残像感。 | 壇蜜オフィシャルブログ「黒髪の白拍子。」Powered by Ameba

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先日「DMラボ」の「妄想小劇場」内にて読ませていただいた壇蜜作の台本を、ちょっと編集して掲載いたします。皆様からの原案投稿、本当に感謝感謝でした。



*ブログネーム「妄想族特攻隊長」さまからのセリフ提供


『スーパーショット』





「風が出てきた…」

私のいる机の前には窓がある。最近は秋の昼さがりの気持ちよさから、晴れている日は少しの間開け放しておくことが多い。太陽の匂いが鼻腔をくすぐり、私は椅子に腰掛けたままううんとおおきな伸びをした。

午後4時すぎの保健室。パソコンでの作業を始めたのがざっと2時間前なので、わたしは2時間集中したぶんの気持ちの開放を大胆にしてみる。背もたれにだらりとよりかかり、腕を頭の上で組んだまま天井をながめた。

保険医としてここの学園に勤務してもう3年になるが、部活真っ只中のこの時間に「来客」がくることは少なかった。

(窓閉めよっかな)

天井を見つめたままうっすら目を閉じる。時々聞こえる「ファイトー」という声や、ボールがバットに当たる音、まだまだつたない吹奏楽の演奏などが風に乗って聞こえる。こうしていると、活発に動いている彼らの過ごす時間と、私がこうして窓の開け閉めすら億劫に感じているこの時間が、果たして本当に同じ速度で進んでいるのかどうかも疑問に思えてくる。

(やっぱり、閉めよ…寒い)

立ち上がり、窓に手をかける。すると、背後のドアからノックの音。

どんどん。

このたたき方は男子だな、と私は即座に判断する。「どうぞ」

「先生すいません、グラウンドでコケちゃって…」

体操着姿の男子が入ってくる。左のヒジに血のにじんだ傷を作っていた。何があったのだろう、派手に転がったのか、体のあちこち砂やら土やらが付着し、白い半そでのTシャツは泥だらけ。ふと傷口をみると、そこにも砂がついている。ヒジの傷のみのわりには、ちょっと汚れすぎだ。

「砂が傷に付いているから、消毒の前にちょっと水道で流してね」

私は頭を仕事モードに切り換え、治療の手順を説明する。

「あ…、はい」

「ここ使って」

男子を室内の洗面所に誘導し、流水で砂をあらい流すよう説明する。砂はすぐに落ち、ヒジの傷口が赤々と余計にあらわになった。

「じゃ、消毒するから座って」

私は男子を自分の椅子の前においてある円形の椅子に彼を座らせた。

「ちょっと痛いよ?」

消毒液の入ったボトルをピンセットで挟んだ脱脂綿につけ、傷口にあてる。すると、

「いいいいって~!…あー、しみるわ~…」

男子は叫びながら苦悶の表情を浮かべ、体を左右によじった。予想は出来ていたが、必要以上のリアクションが笑いを誘う。

「そりゃ痛いよこれ。ずいぶん派手にやったね。」

「ええ…、まあ」

部活の時間帯からして、体育会系クラブの練習中にした怪我だろか。

「何部でやっちゃったの?…あ、腕もうちょいあげて…」

「…いや、その…」

傷薬をぬり、ガーゼで傷口をつつむ。テープを貼りながら怪我をした状況を聞いてみる。グラウンド内の安全管理もかねて、是非聞いておきたかった。しかし、男子はなぜかもじもじとするばかりで、一向に状況を説明してくれない。

「どうしたの…?言いたくない…?」

一瞬喧嘩の線を予測したが、無理に問いただせば余計に口を閉ざしてしまう年頃なので、私も本人からは無理には聞かない。けが人が続くようであればグラウンドで練習をする部活の顧問たちに聞いてみればよいだろう。

「そっか…じゃあ今日は聞かない。夜も傷むなら今日のお風呂はシャワーで済ませてね。あったまると余計にじくじくするから…」

「ああのっ、、…違うんです!!」

「へ??」

いきなりの発言に、ついぽかんとしてしまった。

「すいません、違うんです…、俺、園芸部なんです…」

「…園芸…部」

男子は顔を赤らめ、こくりと頷いた。

「俺、グラウンドまわりの花壇の掃除してたんです。そしたらサッカーボールが…」

「当たっちゃったの?」

「いえ。転がってきて…、サッカー部の方みたらクラスの友達で、ソイツが蹴ってくれみたいなアクションするから…」

「するから…?」

「俺、ふざげて『スーパーショット~!!』とかダッシュして力入れて蹴って…」

「うん」

「…空振りしてコケました…」

部活の練習中でもなく、喧嘩でもなく…、男子の必殺技の失敗…。

「…え…あ、…そうだったの…」

かける言葉を見つけるのに数秒かかってしまったが、照れくさそうにしている泥だらけの男子がちょっとかわいらしく見えてきた。体操着やからだの汚れは、園芸部で土いじりをしたからだったのか。

「そっか…、まったくもう…やんちゃなんだから。アニメ見すぎよ。」

私は内心ほっとした。園芸部の男子が出すスーパーショットなら、蹴った瞬間に花の残像が出るかもしれない…今の時期なら菊だろか…なんて考える私もアニメの見すぎだ。

「でも、そういうとこ…きらいじゃないわ…」ふと、そんなことをつぶやいてしまった。

「え?」

聞きなおす男子にはっとする。

「なんでもないわ。とにかく、スーパーショットはしばらく封印して、ね」

冗談っぽく笑いながら男子を諭すと、さらに顔を赤くして立ち上がり

「あ、ありがとうございました!!失礼します!」

ばたばた。がちゃ、ばたん。

間髪入れることなく即座に立ち去っていった。

夕方の珍客が去ったあとの部屋は、消毒液に混じって秋の土の匂いがした。