もう10月。

花鳥風月は暦と共に移り変わり、四季を彩る。

今夜は中秋の名月が、東の空に美しく輝いている。

 

 

早速、昨日の続きを。

 

「近江神宮」、「天智天皇」と聞いて、ピンと来た人。

あなたは日本の古文に詳しい風流人か、アニメヲタクに違いない。

 

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大津市観光キャラクターの「おおつ光ルくん」。

彼は「21世紀版光源氏」なんだとか。…中大兄皇子じゃないんかい。

時計館の一角に設置された、映えフォトスポット。

 

見ての通り、大津は「かるたの聖地」とされる。

なぜか。

答え。小倉百人一首の第一番が、天智天皇が詠んだ歌だから。

その縁で、

近江神宮は競技かるたの日本一を競う「名人位・クイーン位決定戦」を始め、

「全国高等学校かるた選手権大会」や「全日本大学かるた選手権大会」など、

多くの競技かるたの大会が行われる「かるたの殿堂」となっている。

 

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休憩所に掲示された百人一首の歌。あちこちにかるた関係の装飾が見られる。

 

百人一首第一番、現代語訳。

「秋の田んぼのほとりにある仮小屋の、屋根を葺いた苫の編み目が粗いので、

私の衣の袖は夜露に濡れてゆくばかりだ」

その情景。

「収穫の秋。刈り取った稲は稲架(はさ)に掛けられ干されている。

そんな田んぼの傍には質素な小屋が建てられている。

せっかく収穫した稲が獣などに荒らされないよう、

昼夜を通じて、見張りの番をするための仮小屋だ。

そこで泊まりの番をする一人の農夫。

夜も更け、辺りが暗闇と静寂に包まれる頃になると、夜露が降り始める。

この時期だけ、この番のためだけに建てられた小屋の屋根は、

スゲやカヤで編まれているのだけれど、仮であるゆえに編み目が粗く、

気が付けば夜露が雫となって滴り落ちる。

その雫が、農夫の着物の袖を少しずつ、静かに濡らしていく」

 

晩秋の夜の静寂と清澄感。

郷愁を誘う、田舎の情景。

丁度、月の輝く今宵のような。

その情感を、天智天皇は三十一文字の音律に乗せて詠んだ。

 

 

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近江神宮の敷地内にある「近江勧学館」。

色んな行事とか会議とかが行える会館。

こここそが「かるたの殿堂」。

そして、ヲの聖地。

 

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はい。一緒に写真撮れますよ。

会館のあちこちに色んなキャラクターが立ってたし。

 

競技かるたに情熱を注ぐ高校生たちを描いた漫画「ちはやふる」。

アニメにも映画にもなった人気作。

僕はアニメを見て知った人。

 

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なりきり写真スポットだって。

レンタル衣装で袴を着つけてもらえるらしく、ここだけじゃなく付近の散策もできるとか。

 

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奉納になるんだね。

そしてこのイラストは勧学館限定クリアファイルとしてグッズ販売されてた。

他にもお菓子やキーホルダーなど各種グッズが事務所にて販売され、

原作者や映画出演者のサイン色紙など記念品がロビーに展示。

どこにでもある「イベントや会議がない時、職員さんは何してんだろ」って思う、

極普通の地味な会館の、平日の静寂の中に並ぶ、盛大な聖地グッズ。

そして、その違和感の中、最も違和感を放ちつつ、一人で写真を撮って歩く不審者。

すいません、悪気はないんです。通報は止めてください。

 

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2階ロビー。奥にちらりと見えてるのが大広間。

「ここで日本一を決める大会が開かれるのかぁ」って、

誰もいない静まり返った場所で感心してた。

 

「ちはやふる」は好きなアニメだけれど、

その前に百人一首、和歌が好きだってのが大前提にある。

…競技以前に、ゲームとしては全然取れないけど。

 

たった三十一文字で、様々な想いを表す。

しかも5・7・5・7・7の音律に乗せ、

詠み上げた時に、歌として美しく響く言葉を使って。

日本という国で、その自然と共に暮らした先達たちが、

時を超えてなお、その想いを、その音色を、

同じ言葉を使う僕に、美しいと思わせる詩歌。

 

その長い歴史の中で、厳選された100首が百人一首。

言わば、和歌のベストアルバム。

日本語の神髄が、ここに詰まっている。

と思う。

 

ちなみに、僕の家にはいつも百人一首が転がっていた。

正月になれば、家族で百人一首大会がよく開かれた。

ゲームとしては、母上が最も強かった。

全ての歌を記憶していて、競技かるたばりに、詠み上げと同時に取ることができた。

幼い僕は、ただただスゲーと見惚れるだけで、

普通にやったらゲームにならないので、

「上の句中は取るの禁止。下の句に入ったら取って良し」というルールの下、

自分の目の前にある数枚だけをどうやって死守するかに専念していた。

 

今でも、母上は百人一首が好きで、

病室の枕元には、父上が届けたセットが置いてある。

軽度の認知症で、物忘れが始まって随分経つけれど、

未だに上の句を言えば、下の句を答えられる。

昔ほどの正解率はなく、「あれ、違ったっけ?」も当然増えたけれど。

それでも、僕よりも正解率は高いんじゃないだろうか…。

好きだけど、覚えてないという説得力の無さ。

うむ。残念だ。

 

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勧学館で引いた「百人一首くじ」。

小さいサイズの札でキーホルダーになってる。

「読み札」か「取り札」を選び、コンビニのくじみたいに箱に手を突っ込んで取るおみくじ。

吉とか凶ではなく、

「取った札の歌があなたの現在?未来?を現すかも?!」

「出た札をこれからの得意札にしてみてはいかが?!」

という趣向。なかなか面白い。

ここで在原業平を引けたら、持ってるんだけどなぁ。

「ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれないに 水くくるとは」っていう、

漫画のキーカードをね。

 

ちなみに、引いた札の現代語訳。

「『いつまでもあなたを忘れない』という言葉が、

遠い将来まで変わらないということは難しいでしょう。

だから、その言葉を聞いた今日を限りに命が尽きてしまえばいいのに」。

さらに意訳すると、

「『ずっと愛しているよ』とあなたは言うけれど、

きっといつか、私から去って行く時が来るんでしょうね。

だから、その言葉を聞いた今ここが、私の幸せの絶頂だと感じているわ。

そう思うと、この幸せのまま、死んでしまいたいって思うのよ」。

 

時代背景的に、現在とは異なる感覚があるので、

当時の感覚からすると「のろけ」に近い心情を詠んだ歌。

大好きな人に愛されていて、ラブラブ真っ最中だからこその情念。

ただし。

愛される幸せの中に、将来への不安も感じているのは事実。

名曲「神田川」に通じるなぁと思う。

「若かったあの頃、何も怖くなかった。ただ、あなたの優しさが怖かった」っていう。

 

ん?おみくじとしてはどうなの、これ。

僕は今、幸せなんですか?将来は大丈夫なんですか?

ま、姫が出たからいいか。

…坊主めくりかよ。

 

と、十二分に堪能して、近江神宮を後にした。

 

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信楽町にある定食屋「銀俵」。

バイク走行と近江神宮を満喫してたら、ランチを食べそびれてて、

帰路の途中で「あ、未だやってる」と慌てて入店。

ランチタイム15:00ラストオーダーぎりぎりでセーフ。

 

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唐揚げ定食。ここに本当はとろろの小鉢が付いてる。

僕はとろろに若干アレルギーがあって苦手なので外してもらった。

食材から調味料、調理方法など、色々こだわって作られてるみたい。

 

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看板を見ての通り、この店は美味しいご飯が何よりの御馳走。

釜炊きコシヒカリ、最高です。おかわり自由。

最近、食が細くなってきてるのだけれど、2杯頂きました。

 

以前から、何度か前を通ったことがあり、

ずっと気になっていたのだけれど、いつも行列ができていて、

とても入れそうにないなぁと諦めていた。

それが、平日のランチ終了間際に偶然通って、頂くことができた。

他に3組くらいは先客が居たかな。

もちろん僕がラストの客で、最後は貸し切り状態。

ごめんね、店員の皆様。早く帰れって時に、おかわりしちゃって。

 

ログハウス的な雰囲気も、美味しいご飯も、丁寧な店員さんたちも、

とても気持ちが良いお店だった。人気があるのも頷ける。

また寄りたいなぁと思うけれど、

今回のようなラッキーなタイミングはなかなかないだろうなぁ。

 

 

初秋の空気と、人の少ない平日の観光を堪能し、家路に着く。

やはり小さくても旅は良い。

知らない世界を知ることは、この上ない悦びだ。

さ、少しは百人一首を覚えようかな。