思い出の染み込んだモノが色々ある。

それを見ると、
その時の光景や気持ち、願い、寂しさを、
決まって思い出すモノ。

余りにも苦いモノや
一人暮らしに不要なモノは、
できるだけ片付けてしまった。
しかし、当然ながら、
片付けられないモノがある。

お風呂の鏡。

長男と一緒に磨いた鏡。
きっかけは「夏休みのお手伝い」だった。

「お母さんは、ここで顔を洗うから、
よく見えるようにしてあげよう」と、
水垢をコンパウンドで磨き落とした。

二人で汗だくになりながら交代々々で磨き、
澄んだ鏡に映った二人の顔が、
コンパウンドの粉まみれで笑いあった。

よほど面白かったのか、それ以来、
長男は、僕が休みで妻が仕事の日に
「お手伝いの一つでもしろよ」と言うと、
「じゃあ、鏡」とニンマリ笑った。

今、鏡は再び水垢が覆っている。
僕は今、どんな顔をしているんだろう。
長男は今、どんな顔をしているんだろう。

お風呂には入らなければならない。
鏡は、指輪のように外す訳にはいかない。
僕は毎日、鏡を見る。