遅い春の雪が降った朝、我が家のむかえに3年前避難してきたウクライナの、5家族の内の1家族が引っ越していった。5家族の中には小学生がいたり、乳母車に乗っていた子はもう補助輪付きの自転車に乗れるようになっていたり、大人になる直前の大きな男の子もいる。去年の夏には、同じ森の中、近くでブルーベリーを摘んだりした。

充分ではないけれど町から一日79kr/人(1100円)の支援を受け、自立生活の努力をしていた。始めのうちは毎日3回、フードカーが給食センターで作られた食事を運んでいたが、現在ではほとんどの成人が、仕事を見つけ収入を得て、車も所有して自立生活をしている。

1000㎞先では母国の同胞がロシアの強力な軍事力によって、日常生活を脅かされている。時には家の入り口で携帯を耳に当て泣いている場面も見た。戦争が早く終わって、母国に帰る日が来ることを祈っている。しかしウクライナは欧州では最も貧しい国の一つで、汚職もかなりはびこっているという。ここの国での生活が長引くと、母国に帰る機会を失う人も出てくるかもしれない。ハンガリーやチェコの動乱の後、避難してきた人々の中に、20年後そんな人たちがたくさんいて、彼らと一緒に仕事をしたこともあって、そう思う。

英語には“て、に、お、は“ がないためか首相の米国議会での演説は、ユーモアも交え日本の国会の演説とは違って、滑らかだった。自民党は裏金問題で国民の信頼を完全に失い、最大派閥も、意に反して解散を余儀なくされている。首相の支持率は20%という辞任直前の数字だ。しかし責任の取り方を忘れた首相に、辞任を言い渡す大物政治家は保守党にはいない。こんな日本政治の質の悪さをニュースで見るにつけ、日本在住日本人でなくてよかったと思う。無責任な政治指導者を、無自覚な国民が支持し続ける不幸と、独裁大国に国を侵略され平和な日常生活を破壊される不幸。スウェーデンに移住して50年、この国に日本人のままで生きておられることに幸せを感じる。