今夜は中秋の名月。が、僕の住んでいる所は曇り空で見えず。残念。
今日の日の出。やはり見えず。
秋分の日に寝過ごしちゃったので今日こそはと起きたのだけれど、残念。
見たいものほど、見られない。
見られないから、見たい。
どっちもあるあるだと思うけれども、前者マーフィーの法則よりも、後者パンドラの箱の方が、僕は強く感じて生きてきたように思う。
なお、「強く願っていたはずなのに、いざそうなった時に物怖じしちゃって頓痴気で残念な結果になる」ってのも、よくある話。憧れの先輩とお話しして間近で見つめ合えたらどんなに素敵だろうとか想っていたのに、ひょんなことからお話しする機会が訪れた途端、照れくさいやら恥ずかしいやらで顔も見られないわ汗ばかりかくわになって、嫌われたに違いないこと確定、みたいな。遠くから眺めてるうちが華、みたいな。見るという行為には、モノによって気分によって、適切な距離感ってものがあるよね。
そして、己の先行きだけは、いつも見えず。残念。
彼岸花のつぼみに止まった赤トンボ。秋って感じ。
自然観察は見るという行為の基本であり、生物としての基本。
トンボは日本では古より縁起の良い虫とされる。バックしないから。前進あるのみだから。出世の象徴とか。男物の着物や和装小物のモチーフによく見られます。
蚊とか食べてくれる益虫だしね。

