しばらく姿を表さず,すみません。

 

深海に潜っていました。

 

 

僕は音楽が好きで,昔はバンドなんかもやっていたし,

 

今でも時々ギター鳴らしながら歌ったりします。

 

 

尾崎豊って,やんちゃなティーンの旗印みたいなイメージが

 

世間一般的にあるかと思われるのですが。

 

多分,カリスマとかそんなんじゃなくて,

 

音楽表現が好きで,

 

不器用な正直者だったんじゃないかなと思います。

 

そんな彼をちょっとすれた若者が好んだのは,

 

その素直さ故なのかなと。

 

やっぱり,素直に表現するのって,

 

技術的にも精神的にも難しいですから。

 

 

 

ところで私は尾崎を,世の中に偶像化されてしまった

 

偉大な被害者の一人だと思っています。

 

 

彼はある程度の覚悟を持って,

 

素直な表現でその魂を吐露したのだと思うのですが

 

若者も,批評的な立場の大人も

 

多くの人間は彼のその覚悟の表現を

 

いかにもそれらしい解釈をして

 

「尖った十代の心」を表していると勘違いした。

 

盗んだバイクで走り出すなんて

 

さすがだな。かっけえな。

 

とんでもない。これだから若者は。

 

そんな声ばかりが聞こえてきてしまった。

 

 

多分,尾崎が叫んだのは,

 

答えのない,世の中を生き抜く術への疑問なのだと思う。

 

バイクを盗んだことや,窓ガラスを壊しまわったことを

 

叫びたいのではなく,

 

その先に,自分が向かうべき未来がきちんと存在しているのか

 

このままでは,今自分の目に映る,ぶっ壊してしまいたくなるような社会の歯車になってしまうのではないか

 

「大人達の支配に守られているうちに,それをうちやぶるつよさを持たなければ生きていけないのではないか」

 

そんな不安や疑問だったのではないだろうか。

 

 

それがたやすく曲解され,瞬く間に晒されてしまった。

 

尾崎はそんな世の中に,

 

先の問の答えを見つけることができないまま

 

二十代半ばにして

 

逝ってしまったのではないだろうか。

 

 

なんて,勝手な妄想でなくなった方を語る私も,

 

同じ穴のムジナなのだろうが。