「バイクに乗ってて怖くないの?」と聞かれる。

 答え。怖いです。とても怖い乗り物です。

 では、なぜ乗るのか。

 答え。面白いから。

 

 二輪車は二輪なので自立しない。当然ながら手を離せば倒れる。ただでさえ倒れやすい不安定なものに重いエンジンをくっつけて、生身の人間の能力以上のスピードで走ろうというのだから、ちょっとでも操作を誤ればすぐに制御できなくなって、すっ転ぶ。というか、すっ飛ぶ。天井もバンパーもシートベルトもエアバッグもないのだから、交通事故での重傷度はクルマの比ではない。

 

 人間は馬鹿な生き物なので、恐怖にまで快感を覚える。ジェットコースターやお化け屋敷が遊戯施設になるのだから。その辺りの脳や心の働きなんかについては、もっと高名な学者さんたちがたくさん論じているだろうから、そちらを参照。僕は経験と感覚に基づいて話すだけ。

 単純に、速く進むのは気持ちが良い。滑り台やブランコでケタケタ笑っている幼い子を見れば、その快感獲得は熟練の後に得るようなものではないようだ。生身の能力以上の感覚を道具によって得られるのは、本能的に気持ちが良いのだと思う。

 そこに恐怖が加わると、さらに快感は強くなる。恐怖を乗り越えるとか、恐怖を制御するとか、その先にある達成感みたいなこともあるだろうけれど、やってる最中の「どこまでやれるんだろ感」が、それのような気がする。危ないって言われてるけど、水平になるくらいまでブランコを夢中で漕いじゃうような。

 たぶん、そんな時に脳はパニックになる。「ドキドキする」を勘違いする。怖くてドキドキしてるのか、嬉しくてドキドキしてるのか、分からなくなるんだろうね。「吊り橋効果」とか。死ぬかもしれないって恐怖を気持ち良いと勘違いするなんて、やっぱり人間は馬鹿な生き物だ。

 

 だけど、人間は学習する。経験と共に色々と学ぶ。失敗すれば、次は失敗しないように考える。さらには失敗する前に失敗を防ぐ方法まで考える。死にそうな思いをしたのなら二度とそんな思いはすまいと避ける。恐怖が予測できるなら端からやるべきではない。君子、危うきに近づかず。

 賢くなるのは悪いことじゃない。てか、賢くなったから人間は生き延びてきた。外敵や飢えや病気の恐怖に脅かされないで済む、文明を築いた。生きることが奇跡ではなく、当たり前に享受できるまでに賢くなった。

 

 歳を重ねると、色んなことが怖くなる。色々覚えて賢くなるから。高い、熱い、重い、速い等々、下手をすれば痛みに直結しそうなことや、グラグラするとかフラフラするとかの不安定なことや、未知のものや予測のつかないことなど、危険予知能力が向上すればするほど、怖い。大人になってからブランコに乗ってごらんなさい。怖いから。

 けれど、この恐怖への免疫機能は、時としてアレルギー症状を起こす、と僕は思っている。誰が握ったか分からないおにぎりが食べられない、とか。花粉が、紫外線が、残留放射能が、ウィルスが、賞味期限が、ハラスメントが、雇用契約が、老後資金が、BMIが、南海トラフが、口コミが…もう世の中のありとあらゆる事柄が破滅の入り口かもしれないと、怖くて怖くて堪らない。知識を得て賢くなるはずの情報が、溢れすぎちゃって、どれが、何が、正解か分からなくなって、分からないことは怖いから、全てに怯えるしかなくなる。この「怯え」がアレルギーだと、思う。

 安全、安定、いつも通りが一番。確かに危険は減る。でも、上記アレルギーの究極は「シェルターに籠って、誰とも関わらず、何もしないのが最も安全」だ。そんな生活は、それこそ本末転倒で破滅している。てか不可能だけど。

 

 知らない土地で知らない景色を見る。知らない人と初めての会話をする。食べたことのないものを食べる。見たことのない絵画を見たり、聞いたことのない音楽を聞く。持ったことのないものを持ったり、触ったことのないものを触る。知らない街や知らない花の匂いを嗅ぐ。

 こういう時にアレルギーを発動させてしまうことを「感覚が鈍る」と言うのだと、僕は思っている。余計な情報が暗いフィルターをかけ、本来の楽しさや美しさに気づかなくなる。やらず嫌い、食わず嫌い、未知を知る感動の麻痺。

 加えて、怯えだけではなく、価値基準が歪んでしまうのもアレルギーの影響だと思ったりする。絵画を見て「綺麗だな」とか「面白いな」ではなく「5億円だって。すごーい」だったり、食事をして「好き」とか「いまいち」ではなく「有名シェフの高級料理だから美味しい」だったり。感覚が鈍るというか、感覚がどうかしてると僕は思う。

 

 バイクは感覚を研ぎ澄ます。てか、僕みたいなドン臭いやつは研ぎ澄ましてないと乗れない。五感フル活用。それが、他の物事の捉え方、感じ方の鍛錬にもなっている。「怖い」と「気持ち良い」の間で、「面白い」をちゃんと感じたい。馬鹿だから。

 もちろん賢くない訳でもないよ。安全運転は心掛けてるし、保険にも入ってる。ヘルメットもちゃんとしたのを被ってるし、半そで半ズボンでは乗らない。だって、怖いもの。…脚力が衰えちゃって、何度も立ちごけしてるけど。

 

 体力的に限界は近づいてきてるなぁと思う今日この頃。

 もう少しだけ楽しみたいなぁ。

 

五月晴れの日に。