食堂から逃げるように出てきたキュヒョンはエレベーターを待ちながら大きくため息をついた。
エレベーターの扉が開き、乗っていた数人に頭を下げながうつむき加減で乗り込んだ。
「おいキュヒョン、どうしたんだそれ。」
乗っていた同期がそう言って額の怪我に気づき声をかけてきた。
「うん.....ちょっとね。名誉の負傷ってやつ。」
そう答えながら視線を上げるとエレベータの奥にシウォンが乗っていたことに気が付いた。
慌てたキュヒョンは目的の階ではない病棟で思わず逃げるようにエレベーターを降りてしまった。
(どうしよう、俺。シウォン先生に会うのが怖い.....)
あまりの緊張感で手足がしびれてきた。
落ち着くのを待とうと階段でゆっくり病棟に上がった。
病棟につくとナースステーションでシウォンが患者の家族と話していた。
誠実で、熱心で、自信に溢れているみんなのあこがれのDr.シウォンモードだった。
(俺にだけ、冷たいんだな......)
そう思ったら胸が苦しくて、息が苦しくて、立っていられなくなってしまった。
「おい、大丈夫か?真っ青だぞ!」
「だいじょうぶ.....」
ウニョクの問いかけにそう力なく答えるだけで精一杯だった。
そんな様子を患者の家族越しに見ていたシウォンは
真っ青になっているキュヒョンに駆け寄りたい衝動を自制するだけで精一杯だった。
シウォンは変わらぬ笑みで説明を続けた。
............
「失礼します。」
「あぁーキュヒョン。まぁ、そこ座れや。」
「はい。」
キュヒョンはヒチョルの医局に来ていた。
日勤の仕事を何とかこなし、準夜帯のスタッフに申し送りが終わったところで
ヒチョルから呼び出しが来た。
適当に断って帰ろうとしていたがそんなことはヒチョルにはお見通しで
かなりきつい口調で釘を刺された。
「さぁ、傷見せてみろ。」
そう言って額の傷を覗きこんだ。
「あぁ、パックリいったなぁ。これ。そうとう痛かったろ。」
「いえ、俺、言われるまで気づかなかったんで.....」
「ふーん.....」
「さぁ、これでよしっと.......引き攣れてるような気がするだろうけど、2~3日の我慢だ。」
そう言って頭をポンポンと叩いた。
「で、お前、どうした。」
「え......?何がですか?」
「どうした?何でそんな顔してる?」
「そんな顔って.....何ですか?それ。」
「ふーん。そっか。まぁ、いいや。」
ヒチョルはイスを反転させ、背もたれに腕と顎を乗せキュヒョンに問いかけた。
「お前、シウォンと同居するはずだったんだって?なのになんでこうなったんだ?」
ヒチョルがズバリと確信をついてきた。
「いや、それはシウォン先生が勝手に決めてたことで、俺は一言もそんな事......」
「ふーん。シウォンの早合点か。そりゃーお前、面白くないよな。」
「・・・・・」
「まぁ、あいつのお前の事になると見境なくなっちゃうのは困りもんだよな。」
「いや、はぁ.......まぁ......」
「それにお前も苦しそうだ。」
「・・・・・・」
「苦しいままじゃ辛いだけだろ?」
「そんな・・・・ことは・・・・・」
「楽しくない恋愛程辛くみじめなものはない。」
「そんな事思ったことないです・・・・」
「いや、お前のその顔見たらそうは思えないな。」
「え?いや・・・・・」
キュヒョンはヒチョルにどこまで話していいか悩んでいた。
「どうした?何が言いたい事、あるか?」
「・・・・俺・・・怖いんです。」
「怖い?」
「はい。怖いんです。」
「ん?何が怖いんだ?」
「先生の俺に対する情熱も、それに答えられるかわからない、
そんな価値があるのかわからない自分も、
もし、先生が俺に興味を持たなくなったらその時、俺・・・どうなっちゃのかとか・・・・」
「・・・・・」
「それに、俺なんかといることによって先生のキャリアがつぶれてしまうんじゃないのか。
だって、ほら、世間一般的には・・・とか・・・
一緒にいても一緒じゃないっていうか、先生いつもいないし。結局俺一人だし・・・
一緒に住んでたら俺、きっとどんどんいやな奴になってくような気がして・・・」
キュヒョンは抑え込んでいた気持ちを一気に吐き出したながら
自分の手を見つめたままため息をついた。
「お前はなぁ~、ほんと頭でっかちだな。自分ひとりで堂々巡りしやがって。」
「すみません。」
「いや、いいって。」
「どうしよう・・・先生怒ってるみたいだし・・・」
「キュヒョン。ここじゃなくてここ。そう言ったよな俺。」
そう言ってヒチョルがキュヒョンの頭をこつき、胸をつついた。
「シウォンはな、自分がお前を傷つけてるんじゃないかって悩んでるだけだ。
自分がお前に対してはどうしても冷静にいられなくなってるってわかってる。
だから自制してるんだそうだ。」
「自制って・・・」
「今回やりすぎたって自分でもわかってる。
でもそう言う愛し方しかできない自分に愛想つかされて
お前に別れでも切り出されたらどうしようかって怖がってる。」
「別れるって・・・そんな事考えたことないのに・・・」
「それならよかった。なぁ、キュヒョン。俺たちの仕事はなんだ?」
「え・・・?」
「俺の患者なんてのは虚栄心を満たすために来るやつも多いが
お前の病棟の患者はどうだ?今を大切に生きてないか?いつも見てないか?そういうの。」
「えぇ・・・確かに・・・・・」
「人の一生なんて自分の意思じゃどうにもならないって感じだろ??
どうなるかわかんない将来の事で悩んでるんじゃなくて、今どうしたいかまずそこからでどうだ?
四の五の言わず、飛び込んじゃえばいいんだよ。」
「飛び込むって・・・」
「あいつな、本当に嬉しそうだったぞ。お前と一緒に暮らせるって。」
「え?」
「あんな嬉しそうあいつ、見たことなかった。
うちに帰った時、お前がいると思うとどんなに辛くても頑張れるってよ。」
「こんな俺でも・・・?」
「何言ってんだよ。お前以外誰がいるんだよ。」
「でも、今日、口もきいてもらえない・・・」
「だから言ったろ!それはなぁ、怖いんだとさ。お前が怒ってるのわかってるし、
別れるって言われたらどうしようって。怖いからどうしても避けちゃうんだとさ。」
「先生そんな事・・・」
「あぁー全くめんどくせ-なー、お前ら。俺の手を煩わせるんじゃねーよ!」
そう言ってヒチョルはキュヒョンをハグした。