「依存症の独り言 」氏のブログ「中国は何故崩壊しないのか?」  或は「中国は間違いなく崩壊する 」等、中国崩壊シリーズを読んでいる。言うまでも無く13億とも14億とも言う、世界一位の人口を抱え彼等中国人の胃袋を満たす為に、世界中のあらゆる食物を買い漁り、他国の領海深く進入して海産物を乱穫或は資源を吸い取る。非難されれば自国の法律を変えて古来からの領土だから、文句あるか?と逆に威嚇する。そう、現代のナチとは言いませんが明らかにヤクザ国家である事は確かです。今日のニュースで平成22年度10~12月期に、日本はGDPで中国に抜かれて世界第三位に落ちたとあります。(日本のGDP、22年は中国に抜かれ世界第3位に )正しく膨れ上がる中国経済は留まる事を知らずの勢いを見せる。最も昨年の初頭、GDPが日本を抜く見込みと言うニュースの時は中国のTV、新聞は可也大騒ぎでした。私の通訳の若い中国人(所謂漢民族)は、少し声を震わせて「建国僅か60年で偉業を達成できます!」そう!昨年は建国60年記念行事で煩かった。私は、そうね!?それは良かったね。でも、実際にGDPが世界二位になっても実感を伴うとは限らないよね?まあ、通訳は何も言いませんでしたけど。今年は、殆ど話題になって居ないようです。少し大人に聞くと、いや、GDPが増えても、我々の年収は米国、日本には遠く及ばない。まだまだです。まあ!判ってはいるようです。 日本で、尖閣沖の中国漁船が海保巡視船に体あたりした事件は、日本では大きく衝撃を持って報道されましたが、確かにこちらのテレビ(CCTV)や新聞では中国側の主張通りの内容で報道されている。ですが、少なくとも私の前にいる時は避けて居るのかも判りませんが殆ど、関心は無いようにみえます。それよりも彼等の関心は結婚を控えた若い漢族は、先ず住む場所の確保で、マンションの購入と言った事や部屋も持っていれば、マイカー購入とか。それなりの年収(企業の上位管理者連中は、マイカー所有が多い)に達していれば持てるようですが、一般社員は先ず無理。ここの企業での彼等の給与は、税や厚生費用などを含んで、30代位で6,7000元/月が多いようです。但し手取りは凡そ二分の一。これでは数十万元の車購入は無理でしょう。勿論、上海などの経済発展地域の企業では有りませんから、例えこの地区では上位の企業と言えども沿岸との給与の差は大きいとは思います。所謂、もっと下の連中は2,3000元/月程度が殆どでしょう。ここの地区も所謂少数民族が居ます。何でも13の民族が居るそうです。(中国全体は、56位?)外国人の居留就業ビザ申請等で、出入国管理局(公安)に行くとそれこそ日本ではメッタにお目にかかれないような人種の博覧会?様々な服装や肌の色。私の居る企業にも少数民族は居ます。概ね同じ職種ですが、但しある程度以上のランク(管理職や役員クラス)は漢族で占めていて、所謂工員とか運転手とか下のクラスが多いようです。彼等は、勿論漢語を話し、書く。でないと仕事にならないからね。見た目では漢族社会と同化して仲良くやっているようにみえる。だが、伝統的な宗教からくる食べ物の違いから、食堂は分かれている。漢族はどちらにでも入って食べるが、所謂少数民族達は自分達の食堂でしか食さない。街の本屋で、彼等少数民族の言語の例えば会話本を探してみた。大きな本屋に行けば特設コーナーが有って彼等の文字で書かれた本がある。歴史や風物や翻訳本等々。だが、気が付くと彼等の言語から漢語を勉強する本は多々あるが、逆が無い?大分探してやっと有ったが気が付かない位に少ない。街のある地域には彼等がメインに住む場所がある。確かに、此処は彼等の街。食品も衣類も又全てが彼らの文化を現すが、結局それは観光の目玉であって我々のような外国人等が訪れる名所と言う訳だ。何か事件が有れば漢族連中は、そこから逃げ出して入り込まない。漢族と話しをしてみると、確かに彼等の意識の中に、少数民族への侮蔑感を明確に感じる事が出来る。曰く、臭い、不衛生だ!頭が固く、言葉(漢語)を覚えようとしない。口に出しはしないが、我々(漢族)が支配していると言う意識が確かにある。 中国政府は、これら少数民族対策に相当の精力を使っていると言う。確かにそうであろう。少数民族と言いながら、チベット人もウイグル人も数百万人規模。彼らを中国国内に点在させて民族色を薄めようとしているが逆に矛盾を広げているとも言える。 中国通のブログとして以前より愛読していたブログがある。だが、そのブログの管理人さんは、今年1月に壮絶な病との闘いの末、他界されてしまった。だが、最後まで闘いをやめず、最後の投稿記事が有る。日々是チナヲチ サヨナラ 。   病院で意識が無くなる事を意識して予め用意されていたとの事。こんな凄い人生があるのだ!と改めて深くご冥福をお祈り致します。 この記事中に、他民族国家中国についての部分があります。この部分を抜き出させて頂きますと、

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●中国は、多民族国家である。  「多民族」というとチベット人、ウイグル人、モンゴル人などを想起しがちです。確かに中国は56種類の民族によって成立しています。ただし、こうしたいわゆる少数民族が総人口に占める割合は僅か4%であり、残りの96%という圧倒的多数派を形成しているのは漢民族(チャイニーズ)です。  私に言わせると、この漢民族こそが「多民族」なのです。北京人、上海人、福建人、四川人、広東人、河南人、東北人。……そのいずれもが国家として成立し得る規模を有しているため、感覚的には外国人同士といってもいいくらいの意識の違いがあります。  中国が統一と分裂の歴史を繰り返してきた理由も、ここにあります。独裁政権は、実質的には武力に頼って統一を維持するほかありません。実際に中共政権も人民解放軍をあくまでも「党中央の指揮に絶対服従するもの」とし、国軍化を断固否定しているのはこのためです。  「中国人」というものは、例えば国際的なスポーツの試合や外交問題のような限定的な状況でのみ、頭をもたげる特異な観念なのです。日常的には、あくまでも地縁・血縁最優先。例えば東京のコンビニや居酒屋の中国人アルバイトが、往々にして店ごとに「××人」と地方閥で固まっているのは、その好例といえるでしょう。  もし中共政権による統治を保証している人民解放軍が地縁や利権その他の原因でバラけ始め、党中央軍事委員会を頂点とするピラミッド型命令系統の維持が困難になったときには、国際社会の思惑がどうあれ、中国には割拠に似た状況が現出することになるでしょう。

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確かにこの指摘には実感を感じます。中国中央政府が最も恐れるのは、実は所謂少数民族では無く、大部分を占める漢民族。彼らの不平不満を如何にコントロールするかが最重要課題。こんな地域にもあらゆる中国の地方から人が来て居る。通訳があの人は、何処何処の人で方言が強くて、時々言っている事が判らない。同じ出身地同志で固まる習性が有るらしく、彼等が固まって話していると全く理解不能だそうです。詰まりは我々だけが外国人では無く、彼等自体が外国人集団。 彼等は毎日の生活に汲々としているように見える。周知のように高学歴社会で就職難は日本以上。だから数千キロ離れていても職があれば故郷を離れてやってくる。大学を出ても企業では工員から始めるのがざら。そのまま上に上がれない者も居るらしい。当然、交代勤務もやる。言葉が出来ない小数民族はまともな職には付けない。当然、細々と地区で採れる果物を売り歩いたり、サービス業が多い。街を歩くと、通行人の服のボタン付けを生業とする女性達が居たり、何やら男達が道端にたむろしているのを見ると、自分の得意な修理項目を書いた紙を広げている。家の修理や壁の補修、水道などの修理等々。企業に就職出来る連中はそういう意味ではかなり恵まれた人と言う事です。何れにしろ、感じるのはこの国は決して良い国では無いと言う事です。自分から此処で住もうと言う気は起こらない。勿論、居住する日本人や韓国人や欧米人が居ない訳ではありません。が、羨ましいと言う気は起きないな。 中国は何故崩壊しない・・・いや必ず崩壊する。膨れ上がるだけ膨らめば何時かは破裂する。私はそれを望んでいます。いや!日本に戻りたいからそれを言うのではなく幾ら何でもこのまま膨れ続ければそれこそ世界は全部中国になってしまう。そんな事は勿論有り得ないし、なって欲しくも無い。何時かは彼等自らだけで崩れ落ちる時が来る。早ければ早いほど世界の国々にとって望ましいのでは無いですか?21世紀の帝国主義国家中華人民共和国の終焉が何れ来るのでしょう。 所で、わが国の左巻き媚中管直人政権も、いよいよその終焉を向かえたと思われます。つい先日、管政権発足以来、最低の支持率と20%に達したと言うが、今やそれも下回ってしまった。内閣支持17.8%、民主政権で最低=不支持63.7%-時事世論調査 さらに、民主、事実上の分裂状態=小沢系「造反」の可能性-執行部は引き留めに全力 。 いやはや、崩壊を始めると雪崩のように一気に崩れ始める。いやはや、これではもう為す術は無いでしょう?後は、何時、管総理が退陣して交代するか?或は一気に解散まで進むかの興味。それにしても民主党政権が此処まで駄目だと言う事を一年半前に、多分、大部分の国民は想像も出来なかった。と、同時に民主党に政権交替させた付けがここまで酷いものだと言う事を、民主党を支持した有権者も判らなかっただろう事は認めるが、「駄目ならまた代えれば良いではないか」と、何で民主党に票を入れるのか?と言う私の問いに確かにそう答えた私の周囲の有権者氏!あれだけ多くの人が民主党の危険性を訴えたにも関わらずだ。今は彼等は黙して語らず?いや、無関心を装っているだけか?だが、同考えても民主党の本質を見抜けなかった国民にも責任の一端はある!二度と同じ過ちは許されない。友人がこんな内容のメールを送ってくれた。

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(民主党のコケまくりで) 面白くなっては来ましたが実は今が危険ですね。ロシアも何かごそごそやってるし、もうすぐ尖閣にまた中国船がやってきますよ。今度は大挙してやってきて上陸するかも。混乱に乗じて竹島だって更に韓国軍事施設の建設が進む。 昨年11月に屋山太郎氏が産経新聞に寄せた記事です。 (【正論】政治評論家・屋山太郎 仙谷氏を更迭し新陣容で出直せ  ) より 日本では縄文人がのんびり暮らしていた2500年前、中国では孫子の兵法が読みまわされていた。孫子の兵法の極意は「戦わずして勝つ」「水に落ちた犬は打て」だそうです。まさに日本は今水に落ちた犬状態。兵法書では戦いとは敵をだますことだとも言ってますから忘れた頃に必ず尖閣にやってきます。孫子の兵法は日本ではビジネス戦略の参考書的に読まれてますが、ネットで解説を見ると実は恐ろしい内容のようです。その一部です。 敵が利益を欲しがっているときは、その利益を餌に敵軍の戦力を奪い取る。   敵の戦力が充実しているときは、敵の攻撃に備えて防禦を固める。   敵の戦力が強大なときは、敵軍との接触を回避する。   敵が怒り狂っているときは、わざと挑発して敵の態勢をかき乱す。   敵が謙虚なときはそれを驕りたかぶらせる。   敵が安楽であるときはそれを疲労させる。   敵が親しみあっているときはそれを分裂させる。   敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃する。   敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃する。 かなり当てはまりません?こわ~いですねえ。

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中国は2000年前から戦略を練っているが、今や日本は戦略の欠片も無い無能政治家集団のお陰で、正しく水に落ちた犬同然!打たれるばかり? 何としても民主党を政権の座から追い落として保守政治を立て直さなければならない!一刻の猶予も無い!!

私の情報源は、主に各ブログからだ。そもそも、未だかろうじてサラリーマン現役に引っかかっていた時代、友人が教えてくれたのが,“溜池通信”(溜池通信トップページ   )。本名:吉崎龍彦氏 企業エコノミスト。この方のブログを見始めたのが、ブログ遍歴の最初だった。と同時に幾つかブログを探しているうちに見つけたのが、“反朝日的リンク集 ”  これから、産経新聞記者の阿比留美氏のブログや、瀬戸弘幸氏の極右評論。或は、日々是チナヲチ。  そして、アジアの真実  を知る事になった。この方達の記事は何時も何か響く物を感じた。瀬戸氏のブログは、“せと弘幸Blog『日本よ何処へ』  と改題して、現在もブログランキング(政治部門)で上位をキープされている。つい先日、アジアの真実氏がブログ更新の停止を表明された。・ブログの更新を停止します。 2011年01月16日  入念な取材をベースにじっくりとした内容の記事が特徴のこのブログの停止を惜しむ声が多い。何より、興味本位では無く、その分析と深みのある内容は指導的な意味合いもあり何時までも大事にしたいと考えている。(ブログ停止を惜しむ記事紹介:依存症の独り言;「アジアの真実」がブログ休止   ) さて、そんな折、何時も派手さは無いが中国通でその分析内容に何時も注目していた、このブログがついにその筆を置く日が来た事を知った。 日々是ナチヲチ サヨナラ   

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容態の悪化により、本日入院しました。  ……この原稿は私が前もって用意しておいたものですが、今後暫く当ブログを管理してくれる知人が入院の時点でupしてくれる手筈になっています。つまり皆さんがこのエントリーを目にするときには、私はもう病院に入っているということです。  そのとき私には意識があるのかすでに混濁しているのか、これを書いている時点では予測できません。もし辛うじて覚めているとすれば、恐らく多くの「先人」たちと同様、病室の天井や壁や、自分を取り囲んでいる医療機器を眺めている筈です。  とはいえ、そこには一片の悲壮感もありません。十七歳のときに立てた志、「あるべき自分のカタチ」というものを、100点満点で70点ながら、ギリギリ及第点で私は何とか実現することができました。心を占めているものは、ある種の達成感のようなもの、そして「自分は、生き切った」という充実感であることは間違いありません。  まあ、自己満足に過ぎないものでは、ありますが。  自分は恵まれていた、という幸福感もあることでしょう。最晩年になって、私はこのブログの読者の皆さんとOFF会を通じて直に接することができました。皆さんの笑顔と硬軟取り混ぜての熱い語り合いは、私にとって宝物そのものです。自分は果報者だと実感することができました。  むろん、OFF会に参加することのなかった読者の方も含めて、ここに心から御礼を申し上げる次第です。  「日々是チナヲチ。」をずっと支えてきて下さり、本当にありがとうございました。

 ――――  一応、「中国観察ブログ」を自称していますから、最後に中国について、いくつか。

 ●中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮。  上海の摩天楼などの風景に騙されてはいけません。一党独裁という本質において中国は北朝鮮と等質であり、いざとなれば独裁を守るため、いかなる流血の事態を引き起こすことも辞さないでしょう。  状況によっては、進出している外資企業の強制接収や、在中外国人に対する資産凍結や略奪などが、「官」によって行われても不思議ではありません。  いざとなったら、何を仕出かすかわからない。

……これは頭の隅に入れておくべきことだと思います。  

●中国は、多民族国家である。  「多民族」というとチベット人、ウイグル人、モンゴル人などを想起しがちです。確かに中国は56種類の民族によって成立しています。ただし、こうしたいわゆる少数民族が総人口に占める割合は僅か4%であり、残りの96%という圧倒的多数派を形成しているのは漢民族(チャイニーズ)です。  私に言わせると、この漢民族こそが「多民族」なのです。北京人、上海人、福建人、四川人、広東人、河南人、東北人。

……そのいずれもが国家として成立し得る規模を有しているため、感覚的には外国人同士といってもいいくらいの意識の違いがあります。  中国が統一と分裂の歴史を繰り返してきた理由も、ここにあります。独裁政権は、実質的には武力に頼って統一を維持するほかありません。実際に中共政権も人民解放軍をあくまでも「党中央の指揮に絶対服従するもの」とし、国軍化を断固否定しているのはこのためです。  「中国人」というものは、例えば国際的なスポーツの試合や外交問題のような限定的な状況でのみ、頭をもたげる特異な観念なのです。日常的には、あくまでも地縁・血縁最優先。例えば東京のコンビニや居酒屋の中国人アルバイトが、往々にして店ごとに「××人」と地方閥で固まっているのは、その好例といえるでしょう。  もし中共政権による統治を保証している人民解放軍が地縁や利権その他の原因でバラけ始め、党中央軍事委員会を頂点とするピラミッド型命令系統の維持が困難になったときには、国際社会の思惑がどうあれ、中国には割拠に似た状況が現出することになるでしょう。  

●必ず「中共語」でニュースを読むこと。  以前にも何度か紹介したことがありますが、ここで念を入れておきます。一般に使われている中国語と、政府や党中央などから発せられる「中共語」は同じものではないということです。  「日中友好」を中国語に訳すると「中日友好」。ただしこれが「中共語」になると意味が大きく異なってきます。凡例をいくつか挙げておきますので、ニュースで中国の公式声明に接するときは、これを以て解読してみて下さい。  

「対話」→「中共の言い分の押しつけ」「中共からの命令伝達」 

「協議」→「中共の言い分の押しつけ」「中共からの命令伝達」 

「協力」→「中共への奉仕」 

「平和」→「中共による制圧下での非戦時状態」 

「友好」→「中共に従順」 

「交流」→「中共の価値観の押しつけ&軽度の洗脳」  

しかしなから、と付け加えておきます。  

中国がどうなろうと、日本政府がしっかりしていれば何も心配することはありません。

 その日本政府を選ぶのは、私たち日本人です。  

ですから結局、日本人一人ひとりの、民度と品格が問われることになるのです。  

いちばん大切なのは、実はそのことではないかと私は考えています。  

――――  最後の最後に。一応「弱小・色物系ブログ」を自称していますから、臆面もなくお耳汚しを。  

16年前に作って録音した駄作です。本当はキータッチのパラメータを細かくいじるなどしてピアノに表情をつけたかったのですが、とりあえず録った直後から仕事が忙しくなったので、結局未完のまま恥を晒させて頂きます。諒とされたし。

それでは皆さん、どうかどうか、御堅固に。  

6年半にも及ぶ長い間、駄文にお付き合い頂き本当にありがとうございました。m(__)m  

後を、頼みます。  

ニッポンと日本人を、頼みます。

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深く深く、合掌!願わくば又会える日が来る事を願うのみ!

これで又、独りの日本人が逝く。

日本を愛し、日本人を愛する人が逝ってしまう。

御家人さん!再見!!ありがとうございました。深表感谢!

管新内閣が1月14日に発足した。既に各ニュース等で内容が報道されているので特にこれをテーマにする積りは無い。目玉のたちあがれ日本を離党して、入閣した与謝野氏の変節振り等、多くのブログがテーマにされている。政治家の変節と言うのは特に目面しい事では無いと思うが理念とか理想とか言うのとは別の実務的、現実的な選択の仕方は日本人的な見方をすれば仲間としては信用出来ない。ただ、多分仕事は出来る人なんだろう。あくまでも自分は長年の税制改革に取り組む為の選択と言いたいところかもしれない。さて、この新内閣、問責の親玉の仙石長官の交代だが、ご本人は党の重要ポストに横滑りで、むしろ今まで以上の権限の拡大になったのではないか?替わりの枝野氏の評価はどうでもよいが、どうせやる事は似たり寄ったり(差不多 cha bu duo)であろうからコメントする気も無い。新人が4名でその他は全てが留任若しくは横滑り。「菅第2次改造内閣 閣僚名簿  まあ、国家公安委員長の交代は良かったかな?最も今度の新委員長がどう言う人かは良く判らない。この新組閣に経済界は、ご祝儀相場も無い冷ややかな反応。で、結局、何とは無しに消費税を上げる方向に舵を切った?と思いたくなる内容だけが出てくる。管総理を含め民主党自体が何も変わらないので、ある意味当然何だが、産経の阿比留美氏のブログでのこのやり取りは差も有りなんと言う感じと共に、結局何も期待する要素は出てこない。早く解散して総選挙してよ!だなあ!記者会見で菅首相が挑発してきたので…    記事はご覧下さい。この組閣人事は当初、17日を予定していたが、国会会期の前倒しや総理の外遊訪米日程から、14日に強行した。当日は皇居で歌会初めが行われていた。民主党議員からは歌会始めなぞ止めてしまえ!とい言う声まで上がったと言う。(「歌会始を中止してでも、、、」?)  いかにもこの政党の性格が出ている話だ。結局、管総理の都合で、ご高齢の天皇陛下にご無理を強いる結果になった。管内閣発足時にもこのような事が有ったな。静養中の陛下をわざわざ呼び出すと言う暴挙に出て認証式を行った。その後、陛下は体調を崩されたと言う。民主党の皇室軽視は今に始まった事では無い。このまま民主党政権が続けば益々図に乗って皇室を蔑ろにするのは目にみえている。日本と言う国にとって天皇家とは何か?日本国民にとって天皇とは?だが、昭和生まれの私でさえ日常の生活の中で皇室とか天皇とかを考える事も稀。いや頭の隅にも何処にも意識が無い時の方が多いではないか?だから無用の存在と言えるのかどうか?とまあ、余り柄では無いが、これからの投稿記事でも日本の皇室や天皇について考えてみたいと思っている。先ほど、1月14日は、新春恒例の「歌会始 」その起源と言えば鎌倉中期に遡ると言う。鎌倉時代と言えば、凡そ西暦1200年代、今から800年以上前。そう日本皇室を考えると殆どが1000年単位かそれ以上の歴史を持つ。大事な事はこの長大な時間だと私は考える。確かに紀元前には多くの王朝が栄えたがその何れもが滅びている。だが日本の皇室或は天皇は滅びることなく今も続いている。これは世界的に見ても稀有なことだと思う。勿論、今日本の歴史を云々する積もりは無いが、この長大な時間こそ日本にとって又日本人にとって最も大事にしなければ行けない事ではないか?と考える。何故、単一民族としてこれだけ長い時間を過ごして来れたのか?勿論島国であると言った地勢学上の理由もあることも確かだろう。だが、普通の所謂王家は必ず滅びる。殆どがその民衆によって或は他国との勢力争いに敗れて滅びる。勿論日本でも栄枯盛衰、平家が源氏に滅ぼされ、織田信長は明智に討たれ、豊臣は徳川に天下を取られ・・・だが、天皇はその間も存在し続けている。だからこそ日本と言う国にとっての天皇と皇室の存在の意味と重みがあると考えている。天皇は発表されているような所謂公務以外にも実は重要な事があると言う。櫻井よしこ氏のブログでそれを知る事が出来た。「 国民に知ってほしい陛下の祈り  」  ~~~~~~~~~~~~~~~短い正月休みだったが、今年の歳旦祭(さいたんさい)はとりわけ心にしみた。 毎年大晦日から元旦にかけて、私は近くの神社に足繁く通う。まず大晦日の夕方の大祓式で、絹の袍(ほう)(大袖の上着)と袴、いずれも純白の装束に身を包んだ宮司さまに一年間の罪と穢を祓い除いていただき、新年に備える。今年もまた、多勢が集った赤坂氷川神社で、顔見知りの人たちと一年の無事を確認し合って嬉しい気持になる。 除夜の鐘が鳴り響くころ、厚着で初詣に出かける。赤坂氷川神社の初詣の楽しみは、江戸時代の文化財が楽しめることだ。同神社の御祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)である。天照大神の弟神の素戔嗚尊は、天上では暴れん坊で悪役の神として描かれているが、出雲に降臨して以降は勇敢かつ素朴で平和な神として知られる。 出雲では八岐大蛇(やまたのおろち)を征伐し人身御供の奇稲田姫(くしいなだひめひめ)を助けた。後に姫と結婚し、大国主命(おおくにぬしのみこと)が生まれた。両神様も赤坂氷川神社の祭神である。 今年、境内には、日本武尊(やまとたけるのみこと)の珍しい女装姿の人形が飾られた。敵を待ち伏せするための女装で、江戸時代後期の作だ。丈高い人形や夜空の星を眺める内に参拝の順が回ってきた。一年間守っていただいたお礼を心の中で言上し、甘酒をいただき、おみくじを引き、参道脇で赤々と燃える焚き火で暖をとり、家路に向かう。 元旦は早々と身仕舞を整え、歳旦祭に出かける。宮司に合わせて皆深く一礼する。日本人はお辞儀に深い意味をこめるのだ。宮司の四方拝につづいて祝詞が上げられ、新年の日本の安泰と国民の幸福が祈念される。 一時間ほどで終わった歳旦祭の最後に宮司の惠川義昭氏が語った。 「毎年、皆さんの幸福を願い歳旦祭をとり行えることを本当に感謝しています。ですが、天皇陛下は、私たちよりずっと早く、陽も上がらない時間に、国民全員のために祈って下さっています。有難いことだと感謝せずにはいられません」 国民の幸せのための祈り 私ははっと気付かされた。多くの日本人は天皇陛下が折りに触れ、国民のために祈って下さっていることや皇室の最重要の役割が国家、国民の安寧を願う祭祀であることを意識さえしていない。知りもしない。 実際に天皇陛下はどのように祈って下さっているのか。「産経新聞」の宮内庁担当記者だった山本雅人氏の『天皇陛下の全仕事』(講談社現代新書)で見てみよう。ちなみに氏は担当記者として毎日拝見することになる以前と以後の「天皇像」に大きなギャップがあったとし、一般の国民も同じだろうと感じて本書をまとめたそうだ。報道される皇室関係のニュースでは、「一般参賀や地方訪問でのお手振り」などが皇族の仕事だと考えがちだが、実際は全く異なる。もっと重要な、国民の幸せのための祈りは皇室の私的行事と位置づけられ、殆んど報じられない。しかし、国民に伝えられない祈りこそ、皇室が常に最重要視し、自らの存在意義としてきた重要な活動なのである。 『天皇陛下の全仕事』によると、天皇陛下は元旦の午前5時半には宮中三殿に並ぶ神嘉殿(しんかでん)の前庭にお出ましになる。庭中央の、屋根だけの東屋風の簡素な建物には清潔な青畳が敷かれ、陛下はそこで皇室の祖先神が祭られている伊勢神宮に遥拝し、国の安泰と国民の幸福、農作物の豊作などを祈り四方拝を行われる。元旦の東京の日の出は午前6時50分頃、したがって周りは暗く、厳しい寒さの中での厳粛な祈りである。 御所から神嘉殿に向かわれる陛下をお見送りして、皇后美智子さまが詠まれた歌を、山本氏は紹介する。 年ごとに 月の在(あ)りどを 確かむる 歳旦祭に 君を送りて 歳旦祭に臨む前に、陛下はすでに御所で身を浄め、身装いを正しておられる。祖先の神々に祈りを捧げるずっと前から始まる仕度を、皇后さまは陛下と呼吸を合わせるようなお気持で見守っておられることだろう。そして、いよいよお出ましの時、闇に鎮まる皇居の森から視線を空に上げて、月の光を探される美智子さまのお姿が浮かんでくる。 今上天皇は、新聞もテレビもあまり報じないこうした古代の祭祀を非常に大切になさるという。自らを慎み古式の装束での祭祀は年間30回を超えるそうだ。それを忙しい「公務」の間に手抜きもなさらず、とり行っておられる。かつて天皇は日本のまつりごとの主宰者だった。まつりごとは「祭り」であり「政」だった。これを一変させたのがGHQだ。 『天皇と神道 GHQの宗教政策』(サイマル出版会)で、ウィリアム・ウッダード氏が詳述しているが、GHQは統合参謀本部の命令に基づき、日本国の大変革に取り組んだ。柱は「神道の国家からの分離」と「神道の教育制度からの除去」、即ち、「天皇の人間宣言」と「神道指令」だった。前者の説明は不要であろう。後者は「神社神道を国教とする制度を廃止し、政教分離の原則を確立し、宗教と教育から軍国主義と超国家主義を除去すること」だった。 日本の文化文明の芯 米国務省は神道が軍国主義の元凶であり、日本政府が国民に神道信仰を強要してきたと考えたのだ。この誤った認識に基づいて、米国は日本の文化及び国の形まで変えた。その一端が祭祀を天皇家の私的行為と位置づけ、日本人の生活から神道に関係するすべてを取り除くことだった。 一例が祝祭日の命名である。2月11日は神武天皇即位を祝う日で、かつて紀元節と呼ばれた。占領軍は神道排除に走るあまり、「たとえ国会で紀元節が承認されても、これを許可することはできない」として、2月11日の祭日を許さなかった。一体全体、一国の建国記念日をここまで否定してよいものか。 ちなみに、2月11日は戦後21年目の1966年、「建国記念日」と名前を変えて祝日となった。 農業国日本の一年は、天皇が国民の安寧と五穀豊穣を神々に祈って下さり、その祀りを軸にすぎていく。国民の生活も祝日も同様である。1月1日の歳旦祭のあとは2月11日の紀元節、3月21日の春季皇霊祭、8月15日のお盆の日、9月23日の秋季皇霊祭、10月17日の神嘗祭、11月23日の新嘗祭などが続いていった。 これらは戦後、春分の日や秋分の日、文化の日や勤労感謝の日となり、歴史とも文化とも、また四季とさえも無関係の祝日になった。皇室の祈りは天皇家の私的行事に矮小化されたまま、現在に至る。そのことを指摘したのが惠川宮司の挨拶だった。 皇室はいま国民の無関心や知識不足の中で、皇位継承問題も含め大きな危機に直面している。そのことは、そのまま日本の危機である。日本が漂流し始めたいま、日本の文化文明の芯となってきた皇室と国民の、来し方行く末を考えたいものだ。皇位継承の安定を保つためにも皇室典範の改正も急ぎたいと切望する。 ~~~~~~~~~~~~~

そう、天皇の「仕事」とは外国の要人と会う、宮中行事に出る或は被災地を訪問する等々だけでは無いのだ。天皇の本来の「仕事」とは、まつりごとの主催者。祭りであり祀りであり、政り。 だが、GHQによってそれが捻じ曲げられ日本国民はそれが見えなくなってしまった。国の安泰と国民の幸福、農作物の豊作などを祈る。シンとした宮中でただ独り全霊をこめてとりおこなわれる儀式。だからこそ世界に類を見ない長大な時間を存在し続けた訳ではないだろうか。日本は、国の最高権力は内閣である。だがその内閣を上は天皇が居て下に国民が居る。内閣をサンドイッチにしている。幾ら内閣総理大臣が最高権力者であっても天皇の臣下。そして主権は国民にある。歴史の重みを否定する左翼集団民主党には理解出来ない構図であろう。

歴史の理解出来ない民主党は、明治を造った日本人の凛とした姿も理解出来まい。

次回はその明治の日本人がテーマのブログを紹介したい。