勤め先の残念な話は、できるだけしたくない。

ただ、これ以上は勤められないと思うに至ったから辞めることにした。

全部を丸めて言えば、

「僕は賃金労働者であって、経営者ではない」と、

改めて思い知らされたということになろうか。

 

僕にどんな理想があろうとも、どんな考えがあろうとも、

経営者の方針と違えば、それは実現できない。

そんなことは周知の事実であり、何を今更な話。

それは解っている。

解っていたつもりだったからこそ、

あの手この手を駆使し、些細な機微を察知し、可能な限り先を読み、

僅かでも可能性があるならば、それを見出そうと努めてきた。

 

殊更、紛いなりにも責任者という立場に就いてからは、

スタッフや利用者がいかに穏やかに暮らせるかが、

自分に課せられた責任であって、理想だと思っていた。

そのためなら、自分の利益や保身などどうでもいい。

献身という言葉は好きじゃないけれど、

自分が尽力することで何とかなるならそれでいいと思っていた。

そしてそれが信頼となり、もっと上手く業務が回せるようになると、

信じていた。

 

それが、いとも容易く覆される。

こつこつと築き上げてきたはずのものが、

「必要ない」「変更する」「指示通りに」で無に帰す。

それが一度や二度ではなく、

特にこの1年は目に見えて、加速度を増して増加し続けた。

賽の河原。

事あるごとに、そう思っていた。

 

さらに質の悪いことに、

僕が生意気で偏屈な上、扱い難い厄介者な所があるゆえに、

スタッフに直接指示が下るようになってしまった。

そうなると苦しむのはスタッフになる。

いわゆる二重指示。

監督は「右に行け」、キャプテンは「左に行け」と言われたら、

選手はどう動けば良いか分からなくなってしまう。

 

残念ながら、監督交代は絶対にあり得ない。

リコールもストライキもクーデターもテロリズムも通用しない。

創業一族経営の中小企業にあっては。

となれば、キャプテン交代しか選択肢はない。

 

もう気力も体力も擦り切れてしまった。

「疲れ果てました」と辞職を申し入れ、スタッフにも告げた。

 

 

有難いことに、スタッフや利用者の皆は残念がってくれた。

それだけで、今までやってきたことが全問不正解ではなかったと思えた。

ただ、「あなたが居なくなったら今後どうなっちゃうの?」という不安には、

申し訳ないけれど、もう応えられる力が残っていなかった。

 

経営者側からも、引き留めの話が何度もあった。

すべて「申し訳ありません」と答えた。

そして胸の内で「もう、遅いです」と溜息をついた。

 

 

責任者として、中間管理職として、

長年勤め、私事で9年前に再度拾ってもらった恩もあり、

無理難題もトラブルも鞄持ちも賑やかしも、

できることは全て拾い、最善を尽くす覚悟で勤めてきたけれど、

私はロボットでも魔法使いでもなく、一人の人間です。

解決できる業務には限界があります。

 

実務は残り1週間。

抱えきれず溜めてしまった宿題が未だ残っている。

何とか綺麗に終わらせたい、と思う。