先日小生の非常勤先の高度生殖医療施設の男性不妊外来に東北地方の中でも北の遠方から非閉塞性無精子症と診断された方がお見えになりました。検査結果と診察を元にmicro/MD-TESEで精子が回収される確率を説明しました。それまで手術には前向きだったのですが、その後メディカルアシスタントから手術料金と顕微授精などの高度生殖医療にかかる費用の説明を受けた後、とてもそんな大金は用意できないと落胆されて手術を決められずお帰りになってしまいました。もはや生殖医療といえばイコール高度生殖医療のような状態に日本は陥り、子供を授かるチャンスですらカップルの経済力で決まってしまうのでしょうか?
今年1月に各誌面に掲載された下記のニュースはこのブログをご覧になっておられる方々には記憶に新しいのではないでしょうか?
不妊治療への助成拡大、初回は30万円に倍増 厚労省
報道によると、さらに画期的であることはこれまでは一部の地方自治体でしか行っていなかった男性不妊手術(TESE, micro/MD-TESE)に最大で15万円の助成金を支出するとしたことでした。
誌面では体外受精(顕微授精)などの高度生殖医療を行うカップルに向けて、経済的負担を少なくする安倍内閣の1億総活躍社会の実現に向けた施策のひとつであると報じられていました。
それは果たして真実でしょうか?今、まさにこの治療を受けようと考えられている方々にとっては私費診療の負担が軽減されると朗報に聞こえることでしょう。しかし長年生殖医療専門医として男性不妊診療に打ち込んできた立場からは今回の助成金制度がとても患者さんのことを考えて決められた制度とは思えないのです。
小生は泌尿器科専門医としては一大決心して、本邦初となる高度生殖医療施設での生殖医療に3年間従事し、今日まで12年にわたって東北の高度生殖医療施設での男性不妊手術に関わってきました。そして現在では常勤である勤務先でmicro/MD-TESEを各地の高度生殖医療施設と連携して行う傍ら、非常勤先の高度生殖医療施設でも継続してmicro/MD-TESEを行ってきました。その長い年月をかけて見て来たのは、高度生殖医療施設の治療費の高騰です。顕微授精もさることながら、高度生殖医療施設で実施するmicro/MD-TESEの料金はこの10年で驚くほど高騰してきました。一方でこれまでの常勤先の病院ではmicro/MD-TESE料金は一貫して上げておりません。それは医療を施すべき病院は営利企業と違って必要以上に診療から収益を得る必要が無いからです。しかし民間の高度生殖医療施設では利益が上がっているところでは設備投資と診療施設の新設拡大が止まらないのです。日本はおろか世界中でデフレ圧力が高まっているのに高度生殖医療だけは反対なのでしょうか。
今回の助成金拡大に向けて政治を動かしたのもそれによって利益が得られる立場にあり、かつマネーと影響力を持ちうる立場にある者や組織であることは想像に難しくありません。つまり結論から言えばこのたびの政策で掲げられた助成金の拡大分は結局それを決めた医療者サイドに入ることになるのです。資本主義において所得の不均衡が強まってくると、お金は動くところの中でしか回らなくなるのです。その恩恵を被る事の無い所得層に還元されることはないのです。その結果社会の歪みはより大きくなります。
micro/MD-TESEを実施する泌尿器科専門医かつ生殖医療専門医の立場から見て明らかにおかしいことは、micro/MD-TESEの助成金の申請に必要な証明書類は認定された高度生殖医療施設でしか作成できないことです。micro/MD-TESEを患者さんと話し合って決めて実施する医師や施設ではないのです。ただし、micro/MD-TESEを実施する施設が高度生殖医療施設でなくても、診療連携している高度生殖医療施設で助成金申請に必要な証明書類は作成できます。したがってmicro/MD-TESEは高度生殖医療施設以外でも助成金の支給を得て男性不妊専門医の元で受けていただくことができます。
ところで、先日micro/MD-TESEを世界で初めて報告したニューヨークにあるコーネル大学のシュレーゲル教授から個人メール宛にある論文に関する意見を聞かれました。その論文とはヨーロッパのとある国から出されたもので、micro/MD-TESEの治療コストが従来のTESEに比べて高すぎるという批判に関する内容でした。欧米では日本以上にmicro/MD-TESEの治療費は高く問題になっているのでしょう。その質問に対する小生の答えは以下でした。
micro/MD-TESEと従来のTESEの違いは術者の技量と手術用顕微鏡のコストで決まってくる。術者の技量についてはその対価は不当に下げることはできない。しかし手術用顕微鏡のコストについては、工夫でミニマムにすることができる。すなわち手術用顕微鏡を毎日稼働させることである。例えば小生は総人口約900万人の東北地方で唯一の泌尿器科専門医かつ生殖医療専門医であり、ほぼ毎日顕微鏡手術を実施している。その結果数千万円もする高価な手術用顕微鏡の1件あたりのコストを数万円にまで圧縮できている。したがってこうした工夫により、手術用顕微鏡のコストを極力下げて、micro/MD-TESEと従来のTESEの手術コスト差をミニマムにすることが可能である。また検査データで閉塞性無精子症が疑われても、従来のTESEで精子が回収されないと、改めてmicro/MD-TESEが必要となり2回分の手術費用となり、かえって治療コストが高くなる可能性が出てくる。したがってパイプカット後など明らかな閉塞性無精子症以外は、TESEよりmicro/MD-TESEを実施した方が良い。
このコメントは大変説得力をもったようで、シュレーゲル教授より御礼のメールが来ました。
一方で、手術用顕微鏡をおいている高度生殖医療施設では非常勤の泌尿器科医師がせいぜい週1回程度しか稼働させておりませんので、治療コストに大きく響いてきます。1回あたりの手術用顕微鏡のコストだけで10万円ほどになるのではと試算されます。
男性不妊専門施設は各高度生殖医療施設の実態を見極めた上で、高度生殖医療施設と対等で適切な連携を組んで行くことを理想としてます。そしてその結果診療コストも一方的に治療費を決めている高度生殖医療施設で実施するより抑えることが可能となります。誤解を招かないよう説明しますが、泌尿器科専門医であろうが、産婦人科専門医であろうが、profession(聖職)であるという自覚を持つ者は患者さんの利益を最上位に掲げ、できるだけ自然な妊娠を目指しつつ、治療費やリスクが少ない治療法を提案し、そして実績を出しています。経済格差が拡がっている日本において、中間層の没落こそが国を滅ぼしかねない懸念であり、中間層に手厚い医療を実践することこそが重要であることを彼らは理解します。男性不妊診療は一妊娠出産あたりの生殖医療のコスト削減に有効であることは米国のデータをもとにこれまで主張してきたとおりです。しかし一部の高度生殖医療施設の商業的戦略に男性不妊診療が利用されている現状も否めません。
誠に遺憾ですが、生殖医療をprofessionと捉える意識に乏しい医療者は日本の財政、世界経済が破綻する前にできるだけ自分のところにマネーが動いてくる事に最大の関心を寄せているのではないでしょうか?
今年1月に各誌面に掲載された下記のニュースはこのブログをご覧になっておられる方々には記憶に新しいのではないでしょうか?
不妊治療への助成拡大、初回は30万円に倍増 厚労省
報道によると、さらに画期的であることはこれまでは一部の地方自治体でしか行っていなかった男性不妊手術(TESE, micro/MD-TESE)に最大で15万円の助成金を支出するとしたことでした。
誌面では体外受精(顕微授精)などの高度生殖医療を行うカップルに向けて、経済的負担を少なくする安倍内閣の1億総活躍社会の実現に向けた施策のひとつであると報じられていました。
それは果たして真実でしょうか?今、まさにこの治療を受けようと考えられている方々にとっては私費診療の負担が軽減されると朗報に聞こえることでしょう。しかし長年生殖医療専門医として男性不妊診療に打ち込んできた立場からは今回の助成金制度がとても患者さんのことを考えて決められた制度とは思えないのです。
小生は泌尿器科専門医としては一大決心して、本邦初となる高度生殖医療施設での生殖医療に3年間従事し、今日まで12年にわたって東北の高度生殖医療施設での男性不妊手術に関わってきました。そして現在では常勤である勤務先でmicro/MD-TESEを各地の高度生殖医療施設と連携して行う傍ら、非常勤先の高度生殖医療施設でも継続してmicro/MD-TESEを行ってきました。その長い年月をかけて見て来たのは、高度生殖医療施設の治療費の高騰です。顕微授精もさることながら、高度生殖医療施設で実施するmicro/MD-TESEの料金はこの10年で驚くほど高騰してきました。一方でこれまでの常勤先の病院ではmicro/MD-TESE料金は一貫して上げておりません。それは医療を施すべき病院は営利企業と違って必要以上に診療から収益を得る必要が無いからです。しかし民間の高度生殖医療施設では利益が上がっているところでは設備投資と診療施設の新設拡大が止まらないのです。日本はおろか世界中でデフレ圧力が高まっているのに高度生殖医療だけは反対なのでしょうか。
今回の助成金拡大に向けて政治を動かしたのもそれによって利益が得られる立場にあり、かつマネーと影響力を持ちうる立場にある者や組織であることは想像に難しくありません。つまり結論から言えばこのたびの政策で掲げられた助成金の拡大分は結局それを決めた医療者サイドに入ることになるのです。資本主義において所得の不均衡が強まってくると、お金は動くところの中でしか回らなくなるのです。その恩恵を被る事の無い所得層に還元されることはないのです。その結果社会の歪みはより大きくなります。
micro/MD-TESEを実施する泌尿器科専門医かつ生殖医療専門医の立場から見て明らかにおかしいことは、micro/MD-TESEの助成金の申請に必要な証明書類は認定された高度生殖医療施設でしか作成できないことです。micro/MD-TESEを患者さんと話し合って決めて実施する医師や施設ではないのです。ただし、micro/MD-TESEを実施する施設が高度生殖医療施設でなくても、診療連携している高度生殖医療施設で助成金申請に必要な証明書類は作成できます。したがってmicro/MD-TESEは高度生殖医療施設以外でも助成金の支給を得て男性不妊専門医の元で受けていただくことができます。
ところで、先日micro/MD-TESEを世界で初めて報告したニューヨークにあるコーネル大学のシュレーゲル教授から個人メール宛にある論文に関する意見を聞かれました。その論文とはヨーロッパのとある国から出されたもので、micro/MD-TESEの治療コストが従来のTESEに比べて高すぎるという批判に関する内容でした。欧米では日本以上にmicro/MD-TESEの治療費は高く問題になっているのでしょう。その質問に対する小生の答えは以下でした。
micro/MD-TESEと従来のTESEの違いは術者の技量と手術用顕微鏡のコストで決まってくる。術者の技量についてはその対価は不当に下げることはできない。しかし手術用顕微鏡のコストについては、工夫でミニマムにすることができる。すなわち手術用顕微鏡を毎日稼働させることである。例えば小生は総人口約900万人の東北地方で唯一の泌尿器科専門医かつ生殖医療専門医であり、ほぼ毎日顕微鏡手術を実施している。その結果数千万円もする高価な手術用顕微鏡の1件あたりのコストを数万円にまで圧縮できている。したがってこうした工夫により、手術用顕微鏡のコストを極力下げて、micro/MD-TESEと従来のTESEの手術コスト差をミニマムにすることが可能である。また検査データで閉塞性無精子症が疑われても、従来のTESEで精子が回収されないと、改めてmicro/MD-TESEが必要となり2回分の手術費用となり、かえって治療コストが高くなる可能性が出てくる。したがってパイプカット後など明らかな閉塞性無精子症以外は、TESEよりmicro/MD-TESEを実施した方が良い。
このコメントは大変説得力をもったようで、シュレーゲル教授より御礼のメールが来ました。
一方で、手術用顕微鏡をおいている高度生殖医療施設では非常勤の泌尿器科医師がせいぜい週1回程度しか稼働させておりませんので、治療コストに大きく響いてきます。1回あたりの手術用顕微鏡のコストだけで10万円ほどになるのではと試算されます。
男性不妊専門施設は各高度生殖医療施設の実態を見極めた上で、高度生殖医療施設と対等で適切な連携を組んで行くことを理想としてます。そしてその結果診療コストも一方的に治療費を決めている高度生殖医療施設で実施するより抑えることが可能となります。誤解を招かないよう説明しますが、泌尿器科専門医であろうが、産婦人科専門医であろうが、profession(聖職)であるという自覚を持つ者は患者さんの利益を最上位に掲げ、できるだけ自然な妊娠を目指しつつ、治療費やリスクが少ない治療法を提案し、そして実績を出しています。経済格差が拡がっている日本において、中間層の没落こそが国を滅ぼしかねない懸念であり、中間層に手厚い医療を実践することこそが重要であることを彼らは理解します。男性不妊診療は一妊娠出産あたりの生殖医療のコスト削減に有効であることは米国のデータをもとにこれまで主張してきたとおりです。しかし一部の高度生殖医療施設の商業的戦略に男性不妊診療が利用されている現状も否めません。
誠に遺憾ですが、生殖医療をprofessionと捉える意識に乏しい医療者は日本の財政、世界経済が破綻する前にできるだけ自分のところにマネーが動いてくる事に最大の関心を寄せているのではないでしょうか?