先週の金曜日に中小企業家同友会の松山・伊予松前支部1月合同例会が徳島同友会のアール・エスホーム株式会社 代表取締役多田穣治さんを報告者に迎えて行われた。多田さんは11月に行われた愛媛同友会青年部委員会の立ち上げ式でも報告をされてこの時も私は参加した。前回は会社を事業継承しその過程で随分苦労され、現在は大いに社業は発展しているのだが、その間の体験談を話していただいた。今回は同友会の活動の中で出会った多くの経営者にかけられた言葉、それを紹介してその時々の学びについて話された。随分、身勝手な一方的な内容であっても、自分を振り返り教訓を学ぼうとする姿勢、随分謙虚で私など真似できないなと思った。何よりもハートは熱い同友会愛に溢れていながら、語り口は冷静かつ論理的なところに共感を持った。私はひたすら熱い人はどうも苦手だから。                                                   この日の討論テーマは「あなたの人生の中で影響を与えた人、その教えはなんですか?また、あなたはどのような影響を与える人になりたいですか?」で、私は人生の節目節目で色々な人から影響を受けてはいるが、決定的と言う方にはまだお目にかかったことはない。当時心酔していても後からは批判的に見てたりする。

で、グループ討論では3人ほど影響を与えた方の名前をあげたのだが、後のお二人は名を伏せるとして、一番最初に名前が浮かんだのが、日本のボブ・ディランと言われたフォークシンガーの友部正人である。これは自分でも意外だった。彼のライブを学生時代に京都のライブハウス「磔磔」で見て静かな衝撃を受けたことがいまだに記憶に残っている、このことにあらためて驚いた。当時の私は、弁が立ち行動力に溢れ多くの友人たちに囲まれているようなそのような人たちに対して劣等感とコンプレックスを抱いて、相当精神的にも追い詰められていた状態だった。しかし、この日のステージ上の彼は決して自信に満ちている風でもなく、気弱気にぼそぼそと語り淡々を歌っているだけだったが、その歌は存在感がありキレは鋭かった。「こんな風でも素晴らしい歌を届けられるんだ」「こんな気弱気な感じでもやっていけるのだ」そんな印象を強く持った。その後も私は実人生で多くの困難や悪意に打ちのめされてきたが、何とかよってこれたのはこの時の記憶が原体験になっているのかなと思う。あらためて、もう何十年んも聞いてないアナログのLPレコードを引っ張り出してきた。1曲差別用語でひっかかり、再発するまで何年もかかった「1976」で、私は彼の作品ではこれが一番好きだった。この例会の趣旨とは全く違った着地点になったとは思うが、過去と原点を振り返れた自分にとっては意義深い例会となった。