初めて訪れる場所の場合、駐車場がどこにあるのかを知らず、

「え、駐車場なし?」とか「まじか!満車だって」とか「えー、どこにあるんだよう」とか、

しばらく周りをぐるぐるのろのろ回ったりすることって、ある。

 

何事も行き当たりばったりで何とかなるんじゃないかという、

能天気な僕に至っては、そんなことは日常茶飯事であって、

同行することが多いラヂオ屋はもうすでに「はいはい、またですね」という、

悟りの境地に至っていたりする。

 

今回も当然至極、駐車場など調べもせずに出かけている訳で、

ナビゲーションには「出雲大社」とだけ入力しており、

画面上で見れば、思いっきり境内に突入しなければならない地点がゴールとなっていた。

 

 

この記事の最初の写真の鳥居の所がT字路になっており、

あらら真正面に出ちゃったよと思いつつ、

さて右か左か、駐車場はどっちだと案内板を探しているうちに信号は青になり、

ええい右だと勘に任せてハンドルを切ったらば、

何やら広い駐車場がすぐに現れ、これは好都合ということでクルマを停めることにした。

 

IMG_20170828_104249439.jpg

島根県立古代出雲歴史博物館。

出雲大社に隣接している。駐車場は無料。良心的。

ちなみに、出雲大社としての駐車場は左でした。

 

参拝を終え、駐車もさせてもらったし、ここも見学していくことにする。

お目当てもなくミュージアムに入るのって、かなり久しぶりだ。

 

 

IMG_20170828_104249298.jpg

出雲大社境内遺跡から出土した宇豆柱(うずばしら)。

入場してすぐのロビーに展示。

ここ、館内で写真を撮ってもOK。素晴らしく良心的。

 

この宇豆柱は、17年前の調査で発見されたもので、

スギの大木3本を1組にした巨大な柱の根っこの部分。

その後の調査で、

鎌倉時代前半1248年に造営された本殿の柱の可能性が高いとされる。

 

IMG_20170911_160924038.jpg

八足門の前に中途半端な文様が敷かれていると思ったら、

ここが宇豆柱の出土した場所で、計3か所、マーキングされている。

人とのサイズ感で、こちらの写真の方がいかに大きいかが分かり易い。

 

 

様々な文献に登場する古の出雲大社は、恐ろしく巨大であったとされる。

現在の社殿は江戸時代1744年に造営されたもので、高さ24m。

これでも十分に高層木造建築なのだけれど、

平安から鎌倉あたりの中世ではその倍の48mもあったとされ、

さらにもっと以前の古代ではその倍の96mだったという伝説まである。

 

さすがに96mというのは「釣り逃がした魚が5mはあった」的な話だろうけれど、

48mというのは「いや、もしかすると」的な浪漫を感じさせる話。

しかし、訝しげな識者たちは神話だ伝説だと否定することが多かった。

 

そこに現れたのが、先の宇豆柱である。

「またまたぁ」と薄笑いされていた設計図通りの、

大木3本を金輪で一括りにした巨大な柱の、明らかな痕跡。

この発見のニュースを聞いた時、僕は飛び上がって喜び、

「ほらほらぁ」と意味不明のしたり顔をしたのだった。

 

IMG_20170828_104528085.jpg

館内にある1/10復元模型。

階段の途中の白いやつが登ってる神職のフィギュア。

でけー。かっちょいー。

 

IMG_20170828_104249304.jpg

1/10でも5mもあるんだから、これだけでも相当な迫力。

5mの神棚なんて、うちの家には入んないし。

ちなみに50mは15階建てのビルに相当する高さ。

 

八雲山を背景に、天を突く古の神殿。

訪れた者たちは、そのそびえ立つ社を見ただけで畏まったに違いない。

ここに神がいると聞くまでもなく。

 

もちろん、この復元模型は想像の域を越えない。

学説や検証は様々であり、やはり48mは不可能とする識者も多い。

けれど、在ったと想う方がすこぶる愉快じゃないか。

ピラミッドやマチュピチュのように、

想像するだけで先人たちの偉業に卒倒しそうになる巨大建造物が日本にもあったと、

思いたいじゃないか。

 

動機は「偉大なる神」のために作り始めたのかもしれないけれど、

成し得ないとされるようなことを成した人の業にこそ「偉大なる神」が宿る。

神は、人の中に在る。

 

 

IMG_20170828_104528477.jpg

出雲の荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)から出土した銅剣。

1985年、弥生時代の中期(紀元前5世紀頃)に製造された青銅製の剣が、

ラジエーターのフィンのようにびっしりと敷き詰められた状態で出土。

その数は、それまでに日本全国で発掘された銅剣の総数を上回る、358本。

 

IMG_20170828_104528137.jpg

加茂岩倉遺跡(かもいわくらいせき)から出土した銅鐸。

1996年、荒神谷遺跡から3.4kmしか離れていない場所で発見。その数、39個。

ちなみに、青銅器は文字の表す印象が強くて上の写真がぴったりくるのだけれど、

青いのは錆であって、本来の色はほぼ金色だ。

 

何故、当時の最新テクノロジーであったはずの青銅器が大量に埋められていたのか、

確かな理由は分からない。

けれど、この地が栄えていたこと、そして重要な集落であったことは間違いない。

やはり日本神話に出雲の地が多く関連している理由は、そういうことだろう。

その太古日本の形跡を示す銅剣や銅鐸は、国宝に指定されている。

 

 

IMG_20170828_104528286.jpg

博物館をじっくり見て回ったので、館内のカフェで小休止。

カプチーノの絵柄は「雲太くん」をチョイス。

ちなみに雲太(うんた)は、出雲大社の古称というか通り名。

クッキーも勾玉になってて可愛らしい。

 

 

その他にも、古代出雲の暮らしぶりが展示されていたりして、

規模は小さいけれど、なかなか面白い博物館だった。

予定外にもアカデミズムを満喫して、次の目的地へと向かった。