異世界商人
第3章
香水の完成とラベル作成
ラベルの印刷
ダリオの店で初販売
初めての販売成功
自作香水の量産
マルタの助言
新作香水
マルタの評価
エルマ薬草商
新たな一歩
リーナ商会
第3章
◆ 香水の完成とラベル作成
翌朝、窓から差し込む朝日で目が覚めた。体は少しだるいが、動けないほどではない。
階下に降りると女将が朝食のパンとスープを出してくれた。昨夜のパンは失ったが、ここで補充できたのはありがたかった。
食事を済ませ、水筒に水を汲んで宿を発つ。朝の空気はまだ冷たく、石畳に朝露が光っていた。
マルタの店に着くと、老女はすでに店先で開店準備をしていた。
ヨシオを見るなり、
遅い!もう日が高くなるよ。さ、入んな。
昨日の原液は、そこにあった。
今日もよろしくお願いします。
出来上がった小瓶をヨシオに差し出し、ほら、嗅いでみな。
ヨシオは瓶の蓋を開けて、中の香りを確認する。
嗅ぐと花の香りがふわっと漂ってきますね。
この香りなら、売れていきそうです。
マルタさん。小さい瓶に小分けしたいので瓶を分けてください。
その小瓶を差し上げます。
小分け用の瓶を棚から出しながら、
10本で200Gだよ。……抜け目ないねえ。
ヨシオは瓶を購入し、1本をマルタに渡した。残り9本。マルタは手首に香水をひと吹きし、目を細めた。
悪くない。いや、正直に言うよ。上等だ。この辺の香水屋が作るものより余程いい。
ただしね、問題がひとつある。ラベルだよ。どこの誰が作ったか分からなきゃ、客は手を出さない。
もっともな指摘だった。ブランドの保証がない商品は、この世界では信用されにくい。
腰に手を当てて、
あんたの名前で売るなら看板が要るね。町の印刷屋は「インク工房ベルティーニ」ってのが東通りにある。
紙とインク代合わせて200Gもありゃ、名前と花の絵くらいは刷れるだろうさ。
マルタさん、少し資金を貸してもらえませんか?
ラベンダー香水商売の利益でお返しするので。
じろりとヨシオを見据えた。しばらく無言が続き、やがて大きくため息をついた。
……あんたね、昨日会ったばかりの婆に金を借りようってのかい。
マルタは棚の引き出しをがたがたと開け、中から銅貨を数枚取り出した。
300G。利子は利益の三割。返せなかったら精油の仕入れは今後一切あたしを通させない。いいね。
……それから、あたしはこれでも香水の元締めを長年やってきたんだ。
素人が商売で躓くのを何十人も見てきた。だから一つだけ言っとく。
最初から大きく出るんじゃないよ。まずは3本売って反応を見な。
それで駄目なら駄目、いけるなら続ける。商売ってのはそういうもんだ。
はい。わかりました。
しっかり、利子の三割を払います。
3本売れたら、続けるか、やめるか判断します。
それでは、ラベルを作ってきます。
手をひらひら振って、
さっさと行きな。ラベルができたら持っておいで。
◆ ラベルの印刷
ヨシオはマルタから300Gを受け取ると、東通りへ向かった。
「インク工房ベルティーニ」はすぐに見つかった。
看板の文字が色鮮やかに刷られており、店内にはインクの独特な匂いが漂っている。
店主のベルティーニは眼鏡をかけた痩せぎすの男で、入ってきたヨシオをちらりと見た。
何か刷り物か。
ヨシオは香水のラベルを作りたいと伝えた。内容は「ラベンダーナの香水」と名前、そしてラベンダーナの花の絵。
5本分だけ先に刷ってほしいと頼むと、ベルティーニは紙とインクを選び始めた。
手のひらサイズのラベルだな。1枚20G、5枚で100G。乾くまで半日かかるから夕方に取りに来い。
代金を先払いすると、ベルティーニはさっそく版を彫り始めた。彫刻刀が木を削る小気味よい音が店内に響いた。
◆ ダリオの店で初販売
今日はダリオさんの手伝いをして、日当を稼ぐことにした。
午前中はまだ時間がある。ヨシオはマルタへの借金を抱えている身だ、少しでも稼いでおきたかった。
中央広場を抜けて南通りへ足を向ける。
ダリオの青果店に着くと、店先にはもう常連客が並び始めていた。
老婆が一人、若い女性が二人。ダリオは忙しそうに野菜を包んでいる。
顔を上げて、
おう、来てくれたか!今日は玉ねぎが大量に入ったんだが、皮剥きを手伝ってくれるか?時給150Gでどうだ。
悪くない条件だった。皮剥きなら力も要らず、昼までに数時間は稼げるだろう。
店の裏手に回ると木箱いっぱいの玉ねぎが積まれていた。陽の下での作業になるが、汗をかけば香水の香りも気にならない。
むしろ、ラベンダーナの爽やかな香りが玉ねぎの臭いを中和してくれて、常連の女性客がちらちらとヨシオの方を見ていた。
お客様、香水はいりませんか?ラベンダーナの香水ですよ。
玉ねぎの皮を剥く手は止めないまま、ヨシオはさりげなく声をかけた。若い女性客の一人がぴくりと反応した。
興味を隠せない様子で、
香水?この町で香水なんて珍しいわね。見せてくれる?
ヨシオはポケットから試供品の小瓶を取り出し、手首の内側にひと吹きして女性に差し出した。
手首を顔に寄せて、
わあ……すごくいい香り。すっきりしてて嫌味がない。
隣から覗き込んで、
ちょっと、あたしにも嗅がせて。
二人目の女性も香りに惹かれ、きゃあきゃあと騒ぎ始めた。ダリオが裏から顔を出す。
苦笑しつつも、
おいおい、商売の邪魔にならん程度にしてくれよ。……しかし、確かにいい香りだな。
財布を握りしめて、
ねえ、これどこで買えるの?
私が香水を売ろうと思って、これはサンプルです。
明日はラベルが付いた高級香水として売り出します。
目を輝かせて、
高級って……おいくら?
身を乗り出して、
私も欲しい!明日はどこに行けば買える?
二人の食いつきは予想以上だった。女性たちにとって香水は日用品ではなく贅沢品だが、手が届かないほど高価でもない。
この町には香水を扱う店が少ないというマルタの言葉は本当だったらしい。
玉ねぎを運びながら横で聞いていて、
へえ、お前さん商売人だったな。道理で昨日、花の相場に食いついたわけだ。
客は友人の袖を引っ張って、
ねえ聞いた?明日発売だって。絶対買いに行こうよ!
頷いて、
私、朝一で行くわ。どこに売りに出るの?
二人は明日この青果店に買い物に来るついでに、ここで売ってくれないかと頼み始めた。
ダリオは困った顔をしつつも、客寄せになるならと悪い気はしていないようだった。
ダリオさん、明日はここで香水を売ろうと思うけどよろしいですか?
頭をがりがりと掻いて、
まあ……邪魔にならん程度なら構わんよ。うちの客がついでに買ってくれるなら悪い話じゃない。
ただし店先を占領するなよ?野菜の並べる場所がなくなっちまう。
手を合わせて、
決まりね!明日ここで待ってるわ!
うきうきと、
名前は?あなたの名前。
女性たちの勢いに押されるように、名前を聞かれた。ラベルにも名前が要る。
ヨシオは改めて自分の名前を名乗った。
アイザキヨシオと言います。よろしくお願いします。
値段は一瓶500Gでどうかな?
顔を見合わせて、
500G……ちょっと高いけど、香水ならそんなものよね。
指折り数えて、
今月のお小遣いぎりぎりだけど……買う。絶対買うわ。
感心したように、
500Gか。パンが5個買える値段だな。……いや、野暮なこと言わんとこう。
500Gという値付けは、マルタの助言通りの中間層向けの価格帯だった。
安すぎれば品質を疑われ、高すぎれば手が出ない。女性客たちの反応を見る限り、設定としては妥当なようだ。
やがて玉ねぎの皮剥きが終わり、ダリオから日当の150Gを受け取った。夕方にはラベルも仕上がる。
明日ここで香水を売る段取りも整った。着々と準備が進んでいく手応えに、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
翌朝早くから目がさめた。
ラベルを受け取りびんに張り付け、香水小瓶をマルタに見せに行った。
朝もやの残る早朝、ヨシオはインク工房ベルティーニへ足早に向かった。
「ラベンダーナの香水」の文字と花のラベルが綺麗に仕上がっている。5枚受け取って1枚はマルタ用だ。
マルタの店に着くなり、扉を叩く前に中から声がした。
開いてるよ、入んな。
中に入るとマルタはすでに作業台に座って待っていた。香水瓶を手渡すと、ラベルを一瞥し、それから蓋を開けて香りを確かめた。
目を閉じて香りを吸い込んでから、
……昨日より落ち着いてる。寝かせた方が馴染むんだよ、香りってのは。
小瓶を台に置いて立ち上がり、ヨシオに正面から向き直った。
ラベルも悪くない。さて、今日は売り子デビューだね。
1本はマルタさんに。
4本は売れたら2000G入るから借金かえします。
片眉を上げて、
4本だけ?あの子たちが朝から並んでるってのに足りないじゃないか。
……まあいいさ、最初はそんなもんだ。
借金は300Gだったね。売れたら利子の三割、90Gをあたしに渡しな。
残りの利益がヨシオの取り分になる。まずは3本売ることがマルタとの約束だ。
4本では心許ないが、ないものは仕方ない。
◆ 初めての販売成功
中央広場の時計塔が朝8時を告げた。南通りのダリオの店に急ぐと、すでに女性客が二人、店の前に立っていた。
一人は昨日と同じ若い女性で、もう一人は別の知り合いを連れてきたらしい。口コミの力は侮れなかった。
ヨシオを見つけるなり、
来た来た!ヨシオさん、待ってたわよ!
素早くラベンダー香水を取出し、女性客に販売した。
毎度あり。
またラベルを依頼しマルタに借金を返済した。
二人の女性は迷うことなく500Gを差し出した。
一人がもう一人にひと言も言わせず即決、二人目の方は「ずるい、私が先に買いたかったのに」と悔しがる始末だった。
ヨシオは丁寧に香水を手渡し、笑顔で見送った。
またそれを見ていた客が私にも売ってと言いだした。
その足で東通りのベルティーニへ走り、追加分のラベルを発注。ついでにマルタのところへ駆け込んだ。
マルタは金を数えて、
元金300G利子90G、確かに。
……で、残りの5本分はどうすんだい。
手元に残ったのは2000Gからラベル代、利子と元金、瓶や器具代金など引くと利益はまだ無い。
ラベルが仕上がるのは明日の夕方。しかし材料の精油はマルタから買う必要がある。
マルタは精油の瓶を振ってみせて、
原液はまだあるよ。2本分なら50G。今度は自分で希釈してみるかい?
自分で原液から希釈して作ることにした。
◆ 自作香水の量産
瓶を購入し詰込みした。
手順を指差しで示しながら、
精油を1、アルコールを9。瓶の口を下にしてゆっくり注ぎな、飛び跳ねるから気をつけな。
ヨシオは慎重に瓶に液体を注いだ。ラベンダーの精油がアルコールに溶けていく様は不思議と神秘的だった。
最後にマルタから受け継いだブレンド技術で香りを整え、小瓶にラベルを貼り付ける。5本完成。
初日にしては上々の滑り出しと言える。
だが材料費や器具、ラベル代を考えると、純粋な利益はまだ無い。
量産体制を整えるか、価格を上げるか、それとも別の売り方を考えるか。
商人としての腕が試される段階に差しかかっていた。
夕暮れの南通りで、ダリオが店じまいをしながら声をかけてきた。
売上の勘定を終えて、
今日も繁盛だったぞ。お前さんの香水、客足が倍になった。明日も頼むよ。
ラベンダーの花をまた摘みに出かけた。
当面は地道に商売して、信用と品質の良い香水を売る事に専念しよう。
量産はもう少し資金に余裕ができてからだ。
翌日も朝からダリオの店に香水を並べた。噂はさらに広がっていたらしく、女性客が三人、男性客まで一人混じっていた。
花の香りが汗臭さを消すと気づいたらしい。
三人にも香水は売れ、残るは2本。午後には完売した。
夕方にラベルを回収し、翌日また売る。このサイクルが確立しつつあった。
そして、ダリオにも香水を卸すことになった。
ダリオは、周辺の町に雑貨を売り歩くことが多い。
ダリオの言った「もし香水ができたら、最初の卸し先は俺だ。」を守ることで
恩を返した。
◆ マルタの助言
ある日の夕方、ヨシオがマルタに売上を報告していると、老女がふと手紙を読んでいた顔を上げた。
マルタは手招きして、
ちょっとこっち来な。面白い話がある。
隣町のリーナって商人がね、うちの香水に目をつけたらしい。卸してくれないかって手紙が来たんだよ。
卸売り。つまり他の町にも香水を流通させるということだ。売上は跳ね上がるが、品質管理や輸送の問題も出てくる。
一つの転機が訪れていた。
マルタは試すような目で、
どうする?あんたの香水だ。決めるのはあんたさ。
ラベンダーナの花畑はまだ咲いているのでもう少し作れると思うが、いつか摘み取り出来ない日がくる。
他の花の香水も試作した方が良いかもしれない。
マルタは顎に指を当てて、
いい着眼点だね。ラベンダーは確かに強い花だけど、一種類だけじゃ飽きられる。
この辺りで採れる花はラベンダーだけじゃない。
西の丘陵地帯にはローズマリーの群生地があるし、南の湿地にはスイレンも咲く。
マルタは棚から分厚い植物図鑑を引っ張り出してきた。
ページをめくりながら、
ローズマリーは刺激的で男向きの香りになる。スイレンは甘くて夜向けだ。どっちも精油は採れる。
ただね、花が変われば配合の比率も変えなきゃならない。
あたしが教えたのはラベンダー用のレシピだ、他のは自分で試行錯誤するしかないよ。
新しい香水の開発。それは商品の幅を広げると同時に、香水職人としての技量が問われる領域だった。
卸売りの話は魅力的だが、まずは足元を固めるべきだとヨシオは判断した。
地道にラベンダーを売りながら新作の研究を進め、軌道に乗ってからリーナの申し出に応じる。
堅実な道筋が見え始めていた。
◆ 新作香水
早速ローズマリーとスイレンの花を摘み取りに出かけた。
翌日、ヨシオは朝の香水販売を終えると西の丘陵地帯へ足を向けた。
ローズマリーは乾燥に強く、岩場や荒れ地に自生する。町から歩いて小一時間ほどの場所に群落を見つけた。
地面を這うように茂るローズマリーの葉は肉厚で青々としており、その下に小ぶりな花がびっしりと咲いている。
手で触れるとぴりっとした刺激があった。葉の先端を摘み取って籠に入れていく。
帰り道、南へ迂回して湿地にも寄った。水面から突き出すようにスイレンの白い花が浮かんでいる。
泥に足を取られながらも花柄ごと摘み取り、葉も何枚か採取し
夕方近くになって町に戻った頃には、籠二つ分の花と葉が手に入っていた。
宿に帰って精油の抽出作業に取りかかる。まずはローズマリーから。葉を蒸留器に入れ、水蒸気を当てると青みがかった液滴り始める。
続いてスイレン。こちらは甘い芳香が蒸留部屋に充満した。二つの新しい香水原液が、机の上に並ぶ。ここからが職人の腕の見せ所だった。
ローズマリー、スイレンそれぞれを希釈し、香りを確かめた。
うん良い香りだ。更にローズとラベンダーナをブレンしてみた。
スイレンにもラベンダーナをブレンしてみた。
配合を変え最適な香りを創りだした。
試行錯誤の末、四つの香水が形になった。
ローズマリー単体は葉の清涼感が際立つ男性的な香り。
そこにラベンダーナを加えると角が取れて落ち着いた印象に変わる。
スイレンは甘さが強すぎたのでラベンダーナで中和しつつ、葉から採った精油を微量加えることで奥行きが出た。
そしてラベンダーナとローズマリーの二種をブレンドしたもの。これは甘さと清涼感が同居する、これまでにない香水だった。
最後にラベンダーナとスイレンの組み合わせ。花同士の相性が良く、柔らかく上品な仕上がりになった。
四本を並べて嗅ぎ比べてみる。どれも悪くない。特に二種ブレンドとラベンダーナ×スイレンが気に入った。
マルタに意見を聞こう。
◆ マルタの評価
翌朝の香水販売を済ませてからマルタを訪ね、四本の小瓶を台に並べた。
一つずつ蓋を開けては嗅ぎ、
あんた……一晩で四本も仕上げたのかい。無茶するねえ。
二種ブレンドの瓶で手が止まった。もう一度嗅いで、
これは面白い。男でも女でも使える。一番の当たりだよ。
これなら量産もできそうだ。
またラベルも考案して商品化しよう。
ラベルにはブレンダー、アイザキヨシオと明記することにした。
マルタは腕を組んで、
ブレンダーか。いい肩書きだね。作った人間の名前があると箔がつく。
まずは量産体制の確立だ。四種すべてを並行して作るには精油が大量に必要になる。
仕入れ先はマルタ一本に頼っているが、老女の生産量には限界がある。
ヨシオの考えを察したように、
花の仕入れ先を増やしたいんだろう?あたし一人じゃ足りないのは分かってるよ。
西通りにエルマって薬草商がいる。あの子は花卉の栽培もやっててね、卸してくれるはずさ。
ただし値段は自分で交渉しな。あたしの紹介だって言えば門前払いはされないから。
◆エルマ薬草商
新たな仕入れルートの開拓。商売の輪が少しずつ広がっていく。
資金も潤沢とは言えないが、香水が順調に売れている今なら交渉の余地はある。
ヨシオはラベルの発注をベルティーニに依頼した後、西通りへ足を運んだ。
エルマさん。花の採集をお願いしたいのですが。
ローズマリーとスイレンなのですが。
カウンターの向こうから顔を出して、
あら、あなたがマルタさんのお弟子さん?話は聞いてるわ。
立ち上がって棚から植物の図録を引っ張り出し、
ローズマリーとスイレンね。どのくらいの量が要るの?定期?それとも不定期?
エルマは二十代半ばの女性で、緑色のエプロンに土がこびりついていた。
薬草店の奥には温室らしきガラス張りの建物が見える。
算盤を弾きながら、
今の時期なら両方とも自家栽培で間に合うわ。
ローズマリーは鉢植えで安定供給できるし、スイレンは池で育ててるから花の数は多い。
ただねえ、精油用となると花弁だけじゃなくて葉や茎も必要でしょう?
品質管理するとなると手間がかかるのよね。
要するに、量を出すなら手間賃を上乗せしろということだ。
エルマの目は商人の目だった。にこやかだが抜け目がない。
にっこり笑って、
それで、いくらで考えてる?
定期購入できますか?
なるべく安くお願いします。
エルマは人差し指を立てて、
安くはするけど「なるべく」じゃ困るの。商売だもの。
ローズマリーが週に20株、スイレンが10株。これで月2500G。マルタさんとこの卸値と大差ないはずよ。
月2500G。現状の売上から考えれば決して安い出費ではない。
しかし香水四種を安定供給できるなら必要経費と割り切れる金額でもあった。
小首を傾げて、
あとね、一つ条件があるの。うちから仕入れた花で作った香水、できたら最初に一本ちょうだい。試供品ってやつ。
品質が良ければ他の薬草卸のお客さんにも宣伝できるでしょう?お互い損はないと思うけど。
持ちつ持たれつの関係。エルマなりの投資案だった。自分の商品が広告塔になるならヨシオにとっても悪い話ではない。
その金額でお願いします。最初の香水は広告用に差し上げます。
ぱっと笑顔になって手を握り、
交渉成立ね!よろしく、アイザキさん。
来週の月曜から納品できるようにしておくわ。受取は朝でいい?
こうして仕入れルートが確保された。定期購入の契約を交わし、宿に戻ると机の上が小さな工房のようになっていた。
蒸留器、精油瓶、希釈用のアルコール。香水職人の道具が揃い始めている。
◆ 新たな一歩
その日の夕方、マルタからリーナへの返事について再び問われた。
椅子に深く腰掛けて、
さて。卸の件、そろそろ返事を出さないと失礼にあたる。あんたはどうしたい?
四種揃った今なら胸を張って送り出せる品ができる。でもまだ地盤が弱い。
どっちを選ぶかはあんた次第さ。
商売は時を逃してはならない。返事は引き受けることにした。
マルタはふっと笑って、
いい目だ。若い頃のあたしを思い出すよ。
じゃあ返事を書くから、あんたは新作の量産に入んな。
リーナが来るまでにある程度の数を揃えておかないと格好がつかないからね。
その夜からヨシオは本格的に動き出した。四種の香水を各10本、計40本。
これがリーナに見せる最低限のロットだ。一晩に作れるのはせいぜい5本が限界で、八日間かけての作業になる。
合間にラベンダーの通常品も売り続けた。
常連の女性客は毎朝欠かさず買いに来るようになっており、もはやヨシオの顔を見ないと一日が始まらないとまで言う者もいた。
八日目の夕方、最後の二瓶にラベルを貼り終えた。計42本。机の端から端まで香水の小瓶が整列している。
朝日を浴びたその光景は壮観だった。
エルマにも試供品を差しあげた。
香水名:
ローズマリー・クリア。スイレン・ホワイト。
ラベンダーナ・ブルー。
ラベンダーナ・ローズ。ラベンダーナ・スイレン。
それぞれの香水名ができた。
ブレンダー:
アイザキヨシオ
◆リーナ商会
翌朝、宿の一階で朝食を取っていると、見慣れない馬車が通りに停まった。
見慣れない馬車だな。
馬車は上等な造りで、車体に商会の紋章が刻まれていた。
御者が扉を開けると、中から降りてきたのは三十代半ばの痩せぎすの男だった。
仕立ての良い濃紺の上着に銀の懐中時計。いかにも商人といった出で立ちだ。
その後ろに荷物持ちの従者が一人続く。
男はきょろきょろと辺りを見回し、宿の看板を見上げると真っ直ぐ入ってきた。
階段を上がり、食堂にいるヨシオを一目見て足を止め、にこりと営業用の笑みを浮かべた。
右手を差し出して、
はじめまして。リーナ商会のリーナです。あなたがアイザキヨシオさんですか?
マルタさんからお手紙をいただいて参りました。
予定より二日早い到着だった。手紙には日付を書いていなかったのか、それともリーナが気の早い性格なのか。
いずれにせよ、大口取引の相手が目の前に立っている。
はじめまして、私はアイザキです。香水は出来ているのですこしお待ち下さい。
2階から40本の香水を持ってリーナ氏に確認してもらった。
小瓶を一つ一つ手に取って光に透かし、香りを確かめながら、
ほう……四種も。しかもどれも質が高い。
ラベルにブレンダーとお名前が入っているのがいいですね、職人の顔が見える。
リーナの目つきは香水を見るたびに鋭くなっていた。伊達に商会を率いているわけではない。
瓶の気泡、色味、香りの立ち方を入念に確認している。
最後の一本を置いて、
単刀直入に言いましょう。四種すべて仕入れたい。各20本、計80本。うちの町で月に200本は捌けます。
価格は1本600Gでいかがです?この品なら安いくらいだ。
600G。自分で売る500Gより高値だ。評価が良いことは嬉しい。
月に120.000Gの売上になる。
リーナは1本1000Gより高値で売れると言っていた。
契約書を鞄から取り出し、
それと、一つご相談が。来月あたり私の町で香水の即売会を開こうと思っています。出展しませんか?
リーナの提案にヨシオは契約を承諾した。同時に香水のイベント参加をすることにした。
参加費はこちらが負担することになった。更にイベント期間中はリーナの店舗で売ることになった。
確認したいのですが香水のイベントの時期はいつ頃になるでしょうか?それによってこちらも在庫調整をしないといけませんので。
契約書にペンを走らせながら、
三週間後です。私の町、港町アクリアの中央市場で三日間。
初日は試供品の配布から始めて、二日目から本格的に売り出します。
三週間。それなりに猶予はあるが、日5本の製作を考えれば悠長にもしていられない。
エルマからの花の納品がちょうど軌道に乗る頃で、タイミングとしては悪くなかった。
逆に言えば、この機会を逃せば次の大商いは当分先になるだろう。
ペンを止めて、
在庫調整の件ですが、前日入りしていただければ私の倉庫を使えます。
宿も手配しましょう。交通費と宿代はこちら持ちです。
それと、当日はアイザキさんにも店頭に立っていただきたい。職人の顔があると客の食いつきが違いますから。
つまりイベント期間中はアクリアに滞在することになる。
町を離れるのは不安だが、ビジネスチャンスとしてはこれ以上ない大きさだった。
契約書の細かい条項を確認し、互いの署名を交わせば取引は成立する。
わかりました。契約書にサインをした。私の香水が町の人達に気に入ってもらえればこの上ない喜びです。
これからもよろしくお願いします。
握手を交わして、
こちらこそ。いい取引ができそうだ。
三週間後のイベント、期待していますよ。では私はこれで。
リーナは馬車に乗り込み、従者と共に去っていった。蹄の音が遠ざかると、宿の食堂に静けさが戻る。
ヨシオの手元には契約書の控えと、これからの三週間分の計画が残されていた。
まずやるべきことは明確だ。出荷分の80本を来週までに仕上げる。
並行してイベント用の在庫も確保する必要がある。80本では三日分の即売には心許ない。
150本は欲しいところだ。となると精油の量も倍以上要る。
翌日からヨシオは猛然と動いた。朝の香水販売をこなし、午後は工房に籠もって香水を量産する。
夜はマルタやエルマと連絡を取って花の手配を詰める。忙しさは日に日に増していった。
三日後、中央広場でマルタが声をかけてきた。
小声で、
あの話、本当かい。港町のイベントに出るって。
本当だよ。明日はイベントで香水を売るんだ。
私一人では身体が持たない。私にも助手が必要なんだが
良い人はいないかな?
第4章
助手シーラ・アリアー
香水の即売会
新しい香水の構想
冒険者へ依頼
スキル確認
ゴブリンと遭遇
月下香の原種
花の栽培
王都へ販路拡張
次回もお楽しみに