー
香水の即売会
新しい香水の構想
冒険者へ依頼
スキル確認
ゴブリンと遭遇
月下香の原種
花の栽培
王都へ販路拡張

 

第4章

◆助手シーラ・アリアー
マルタはヨシオの肩を叩いて笑った。彼女の隣に、長い金髪を結い上げた女性が立っている。エプロンを着た姿は薬師のようだ。

必要なものが早口でまくしたてるもんだから驚いたよ。それで助手だっけ?ちょうどいい人材を連れてきた。

深く礼をし、穏やかな声で、

はじめまして。シーラ・アリアーと言います。ヨシオさんの助手に来ました。

シーラは二十歳前後、背筋の伸びた細身の女性だった。
金髪を後ろで一つに結い上げ、薄い青の瞳が静かにヨシオを見つめている。
手には分厚い手帳と万年筆を持っていた。

ヨシオの耳元に顔を寄せて、

薬師の見習いをやってた子でね、植物の扱いに慣れてる。数字にも強いし、助手にはぴったりだよ。
あたしの遠縁の孫みたいなもんで身元は保証する。

シーラは手帳を開いて、

マルタさんから香水の精油管理と出荷記録をつけてくれる方を探していると聞きまして。私でよければぜひ。
渡りに船とはこのことだった。
精油の在庫管理、出荷数の記録、ラベルの仕分け、運搬の手配。一人で回すには限界が見えていたところに、事務処理ができる人材が現れた。
しかもマルタの紹介なら信用できる。

マルタはにやりと笑い、

報酬は相談しな。ただし安く使い倒すんじゃないよ。

シーラさん、私がアイザキです。よろしくお願いします。

時給の相談と仕事の割り振りを話しあった。

彼女は優秀で直ぐに仕事を手伝ってもらう事になった。

話し合いの結果、時給800Gで落ち着いた。この世界の一般的な日雇い仕事が500G前後であることを考えれば破格の待遇だ。シーラも即決で了承した。

早速その日からシーラが動いた。まず宿の部屋を見るなり眉をひそめ、

部屋の隅に積まれた精油瓶の山を指差して、

……これ、地震が来たら大惨事ですね。棚を作りましょう。木工職人なら商店街にいます。

その日のうちに壁際に簡易の木製棚が据えられ、精油が種類ごとに整然と並んだ。
出荷予定表の作成、在庫の記録、配送伝票の下書きまで夕方には終わらせていた。
優秀というマルタの評価は誇張ではなかった。

翌日からは香水作りも分業が始まった。シーラが精油を計量し、ヨシオが調合する。
瓶詰めとラベル貼りはシーラの担当。流れ作業が可能になったことで生産速度が倍近く跳ね上がった。

港町アクリアへの出発まで残り一週間。80本の納品分はすでに確保済み。残りはイベント用の150本。
このペースなら余裕で間に合う。

ある日の夕暮れ、中央広場の屋台で軽食を取っていると、

シーラは隣に座って、

ヨシオさん。一つ聞いてもいいですか。

何ですか?何でも聞いて下さい。

屋台のスープを啜りながら、

ヨシオさんは、この町を拠点にずっとやっていくつもりですか?

何気ない問いのように聞こえたが、シーラの横顔にはどこか真剣な色があった。

スプーンを置いて、

いえ、変な意味じゃなくて。最近ヨシオさんの噂をよく聞くんです。中央広場で香水を売る異国の人、港町に進出するらしいって。

皆さん感心してるんですけど、同時にちょっと心配もしてて。町の外に出て行ったきり戻ってこない人、結構いますから。

中央広場の常連客たちの顔がヨシオの脳裏をよぎったかもしれない。
「あなたがいないと朝が始まらない」と言っていた女性客、毎回二本買っていく衛兵。この町で築いた小さな輪は、確かにそこにあった。

心配してくれてありがとうございます。私はこの町を出るつもりはありませんよ。だってここは私の家なんですから。

今は香水だけで生活していけていますが、いつかは香水だけでは生活できなくなるでしょう。
その時のために少しずつお金を貯めています。
私が作った香水を皆さんに喜んで買ってもらえる限りは私はこの町で生きていきます。

少し目を見開いてから、ふわりと笑って、

よかった。それを聞いて安心しました。

夕焼けが中央広場を橙色に染めていた。広場の噴水が夕日を受けてきらきらと光る。
いつもの光景、いつもの時間。だがヨシオにとっては、その「いつもの」が何よりの財産になりつつあった。

シーラは何か言いかけて口を閉じ、代わりにスープの残りを飲み干した。
その頬がわずかに赤いのは、夕日のせいだけではなさそうだったが、本人が触れなかったのでヨシオもそれ以上は追わなかった。

それから数日、二人は黙々と香水を作り続け、出発前日の夕刻に150本が完成した。
机の上に整列した小瓶の列は壮観で、朝日を浴びたらさぞ美しいだろうと思わせた。



◆香水の即売会
翌朝、リーナが手配した馬車が宿の前に停まっていた。

さあ出発だ。ブレンダーアイザキの香水を世の中に広める時が来た。

馬車に揺られること二日。街道沿いの麦畑がやがて潮の匂いに変わり、丘を越えた先に青い海が広がった。港町アクリアだ。

白壁の建物が坂道に沿って連なり、港には帆船が何隻も停泊している。
潮風が石畳を吹き抜け、干し魚と果物の混じった独特の空気が鼻をくすぐった。

リーナの店は港から少し入った大通り沿いにあった。
「リーナ香料雑貨店」の看板が掛かった三階建ての立派な店構え。ガラス窓の奥には香水や化粧品がずらりと並んでいる。

店に入るとリーナが笑顔で迎えた。

両手を広げて、

ようこそアクリアへ。長旅でお疲れでしょう。今夜はうちの二階に泊まってください。明日からが本番です。

店の裏手には広めの作業台が用意されており、隣には簡易の販売カウンターまで設えてあった。

ヨシオとシーラの即席店舗。壁には「ブレンダー・アイザキ新作登場」と手書きのポスターが貼られている。

リーナの気合の入りようが窺えた。

出張販売店がオープンした。店舗にはシーラが残り、ヨシオは隣のリーナ店舗で新作の販売を開始した。

販売価格1000G少し高価な設定にした。

夕方、アイザキの販売スペースにリーナが訪ねてきた。

息を切らして駆け込んできて、

大盛況じゃないですか!初日で40本ですよ。私の店でも新作の問い合わせが殺到してます。

シーラの店番も大変だったらしい。ポスターの前には人だかりができ、試供品を求める声が途切れなかったとのことだ。
「あの香水はどこで手に入るのか」という質問があちこちで飛び交っていたという。

額の汗を拭いながら、

正直ここまでとは思いませんでした。特に二種ブレンド、あれが一番人気です。「男女兼用」というのが珍しいらしくて。

明日は残りの40本と、追加で出せる分があれば全部並べてしまいましょう。

全部売り切ったら、周辺の花畑を散策してみよう。

香水に出来る花が有るかもしれない。


◆ 新しい香水の構想

リーナは目を丸くして、

散策って……商売の合間にですか?まあ、商売人ってのは常に種を探してるもんですからね。止めはしませんよ。

二日目。朝からヨシオは全力で香水を売った。残りの40本は昼過ぎには完売。
最終日の三日目も朝一で追加分を並べると、開店から二時間で棚が空になった。
三日間の総売上は200本。売上金額にして200,000G。大盛況の成果だった。
シーラは売上記録を几帳面につけており、帳簿を見せてもらうと一日の売上推移が美しいグラフのようになっている。

最終日の夕方、荷物を片付け終えたヨシオはリーナに周辺の花畑について尋ねた。

リーナは鍵を棚に戻しながら、

ああ、ここから南に少し行った丘陵地帯に野花の群生地がありますよ。
ラベンダーナ以外にもカモミールやローズ、野薔薇なんかも自生してるはずです。

ただ最近、あの辺りに魔物が出るって話も聞きます。気をつけてくださいね。

魔物ですか?護衛を雇えると良いのですが。

リーナは顎に手を当てて、

護衛か……。この町なら冒険者ギルドがありますよ。通りを出て右に真っ直ぐ行った突き当たりの赤い屋根の建物です。

日帰りの護衛依頼なら銀貨数枚で引き受けてくれるでしょう。ランクの低い魔物相手なら駆け出しの冒険者でも十分ですから。

魔物の出没。現代日本には存在しなかった概念だが、この世界では日常の一部だ。
野生動物が凶暴化したものから、魔力を帯びて変異した生物まで、種類は様々らしい。


◆冒険者へ依頼
翌朝、出発前にギルドを訪れた。中は酒場と受付が一体になったような造りで、革鎧を着た冒険者たちがたむろしている。
依頼掲示板の前には数人の若者が群がっていた。

受付の女性がヨシオに気づいて声をかけた。

にっこり笑って、

いらっしゃいませ。ご依頼ですか?

丘陵地帯に行くのですが、護衛2から3人を頼みたいと思います。

受付嬢は用紙に書き込みながら、

丘陵地帯ですね。最近ゴブリンが目撃されてますので護衛は必須です。

日帰りでしたら2名が相場ですね。3名だと銀貨8枚になりますが。

銀貨8枚、つまり8000G。往復の移動時間を考えると妥当な金額だろう。
受付嬢が掲示板に依頼を貼り出すと、すぐに三人の冒険者が名乗りを上げた。
いずれも二十歳前後の若い男たちで、パーティを組んでいるらしい。革の胸当てに剣や短弓を装備している。

冒険者が前に出て、短く刈り込んだ赤毛の頭を下げ、

ダリオだ。俺たち三人で引き受ける。丘陵の花摘みの護衛なら何度かやったことがある。

三人ともDランクの冒険者で、戦闘経験は浅いが堅実な仕事ぶりで知られていると受付嬢が補足した。
リーダー格のダリオは体格も良く、腰の剣は手入れが行き届いていた。

ヨシオとシーラを交互に見て、

二人で行くのか?花摘みにしちゃ物騒なご時世だからな、護衛は正解だぜ。

受付嬢に代金を払う時、後ろにある小瓶に目がいった。

その瓶は何ですか?

受付嬢は、これはポーションです。
体力補給ポーション、魔力補給ポーション、治癒力補給ポーション。
冒険者の方は、常時携帯しています。

私は、それらを各1本購入した。


◆スキル確認
私はスキルの事を思い出した。はじめは全てレベル1 だっったが、今のレベルはどうなっているか確認してみた。

ヨシオは意識を内側に向けた。この世界に来た時に与えられたスキル、その中にステータス確認の項目があったはずだ。*

目を閉じると半透明のウィンドウが浮かび上がる。

【ヨシオ・アイザキ】

**基本ステータス**

Lv.7 ・基礎体力 7/100 ・基礎魔力 7/100

**スキル一覧**
・創造力 Lv.5
・香料調合 Lv.5
・調香師の嗅覚 Lv.4
・香水生成 Lv.4
・無限収納(小) Lv.2
・鑑定 Lv.2
・治癒力 Lv.1
・計算力 Lv.2
・記憶力 Lv.2

調香師の嗅覚と香水生成が上がっている。日々の実戦がレベルを押し上げたらしい。
無限収納も少し容量が増えたようで、試しに収納空間を探ると以前より広いスペースが感じ取れた。

レベル7。この数値が高いのか低いのかは分からないが、「駆け出し」の域はそろそろ脱しつつあるようだった。

これらのスキルは、創造力と関係しているようだ。計算能力と記憶力、治癒力はこれからの様だ。

スキルの仕組みがおぼろげに見えてきた。香料調合や香水生成は実際に手を動かして作ることで経験値が蓄積される。

嗅覚や鑑定も使用頻度に比例して伸びている。逆に計算や記憶といった能力はスキルというより日常生活の中で地道に鍛えられるものらしく、レベル表記が存在しない。

つまりスキルで一気に頭が良くなるような都合のいい話はないということだ。

それでも香料調合Lv.5は大きい。以前より精油から微妙な成分の違いを嗅ぎ分けられるようになった実感がある。

Lv.4の香水生成も、一度に複数の香水を同時生成できるようになっていた。五本同時。これは助かる。

ふと、戦闘系のスキルを取っていないことに気づいた。

今のところ香水と調香の技術だけで生きてきたが、これから魔物がいる地域に足を踏み入れるなら、最低限の備えは必要かもしれなかった。

スキル。戦闘力と防御力を追加する事にした。それから、武器としてソードを私と助手の分を購入した。

ウィンドウを操作し、「戦闘力強化」と「防御力強化」を追加取得した。それぞれLv.1からのスタート。
これで少なくとも素人よりはましな身体能力が得られるはずだ。

続いてギルド併設の武器屋で剣を二本購入した。鉄製の片手剣で一本2500G、合計5000G。刃渡りは60センチほどで、革の鞘に収まっている。

シーラに渡すと、彼女は困ったような顔をしたが、

剣を両手で受け取り、

使ったことないですけど……護衛の方がいるとはいえ、持っておいた方がいいですよね。

受付嬢に冒険者登録も依頼した。初めはEランクからの様だ。

◆ゴブリンと遭遇
ダリオたちと合流し、五人で丘陵地帯へ向かった。街を出ると麦畑が続き、やがて緩やかな丘が連なる草原地帯に入った。風が変わる。海風から草と土の香りへ。

一時間ほど歩くと、リーナの言った通り野花の群落が広がっていた。ラベンダーナの紫が丘を覆い、その奥にはカモミールの白い花、さらに向こうにはローズの茂みが見える。
だが同時に、丘の斜面の岩陰に何かが動く気配があった。

野花の香りに気を取られていたが、気配に気づいて剣に手をかける。

ダリオが素早くヨシオの前に出て剣を抜き、短弓を持った仲間がヨシオの肩越しに岩陰を狙う。シーラも剣の柄に手をかけたが、ヨシオが止め、代わりに自分が前に出る。

ゴブリンだ。隠れてるのは二匹だな。

緊張した空気が流れる中、岩陰から二匹のゴブリンが姿を現した。
緑色の肌に尖った鼻、野盗のような服装だ。手には棍棒を持っている。明確な敵意を持ってヨシオたちを睨みつけていた。

低く構えたまま、

二匹なら楽勝だ。俺が前に出るから、あんたらは下がってろ。

ダリオの仲間が矢を放った。短い風切り音の後、一匹目のゴブリンの肩に突き刺さる。
悲鳴を上げてよろめいたところへ、ダリオが踏み込んで剣で胴を薙いだ。血飛沫が草を赤く染める。
残りの一匹が怒りの叫びをあげて突進してきたが、弓使いが二射目を放ち、こめかみを射抜いた。あっけない幕切れだった。

戦闘時間は30秒もなかっただろう。ダリオが剣の血を布で拭き取りながら振り返る。

肩をすくめて、

な?言っただろ、物足りないって。

丘は再び静寂を取り戻した。風がラベンダーの穂を揺らし、甘い香りが辺りに漂う。花摘みには絶好の日和だった。

無事に色々な花を採集し、帰路についた。

帰路は平穏だった。採集した花はラベンダーナ、カモミール、ローズ、それに野薔薇と名も知らぬ白い小花がいくつか。無限収納に詰め込んだので荷物は最小限だ。ゴブリンの死体はダリオたちが処理してくれた。

アクリアに着いたのは夕暮れ時。ギルドで護衛依頼の完了手続きを済ませ、報酬の銀貨を渡した。ダリオたちは上機嫌で去っていく。

◆月下香の原種
宿に戻るとシーラが花の仕分けを手伝ってくれた。机の上に広げた花々を品種ごとに分けていく。その中で、あの白い小花をシーラが指差した。

花弁を一枚めくって、

これ、見たことない花です。香りは……甘くて少しスパイシーですね。何の花でしょう。

鑑定スキルを使ってみると、頭の中に情報が浮かんだ。

「月下香の原種。極めて希少な品種で、現代の月下香の香りの基盤となる成分を含む」

現代香水の代名詞ともいえる月下香、その原種。もしこれを精油にできれば、この世界で唯一無二の香水が作れるかもしれなかった。

月下香の栽培ができたら、香水も格段にレベルアップするだろう。

シーラは目を輝かせて、

そんなにすごい花なんですか。育てられるなら是非やりたいですね。

月下香は本来、熱帯に近い温暖な気候を好む。
だがあの白い小花が丘陵地帯に自生していたということは、条件さえ整えばこの地域でも育つ可能性がある。

問題は栽培のノウハウだ。種から育てるのか、株ごと移植するのか。土壌は。水はけは。

翌日からシーラが植物図鑑や農業書を調べ始めた。町の花屋にも聞き込みに回り、数日で情報をまとめてきた。

◆花の栽培
紙束を広げて、

調べた結果ですが、日当たりの良い水はけのいい場所で育つそうです。
ただ、土に肥料を混ぜないと根が弱るらしくて。あと、この花の種はかなり小さいので風で飛ばされやすいみたいです。

鑑定で得た知識と調べた情報を照らし合わせると、町の南側、日当たりのいい空き地が栽培に適しているようだ。
問題は土地の確保と維持。自前の畑を持つか、誰かに借りるか。どちらにせよ金がかかる。

日当たりが良く川から水が引ける土地を調べ、借用できる不動産業者を当たる事にした。
町を歩き回って情報収集した結果、南門を出た先の小高い丘の中腹に条件に合う土地を見つけた。

元は果樹園だったらしく、石垣で囲まれた区画が三つほどある。南向きで風通しも良く、近くを流れる小川から水路を引けば水の確保も容易だ。
不動産を扱う商会は港近くにあった。

「モリス商会」と看板のかかった店に入ると、恰幅のいい中年の男が出迎えた。

椅子にどっかと座り、

いらっしゃい。土地をお探しで?

ヨシオが希望を伝えると、モリスは顎髭を撫でながら台帳をめくった。

ページを開いて、

ああ、あそこね。確かに日当たりはいい。ただし石垣が古くなってるから補修が必要だし、水路も自分で引くなら別料金だ。

月々の地代が3,000G。年間契約なら36,000Gで1月分値引きするが、どうする?

月々の契約でお願いします。それから水利の工事業者も頼めますか?

頷いて、

水路の引き込みなら近所の石工に頼めるよ。工賃込みで2,500Gってとこだ。

じゃあ合計で5,500G、年間契約なら35,500Gだな。今払うかい?

年間契約の方が1か月分安い。月々3,000Gの負担は決して軽くはないが、花の栽培が軌道に乗れば香水の原料費を大幅に削減できる。
先行投資と考えれば悪くない判断だ。それに月契約だといつでも解約できるという利点もある。

翌週、石工が水路を引いてくれた。小川から分岐した水路が石垣の間を通り、区画に水が行き渡るようになった。
石垣の補修も済み、ようやく花を植えられる状態になった。

月下香の種は採ってきてある。白い小さな粒が無数に手のひらに転がっていた。

種を一粒つまんで、

こんな小さいのがあの花になるんですね。

一粒ずつ丁寧に植える事にした。一週間ほどすると芽が出始めた。
種蒔きから一ヶ月が過ぎ、最初に蒔いた区画で白い蕾がいくつも付き始めた。
日当たりと水の配分を考えながら毎日観察していた甲斐があった。
数日後、最初の一輪が花開く。濃厚な甘い香りが風に乗って漂う。

やりましたね、マスター!育ちましたよ、月下香!

開花した月下香は拳ほどの大きさで、白い花弁が夜明けの露に濡れて光っていた。
その香りは圧倒的だった。甘さの中にエキゾチックな重さがあり、どこか官能的ですらある。

まだ株は小さいが、順調に育てばこの区画全体を月下香が埋め尽くす日も来るだろう。

残り二つの区画にも種を蒔いた。発芽率は約八割、うち月下香は六割ほど。他のラベンダーやカモミールも根付いている。
自家栽培の基盤が着実に形になりつつあった。

収穫した月下香を精油にする作業は慎重を要した。熱を加えすぎれば香りが飛ぶ。低温でじっくりと蒸留しなければならない。
宿の部屋で行うには限界があった。

蒸留器を覗き込んで、

いい香り……でも、これ量が少ないですね。一輪から採れる精油がほんの少ししかない。

一輪の月下香から抽出できる精油はわずか数ミリリットル。つまり大量生産には向かない。
希少性は香水の価値を高めるが、事業としては悩ましい問題だった。

翌日、再びモリス商会を訪ね、宿に隣接した小さい空き地を月下香の精油工房にする為に年間契約で借りる事にした。
さらに無限収納の拡張機能を購入し、精油精製設備を導入する。精油が量産できるようになり、月下香の栽培は軌道に乗る。

宿に隣接する空き地は手押し車一台分の広さしかなかったが、精油の蒸留に使うには十分だった。
年間契約で48,000G。これで月々5.500Gと48,000Gの二重支出になるが、投資として割り切った。

スキルウィンドウを開き、「無限収納(小)」を「無限収納(中)」に拡張する機能を購入した。
5,000G。これで収納できる容量が大幅に増えた。
さらに「精油精製設備セット」を追加。一式で2,0000G。
業務用の蒸留器、冷却器、分留装置が揃ったコンパクトな設備が収納から取り出せるようになる。

精油工房を整え、月下香農園との間を毎日往復して精油を生産する体制を作り上げるまでに二週間かかった。

結果はすぐに出た。月下香の精油を加えた香水は、既存のラインナップとは別格の仕上がりだった。
夜にふさわしい濃厚な甘さ、それでいて重すぎない余韻。
貴族向けの高級品として売り出せば、値段を倍にしても売れるとシーラは太鼓判を押した。

新作「ムーンライト」の発売は、まだ先の話だ。

香水の量産が可能となり、資金は順調に増えて行った。

助手をもう一人雇い栽培と収獲と精油の生産、販売を拡張して行った。

半年が経つ頃には、アクリアの町でのヨシオの存在感は確固たるものになっていた。
香水ブランド「ヨシオ」は町の名物として定着し、定期便の注文は途切れない。
新作の「ムーンライト」は予想通り高値で売れ、貴族や裕福な商家からの引き合いが絶えなかった。

農園は三区画すべてが稼働し、月下香は安定して収穫できるようになった。助手をもう一人雇い入れ、名前はリーナ。元は農家の娘で植物の扱いに慣れており、シーラと二人体制で栽培管理を回してくれた。

工房では精油の生産ラインが確立され、収穫した花をその日のうちに蒸留して翌日には香水に加工できる流れができた。

収入は月に150万Gを超えるようになっていた。手元の資金は1000万Gに迫る。


◆王都へ販路拡張
シーラは帳簿を閉じて、

マスター、そろそろこの町だけで商売するのも限界じゃないですか。王都にも販路を広げたら、もっと大きな市場が狙えますよ。

王都はここから遠くに離れているが、販路としては悪くない。

助手にサンプルを持たせ、露店販売することにした。

王都ヴァルディアまでは馬車で片道五日。アクリアとは比較にならない大都市で、人口は数十万とも言われている。
当然香水の需要も桁違いだ。だが大手の競合がひしめく激戦区でもある。

そこでまずは露店販売で様子を見ることにした。いきなり店舗を構える資金はあるが、まず客の反応を見たい。

サンプルとして「リラックス」を三十本、「ムーンライト」を十本、それに加えて新しく開発した「フォレスト」を二十本。
森の木々をイメージした爽やかな香水で、男性客を狙った商品だ。計八十本を木箱に詰めてリーナに託した。護衛はダリオたちに頼んだ。

リーナと護衛三人が王都へ発ったのは三日前。その間にヨシオとシーラは通常営業を回し、入荷待ちの注文をさばいていった。

五日後の夕方。宿の扉が勢いよく開いた。

リーナは息を切らして、

ただいま戻りました!大成功です!初日で全部売り切りました!

リーナの報告は興奮気味だったが、内容は具体的だった。
王都の広場で露店を出したところ、珍しい香水としてすぐに人だかりができたらしい。
「ムーンライト」が特に貴婦人たちの関心を集め、値段を聞いても買っていく客がいたという。

さすが王都だ。次回の納入量を増やす事にした。
同時に露店販売の護衛に最低限の人数を残し、サンプルと護衛を数人増やして王都に運ぶ事にした。
その頃には「ヨシオ」の名が王都でも浸透していくだろう。

翌週、第二便を送り出した。今回は「リラックス」五十本、「ムーンライト」二十本、「フォレスト」三十本に加え、新たに開発した「ホワイトティー」を二十本。
白茶の透明感を香水に落とし込んだ清涼感のある一品だ。合計百四十本と護衛四人。

以降、月に二度のペースで王都への出荷を続けた。
三ヶ月もすると「ヨシオ」の名は王都でも知られるようになり、露店に顔を出す常連客が現れ始め、問屋から直接取引の打診も来るようになった。

そして半年後、ついに王都に直営店を構える決断をした。
商業区の裏通りに小さな店舗を借り、シーラを店長として送り込む。品揃えはアクリアより充実させ、完全予約制とした。
客層は王都だけあって上流階級が多く、貴族の使用人が買い付けに来たり、令嬢本人がお忍びで訪れたりした。
店の評判は上々。売上の三割が王都経由になり、月商は200万Gに届こうとしていた。

 

第5章
王女アンネリーゼ
専属契約
アクリア調香学院
温暖化装置
効率的な精油抽出方法
輸送費削減
王都に店舗と工房
明日への期待