第8章
◆ランク昇格試験
◆試験当日
◆航空運搬
◆もみ殻から紙を作る装置
◆王宮謁見
◆製紙ギルド
第8章
◆ランク昇格試験
封筒を空け、内容を確認した。
封書の中身は簡潔だった。ギルドマスターのバルドス直筆の手紙で、次のような内容が記されていた。
「ヨシオ殿。貴殿のランク昇格試験について、本日付で受験資格を付与する。
現在のEランクからCランクへの飛び級試験となる。内容は実技審査および面談。日程は追って通知するが、準備を整えておくこと。
なお、この推薦はギルド職員の全会一致によるものである」
同封されていた推薦状には、受付嬢のメリッサやレオンたち護衛パーティの署名もあった。
トマスに至っては「魔石再利用技術の功績」と長々とした推薦文を書いている。
Cランクといえば中堅冒険者の仲間入りを意味する。
受けられる依頼の幅が格段に広がり、指名依頼や国からの依頼も舞い込んでくる。身分証としても社会的信用が跳ね上がるランクだった。
この世界に来てからまださほど日が経っていないが、美容ポーションの安定供給、ワイバーンの従属、そして魔石再利用の発見。
一つ一つは地味な成果だったかもしれないが、積み重ねた実績が確かな形になって返ってきていた。
Eランクから日も浅いが、
ランク昇進試験を受ける事を了承する返事をした。
翌朝、ギルドに返事を届けると受付のメリッサが満面の笑みで対応した。彼女の手際は相変わらず素早い。
書類を処理しながら、
試験日は三日後です。実技はギルド裏の訓練場で行います。試験官はBランク冒険者のヴォルフさん。内容は模擬戦と状況判断です。
三日間の準備期間。その間に装備の点検や体調管理はもちろんだが、Cランクに相応しい実力を試される以上、単純な戦闘力だけでなく応用力も問われる。
模擬戦の形式は事前に知らされないのが慣例らしい。
ガルドスに報告すると、顧問の仕事は試験が終わるまで休んでいいと言われた。商売は順調だから気にするなと。
二日目の夕方、ふと王都の外れに足が向いた。転移してきた時に最初に立っていた丘の近くだった。
あの時は右も左も分からなかったが、今は違う。帰る場所があり、頼れる人々がいる。そしてこの先にはまだ見ぬ世界が広がっている。
夜風が頬を撫でた。明日が試験日だ。
私は、現在のレベルを確認した。
ステータスを念じると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
**【ステータス】**
**名前:ヨシオ**
**種族:人間**
**年齢:22歳**
**職業:商人レベル10、冒険者(Eランク)**
**レベル:28**
・基礎体力 20/100 ・基礎魔力 30/100
**スキル:**
・創造力 Lv.7
・香料調合 Lv.7
・調香師の嗅覚 Lv.7
・香水生成 Lv.6
・無限収納(大) Lv.5
・鑑定 Lv.5
・治癒力 Lv.3
・計算力 Lv.3
・記憶力 Lv.3
- 魔力操作 Lv.5(魔力の感知・操作)
- 従属魔法 Lv.5(魔獣・魔物を従属させる)
- 魔石付与 Lv.5(空魔石に魔力を付与する)
- 火魔法適性 Lv.1(基礎)
- 家電作成 Lv.1(家電製品を魔力で作成する)
- クラフト Lv.5(素材から物品を作成する)
**称号:**
- 王国商人
- 魔石技師
- ワイバーンの主
**HP:320/320**
**MP:580/580**
レベル28。この世界の基準では中堅冒険者に差し掛かる水準だった。
魔力操作と魔石付与のスキルが特に伸びており、実戦と生産の両面で能力が育っている。MPの高さは魔法系スキルを多く保有している恩恵だろう。
職業は、商人レベル10に、冒険者のレベル28が表示された。
ワイバーンを従属した成果が表れている様だ。
剣における戦闘力と防御力は無いようだ。
剣で試験となると落第するかもしれない。
魔力で試験に望むことになるだろう。
ステータスを見る限り、剣術に関するスキルは一つもない。
家電作成やクラフトで武器は作れても、それを振るう技術が伴わなければ試験では意味がない。
模擬戦で魔力主体の戦い方を選ぶなら、方針を固めておく必要があった。
魔力弾による射撃、身体強化による回避と接近、あるいは従属魔法で何かを召喚しての連携。どれを軸にするかで試験の展開が大きく変わる。
宿に戻り、机に向かって作戦を練った。試験官のヴォルフはBランクの戦士だとメリッサが言っていた。
正面からの近接戦は避けるべきだろう。かといって魔力に頼り切りでは応用力を問う試験に落ちかねない。
夜が更けていく中で一つの考えが浮かんだ。クラフトスキルで魔力を纏わせた防具や罠を即席で作れるなら、それも立派な戦術になる。
魔力操作の精度を磨いておけば、咄嗟の状況にも対応できるはずだった。
翌朝は早めに起きて、王都外の草原で魔力制御の訓練に充てた。試験まであと一日。
ステータスを見る限り、剣術に関するスキルは一つもない。
家電作成やクラフトで武器は作れても、それを振るう技術が伴わなければ試験では意味がない。
模擬戦で魔力主体の戦い方を選ぶなら、方針を固めておく必要があった。
魔力弾による射撃、身体強化による回避と接近、あるいは従属魔法で何かを召喚しての連携。どれを軸にするかで試験の展開が大きく変わる。
宿に戻り、机に向かって作戦を練った。試験官のヴォルフはBランクの戦士だとメリッサが言っていた。
正面からの近接戦は避けるべきだろう。かといって魔力に頼り切りでは応用力を問う試験に落ちかねない。
夜が更けていく中で一つの考えが浮かんだ。クラフトスキルで魔力を纏わせた防具や罠を即席で作れるなら、それも立派な戦術になる。
魔力操作の精度を磨いておけば、咄嗟の状況にも対応できるはずだった。
翌朝は早めに起きて、王都外の草原で魔力制御の訓練に充てた。試験まであと一日。
クラフトで作れる罠のバリエーションを増やす。
魔力の制御も同時に訓練する。
身体強化スキルのレベルを上げて素早い動きの練習も。
やることは山積みだ。
草原に立ち、まずクラフトで足元の土を素材にした。石の杭を地面から突き出させたり、魔力を込めて硬化させた土壁を瞬時に生成したり。
単純な罠だが、タイミングと配置次第では格上にも通用する。
次に身体強化。足に魔力を集中させて走ると、普段の三倍近い速度が出た。
ただし制御が甘く、急停止で足がもつれそうになった。何度も繰り返して感覚を体に叩き込む。
夕暮れまで訓練を続け、クラフトのバリエーションは十種以上に増えた。
落とし穴、魔力弾の射出装置、魔力網、足止めの粘着床。実戦で使えそうなものを厳選した結果だ。
夜は宿で魔力制御の精密訓練に充てた。指先から糸のように細い魔力を伸ばし、それを自在に操る練習。
これができるようになれば、離れた場所にも魔力を届かせられる。
そうして試験当日の朝を迎えた。

◆試験当日
ギルドの受付で、
メリッサはおはようございます。試験会場の準備は整っています。頑張ってくださいね。
わかりました。頑張りますと挨拶をし試験会場に入った。
ギルド裏の訓練場は普段の倍ほどの広さに整備されていた。
土の地面に木柵で囲まれた円形の試験区画があり、周囲には見物人がちらほら集まっている。昇格試験は娯楽としても人気があるらしい。
試験区画の中央に一人の男が立っていた。
大柄な体格に無精髭、背中に大剣を背負って、
お前がヨシオか。噂は聞いてるぞ、Eランクの割にやたら派手なことやってるらしいな。
ヴォルフは軽い口調だったが、その目は笑っていなかった。値踏みするような視線がヨシオの全身を一瞥する。
首を鳴らして、
ルールは簡単だ。俺と戦って生き残れ。降参か戦闘不能で終了。武器も魔法も好きなもん使え。ただし殺しはなしだ、治癒術師が控えてる。
区画の端に白いローブの治癒術師が待機していた。ヴォルフが大剣を抜き、肩に担ぐ。刃が陽光を反射して鈍く光った。
ヴォルフは構えて、
いつでも来い。
昨日覚えた、クラフトスキルから魔力弾を発射した。怪我をしない程度の魔力弾にした。
ヨシオが手をかざすと、空気中の魔力が圧縮されて弾丸の形を取った。白く光る魔力弾が三発、立て続けにヴォルフへ向かって飛ぶ。
大剣の腹で一発目を弾き、
おっと。
二発目は身のこなしだけで躱し、三発目を地面に踏み込んだ衝撃波で相殺した。
怪我をしない程度の威力とはいえ、Bランクの反応速度は桁違いだった。
口角を上げて、
威力を抑えてるな? 気遣いは結構だが、試験じゃ手加減は減点だぞ。
言い終わる前にヴォルフが距離を詰めてきた。一歩で間合いを半分潰す脚力。大剣が横薙ぎに振るわれ、風圧だけで地面の砂が舞い上がる。
咄嗟に地面から防壁を作製し、防御した。同時に落とし穴を作りヴォルフを落とした。
大剣が防壁にぶつかり、石が砕ける鈍い音と共にヨシオは横に飛んだ。
防壁は一撃で粉砕されたが、その一瞬の猶予でクラフトを発動する余裕が生まれた。足元から魔力が走り、ヴォルフの足下の地面が崩落する。
ヴォルフは体勢が崩れて、
なっ……!
ヴォルフは咄嗟に大剣を地面に突き立てて落下を堪えた。片腕で体を支え、もう片方の手で剣を引き抜く。
膝下まで土に埋まった状態で動きが制限されている。
だがヴォルフの目が変わった。遊びの色が消え、獰猛な笑みが浮かぶ。
力任せに地面を蹴り上がって、
面白えじゃねえか!
砂塵を巻き上げながらヴォルフが穴から飛び出した。身体強化を全開にしているのか、先ほどとは段違いの速度で迫ってくる。
大剣に魔力が乗り始めていた。
最後の切り札。魔法の網をヴォルフにかぶせ身動き出来ない様にした。
魔力の網が空中に展開され、突進してくるヴォルフを頭から包み込んだ。魔力を帯びた網は絡みつくように収縮し、大男の体を締め上げる。
大剣が振り下ろされる軌道が途中で止まり、網の中でヴォルフがもがいた。
ヴォルフはもがきながら、
くそっ……動けねえ!
数秒の攻防。網はヴォルフが力任せに引きちぎろうとする力に耐えきれず、びりびりと裂け始めた。あと数秒で破られる。
しかしその数秒があれば十分だった。ヨシオはヴォルフとの距離を保ったまま、次の手を打てる位置にいる。
網が完全に千切れ、自由になったヴォルフは荒い息をつきながら大剣を下ろした。そして肩をすくめて笑った。
ヴォルフは大剣を鞘に戻して、
そこまで。合格だ。
見物人からざわめきが起きた。治癒術師が出番なしで肩を落としている。
手を差し出して、
判断力、応用力、どっちもCランク以上だ。あの網は見たことねえ。
そして、私は試験に合格となりしゃがみ込んでしまった。
ヴォルフはしゃがみ込んだヨシオを見下ろして、
おい、大丈夫か?
緊張の糸が切れたのだろう。魔力制御とクラフトの連続使用は想像以上に体力と精神力を消耗していた。手が微かに震えている。
メリッサは駆け寄ってきて、
ヨシオさん! 大丈夫ですか?
メリッサに手を振って、
心配すんな、気力切れだ。しばらく休めば治る。
ヴォルフは大股で去っていき、見物人たちも三々五々散っていった。訓練場にはヨシオとメリッサだけが残された。
水筒を差し出して、
はい、どうぞ。あの、おめでとうございます。Cランク合格、本当にすごいです。このペースで昇格する方は滅多にいませんよ。
水を一口含むと少し楽になった。青空を見上げると、雲がゆっくりと流れている。異世界に放り出されてから、ここまで来た。
まだ道の途中だが、確実に前に進んでいる。
ありがとう、メリッサさんのお陰で色々と助かったよ。僕がこのペースで合格出来たのも、メリッサさんのサポートがあったからだ。
本当に感謝してもしきれない。水筒の水を飲み干し、立ち上がる。まだ少し足元がふらつくが、先程よりはだいぶマシだ
メリッサは頬を赤く染めて、
そんな……私は受付の仕事をしただけですから。でも、そう言っていただけると嬉しいです。
メリッサは照れ隠しのように書類の束を胸に抱え直した。その仕草がどこか初々しい。
咳払いをして、
え、えーと、それでですね。合格の正式な手続きがありますので、受付までお越しいただけますか?
新しいギルドカードの発行と、Cランク向けの依頼リストの説明をさせてください。
二人はギルドの建物に戻った。受付でメリッサが手際よく処理を進め、程なくして新しいギルドカードが発行された。
銀色の縁取りが施されたCランクの証。Eランクの時とは質感からして違う。
カードを受け取ると、掲示板の前にレオンたちの姿が見えた。噂を聞きつけたらしい。リーナが小さく拍手し、トマスが興奮気味に駆け寄ってきた。
トマスは目を輝かせて、
網の魔法、あれは新規登録すべきですよ! 学術的に非常に興味深い!
ワイバーンの時に網で捕獲した成果を魔法で再現しました。
トマスはメモを取り出して、
やはりあの時の経験が基になっているんですね! 魔力の編み方に独自の癖がありましたが、あれは理論化できるかもしれません!
メリッサは静かに微笑んで、
おめでとうございます、ヨシオさん。これでCランクの仲間入りですね。
レオンは腕を組んで頷いて、
Cランクからは護衛依頼も受けられるようになる。俺たちのパーティーに合流する話、そろそろ本格的に考えないか?
レオンの提案は以前から持ちかけられていたものだった。Cランク以上が条件だったため保留していたが、今なら受ける資格がある。
レオンのパーティーはCランクが三人にDランクが一人。バランスの良い構成で、堅実に実績を積んでいる。
メリッサは横から、
パーティー登録もこちらで承れますよ。報酬の分配や貢献度の管理もギルドがサポートします。
新たな選択肢が目の前に開けていた。ソロで活動を続けるか、信頼できる仲間と共に歩むか。
まだ商人としての仕事が山ほど残っている。
冒険者としてパーティに入るのはもう少し後にする事にした。

◆航空運搬
翌朝。革細工師の工房を訪ねると、ドワーフの老職人が出迎えた。名はゴルグ。
鍛冶仕事で鍛え上げられた太い指が、見事な革の見本を次々と広げていく。
ゴルグは革を広げながら、
ワイバーンの鱗付き革か。乗り手の体格はどのくらいだ?
ワイバーンはこれから先、各町の航空運搬をさせるつもりだ。工員は女性が多いから男女兼用の造りにして欲しい。
顎髭をいじりながら、
航空運搬となると、長時間座っても尻と腰が痛くならねえ造りにせにゃならん。風よけも必要だな。
ゴルグは棚から設計図の束を引っ張り出した。過去に大型鳥獣用の鞍を手掛けた経験があるらしく、手慣れた様子で図面を指でなぞっていく。
見積もりを出して、
鞍本体、風よけ、手綱と安全帯込みで金貨25枚ってとこだ。素材はワイバーン革と鉄の骨組み。仕上がりは十日後。
悪くない金額だった。しかしヨシオにはもう一つ考えがあった。クラフトスキルで収納庫を部分的に作れないかという試みだ。
外装や革部分は職人の手仕事が必要でも、収納庫の骨格や魔力伝導用の仕組みをクラフトで用意できれば、保温運搬できる。
ヨシオはゴルグにその提案を持ちかけてみた。
クラの後ろや横に製品を入れる収納庫を取付ける。
内部の温度、圧力を一定にする為、魔力を付与するのは、私のクラフトスキルで作るのでそれに合うものにして欲しい。
目を見開いて、
魔力で内部環境を制御するだと? そんな収納庫聞いたこともねえぞ。
ゴルグの職人魂に火がついたようだった。椅子から立ち上がり、作業台の上の道具をがちゃがちゃと漁り始める。
興奮気味に、
つまり収納庫の内側に魔力回路を組み込むってことか。
外気温に左右されずに快適な空間を保てるなら、長距離飛行でも製品が悪くならねえ。画期的じゃねえか!
二人の議論は白熱した。ゴルグが構造的な要件を出し、ヨシオがクラフトで再現できる魔力機構のイメージを伝える。
何度かのやり取りを経て、骨格部分はクラフト製、外装と安全帯はゴルドス製という分業で合意が成立した。
握手を求めて、
面白え仕事だ。職人の腕が鳴るってもんだ。十日後に最高のもんを仕上げてやるよ。

◆もみ殻から紙を作る装置
大麦、小麦など穀物のもみ殻から紙を作る装置に付いて進行具合を聞きに行った。
工業区の試験工房に着くと、アランが作業場の入口で待っていた。相変わらず目の下に隈があるが、表情は充実している。
疲れた顔に笑みを浮かべて、
来てくれたか。ちょうどいい、見てくれ。
工房の奥に据えられた装置は、前回の設計から大幅に改良されていた。
穀物のもみ殻を投入する投入口、水分を抜く乾燥区画、繊維をほぐす粉砕部、そして圧搾して紙の原料を作る部分まで一連の流れが完成している。
試作品の第一号が作業台の上に置かれていた。
アランは紙を手に取って、
強度はまだ改善の余地があるが、ちゃんと紙としての体裁は保ててる。不純物の除去が課題でな、三回に一回は繊維が絡まって詰まる。
アランは装置の各部を指差しながら丁寧に説明した。魔力駆動の乾燥機構が思ったより上手く動いているらしく、声に自信が滲んでいる。
助手として雇った若い男が二人、黙々と装置の調整に当たっていた。
声を落として、
実はな、この話を商業ギルドの幹部に持ちかけたんだが……興味は示すものの、実用化までの投資を渋られてる。
「紙なら他国から買えばいい」ってな。
紙を量産すると、利権争いがはっせいするのか?
アランは苦い顔で、
その通りだ。製紙ギルドってのがあるんだが、あそこが目を光らせてやがる。
この世界でも紙は存在するが、高級品だった。羊皮紙や木簡が主流で、製紙ギルドがそれらの供給をほぼ独占している。
新興勢力がもみ殻紙の安価な代替品を市場に流せば、既得権益を脅かされることになる。
アランは声を潜めて、
連中、俺のところに直接来て「余計なことはするな」と釘を刺していきやがった。
製紙ギルドの影響力は王都の商業界に根深く及んでいた。貴族や役所に紙を納入している取引先が多く、敵に回すと面倒な相手だ。
アランは肩をすくめて、
だから今はあんまり大っぴらに動けねえんだ。装置はここでこそこそ試作してるが、量産となると話が変わってくる。
権力との衝突。金と信用だけでは解決できない壁が立ちはだかっていた。
驚いて、
王様には紙の量産を説明している。紙の既得権益はこの国の将来発展を阻害する。
このことを王様に報告しよう。
王様に直接か!? いや、確かにそれが一番効くが……お前、そんな伝手があるのか?
ワイバーン献上の件で王宮に出入りしているヨシオならではの発想だった。アランの驚きも無理はない。
アランは考え込んで、
しかし製紙ギルドも馬鹿じゃねえ。王宮に根回ししてる可能性は十分あるぞ。大臣クラスに賄賂を渡してるって噂もある。
それでも正攻法としては最善手だった。国王の勅命が下れば、製紙ギルドは手出しできなくなる。
問題は謁見の機会をどう作るかだが、レオナルド殿下経由で申し出れば話は通りやすいだろう。
真剣な目で、
もし本当にやるなら、装置の実物を持っていってくれ。百聞は一見にしかずだ。
アランは試作品の紙束を革袋にまとめ始めた。もみ殻紙がこの国の未来を変えるかどうか、その鍵はヨシオの次の一手にかかっている。
まず、紙製造装置を仕上げる。その上で、コストを計算し装置を10台製造すれば国内に紙が流通するので請願書でお願いする。
アランは頷いて、
筋は通ってる。まず装置を完成させて実績を作り、それから請願ってわけか。
請願書という形なら大臣を通じて国王に届けることができる。殿下に直接持参するより手順として自然だ。
そして何より、机上の空論ではなく具体的な数字と実物が添えられれば説得力が格段に上がる。
アランは拳を握って、
よし、装置は仕上げる。十台分の部品も見積もっておくから、資金の準備だけ頼むぞ。
方針が決まるとアランの動きは早かった。助手二人に指示を飛ばし、装置の最終調整に取り掛かる。
ヨシオは資金面の段取りに頭を巡らせながら工房を後にした。
帰り道、頭の中で計算する。装置一台の建造費、10台分の部品、人件費、輸送費。諸々込みで金貨500枚は必要だろうか。
魔石事業の売上とガルドスからの報酬を合わせれば不可能ではないが、かなり大きな出費になる。
夕暮れの街を歩きながら、ヨシオは商人としての覚悟を新たにしていた。これは投資だ。この世界の未来への。
紙製造装置が完成し、コスト計算、材料と紙の供給需要を請願書にまとめ王宮に提出した。

◆王宮謁見
請願書はガルドスの紹介で王宮の行政官に提出された。数日後、行政官からの返答が届く。内容は簡潔だった。
「国王陛下が直接話を聞きたいと仰せである。三日後の午前、王宮謁見の間に参上せよ」
三日後。ヨシオは正装に身を包み、王宮の大扉をくぐった。
謁見の間は以前の殿下への謁見とは規模が違った。玉座の両脇に文官や武官が並び、壁際には近衛兵が控えている。空気が重い。
玉座から、
そなたが請願者であったか。
以前にも謁見しました。
国王は白髪交じりの髭を蓄え、鋭い眼光でヨシオを見下ろしている。
威厳に満ちたその姿は、一国を統べる者の風格そのものだった。
以前申し上げました、もみ殻から紙を作る装置が完成しました。
この装置をまず10台作ることで、国内に紙が流通します。
それにより、国内産業、文化は発展します。
また、紙が普及すれば、国民の識字率も向上し、国の教育水準も上がりさらに国は発展します。
国王は興味深そうに、
もみ殻から紙、 製紙ギルドが聞いたら卒倒するな。
国王の口元にわずかな笑みが浮かんだ。周囲の文官たちがざわつく。
大臣が横から、
陛下、お待ちください。製紙ギルドからは既に「新規参入は市場を混乱させる」との陳情が届いております。安易に認めれば……
国王は手で制して、
黙れ。認可を求めに来た者の前で反対意見を並べるのは礼を失するぞ。
大臣が渋々口を閉じた。国王はヨシオに視線を戻す。
国王は身を乗り出して、
具体的に申せ。コストはどれほどかかる。装置の耐用年数は。原材料の供給は安定するのか。
そして識字率向上とやら、どの程度の期間で効果が出ると見込んでおる。
矢継ぎ早の質問。だがそれは無関心の裏返しだった。国王が本気で聞いている証拠だ。文官の一人がペンを走らせ、記録を取っている。
装置の製造は、当方で負担します。紙の販売を認めてください。利益から税金をお支払いします。
装置の対応年数は、メンテナンスすれば、10年程と思われます。
識字率は、貴族と商人を除くとほぼゼロに等しいかと思われます。
紙を使って教本をつくり、教育機関すなわち学校をつくります。生徒を集め読み書き、計算などを教えます。
しばらく沈黙した後、
学校、か。
その一言に謁見の間の空気が変わった。貴族出身の文官たちの間に動揺が走る。
「学校」という概念はこの世界では一般的ではなかった。家庭教師や私塾はあるが、国が運営する公的な教育機関は存在しない。
思わず、
平民に教育を施すと仰せですか? 貴族の特権を脅かすことになりかねませんぞ!
大臣を一瞥して、
黙れと言ったはずだ。
大臣は青い顔で口をつぐんだ。国王の目が再びヨシオを捉える。
国王は静かな声で、
利益から税を納めると言ったな。それは商人としての判断か、それともこの国を思ってのことか。どちらだ。
単なる利益追求か、国家への貢献か。その答え次第で国王の決断が分かれるだろう。謁見の間に緊張が満ちていた。
私どもは、充分利益が出ております。国民の暮らしが向上すれば国は豊かになります。国家への貢献でございます。
長い沈黙の後、深く頷いて、
国王はよかろう。認可する。
謁見の間がどよめいた。大臣が信じられないという顔で国王を見つめている。
続けて、
装置10台の製造と紙の販売を許可する。ただし条件がある。まず一つ、学校とやらの設立は余が直接認可するまで待て。
官僚どもが横槍を入れぬよう、こちらで段取りをつける。
先走るなという釘刺しだった。独断で学校を建てれば貴族派閥との軋轢は避けられない。国王が後ろ盾になるという宣言でもあった。
二つ目の条件を述べて、
二つ、製紙ギルドとの摩擦は最小限に抑えよ。あやつらも国民だ。潰すのではなく、共存の道を探れ。それができぬなら認可は取り消す。
寛容さと厳しさを併せ持つ裁定だった。甘いだけの王ではない。ヨシオには政治的な調整力も問われることになった。

◆製紙ギルド
謁見を後に、製紙ギルドを訪れた。
製紙ギルドは王都の中心部に居を構えていた。石造りの立派な建物で、「紙と知識の守護者」と刻まれた看板が掲げられている。
中に入ると、整然とした受付と奥へ続く廊下が広がっていた。
受付嬢は冷ややかな目で、
どちら様でしょうか。ギルド員以外の方は紹介状が必要ですが。
歓迎の気配は微塵もなかった。アポイントなしの訪問だ、当然と言えば当然である。しかし国王の認可を得た以上、引き下がる理由はない。
国王様の了承をえたので、紙の販売に付いて製紙ギルドの上層部の方に面談にきました。
一瞬顔色が変わり、
少々お待ちください……
受付嬢は慌てた様子で奥に消えた。しばらくして戻ってきた彼女は、ヨシオを二階の応接室に案内した。
部屋で待つこと数分。扉が開き、恰幅の良い中年の男が現れた。仕立ての良い上着に金のブローチ。
指にはいくつもの宝石の指輪が光っている。その後ろに痩せぎすの男が一人控えていた。
椅子に腰を下ろし、
ギルド長のマルクスだ。国王陛下の了承と聞いたが……詳しく聞かせてもらおうか。
マルクスの声は落ち着いていたが、目は笑っていなかった。
後ろの痩せた男の手が微かに震えている。既に情報を掴んでいるのか、あるいは最悪の事態を想定しているのか。
先ほど国王陛下の紙販売の許可を得ました。製紙ギルドの方にも当方の紙を扱ってもらい、利益を共に得たいので相談にきました。
マルクスは眉を上げて、
扱う、だと?
予想外の申し出だったらしい。マルクスは明らかに面食らっていた。敵対するつもりで来たと思っていたのだろう、後ろの男も怪訝な顔をしている。
マルクスは探るように、
潰しにきたのではないと?
声のトーンが少し柔らかくなった。警戒は解いていないが、聞く姿勢にはなったようだ。
敵対するつもりはありません。製紙の製造と販売は複数の商人が取り扱う事でさらに流通します。そちらにも製造装置をお貸しします。
マルクスは身じろぎして、
装置を貸す? 自社の商売道具をこちらに渡すというのか。正気かね。
疑いの色が濃い。裏があると考えるのが商人として当然の反応だった。マルクスは指輪だらけの手を組み、ヨシオを値踏みするように見つめた。
慎重に、
条件は何だ。まさか善意で言っているわけではあるまい。
交渉の入口に立った。ここからは言葉の一つ一つが重みを持つ。マルクスは商売人としての嗅覚を全開にしてヨシオの次の言葉を待っていた。
羊皮紙では、製造と数量の絶対数がたりません。紙は貴族の特権です。
この量では、国民が使用できる日は来ません。安価な紙が流通ことで、キルドにも莫大な利益が入ります。私ども共に利益が有るのです。
マルクスはしばらく黙り込んだ後、
……貴族の特権、か。痛いところを突く。
声を低くして、
だが安い紙が出回れば貴族はそちらを買う。我々の売上が落ちるのは目に見えている。
核心を突いてきた。ここが正念場だ。ヨシオがどう答えるかでマルクスが乗るか降りるかが決まる。
後ろの男は相変わらず震えていたが、ギルド長の判断を待つように口は開かなかった。
貴族の使用量と国民の使用量を比べてみて下さい。初めは変わらずともいずれ10倍、いや100倍も違います。
マルクスは、はっとした顔で、
100倍……
数字の意味を理解するのに時間はかからなかった。貴族が年間に使う紙の量などたかが知れている。書簡、契約書、帳簿。せいぜいその程度だ。
一方、国民全体に紙が行き渡れば消費量は桁が違う。教本、商取引、記録、日常の書き付け。需要は際限なく広がる。
マルクスは額の汗を拭って、
つまり我々は貴族を相手に細々と商う傍らで、巨大な市場を丸ごと取りこぼしていたということか。
自嘲とも驚嘆ともつかない呟きだった。四十年以上ギルドを率いてきた男が初めて気づいた盲点。マルクスはゆっくりと立ち上がった。
手を差し出して、
装置の件、前向きに検討しよう。具体的な話を詰めたい。
ありがとうございます。装置や材料、製造紙を置く場所、費用など詳細の打ち合わせを行いギルドを後にした。
交渉は二時間に及んだ。マルクスは意外なほど柔軟で、「莫大な利益」という言葉がよほど効いたらしい。
装置のリース料、材料の共同調達、販売価格の棲み分けなど、実務的な合意が次々と固まっていった。
第9章
◆学校設立
◆活版印刷
◆ソロバンの普及
◆お札の発行と銀行設立
◆100G紙ショップ開店
◆終わりの無い異世界
あとがき
