植松社長の基調講演に引き続き参加者は、それぞれ4か所の分科会に散会していったのだが、
私は松山市でおしぼりの配達をしている(有)キホクの上田社長の第4分科会「未来を見据えたDX促進 そこに社員への愛(AI)はあるんか?~コロナ禍で売上が半減。それでも売上回復よりもDX化を目指した理由とは~」に参加した。
私は経営フォーラムでは普段は滅多に聞けない他県の報告者の話を聞きに行くものだが、今回は上田社長の取り組みに大変興味があったので、迷わずこの分科会を選択した。
 
上田社長は2代目経営者で1999年に23才でキホクに入社、
2010年2月に社長に就任したが、社内改革をあせるあまり5月には社員全員が退社、自分のやり方に迷いが生じ、経営について学ぶために中小企業家同友会に入会、2016年に経営指針書を発表、社員との溝も埋まり、2019年には売上は8年連続増収、
経常利益も6年連続黒字とまさに絶好調となった。
このあたりは、中々ドラマ性があるのだが、今日の本題ではないので、端折ることにする。
ところが2020年にコロナ禍に見舞われ、飲食店におしぼりを配送していたキホクは、もろに直撃をくらった。
次々と取引先の飲食店が休業し、おしぼりがさっぱり出ない。
従業員も不安とあせりを顔に出すようになった。
しかし、経営者の力量というものは、逆境に直面して目に見えるものだ。上田社長の対応は素早かった。
 
とにかくキャッシュを増やさなければならないということで、
低利や無利子の借り入れを出来る限り行った。
補助金、助成金もどんどん活用した。
2020年6月15日の朝礼で「健康経営宣言」を行い、
社員みんなの心と体を守ります、
社員の給与は休業になっても毎月100パーセント支給します、
役員報酬を削減しても会社を潰しません、
こう宣言して、社員の不安の払しょくに努めた。
 
そんな上田社長がコロナ禍で取り組んだ事業が会社のDX化である。
確かに本業の時間にゆとりがあるこの時期に、それに取り組んだのはいいアイディアだが、上田社長はDXを勉強して気づいたことは
「アナログをデジタルにすることではなかった。
企業がビジネス環境の変化に対応して、データとデジタル技術を活用し、顧客や社会のニーズに基づいて、サービスやビジネスモデルを変革すること、また、業務そのものや組織、プロセス、企業文化を変革し、競争上の優位性を確立すること」
というもので、これはコストではなく未来への投資である、と。
 
配送業務を例にとると、今までは、
「伝票ミスが多い」「事務処理時間が長い」
「(覚えることが多いので)新入社員が続かない」
「ベテラン社員の経験を共有できない」などの課題を抱えていたが、DX・AI導入後は1日の配送時間は、
7時間30分から6時間30分となり、
配送員がしていた事務作業時間は、30分から1分へ、
新入社員の研修期間は1か月から10日、
1日の事務員の入力時間は1時間20分から0分へと劇的に変わったという。
社員は憶えることが少なくなり、配送にもゆとりができて安全運転になった、
お客様とのコミュニケーションの時間が増え、ニーズを聞き出すことができるようになった、
情報をみんなで共有できるようになったので、ぬけもれがなくなり、みんなでフォローしあえるようになった、
伝達スピードが早くなってお客様の信頼が得やすくなった、
などなど、多くの利点が生まれてきたという。
それと、わざわざIT専属の社員を雇用した。
これは社長の覚悟を社内に示すとともに、この社員が社長と社員との間の緩衝材の役割を果たして良かったと言っていた。
これも、組織のあり方について考えさせられた。
 
ただ、グループ討論でも出たのだが、配送アプリでおしぼりの各お客さん先の予想数は、今のところ、ベテランの配送員の読みに劣るそうで、そのあたりまだまだ改善の余地がありそうだった。
人の経験や知恵はそう簡単にITに代替えはできないということだろう。
キホクの令和5年度の経営目標は、
「デジタル化で見える化し、リアルで豊かになろう」というものだそうで、それに付随して
労使見解: 人と人とのコミュニケーションが増えた
      働き方改革で人生が豊かになった
生産性向上:見える化で社内対応が早くなった
      デジタル化でミスが削減できた
社会貢献: DXは新規雇用や新事業を増やす
      AI・データを活用しておしぼりをイノベーション
などが加えられていた。
最後に、DXは社員を豊かにする、DX化は、決断は社員への愛、という言葉で締めくくられていた。
 
私の場合はDX化は経費削減やリストラの一環といったマイナスイメージが多少あったが、
上田社長は全く真逆の社員の負担軽減や仕事に人間らしさを取りもどす方向で導入している。
その一例として、会社全体で労務費はDX化前後で減少してないという。
このあたり根底に社員への愛があるからで、何事も目的が大切だろうなと。
 
分科会後の懇親会も大いに盛り上がり、
閉会後も多くの参加者が繁華街に繰り出していったが、
同友会メンバーの店で今回の経営フォーラム中田実行委員長と言葉を交わした。
彼曰く誰かに押し付けられるような実行委員長ではなく、
憧れを抱かせるような実行委員長であり、経営フォーラムにしたかったということ。
だからこそ、今回の経営フォーラム普段の2倍の料金設定にして、
しかし、簡単には呼べない講演者を呼び、やらされ感のあるイベントではない、特別な会にしたという。
その覚悟と情熱、胆力には小心で行動力のない私は、ただただ驚嘆するほかない。
そして、このフォーラムにわざわざ足を運んでくれた多くの同友会会員は、単なるお付き合いだけではない、参加する価値を感じて来てくれた人たちだろうし、特に今回多くの県外から参加してくれた方々の、愛媛同友会に対する後押しは本当にありがたかった、感謝です。
中田実行委員長はじめ今回設営に尽力して下さった青年部の皆さん、お疲れ様でした。
これからは若者の時代、私のような年輩者はせいぜいカラオケで歌って盛り上げるだけかなと思いながら、珍しく深夜まで楽しく飲んだくれていた。