4月1日の朝日新聞に“不妊治療に一千万円、重い経済負担、心に突き刺さる言葉”という記事が掲載されました。デジタル版をこちらでご覧いただけます。http://www.asahi.com/articles/ASJ3J538PJ3JPTIL02C.html?ref=nmail
 これから不妊治療を始めようと考えておられるご夫婦は妊娠するまで果たしてどれくらいの治療費がかかるか想像もつかずにおられるのではないでしょうか?小生も高度生殖医療施設での男性不妊外来でご夫婦に問いかけてみると、大体100万円~200万円くらいでしょうかという、実態とかけ離れた数字が返ってきます。その新聞記事では最先端の設備と技術を誇るとされる高度生殖医療施設を受診され、最初は年間数十万円だった不妊治療費が数年後は年間百万円以上となり、累積で500万円以上費やした例が紹介されていました。しかし高度生殖医療で実際に費やされた1人妊娠を到達させる平均医療費はさらに高額になっていると試算されます。
 いわゆるステップアップ方式とはタイミング法→人工授精→体外受精→顕微授精と各段階を経てより高度な(お金がかかる)治療に移行していくことを意味しています。しかし現代の不妊治療では顕微授精が治療件数と総費用ともに圧倒的な割合を占めています。したがってより自然に近い妊娠を目指すとか男性不妊治療も同時にできるとか謳いつつ、実は顕微授精に誘導することを目指している施設もあるという可能性は否定できません。
 そのような高度生殖医療施設では凍結胚移植あたりの比較的高い妊娠率(年代別に大体60~20%)を前面に出しておりますが、日本産婦人科学会が集計した採卵1周期あたりの妊娠率は全年齢平均で顕微授精ですら5.6%という厳しい現状です。これは各施設間で治療成績に差があり、一見高い凍結胚移植あたりの妊娠率を公表している高度生殖医療施設の技術力が高いということでは必ずしもなく、胚移植に至らない採卵周期が実は多いという現実と妊娠せず施設を転々として採卵を繰り返しているご夫婦がいかに多いかを物語っています。
 1人妊娠に至るための平均不妊治療費を各施設別に公表すれば、経済的な制約が存在する大半のご夫婦にとって受診施設を選択する上でとても有用な指標になるのでしょうが、高度生殖医療施設ではとてもそんな冒険はできません。またそうしたとしても行政上記録が残る保険診療と違って自由診療では施設側に不利にならないよう母集団の選択により数字を容易に操作できることでしょう。
 以前の小生のブログで、正直であるということは嘘を言わないということだけではないと述べましたが、その趣意は利益を上げている高度生殖医療施設ほど、情報操作により読者に思い込みを促しているという問題に気づいて欲しいということでした。一部のご夫婦を除いて大半のご夫婦は最終的に結果が出ない極めて高額な治療費用を分割払いで結果として支払わされているのです。
 では今後の望ましい生殖医療の姿とは何か?それはまず学校教育で避妊と性行為感染症のことのみ教えるのではなく、妊娠出産は月経があるうちはいつでもできるということでは決してなく、年齢が上がるほど妊娠率が下がり、流産率、染色体異常発生率が上がってくることを教えることから始めるべきです。政治家や教育者がこの点を触れるととたんにパッシングが起こりますが、ならどうしてそのことを一番知っているべき産婦人科医が世間に対して熱心に語りたがらないのでしょうか?
 もしこうした啓蒙から女性の年齢因子の割合が下がれば、現在不妊原因の約半数とされている男性因子の割合はより高くなってきます。そしてその男性因子の中で主要な原因である精索静脈瘤は近年せいぜい1時間程度の外来手術で治すことができ、自然妊娠が可能となってきますから、より臨床的インパクトは大きくなってきます。
 ルネサンス時代から不妊原因として記載されていた精索静脈瘤の手術効果が最初に論文で報告されてから約200年が経過しました。より手術侵襲が小さい低位結紮術が近年登場して、全盛期から反省期に入りつつある高度生殖医療の影に対して光となる治療法に近い将来なることでしょう。高度生殖医療なしでは妊娠不可能なご夫婦もおられますから、その技術は必要でありそれ自体を否定するのではありません。しかし本来高度生殖医療に頼る事無く妊娠可能なご夫婦に対して或は繰り返して治療しても妊娠できる可能性が極めて小さい方々まで治療対象となって巨大なお金が動いている現状が問題なのです。さらにその問題に気づいていても、自身の利益に成らない事には目をつむっている専門家がオピニオンリーダーとして表に出がちであることに、さらなる問題の根深さを感じるのです。