忙しなく生きていて、慢性疲労に苛まれている間は、
物事を楽しむどころか、考えることさえも億劫になる。
自分で言うのも何だけれど、僕は器用貧乏体質で、
物事の捉え方や行い方のバランス感覚は、まあまあ長けている方だと自負している。
けれど、何か一つに集中、否、執着してしまうと、
マルチにタスクできなくなるという持病があって、
生き方のバランス感覚は、そこそこ劣っている方だと反省している。
疲れている時は記事も捗らない。
楽しむことが少ないからネタも浮かばない。
ネタがあっても考えたくないから書きたくならない。
心配事や悩み事への執着が優先されていると、
僕のバランス感覚は途端に狂い始めて、記事が滞る。
だがしかし。
ネタが溜まってしまって滞ることもある。
書く能力が追い付かないという致命傷によって。
気分が悪くても良くても、どちらにしてもダメなのだから、
まったくもって残念な人間であることは間違いない。
三重県菰野町にある「フォレストアドベンチャー湯の山」。
なぜかジュラシックパークの曲が脳内再生される景色。
10月最後の日曜日は面会日だった。
いつものように迎えに行くと、
いつものように3人は玄関で待っていて、
いつものようにクルマに乗り、
いつものように近況や気になることを話しながら、
一月ぶりの相変わらずを確認する。
そして、いつものように「今日のクエストはどうする?」と相談するに至る。
「今日は何か希望はあるのかい?買い物とか行きたい所とか」
「うーん。これといって特にはないんだけど」
「とりあえず今月はお嬢の誕生月だからな。食事の選択権はお嬢だな」
「そう言われても、まだお腹空いてないから決めらんないし」
「じゃ兄ちゃんに譲ってくれよ。お昼はラーメンが食べたい」
「えー嫌だ。ラーメンならパスタ」
「決められないって言ったじゃん」
「ラーメンは嫌」
「何でだよー」
「まあまあ。兄ちゃんもお嬢も決められないなら、ここは黄色いMのハンバー…」
「却下」「却下」
「…なぜ食い気味に否定」
「いつもだから」「お決まりだから」
「ま、昼は置いといて。お嬢、行きたい所はないのか?」
「うーん。あるっちゃあるけどね」
「あるんだ」
「ま、まさか…」「猫カフェとか…」
「違うよ。それは2人揃って「絶対嫌だ」って言うの分かってるし」
「じゃ、どこなんだい?」
「前にお父さんが言ってて、気になってて」
「何か言ったっけ?」
「ほら、新しくオープンした木の上のアスレチックの」
「フォレストアドベンチャーか」
「それそれ」
「なるほど。いいね」
「えー体育会系かよー」
「兄ちゃんは最近、運動不足だから丁度いいでしょ」
「次男はどうだい?」
「いいよ。面白そうだし」
「じゃ行ってみるか。で、昼はラーメンにしよう。双方、譲歩してウィンウィンだ」
ということで、
写真の遊戯施設に突入した次第。
昨年辺りから、全国のあちこちに出来始めた樹上アスレチック施設。
お出かけ情報番組などで紹介されることも多いので、ご周知の人も多いはず。
かく言う僕もテレビで知り、是非遊んでみたいものだと常々思っていた。
だがしかし。
いくら僕が少年の心を持っていたとしても、様相は少年とはいかない。
かの名探偵とは裏腹に、頭脳は子供、体は十分過ぎる大人なのである。
アクティブな若者グループやカップル、仲睦まじい家族連れが楽しむ中、
不審者の極みがソロで存在する違和感は、想像するだに怖ろしい。
であれば。
最も手っ取り早い解決方法は唯一つ。
保護者になれば良いのである。引率者になれば。
ゆえに、僕は彼らと面会する度に、
「今度出来たらしいよー」「すぐ近くでさー」「絶対面白いってー」と、
最近気になる話題にサブリミナル効果を注入し続けていた。
その成果が今、現実となったのである。
お嬢が提案した際、「なるほど。いいね」などと落ち着き払った返答をしているものの、
内実、かなりの歓喜に声が上ずりそうだったのは、ここだけの秘密だ。
もしも、万が一もしも、
父の見え透いた戦略を察した上で、この提案をしていたとするならば、
お嬢、君はきっといい女になるに違いないぞ。
予約などしていない。
すこぶる良い天気で、時間にも追われていない。
だったらダメもとでいいから、とにかく行ってみるかと相成った。
施設に着くと、駐車場にはもうすでに結構な台数が停まっていて、
杉の木立の合間から、きゃあきゃあと楽しげな声が聞こえていた。
こりゃしばし待たねばならんかなと覚悟しながら、
入り口の案内掲示板などを確認する。
服装や持病、年齢や体格の留意事項、参加コースや所要時間、及び料金。
計画なしに突入したけれど、
スカート、サンダル、引っかかりやすい服装、
身長、体重、高所恐怖症などの禁忌事項はオールクリアで参加できそうだった。
手袋必着だけ足りなかったけれど、そういう人が多いのを見越してだろう、
「オリジナル軍手を販売しています」と案内があった。
ちょっとお高めな料金だけ若干心配になったけれど、まあ何とか間に合った。
何とかなると分かったので受付に行く。
手早く留意事項の確認をされた後、「次の組で参加できますよ」とのこと。
10~15人ずつくらいの単位で組になり、コースに入る仕組みのようで、
ほとんど待ち時間なしの参加可能のお知らせ。
これはすこぶる運が良いと、即決で参加者の列に加わった。
高さは危険だ。
ちょっと物を取ろうとして、踏み台にした椅子から落ちたら大惨事になる。
寝ぼけてベッドから転がり落ちるだけでも、かなりのダメージを受ける。
高さは、本能的に感じる大いなる恐怖の一つ。
と同時に、
高さは魅力だ。
高層タワーや高層ビルからの眺めは、それだけでうっとりする。
初めて飛行機に乗った時、遠足で登らされた山の頂に立った時、
アンテナ補修で屋根に立った時、人混みで肩車をされた時、
その日常とは異なる眺めを得た時、人は不思議な恍惚を感じる。
高さは、本能的に感じる大いなる快楽の一つ。
とは言うものの、
遊興施設になっている訳だから安全対策的なものは取られているはずで、
僕のような馬鹿が勝手に危険な行いをして、勝手に怪我でもしてろという訳でもあるまい。
どうなっているのかと気になりながら、すでにスタートしている樹上の人たちを見上げる。
コースには吊り橋的なアスレチックが木から木へと渡されているのだけれど、
それに沿ってワイヤーが張り巡らされており、これが命綱になっているらしかった。
ワイヤー一本に命を預けるのかと思うと一抹の恐怖もよぎる。
が、それ以上に、自分の筋力の衰えの方が恐怖だろと、
煙草を1本吸う間に、こっそり屈伸やアキレス腱など準備運動をしておいた。
さすがに危険を伴うため、事前準備は入念だった。
まずハーネスを係員に装着してもらった上で、同じ組の参加者が集まり、
ハーネスの器具説明を受けた上で、5分程のオリエンテーションビデオを見る。
さらにミニコースで実践講習をしてから、順次コースへと出る仕組みだった。
これも、一旦コースに出ればガイドが付いて回るのではなく、
すべて自己責任というシステムのため。
なかなかしっかりしている。と言うより素晴らしいと感心した。
ここまでで30分以上はかかっている。
通常であれば、僕は「いつまでかかるんだ」と苛つき始める待ち時間に違いない。
けれど、命に関わる留意事項を30分で的確に説明するって難しい。
にこやかで、かつ、緊張感も保ちつつ、テキパキと説明する係員にブラボー。
そして何よりも、器具に感心した。
腰に装着するハーネスの安心感たるや。
そこから伸びるプーリー(滑車)やカラビナ(フック)のシステムの出来の良さ。
ツールの安心感は、僕のような素人にも冒険者の勇気を与えてくれる。
後はもう、ワクワク感しかない。
プーリーに任せ、宙を飛ぶジップライン。
高さは5~10mくらい、長さは50mくらいかな。
コースには4つも設けられていて、とにかく気持ちいい。
残念ながら、写真はなかなか悠長に撮っていられない。
後先に人が待ってるし、落とし物は危険だし、軍手をいちいち脱がなきゃならないし。
何より楽しむことが優先だし。
ネットに捕獲されるお嬢。
ターザンスイングという最もスリリングなアトラクションで、ここだけは係員がいる。
その名の通り、ターザンのように樹上からロープにつかまってダイブ。
もちろんハーネスで安全は確保されてるけれど、
飛び降りる瞬間は一瞬だけフリーフォールになる。
ちなみにツリーハウス様になってる待機スペースはどこも搭乗3人までのため、
先頭のお嬢が進まないと僕は次に進めないので離れています。
結果、すこぶる愉快だった。
非日常の、空中に立つ視野と感覚。
いつも使っていない全身の筋肉の緊張。
そしてジップラインの、本来なら鳥類にしか味わえないはずの飛行感。
前が進まず、待つ時間も多かったりするけれど、
高い所にいるから景色が良くて、さほど苦にならなかった。
「これ、超気持ちいい」
「面白いね」
「ほら、みんな楽しいじゃん。私に感謝しなきゃ」
「お父さんが一番はしゃいでるけどね」
「いやいや、本当に面白いもの。ジップライン最高」
「さっき後ろ向きで着地してなかったっけ?」
「木クズが背中に付いてるし」
「お前もな」
「長男次男は3勝か。俺とお嬢は1勝2敗…」
「ジップラインって勝ち負けなんだ」
「最後は勝つし」
「何で後ろ向きになるかが分からない」
「よぅし。お嬢、勝負だ。最後は木クズまみれのお前を笑い飛ばしてやる」
4本目のジップラインは2本並行して飛ぶことができるようになっていて、
カップルなどは途中まで手をつなぐことができるのだけれど、
我々はお嬢vs僕、長男vs次男で、
「転ばずに前向きに着地できたら勝ち」という対決の構図で飛ぶことに。
途中で回転が始まった僕は必至で体制を立て直し、1回転して何とか無事に着地。
お嬢を笑う予定が、危うく笑われるところだった。
「お父さん、今危なかったでしょ」
「べ、別にセーフだし」
「ずっと前向きだったから私の勝ちでしょ」
「違うし。転んでないし。2勝2敗でドローだし」
「負けず嫌いか」
「お前もな」
長男次男は安定の前向きで、手足を大の字にして気持ち良さそうに飛んで4連勝。
あいつら何であんなに安定してるんだ?
彼らがまだまだ幼かった頃、何度も連れて行ったアスレチックを思い出す。
出来ない所に手を貸したこと。
出来るようになって満面のドヤ顔を見せたこと。
余裕綽々になったら「違う攻め方でやってみろ」と難度を上げたこと。
それが今や、
「お父さん、これキツいから気を付けて」と僕がアドバイスをもらうようになった。
そして、
「何だか懐かしいな。よく行ってたし」
「お父さんが無茶ぶりするし」
「ここではさすがに違う攻め方は出来ないな」
と3人が話すのを聞いて、嬉しかった。
ただ、最後の3人の会話は、
「こりゃ明日は筋肉痛だな」
「兄ちゃんは運動してないからね」
「兄ちゃんはまだいいとして、問題はお父さんでしょ」
「だね」「だね」
だったことが、悲しかった。
くっすん。