パネリストがまさしく液晶パネルになっているワイドショーや、
密接してませんよと言わんばかりにアナウンサーが距離を取ったニュースや、
「緊急事態宣言以前に撮影したものです」とテロップの入った旅番組や、
応援してるのか非難しているのか分からないグルメ番組や、
何回目の再放送だとうんざりするドキュメント番組しか放送できないのなら、
心持ちを穏やかにしてくれたり、
くじけそうな気持ちをもう一度元気にしてくれるような、
そんな映画を放送すればいいのに、と思ったりする。
なので、前回の記事では唐突にも映画の話をした訳だが。
ゆえに、今回もそんな体で話は始まる。
昨今のマスク騒動を耳にする度、僕は彼女を思い出す。
あの、風の谷の姫だ。
彼女たちの世界は、マスクなしには生きられない世界だ。
感染予防云々ではなく、深く吸い込めば死に至る毒ガスを浄化するマスク。
そんな世界で、彼女がマスクを外す印象的な場面がある。
強国に脅され、行軍への参加を強いられる風の谷。
同盟とは名ばかりで、彼女を始めとする人質5人、戦闘機1機、
食料などの物資を積んだ輸送貨物艇を接収されてしまう。
強国軍は、大型の戦闘空母で隊をなし、目的地へと向かう。
途中、レジスタンスの戦闘機が突如現れ、その苛烈な攻撃に次々と落とされる空母。
その中の1機にワイヤーで引かれていた、エンジンを持たない風の谷の貨物艇は、
ワイヤーが切れると自然降下を余儀なくされ、雲の中へと消えていく。
物資と共に、人質となっていた4人の爺様たちを乗せたまま。
やがて、彼女を乗せた空母も炎に包まれるのだが、
彼女は侍従と共に、積まれていた戦闘機を発進させて、墜落から脱出する。
すると、すぐさま雲の下へと舵を切り、貨物艇の救出に向かう。
濃い毒ガスに満ちた森の上空を飛んでいる貨物艇を発見した彼女は、
艇を寄せ、今から救出すると声をかける。
しかし、マスクに籠った声は、エンジンや風の音に掻き消されて届かない。
加えて、もう助からないと諦めた爺様たちは、
森の蟲に食われるくらいならば自決すると、最後の挨拶に手を振る始末。
「後席、エンジンを切れ。エンジン音が邪魔だ。急げ!」
そう彼女は告げながら、操縦席から立ち上がると、
エンジンが切られた静寂の中、おもむろにマスクを外す。
「ひ、姫様、何を…」
自決しようとしていた爺様たちが、自殺行為でしかない彼女の行動に息を飲む。
途端、彼女の身を案じて、爺様たちが騒ぎ出す。
「姫様マスクを!」「死んじまう!」「マスクをしなされ!」
それを制し、彼女は一息に“今やるべきこと”を彼らへ告げる。
「みんな、必ず助ける。私を信じて。荷を捨てなさい」
慌てふためきながら、爺様たちは応える。
「何でもしますから!」「お願いじゃ!」「早くマスクを!」
それを聞いた彼女は、にこりと微笑み、親指を立てて艇を離す。
「…姫様、笑ろうとる」「…助かるんじゃ」「…急げ!」
彼女の決死の想いに生きる望みを得た爺様たちは、
不時着に備えて、大急ぎで重い荷物を捨て始める。
僕は、以前よりこの場面が大好きだった。
今、さらに感慨深く、彼女を敬愛する。
表情も、声も、想いも閉ざしてしまうマスクが、
必要以上の大正義になる世界を、僕は望まない。