移住して現地の生活を覚える間、事務機の組立工を8年務めた。そして独立し20年間、朝7時から夜10時まで新聞配達とクーリエ業務で時間に追われる毎日だった。その上日本書店も経営していたので、毎月入荷する雑誌書籍の販売業務もあった。書籍の競合店が現れてからは、新しく未知の食品の輸入業務も増えた。社員を増やして対応したけれど、前半はいわゆる時間給のアルバイト、残していった仕事はすべて期日までに自分が処理し本部に報告する責任を負う。90年代にはクーリエ業務はインターネットの世界網の拡充で、こちらの知らないインターネットの習熟も要求してきた。教えてくれる人もいたけれど、昔16ワードの事務機械を販売していただけのDATA経験しかない50代には、手順を追いかけるのにかなりの努力を要するものだった。後半にはそんなところへうまくインターネットやEXCELに習熟している社員が手伝ってくれるようになり、その分野の仕事からは解放されホッとした。

新聞雑誌書籍を扱っていたので、現在の日本を追うことは出版物活字でできていたけれど、日本の日常生活の情報からは空白の20年だった。それを取り戻すため還暦を迎えるころから、昔を思い出したい心が大きくなり始めた。JSTV日本語衛星TVやYOUTUBEでKEYHOLETVなどがネットで簡単にアクセスできるようになり、それを楽しむ時間が増えた。日本のニュースが全く入手できなかった40年前、NHKの短波放送を偶然キャッチし、海外日本語放送やドイチェベレDWなどで毎日、ラジオで日本語のニュースは追っていたけれど、これで映像ニュースや映画、歌謡曲なども楽しめるようになった。時には見落としていた30-40年代の古い映画も楽しむこともある。

しかし失ったものの一番大きなものは、旧友との交流だ。これもあるきっかけをもとに60歳になったころから、毎回帰省時に旧友や級友にも会え、会食会で情報交換もできるようになった。

移住して得たものは大きい。

移住した国の新しい風習や価値観に順応した生活から、日本の同世代の現状を見聞するたびに、日本の政治、経済界のリーダーの無責任さ、非民主主義的行動、社会的差別に鈍感なこと、また国家の安保制度の不完全性に無責任なことに驚く。私の移住した国はやっと人口一千万一寸という北欧の小国だけれど、政治家も経済人も国民の幸せを第一に考えて国作りをしている。国防も250年平和を守っている様に、国民にも高い国防意識が常に保たれている。市民生活は公平公正、外国籍だからと言って差別はしない。病気は国が責任をもって治療してくれる。教育に貧富差を設けない。年金が少なく生活が出来なければ、家賃補助などでカバーしてくれる。体が不自由になった高齢者をサポートする制度も機能している。税金はこれらに透明性を保って使われている。

これらは日本に不足していることばかりだ。これからあらゆる項目の国際比較でも、日本は順位を落としてゆくことが分かっている。日本の政治家や経済人はそろそろエゴイスティックな行動を改め、公平公正で幸せな国作りに目覚め、その実現に邁進してほしいものだ。            我々は80代。90代に向かって何とか皆でこの峠を一緒に超えてゆけるよう頑張りたいと思う。