ついに沖縄に到達した!
15日間の航海、途中、2箇所での風待ち。
この時期にわずか20ftの船で行くなんてキチガイ沙汰と揶揄されながらの計画だった。
天候、多くの人たちの暖かいサポートが後押ししてくれた。
立ち寄った南の島は想像通り美しかった。
海は、あこがれていた色をしていた。
泳いでいる魚たちはみなカラフルだった。
現実なのに現実を逃避している錯覚に陥った。
夢の世界に自分から近づくことが出来て幸せだった。
ついに沖縄に到達した!
15日間の航海、途中、2箇所での風待ち。
この時期にわずか20ftの船で行くなんてキチガイ沙汰と揶揄されながらの計画だった。
天候、多くの人たちの暖かいサポートが後押ししてくれた。
立ち寄った南の島は想像通り美しかった。
海は、あこがれていた色をしていた。
泳いでいる魚たちはみなカラフルだった。
現実なのに現実を逃避している錯覚に陥った。
夢の世界に自分から近づくことが出来て幸せだった。
沖縄回航の準備が最終段階に入っている。沖縄までの海図はもともと愛艇に積み込んでいたものを持っていこうと思う。こんな時に役立つとは思わなかったなあ。海図を見ながら頭の中でシミュレーションしているが、その通りになる訳は無いよな(笑)。
M県の友人が入港案内を購入してもって行けといってくれたので、途中、Mマリーナには立ち寄るつもり。
出発は娑婆のもろもろの後始末が終わらないといけない、立つ鳥後を濁さずだものね(笑)
おかげで、ずーっと、彼女から攻められて、今日はもう3回もいかされている(苦)燃え方が尋常じゃないわ!!
出発前に燃え尽きそうな勢いだもんなあ・・・
体力持つのかなあ???
しかし、さすが沖縄行き、最低限度のものを積み込むようにしても結構な荷物だ。
5:30 まだ暗い中、起床した。ガスボンベなどがないために暖かい飲み物はない。パンといなりずし、それに冷たくなった缶コーヒーで朝食を摂った。
天候は晴れ、気温-3℃くらい、無風。デッキは真っ白に霜が降りている。いかにも寒い冬の夜明けだ。ホッカイロを6個くらい身体に付けて、ブーツの中にも足用のホッカイロを装着して、寒さ対策を万全にする。その上に愛用のトラウザーズ、ジャケット、ハーネス付ライフジャケットとライフラインを装着した。
6:50 9.9馬力船外機を始動して暖気運転を開始する。若干エンジンの回転が安定せず、アイドリング中2回ほど停止するが、再始動が簡単に出来るのでありがたい。
7:00 出港前にO氏携帯電話の留守電に連絡入れる。各電源を確認したが、明るくなったためにマスト灯は点いているかどうか不明。
7:20 舫いを解いて出港した。後進を掛けると、固定レバーが硬く固定できなかったために船外機が浮き上がる。何とか元に戻して、前進では問題がないのでそのまま出港する。3本ある竹で作られた標識に沿ってコースを取る。エンジン出力80% 5.3ktアベレージ。出力を100%にすると、5.7~5.8ktがMax。前日の船底のカキ落としが功を奏したようだ。重たい船だが思ったよりも艇速が伸びてくれる。前後のピッチングは20ft艇のそれではなく、非常に安定感がある。
8:10 O氏のアドバイス通り、沖にある小島の東側を通過。視界6~7km。
8:30 メインセール展開。北東の風 風力1 波高30cm程度と、凪の中をこの冬にしては珍しく暖かくなった穏やかな周防灘を南下する。
9:00風が北から北西に振れる。ランニングで時おりジャイブする。オートパイロットがついていないために、手動で舵を取るが、概ね直進性はよいようだ。しかし、手を離してエンジンの向きを調節しながらまっすぐに走らせようと試みたが、オートパイロット無しではコースは安定しない。この辺りから潮流の影響か4.8ktに速度が低下する。
10:00 漁場で漁船が多く避けながら進行する。漁場を抜けると今度は本船が多く行き交う航路を横切っていくために気が抜けない。四方まったく陸地の影が見えない。
10:30やっとS島の島影を視認した。
12:20 S島に接岸した。漁協の側の突堤に付けて地元の人に買い物の間だけの停泊を許可してもらってから公園横の食堂で焼き飯を頼んだ。ここのソース味の海鮮焼き飯はお勧めだ。食料と飲料を隣の店で補給して船に戻り、ガソリン20Lを補給した。エンジンの音からして4サイクルにも思えたが、念のためにオイルを通常の量だけ添付した。
13:23 S島を出港。ランニングで機帆走する。風は北。風速が少しずつ上がってきた。真追い手のためにローリングが激しくなる。左右に約30度前後のローリングが続く。
15:30 K港沖 北の風、風力2~3 波高1m 潮目が確認できる。チョッピーな波の中でもコクピットはドライに保たれていてスプレーを浴びず快適だ。本船とすれ違う際の引き波に当たっても、船殻は結構頑丈なようで、いわゆるパシャンとかパタンといった軽い音がしない。排水型線形特有の波を切り裂いていく感じが良く分かる。そのために軽排水量型の船に比べると波に当たった後の速度低下が少ないようだ。エンジン出力50% 4.0ktで南下する。
16:30 O空港沖。再び出力を80%に上げる。4.3kt。空港進入路を横に見る位置で、西に進路を振ったので、ストームジブを展開した。エンジンを止めて帆走にすると3kt程度しか速度が出ない。これでは仕方なく再始動した。ここで夜間点灯の準備のためにバッテリー充電状況確認した。バッテリー2のメーターだけだが、約14Vで正常にチャージしていたのを見て点灯する。マスト灯が点かないので、予備で持参したランタンをマストに取り付けた。17:00過ぎ、日が落ちた。とたんに気温が下がり寒さを感じ始めた。
19:00 S浜沖 Kハーバーまでの進路240度にとってアビームで走っていると、多数の定置網を発見する。20mほど手前でかわして、前を見るとコース上に小さな明かりが点滅しているのが見えたために、大きくO市方面に南下してかわした。
20:00U汽船が後ろから接近してきた。しばらく並行して走る。
20:20Kハーバー沖に到着。セールを降下する。防波堤の上に彼女が出迎えてくれている。大きな声で「お帰り~っ!」の声。照れくさいじゃないか。ゆっくりと慎重に港口を目指す。
20:45 Kヨットハーバーに無事入港。O氏が自艇の灯火を点けて誘導してくれた。大きなトラブルはなかったが、久しぶりに12時間以上舵を取り続けたので、少ししんどかった。シングルハンドでのオートパイロットの有用性を改めて認識させられた。ただこの時期にしては珍しく穏やかな海を走ることが出来て幸せだった。
三が日が明け、日常の生活が戻ってきた。
しかし、今年の元旦は50%の確立で雨の予報だったが朝3時くらいには雨が上がり、ヨットの上からすばらしい初日を見ることが出来た。
仲間の船と3艇で出港して、いい元旦を迎えることが出来た。
妻は・・・
元旦から実家に里帰りをした。
当然のことながら、彼女と二人で過ごす事になった。しかし気持ちがざわめいてゆっくりとした気持ちにはならなかった。温泉に行き、雪山を眺めに行き・・・・その間も行き先を定めることが出来なかった。県内を走り回り、車で眠り、隣の県まで足を伸ばして、結局、古くからの友人の家を訪ねて、正月早々放浪の旅をやってしまった。走った距離は300km以上!
なんとなく、三が日にHをする気になれず、ずるずると過ごしてしまった。三が日にHしたら一年中しなくてはならない気になっていたから(笑)
その反動で、4日、堰を切った様に朝から激しいHをした。午後からもその勢いは止まらず、69で互いの身体を貪った。
精を放出した後は、男の性で虚しくなる。女は出来るならもっと欲しいというが、この気持ちの違いは、苦痛でしかない。
それでも彼女の身体を貪ることができ、彼女からの濃厚な愛撫を受け入れて、ある意味満ち足りた生活・・・
仇花という言葉が脳裏に浮かんだ。
終焉の予感を感じ始めて、結局先細りの一年が始まったようだ・・・・
慌しく、変化に富んだ一年が終わった。
新しい年の幕開けだ!
明けまして おめでとう ございます!
昨年はまったくなんという一年だったろう!自分の中では消化し切れないほど、たくさんのことが身に降りかかった。
今年は少しは良くなるのかな??
一年の計は元旦にあり、今年は少しは自重して過ごそう。
息子夫婦と孫に囲まれて、年越しをした。
私の両親はそれが気に食わなくて、挨拶に行った息子夫婦にも会おうとしなかった。これからますますこんな傾向が増してくるのだろうなあ・・・
年をとることで、先に光明が見えることは有るのだろうか?
そんな疑問を発しても答えは見つからず、ただ時間がやたら早く行き過ぎていく。
しかし、今日は 元日。
めでたい気持ちで一年を始めよう!
不肖の娘だが、良く考えると、夫は自ら子どもたちを連れて実家に帰った訳で、独り残された娘はしばらくは彼や子どもたちの帰りを待っていたんだった。1年以上も放り出されて、寂しさのあまり他の男に愛を求めたとしても止むおえないかもしれないなあ・・・
それでも成人した娘は、自分で始末をつけなければならないことは言うまでもない。社会的な責任を果たさなければならない。親としてアドバイスするにしても、自分がこの体たらくだとどうしようもない。
今また、酒におぼれ始めた。
今年は色々なことがあった。
地位を失い、収入源を失い、信用を失い、親友を失い・・・・
両親との確執、妻との諍い、
得たのは、彼女と過ごす時間。
ヨットに乗っても気持ちが奮い立たない。
ボランティア活動をすることは私にとって自慰行為に過ぎない。
何の解決策も見出せないまま、否それらから逃避したまま、今年が暮れようとしている。
四柱推命の占いでは思い切りいい年だったはずだが、私の軽はずみな行動で全ておじゃんになったようだ・・・
見事なくらいに、親の因果が子に報っている。
娘が不倫して、アパートととび出し、別の男と同棲しているだって!
その娘に諭すことの出来ない、浮気性の父親。
入院中の私の父のところまで彼氏を連れて行く厚かましさ!
だけど、そんな一般常識からかけ離れた行動は私も同じ。自分の気持ちを大事にするだけで人のことなどかまっちゃない。同じ道を親子で歩む不甲斐なさ・・・・
ついに、認知症がひどくなりつつある母親と衝突。
やさしくしてやればいいらしいが、理不尽な言葉に気持ちが収まらない。
これから続くこの状況をどうやって受け入れればいいのだろう?
唯一の救い。長男家族だけがまともであること・・・・
突然、降って沸いたように沖縄行きの話が飛び込んできた。
20ftの船を山口から沖縄まで回航する話だ。まだ本決まりではないのだが、クルーザーを手に入れてからのひとつの目標であった沖縄行きだが、屋久島までは行けたがこれまで夢の段階だった。
私の船では航海区域の変更をしなくてはいけないし、当然金が必要だし、時間も必要になる。今は時間は取れるが、金はない。そんなときにこんなウマイ話が舞い込んでくる。改めて私は自分の夢を叶える力が優れているのではないかと思えてくる。
しかし
今年の冬は寒い。寒いし気圧配置も見事なまでの冬型が続く。こんな中を、わずか20ftの船で沖縄まで行くことは、ある意味、自殺行為とも云えなくもない。それでも、行きたい。この時期の東シナ海を乗り切ることが出来れば、多分私の考え方にも変化が現れると思えるから。
彼女は反対した。妻は小遣いが入るならいいのではといった。切迫した財政状況では、命を懸けて回航することも必要ではないかと思う。が、なぜか妻の能天気に腹立っている(いい加減自分勝手だよな)
家では、認知症の母親がいる。病院には肝臓ガンの父親、大都市には3人の子どもを嫁ぎ先にほって、新しい彼氏と場所も告げずに生活を始めた娘。
まともなのは長男だけ。彼はまともだから私を憎む。
その彼に2番目の子どもが出来るとか。
合計5人の孫がいる私は未だ自分を見つけられずに、生活破綻をきたしていこうとしている。
今年の冬は見事に寒い・・・・・・
テーマに「酒とヨット」と書きながら、これまでほとんど彼女とのHと二重生活の話とかけ離れたものばかり書き込んでしまった。少し反省。
酒は、
この頃依存症になっているのではないかと思うくらい、飲んでいる。本当に、手元に金がないのに、何故かアルコールはゴロゴロしていて、飲むものには困らない。タバコを吸う人が小遣いに困ってもたばこ銭には困らないのと似た理屈のようだ。それでも、以前は本物のビールだったのが、第3の発泡酒に格下げになっている。焼酎は全ていいものばかりが漁師家に集まって、いつでも酒盛りの出来る体制だ。
ヨットは、
先週の日曜日に久しぶりに島周りのレースをした。適当な風が吹いて、楽しかった。ここでもぴったりと彼女がくっついているが、レース中は単なるクルー、思い切りこき使ってやった。おかげで気分良くストレスが発散できて、楽しい一日を過ごせた。4レースやって、全レーストップでゴール。まだまだ、若いものには負けられません(笑)レーティングで2位になったがこれも仕方ない。自分でも結構頑張ったと思う。
次の日から、思い切冬型の天候に変わった。これから本格的な冬場のヨットは辛くなるなあ。
両親こぞって病に倒れると、当然私にその介護役が回ってくる。
今流行の老々介護をしなければならなくなる。私も初老の域に達しているからなあ。
何せ、孫が4人、来年にはもう一人増える予定だから、立派な老人だろう。
その自覚もあまりなくて、他の彼女と恋愛に走っている。
熟年の家庭内離婚、節操のない身勝手な行動。年取ってのニートのような生活。
何か世相を先取りしているなあ(苦笑)
この後は、熟年自殺?・・・
見事な完結!!これは勇気?がないな・・・
今の生活の中で、結局彼女とのHが私の逃げ場になっている。
漁師家でストーブをつけて、がんがん部屋を暖めて、二人裸になって互いの身体をまさぐりあうことで
お互いの存在感を確認しながら、世間の鬱陶しさから逃れようともがいている。
多分このまま落ちていく予感がする。そこから脱出する気力もない。
やり残したことがたくさんある。今年中にしなければならないのにな。
しかし、
この先長生きをして何かいいことがあるのだろうか?
また、神様がくれたという「ボケ」になってまで、世間に手をかけさせる存在になってまで、生きていく必然性はあるのだろうか?