青色。
澄み渡る色。儚い色。穢れ無き色。冷たい色。静かな色。新鮮な色。
人が感じる、この色へのイメージは空や海から出来上がっているに違いない。
この星に生まれつけば、青色を眺めずに生きることはないのだから。
人生のようなくねくね道を、人生のように何とか切り抜けて、
人生において初となる未踏の地に到着。
もう一つの台風情報アイコン、足摺岬である。
四国最南端のおまけ付き。
天気予報くらいの大雑把な地図でも、「ここ」と指差せるのが端っこの魅力。
「どこに行ったの?」「軽井沢」「地図でどの辺?」「…。」ってならないもの。
そして、気になるよね。その後ろ姿。
中浜万次郎。通名は「ジョン万次郎」。パーフェクトな逆光。
彼の人生もまた、大冒険だ。
14歳の時、足摺岬沖で漁をしている最中に漂流し、伊豆諸島の無人島に漂着。
仲間4人と共に143日間を生き延び、アメリカの捕鯨船に救助される。
乗組員として働きながらアメリカに渡り、様々な経験を得て、25歳で帰国。
その後は、最新の世界情勢を知る者として、
英語教育や通訳など、幕末日本の裏方として大きな役割を果たした。
漁夫の少年が一躍、政の中心へ。
人生、何が起きるか分からない。
へこたれない心、受容性、愛嬌。彼もまた、格好いいんです。
ブルースカイに白亜の灯台。
ジャングルみたいな遊歩道を歩いて目指す。
青と白。美しい。
青と白Ⅱ。鬱陶しい。
海岸線はサスペンス劇場状態なので、室戸岬のように降りられなかった。
ほぼ端っこであろう、灯台の南側で到達をマーキング。
青と青の彼方。
38番「金剛福寺」。岬の駐車場の目前にある。
本日初のお遍路です。
青と映った青。
「ジャングル歩いて、参拝して、結構時間を使ったぞ」
「綺麗だった」
「いつもなら曇天なのにな」
「たまには晴れる」
「晴れたのはいいが暑過ぎる。白衣まで羽織ってるから汗だくだ」
「白衣の下のミートテックを脱げ」
「早く風呂に入りたい」
「さ、どんどん参拝して行こう。今日はまだここだけだからな」
「次はどこだ?」
「ちょうど半分になる44番霊場かな。ついに愛媛県に突入だ」
「で、距離は?」
「180kmくらいかな」
「はぁぁぁ?! 馬鹿か!お前は馬鹿なのか!」
「何で?」
「何でじゃねぇ!四国にアウトバーンはねぇんだよ!」
「だね。ドイツじゃないし」
「ふざけるな!どれだけ時間がかかると思ってんだ!」
「3時間くらい?」
「学習しろ!3時間だったら平均時速は何kmだ?」
「えーと…60km」
「正解。じゃねぇ!ここまでの道程で平均60kmなんてあったか!」
「あ」
「あじゃない。ちょっと待て、スマホに聞く…見ろ!宿の道後温泉直行で3時間半だ!」
「だねぇ」
「しかも松山自動車道ってのを使っての最短最速でだ」
「だねぇ」
「お前の言ってる寺は、くねくねロードオンリーの山越コース」
「だねぇ」
「そんな所に寄ってる暇はない」
「…お遍路を根底から否定したな、今」
「寺より風呂と飯の方が大事だ」
「…。じゃ、せめて海岸沿いで行こう」
「…山越くねくねは確かにキツい…宇和島から高速を使えば…いいだろう。許可する」
「これで四国を一周した感は出るじゃん」
「今はもう14時。4時間でギリだぞ」
「何とかなるでしょ」
「…それな。お前の計画は、それのせいでおかしなことになる」
「何とかなるよ。いい天気だし」
「あー。ゆっくり温泉に浸かりてぇ」
「道後温泉、情緒あって最高だから」
「楽しみにしてんだよ。俺は初めてだから」
「じゃ、道後温泉に向かって出発」
太平洋から豊後水道を左に見ながら、宿毛市、宇和島市を経て、
松山自動車道に乗り、道後温泉のある松山市へ。
本当は、四国から九州大分へと延びる、
尻尾みたいな佐田岬半島の端っこにも行きたかったのだけれど、
往復100kmのプラスは文系の僕にも計算できてしまうので、
そっと胸に秘めておくことにする。
否、実は運転しながらちょっと言ってみた。
結果は言うまでもない。
どころか、宇和島までで思ったよりも時間がかかり、
やべぇ間に合わねぇと、前夜に引き続き、ひやひやしながら宿に辿り着くのだった。
南無。