異世界商人
第7章
◆花々の廃棄処理
◆魔力式紙漉き装置
◆リサイクル
◆魔力量の調整
◆ワイバーン
◆ロックリザード
◆ミスリルの精錬
◆完成したポーション
第7章
◆花々の廃棄処理
香水の製作において、花々の廃棄処理が膨大になっていた。
その廃棄コストは運搬費、労働費、償却費などである。
そのコストを削減する方法は無いかと思案していた。
そして、この異世界は紙が非常に高価であること。
そこで花々の廃棄処理を応用出来るかもしれないと考えた。
工房の裏手には、香水の製造で出た花々の残骸が山と積まれていた。茎や葉、花弁の切れ端、色が抜けた花びら。
これまでは荷馬車で廃棄場まで運び、焼却か埋め立て処分していた。一回の搬出で馬車二台分、運賃と労賃を合わせれば百G以上が吹き飛ぶ。
ヨシオはその山を眺めながら思案した。廃花は大量にある。しかも水分を含んで繊維質が柔らかい。
現代の紙の原料は木材パルプだが、もしこの花の残骸を使えれば……。
さらにこの世界では紙が高価だ。羊皮紙や木簡が主流で、植物紙は貴族や一部の富裕層しか手が届かない代物だった。
もし花から安価な紙を作れれば、それも商機になる。
問題は製法だ。ヨシオには紙漉きの知識などない。だがこの世界には魔力がある。
花の繊維を魔法でほぐして叩き、薄く均一に伸ばす方法を模索できないだろうか。
翌日、ヨシオは再びガルドスを訪ねた。
ガルドスさん、廃棄する花々から紙を作りたいのですが何か良いほうほうは有りませんか?
眉をひそめて、
花から紙だと? 聞いたことがないな。
老魔術師はヨシオに詳しい説明を求めた。廃花の水分を含んだ繊維質、
それを魔力でほぐして均一に伸ばすという大まかな構想を聞き終えると、しばらく黙り込んだ。
……理論上は不可能ではない。風魔法で繊維を解きほぐし、水魔法で水分を均一に保ちながら圧縮する。
要は魔力による紙漉きだな。ただし問題がある。
ガルドスが指を一本立てた。
風と水の同時制御だ。二属性の魔力を繊細に調整しながら持続的に流し込まねばならん。儂にはできるが量産は無理だ。
そこで老魔術師の目が鋭く光った。
……待て。お前、あの香水に魔力を乗せておったな。あれと同じ要領で魔力付与した装置を作ればどうだ。
魔石を組み込んで自動化する。職人の腕が要らんから量産できる。
つまり魔力駆動の紙漉き装置。現代で言えば魔力式パルプ漂白機のようなものだ。
もし実現すれば、花の廃棄コストはゼロになり、安い紙の大量生産という新たな市場が開ける。
ヨシオはガルドスの提案に身を乗り出した
それです、それ!お願いします!一緒に開発してくれませんか!
ガルドスは鼻を鳴らして、
ふん、食いつきが早いな。まあ良いだろう。退屈しておったところだ。

◆魔力式紙漉き装置
こうして魔力式紙漉き装置の共同開発が始まった。ヨシオには魔力付与の経験があり、ガルドスには二属性魔法の制御理論がある。
役割分担としては悪くなかった。
一週間後、試作品第一号が工房の作業場に据えられた。高さ一メートルほどの木製の箱に魔石が二つ埋め込まれ、
上部に花の残骸を投入する口がある。動力源はヨシオが魔力を充填した魔石で、稼働時間は約三時間。
実験では、まず廃花を水に浸して繊維を柔らかくし、そこへ風と水の魔力を同時に流し込む。
箱の下部から薄い紙状のものが剥がれ落ちてくる。厚さは均一とは言い難かったが、確かに紙と呼べるものがそこにあった。
ガルドスは、ほう……動いたな。
しかし問題も見つかった。風の魔力が強すぎると繊維がちぎれ、逆に弱いとほぐれない。
水の量も多すぎれば紙がふやけ、少なければ繊維が絡まったまま残る。最適なバランスを見つけるには試行錯誤が必要だった。
ヨシオとガルドスは、試作品の改良を重ねながら、しばらく工房に泊まり込んだ。
そして二週間後、ようやく納得のいく紙漉き装置が完成した。
花弁を投入すると、一定のペースで薄く丈夫な和紙が剥がれ落ちてくる。自動で稼働する機構の動力は、常に一定の魔力を供給する魔道具だ。
この魔道具も二人が共同で開発した。
これはガルドスの発案で、魔力付与された金属板を魔力供給用の魔石に挟むことで、供給魔力を一定にする効果を持たせたのだ。
思ったより上手くいったな。
ですね!まさかこんなに上手くいくなんて……ガルドスさん、天才じゃないですか!
ヨシオは目を輝かせてガルドスを褒めたたえた。
咳払いをして顔を背けたが、口角が上がっているのは隠せていない。
天才は言い過ぎだ。だがまあ……悪くない出来だな。
完成した装置は想像以上の成果を上げていた。廃花を投入してから和紙が出てくるまで約三十分。一回の投入で約二十枚の紙が取れる。
品質は和紙に近く、羊皮紙より軽くて丈夫で、それでいて価格は十分の一以下で作れそうだった。
試しに出来上がった紙に文字を書いてみると、インクの乗りも良い。書類や帳簿、簡易なメモ用紙として充分に使える。
工房では早速見積書や納品書の作成に使い始めた。
さらにこの紙の存在を聞きつけた商人ギルドのグスタフが飛んできた。
紙を手に取って、
これは……羊皮紙より安くて軽い。しかも大量に作れると? ヨシオ殿、とんでもないものを作りましたな!

◆リサイクル
王宮や貴族殿に高価な紙を販売します。
大量生産の道筋も考案中ですので、ゆくゆくは市民にも紙を販売する予定です。
興奮を抑えきれず、
市民にまで紙が行き渡れば商取引は激変しますぞ! 契約書、請求書、在庫管理、あらゆる書類が紙になる。商人としてこれほどの朗報はない!
グスタフは既に頭の中で商売の絵図を描いているようだった。卸売価格や流通経路について矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
一方、紙の噂は王宮にも届いた。マルティナが試作品を手に取ると、その薄さと丈夫さに目を輝かせ、即座に国王へ報告したという。
数日後、王宮から正式な書状が届いた。紙の品質と量産可能性について、国王自らが直接説明を聞きたいとのことだった。
今度はヨシオだけでなくガルドスも同行を求められていた。
謁見の間ではなく応接室での対面となった。国王は五十代半ばの壮年の男で、威圧感はあるが話の分かる人物だった。
傍らには財務大臣も控えている。
試し書きした紙を置いて、
これが花からできたと?
今考案中のことは、紙の量産です。紙の製造機械と魔法石から安定した魔力と抽出する方法。そして、紙の材料についてですが、大麦、小麦、米
などの穀物のもみ殻から紙をつくれないか思案しております。もみ殻は、大量に捨てられている様ですから、リサイクルできれば一石二鳥。
国王は身を乗り出して、
リサイクルだと?
国王の隣で財務大臣が眼鏡の奥の目を細めた。「リサイクル」という概念自体がこの世界にはない。
廃棄物は焼くか埋めるか捨てるかが常識だった。
それを資源として回収し再利用するという発想に、二人の為政者は明らかに衝撃を受けていた。
低い声で、
穀物のもみ殻は農村で大量に廃棄されております。あれが紙になるとなれば……原材料費は限りなくゼロに近い。
顎に手を当てて、
大麦の収穫量は国全体で年間数百万袋に上る。もみ殻だけでも相当な量だ。……それで、製造機械と魔法石の件だが。
国王がガルドスに視線を移した。老魔術師は一礼してから口を開く。
現在の装置を改良すれば、穀物のもみ殻にも対応可能です。
ただし花より繊維が硬い分、風の魔力を強める必要があります。試作に二週間ほどいただければ。
国王は満足げに頷いて、
良かろう。必要な資金と人材は用意する。進めよ。

◆魔力量の調整
王宮を後に、ガルドスに相談した。
魔法石から一定の魔力を抽出する装置を開発したい。
魔力を表示させ、調整ツマミで任意の量に取出し出来れば、ポーションの魔力抽入が容易になる。
私以外の工員に仕事をさせられると。そして紙製作にも役立つと。
額を掻いて、
お前の頭の中はどうなっとるんだ。次から次へと……。
呆れた口調だったが、目は笑っていた。ガルドスは椅子に深く腰掛け直し、指で机を叩きながら思考を巡らせている。
魔力の抽出と制御か。要は蛇口だな。魔石から流れ出る魔力に弁を設けて、回すツマミで量を調整する。理屈は単純だが精度が問題だ。
これまで魔石は「使う」か「使い切る」の二択だった。中間の出力を維持する装置など存在しない。
ガルドス自身、魔力付与の際には手作業で魔石に触れ、感覚で魔力量を決めていた。
だがお前が前に作った魔力付与装置があるだろう。あれの魔力供給部分を応用すれば……いけるかもしれん。
以前ヨシオが香水の魔力付与用に作った装置は、魔石から一定の魔力を引き出す機構を持っていた。
ただしあの時は魔力量の調整など考慮しておらず、ただ一定量を垂れ流すだけの構造だった。そこに流量調整の機構を追加すれば、一定魔力抽出装置の原型になる。
ただし、だ。調整機構に使う部品は魔力伝導率の高いミスリル銀が要る。手持ちがない。
ミスリル銀は何処に行けば手に入る?
腕を組んで、
北の鉱山街ノルディスだ。あそこでしか採れん。ミスリル鉱石を精錬できる職人も限られておる。
ノルディスは王都から馬車で五日ほどの距離にある山岳の街で、鍛冶と鉱業で栄えている。
ただし最近、街の周辺に魔物が出没するようになり、物流が滞りがちだという噂があった。商人ギルドの掲示板にも護衛依頼が増えていたはずだ。
ただ問題が一つある。ノルディスに行く道中、山道でワイバーンの目撃情報が出ておった。討伐依頼が冒険者ギルドに出されとるはずだ。
ワイバーン。翼竜の一種で、全長は馬車ほどもある大型の魔物だ。飛行しながら炎のブレスを吐き、街道を行く商隊を襲うことで知られている。
Bランク冒険者のパーティーでも苦戦する相手だった。護衛なしで向かうのは自殺行為に等しい。


◆ワイバーン
ワイバーンか、ハンターはいる?護衛として雇いたい
ガルドスの家のメイド、シルキーに向かって
銀髪の長身のメイドが静かに一礼して、
ハンターでしたら心当たりがございます。
以前この屋敷に滞在されていた冒険者の方が、ノルディス方面への護衛を探していると聞いたことが。
シルキーは淡々と続けた。
名前はレオン。Bランクの剣士で、パーティー名は「暁の牙」。
四人編成で前衛二、後衛二のバランス型です。この街を拠点にしておりますので、ギルド経由で依頼を出せば応じるかと。
立ち上がって、
レオンか。あいつなら腕は確かだぞ。
翌日、冒険者ギルドで護衛依頼を正式に発注した。
「ノルディスまでの往復護衛、報酬は一人一日五百G」の条件で掲示すると、昼過ぎには返答があった。「暁の牙」が依頼を受諾。翌朝の出発で話がまとまった。
そして翌朝。工房の前に四人の冒険者が集まっていた。
赤毛の青年が手を差し出して、
あんたが依頼主か。レオンだ、よろしく頼む。
頭の中で呼出。ワイバーンを手なずける方法はありますか?
ヨシオの意識の内側で、いつもの呼出が応じた。
天の声:淡々と、
ワイバーンは知能が高く、力の序列に敏感な生物です。圧倒的な力を示すか、上位者として認めさせれば従う可能性があります。
具体的には以下の方法が考えられます。
1. 直接対峙して魔力で威圧し、恐怖で服従させる。
2. 魔力を帯びた攻撃で翼や足を狙い、飛行能力を奪った上で力の差を見せつける。
3. 魔力を込めた餌やポーションで弱らせてから従属の術式を施す。
4. 群れの長と交渉して傘下に入る形を取る。
いずれの場合も、ワイバーンを単独で無力化できる戦闘力が前提となります。
つまり、護衛を雇う必要があるかどうかはヨシオ次第ということだ。正面から戦って屈服させれば馬車も護衛も要らない。
ただしその場合、四人には「依頼がなかった」ことになるのだが。
レオンに護衛部隊には弓と魔法の冒険者を加える様にお願いした。また弓矢の先に魔法石を取付る様に依頼した。
そして大きな網とロープを用意する事にした。
レオンは首を傾げて、
弓に魔法石? 変わった注文だな。まあいい、当たる確率が上がるなら文句はねえ。網とロープも用意しとく。
三日後、「暁の牙」に弓使いのエルフの女と魔術師の青年が加わった。エルフの名はリーナ、魔術師はトマス。
二人ともBランクで実力は申し分ない。矢の先端には小ぶりの魔石が括り付けられ、当たれば魔力が炸裂する仕掛けだ。
網とロープは荷馬車に積み込み、総勢六人の一行は王都を出発した。
北へ続く街道は次第に山がちになり、四日目には両側を切り立った崖に挟まれた峡谷に差しかかった。
馬車の御者が不意に手綱を引いた。
旦那方、あれを!
崖の上に巨大な影が旋回していた。翼を広げた全長は十メートルを優に超える。
赤黒い鱗に覆われた翼竜が、黄金色の瞳で一行を見下ろしていた。
レオンは剣を抜いて、
来やがったか! 全員配置につけ!
ここからは、慎重に空も注意していく。
ワイバーンが近づいたら、魔法石に魔法を注入して翼を狙う様に指示した。
一行は馬車を崖から離れた岩陰に寄せ、防御陣形を取った。
レオンともう一人の前衛が前方を固め、リーナとトマスが後方から空を監視する。
ワイバーンは旋回を続けていたが、獲物を品定めするように徐々に高度を下げてきた。
距離が詰まるにつれ、その咆哮が空気を震わせ、馬が怯えていなないた。
リーナは弦を引き絞りながら、
近づいてきてる……あと少し。
ワイバーンが急降下の体勢に入った瞬間、リーナが矢を放った。
括りつけられた魔石にトマスの魔力が乗り、矢は白い光を纏って翼の付け根を直撃した。
炸裂音。翼膜の一部が焼け焦げ、ワイバーンが体勢を崩して横に滑った。だが致命傷には程遠い。
怒りに満ちた咆哮が谷に反響し、口腔に炎が渦巻き始めた。
ブレスが来るぞ、散れ!
灼熱の炎が馬車めがけて吐き出された。岩陰にいたおかげで直撃は免れたが、熱波だけで馬が暴れ出す。
網を投げるなら今が好機だった。翼の動きが鈍っている。
網でワイバーンを捕らえ、ロープで口と翼、足を縛っておとなしくさせた。
レオンの号令で前衛二人が網を投げた。
焦げた翼のせいで機敏に動けないワイバーンに網が絡みつき、そこへヨシオがロープに魔力を流しながら駆け寄った。
ロープが触れた箇所からワイバーンの体が痙攣した。抵抗しようと尾を振り回すが、網とロープの二重の拘束で翼も足も封じられていく。
口を縛られたワイバーンはくぐもった唸り声を上げるだけだった。
レオンは息を切らしながら、
嘘だろ……捕まえちまった。
リーナは弓を下ろして、
信じられない。傷つけて弱らせてから網で捕獲するつもりだったのに。
ワイバーンが暴れ続けている。縄が軋む音が不穏に響いた。このままではロープが切れかねない。
呼出の知識が頭に浮かんだ。力の序列を示すなら今だ。この状態で魔力を直接ぶつければ、服従させられるかもしれない。
ワイバーンに従属させる魔法を発動した。
ヨシオの掌から放たれた魔力がワイバーンを包み込んだ。金色の光が巨体を這うように広がり、鱗の一枚一枚に染み渡っていく。
ワイバーンは目を見開いた。黄金の瞳に恐怖と困惑が交互に走る。尾の振りが止まり、翼が力なく垂れた。
そして数秒の沈黙の後、地響きのような低い咆哮を一つ上げて、頭を地面に伏せた。従属の意思表示だった。
光が収まると、あれほど暴れていたワイバーンは静かに目を閉じて身じろぎもしなくなった。
ワイバーンの額に従属の印が表れた。
レオンは剣を握ったまま固まって、
……は?
トマスは眼鏡を何度も直しながら、
今の、従属魔法ですよね? 一人でワイバーンに?
リーナは長い耳をぴくぴく動かして、
ありえない。普通は何人もの術者が儀式で行うものよ。
レオンは頭を振って、
いや待て、ちょっと待て。俺たち護衛だよな? 出番ほぼなかったよな?
冒険者皆さんの協力のおかげです。ありがとうございました。
ワイバーンが従属した様なので、網とロープをほどいてよいと思います。
苦笑いしながら網をほどいて、
協力って……まあ、依頼料分は働いたってことにしとくか。
ロープを解かれたワイバーンはゆっくりと首をもたげ、ヨシオを見つめた。
さっきまでの獰猛さは消え、どこか犬じみた従順さすら漂わせている。鼻先をヨシオに擦り寄せて、くぅと甘い声を出した。
リーナは後ずさりして、
かわいくない! あのワイバーンが!
震える手でメモを取りながら、
トマスは学術的に貴重な瞬間を目撃してます……。
網とロープはワイバーンの移動手段として使える。馬車に繋いでおけば、ノルディスまでの空路を使った移動も可能かもしれなかった。
徒歩で五日の道のりが、飛べば一日で済む。
一行は再び馬車に乗り込んだが、空を飛ぶ巨大な影を従えた旅路は道行く人々の度肝を抜いた。
街道ですれ違う商人が腰を抜かし、宿場町では宿の主人が窓から顔を出して口をぽかんと開けていた。
以前オオカミを従属させたいと思ったことはあったが、まさかワイバーンを従属させてしまうとは、夢の様だ。
ノルディスに着いたらミスリル銀を採掘しよう。

◆ロックリザード
翌日の夕刻、ノルディスの街が見えてきた。山肌に張り付くように石造りの建物が並び、煙突からは絶え間なく白煙が立ち昇っている。
街の入口には鍛冶師のハンマーを象った鉄の門が聳えていた。
だが街に近づくにつれ異変が目についた。城壁の一部が崩れ、補修の途中で放置されている。
門の前には武装した衛兵が倍の人数で配置され、空気が張り詰めていた。
馬車から降りて、
魔物の襲撃が続いてるって話は本当らしいな。
衛兵の一人がワイバーンを見て槍を構えたが、
従属の印を確認すると慌てて武器を収めた。街の中に入ると鉱夫たちが忙しなく行き交い、酒場の方からは怒号混じりの議論が聞こえてくる。
どうやら採掘場の奥に魔物の巣ができたらしく、採掘が滞っているらしい。
宿を確保した後、「銀の穴」という名の鍛冶工房を訪ねた。
店の奥から白髭のドワーフが顔を出し、ミスリルの精錬ができる唯一の職人だと名乗った。
太い指でヨシオを指して、
ミスリルが欲しいだと? 生半可な量じゃ足りんぞ。何に使う。
魔石から魔力を抽出する、調整装置に使用すると説明した。
目を細めて、
魔力抽出の調整装置だと? 聞いたこともない。
ドルグはヨシオの説明に首を捻りながらも、職人の好奇心が刺激されたらしく話に食いついてきた。
まあいい、面白そうな代物だ。で、量はどれくらい要る。
必要なミスリル銀の量はおよそ五キロ。ガルドスの見積もりではそれで十分足りるとのことだった。
ドルグに見積もりを頼むと、精錬費込みで一万Gという答えが返ってきた。
髭を撫でながら、
ただしな、今は採掘に問題がある。坑道の奥にロックリザードが住み着きやがってな。
鉱夫が何人も怪我した。あいつらを片付けてくれるなら精錬費はタダにしてやる。
ロックリザード。岩に擬態する大型のトカゲ型魔物で、硬い鱗は剣も通しにくい厄介な相手だ。
しかも群れで行動する習性があり、採掘現場の坑道は狭いため大勢で攻め込むのも難しい。
レオンが横から口を挟んだ。
追加依頼ってことでいいか?
肩をすくめて、
正直に言やぁ厄介だ。剣が通りにくい上に群れる。狭い坑道じゃブレスも使えんからな、地道に削るしかねえ。
指を立てて、
ただ、魔石矢が効く可能性はあるわ。魔力で鱗を貫通できれば一気にいける。
頷いて、
僕の火魔法も坑道内なら範囲を絞れます。一体ずつなら対処できるかと。
四人は手慣れた様子で作戦を練り始めた。前衛が一体を足止めし、後衛の魔法と魔石矢で仕留める。シンプルだが堅実な戦法だ。問題は数だった。
ドルグの話では少なくとも十体はいるらしい。
翌朝、装備を整えた一行は採掘坑道の入口に立った。松明の明かりに照らされた坑道は奥に進むほど暗くなり、湿った空気が肌にまとわりつく。
十数歩進んだところで、壁面の岩がわずかに動いた。
囁き声で、
レオンが止まれ。前方、岩が三つ動いてる。
魔石矢を装填した弓を構える。魔力が弓に伝わり、青白い光の矢が形成される。ロックリザードが完全に姿を表すまで待機した。
静寂の中、空気が張り詰めた。松明が揺れるたびに坑道の影が蠢く。
岩だと思われていた三つの塊が、ゆっくりと剥がれ落ちた。その下から現れたのは体長二メートルほどの灰色のトカゲ。
縦に裂けた黄色い目が一行を捉え、耳障りな擦過音を立てた。残りの二体も壁から離れ、じわりと距離を詰めてくる。
レオンが無言で右手を開いた。「まだ撃つな」の合図だ。三体が完全に岩から離れた瞬間を待っている。
ロックリザードの一体が首をもたげた。威嚇の姿勢だ。その喉元に僅かな柔らかい皮膚が覗いた。
小声で、
今だ。
リーナとヨシオが同時に矢と魔力の矢を放った。二条の光が坑道を切り裂き、先頭のロックリザードの首元と胴体に突き刺さる。
鱗が弾け飛び、体液が飛散した。断末魔の叫びを上げる間もなく一体目が沈んだ。
残り二体が怒号とともに突進してきた。
トマスの詠唱が聞こえる。その瞬間、横から飛び出したレオンが一体のロックリザードに飛びかかり、剣を突き立てた。
もう一体は魔法使いのトマスが放った火球に包まれた。そのまま坑道の奥へと駆けて行く。
レオンの剣はロックリザードの首の隙間に深々と突き立てられ、そのまま体重をかけて抉り抜いた。
血飛沫が坑道の壁を汚し、二体目が痙攣しながら崩れ落ちる。
三体を片付けたところで奥から地鳴りのような振動が伝わってきた。
仲間の悲鳴を聞いた残りが殺気立っているのだろう。
リーナは矢を番えながら、
奥からまだ気配がある。五、六体はいるわね。
汗を拭いて、
坑道が狭くなってる。この先は二人が並ぶのがやっとだ。
坑道は奥に進むほど天井が低くなり、足元は岩盤が露出していた。
レオンは剣に付いた血を振り払い、先頭に立って慎重に歩を進める。松明の光が届かない暗闇の奥で、何かが蠢く音がした。
レオンは足を止めて、
待ち伏せされてるな。曲がり角の先だ。
トマスが火魔法の詠唱準備に入り、リーナが矢に魔石を括り直す。ヨシオも次の矢に魔力を込めた。
次の攻撃で一気に数を減らさなければ、狭い坑道で乱戦になる。判断は一瞬だった。
詠唱が聞こえる。その瞬間、矢をつがえて弓を引き、全力でロックリザードに向かって矢を打つ。
その一撃は一体の頭部を貫き、痙攣しながら坑道の壁に崩れ落ちる。リーナさん、レオンさん、お願いします!
ヨシオの号令と同時にリーナの魔石矢が続けざまに放たれた。
一本がロックリザードの脇腹を穿ち、もう一本は外れて天井に突き刺さった。トマスの火球が頭部を失った個体の後ろにいた一体に直撃し、炎に包まれたロックリザードがのたうち回る。
混乱した残りの三体にレオンと前衛の戦士が斬りかかった。
狭い坑道ではロックリザードも満足に動けず、一体は剣で翼を切られ、最後の一体はレオンに首を踏みつけられて息絶えた。
坑道に静けさが戻った。焦げた肉の匂いと血の臭いが充満している。
レオンは息を整えて、
全滅確認。十体ぴったりだ。
トマスは壁にもたれて、
もう魔力すっからかんです……。
リーナは矢筒を覗いて、
私も残り二本。帰り道が怖いわね。

◆ミスリルの精錬
ドルグとの約束は果たした。あとはミスリル銀を精錬して王都に持ち帰るだけだ。
だがドルグの工房に戻ると、老ドワーフは首を横に振った。
ミスリルの精錬には炉に魔石を三つ焚かんといかん。最近の魔物騒ぎで魔石の備蓄が底をついておる。
使い終わった魔石はありますか?魔石に私が魔法を付与します。
目を丸くして、
魔石に魔法を付与だと? そんな話聞いたことがないぞ。
だがドルグは疑いながらも工房の奥を漁り、使い終わった空の魔石を五つほど持ってきた。
どれも内部の魔力が完全に抜けきった透明な石だった。普通なら廃棄するか、細かく砕いて肥料にするしかない代物だ。
魔石をカウンターに並べて、
こいつは本来もう使い物にならん。好きにしろ。
五つの空魔石が並んだ。呼出の知識によれば、魔力を注入する要領で属性を変換すれば属性魔石として再利用できるはずだった。
ただ問題が一つある。ドルグの精錬炉は火属性の魔力を必要とする。つまり火の属性魔石でなければ炉を動かせない。
ヨシオは火魔法の適性がない。だが火の精霊石なら持っている。
あれを触媒にすれば火属性の魔力を生み出せるかもしれなかった。
ドルグは腕を組んで、
できたら大したもんだがな。失敗しても文句は言わん、やってみろ。
火の精霊石を触媒にして火属性の魔法付与を試した。
工房の作業台に空魔石五つと火の精霊石を並べた。精霊石が淡い赤光を放っている。
呼出の知識に従い、まず火の精霊石から魔力を引き出した。
赤い光が指先に集まり、それを触媒にして空魔石へ魔力を注ぎ込んでいく。
火の精霊石の属性がフィルターの役割を果たし、注がれた魔力に火の性質が付与されていった。
一つ目が赤く輝き始める。二つ目、三つ目と順調に成功し、四つ目の途中で魔力が乱れた。
集中を高め直して再び注入すると、四つ目も赤い光を宿した。
ドルグは身を乗り出して、
おい……本当にできてるぞ。しかも純度が高い。
五つ全てに魔力が充填された。火属性の魔石として問題なく機能するはずだ。
ドルグは一つ手に取って光に透かし、
こりゃ大したもんだ。魔石職人でもここまでの純度は出せん。よし、約束通りミスリルを精錬してやろう。明日の朝には仕上がる。
レオンたちに報告すると、トマスは興奮で手が震えていた。魔石の再利用は学術的に革新的な発見だという。
ギルドへの報告書に追記したいと懇願されたが、それはヨシオが決めることだった。

◆完成したポーション
翌朝、ミスリル製錬銀を受け取ると冒険者達とワイバーンに乗っ取て帰路に着いた。
朝日がノルディスの鉱山を照らす中、ドルグが約束通りミスリル銀五キロを仕上げてきた。
銀白色に輝くその金属は、見た目以上の重量感があった。
ワイバーンに馬車と荷物を括りつける作業は半日がかりだったが、従属したワイバーンは大人しく指示に従った。
翼に網とロープを応用した簡易的な吊り具を取り付け、鞍代わりの板を背に載せる。
レオンたちは半信半疑だったものの、実際にワイバーンが安定して浮かび上がると歓声を上げた。
りーナは空から地上を見下ろして、
こんな景色初めて……。
ワイバーンは力強く翼を打ち、山脈を越えて王都へ向かった。眼下に広がる大森林、蛇行する大河、点在する村々。
徒歩五日の道程がわずか半日で消化されていく。風が冷たかったが快適だった。
夕刻前に王都の南門が見えた。着地点を探して城壁外の草原に降りると、門番たちが武器を構えて駆けつけてきたが、ワイバーンが従属状態にあることを確認して呆気に取られていた。
地面に足をつけて、
もう二度とこの依頼の護衛は受けたくねえな。心臓がもたん。
ギルドに報告し報酬を精算した後、ヨシオはガルドス商会へミスリル銀を届けた。残りは六日。
設計図と魔石が揃い、あとは調整装置の組み立てを残すのみだった。
魔石調整装置が完成した。完成まで試行錯誤したが思ったよりも良い装置ができた。装置を使って、工員に美容ポーションの魔法付与作業を指導した。
装置を使用することで誰でも高品質の美容ポーションを容易に出来る様になった。
ミスリル銀が魔力を通すたびに銀色に脈動し、魔石の魔力抽出と変換を滑らかに処理した。試作品の段階で何度か暴走しかけたが、その都度調整を重ねて安定した動作を実現した。
最終的な装置は高さ一メートルほどの円筒形で、上部に魔石を装填するスロット、側面に出力を調整するダイヤルが付いている。
指導を受けた工員たちは最初こそ戸惑っていたが、装置が魔力の流れを自動的に制御してくれるため、誰がやっても同じ品質のポーションが出来上がった。
完成したポーションを光にかざして、
素晴らしい。均一な魔力濃度、ムラがない。これなら高級品として売り出せる。
美容ポーションは予定通りの価格で販売が始まり、初日から注文が殺到した。
貴族の婦人や裕福な商家の娘たちがこぞって買い求め、ガルドスの店頭には入荷待ちの予約リストが壁一面に貼り出された。
ガルドスは約束通り売上の二割をヨシオに支払い続けた。さらにヨシオを商会の顧問として正式に迎えたいと申し出てきた。
九日目の夕方、借家に帰ると机の上にギルドからの封書が置かれていた。
中には短い文面と、ギルド長の署名入りの推薦状が同封されていた。
第8章
◆ランク昇格試験
◆試験当日
◆航空運搬
◆もみ殻から紙を作る装置
◆王宮謁見
◆製紙ギルド
次回に続く
