新型ウィルスの流行によって、

僕の携わってきた医療、介護、福祉の現場は、本当にオカシクなってしまった。

 

 

観光業や飲食業を始めとする、

様々な業種の多大なる経済的ダメージは言うまでもなく、

閉店、解雇、破綻という寂しい話はあちこちから聞こえてくる。

 

比して、僕の勤め先の経済状況は特に変わりなかった。

もちろん、感染者が出ていれば営業停止や風評被害など、

ただならぬダメージを食らっていただろうけれど、

幸いなことに感染者は出ず、用心を重ねながら営業を続けることができた。

 

ならば、特にオカシナことにはなっていないじゃないか。

問題は経済的なことではない。

思想的にオカシクなってしまったと、僕は想うのだ。

羅針盤が狂ってしまい、舵は折れ、帆が散り散りに割かれてしまった船のように。

 

 

緊急事態宣言なるものが発令され、

政府は国民に対し、感染防止の徹底を通告した。

その中には、

「外出の自粛。ステイホーム」、「テレワークの推奨」、「3密の回避」など、

分かりやすく示された謳い文句が並んでいた。

「接待を伴うサービス業の営業自粛。もしくは営業停止措置」なども。

 

僕の勤め先はデイサービスだ。

介護が必要な高齢者の通所介護をベースに、

共生型と呼ばれる形で障害者も併せて通所できる施設になっている。

そんな施設で、上記項目にどう対処するのか。

 

ステイホーム?

ステイホームが出来ないからデイサービスがあるのに?

四六時中目が離せない介護が必要な高齢者や障害者。

その家族が働きに出たり、休む時間を作ったり、

家族では不可能な介助をするのがデイサービスなのに?

加えて、「ひきこもり支援強化」とか大々的に謳って、

社会適応障害の難しいケースにもっと働きかけろと尻を叩いてきたのは誰?

それがステイホーム?元に戻れと?

さらには、そのサービスを行うスタッフがステイホームしたら、どうなるの?

テレワーク?

テレワークで食事介助を?入浴介助を?オムツ交換を?

3密の回避?

ソーシャルディスタンスで2m離れて、

目が見えない障害者の誘導を触らずに、

車椅子へ移乗させたり移動させたり、

耳が遠い人に話しかけたりしろって?

「垣根のない交流の場」として、人が集うことが目的なのに?

温度変化に弱い高齢者や障害者に、

「ヒートショックに注意」、「熱中症にならぬようエアコン設備は必須」と言って、

38度の外気温でも窓を開けろと?

 

接待とは言わないけれど、人が人と触れ合い、お世話をするのがデイサービス。

矛盾を超えて、まったく意味が分からない。

 

そんなだから、自己防衛のために営業を一時中止するという事業所が出始めた。

事実、全国のあちこちの通所施設等でクラスターが発生していた。

危険度からすれば、かなり高いことは一目瞭然だった。

その途端、お役所はどうしたか。

慌てて全国の事業所宛てに御触れを出した。公然告知ではなく。

「社会的サービスのため、出来る限り営業を継続するように」と。

「当然、感染防止対策は強化した上で」と取って付けて。

 

営業を自粛すれば、

利用者やその家族が困窮するのは元より、

「社会的責任を放棄した」と取られる。

努力して営業を継続し、

感染者を出してクラスターを発生させてしまったとなれば、

「安全管理を怠り、社会を脅かした」と取られる。

押しても引いても、前にも後ろにも、進めない。

 

その恐怖の中、「責任者」という肩書を背負っているのが自分。

ただでさえ、キャパシティーを遥かに超えた業務を背負っているのに、

羅針盤も帆もなく、目印になる星も島もない海原で、

「舵を切るのはお前だ。だが、絶対に沈没させることは許さん」と、

守らなければならない人から亡霊までが肩に乗っかってくる。

 

そこで、

「安心しろ。お前を信頼している。何かあっても面倒をみてやる」

と言ってもらえたなら、何とかしてやると奮起もできるだろう。

それが適わない。

どころか「どうしてくれるんだ」と、さらに追い打ちをかけられるのが見えている。

どうしようもない。

心の底から響く言葉が、どうしようもないなんて。

 

 

恐怖と自由について、記事にしたことがある。

その自由が、僕だけではなくスタッフも奪われ続けている。

「もしも、万が一」もあってはならないと、

事業内通達は自粛要請という名目の禁止事項を繰り返す。

加えて、世間という亡霊が暗い影を纏って脅かす。

あれをするな。これもするな。

万が一があったらどうするんだ。どう責任を取るんだ。

ただじゃ済まさないぞ。

プライベートまで制限され、それも義務だと言うのなら、

これはもう、人権侵害の領域だと痛感している。

 

全国で、全世界で、

医療介護福祉従事者にエールをと、もてはやされているけれど、

万が一が起こった際にも、「大丈夫」と支えてくれる心構えがある人なんて、

残念ながらほんの一握りだろうとしか、今は思えない。

同じように思う従事者は、僕だけではないと想う。

 

 

パトラッシュ。

僕はもう、疲れたよ。

すごく眠いんだ。