女子箱。~fly me to you編~ | 壇蜜オフィシャルブログ「黒髪の白拍子。」Powered by Ameba

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「ねっ、…藤平さぁん」

ツンと背中を指で突かれる。
聞き慣れない声と指の主は、同じクラスの夕(ゆう)だった。



視聴覚室での授業が終わり、教室へ戻る渡り廊下を歩いていた藤平雪乃は、突如呼び止められた。中学卒業間近の英語の授業は、いつものような単語テストや英訳ではなく、クラス皆で映画DVDを観るという何ともお楽しみに満ちたものだった。英語の教師が用意したDVDは、数ヶ月前に封切りされた、誰もが知っているであろう人気のファンタジーアドベンチャーのだった。すでに「映画館で観た」と不満めいた意見を漏らす生徒もちらほらいたが、いざ上演となると皆真剣に、時には笑いながら映画の世界を堪能していた。もちろん、音声は英語で。


今回その映画を視聴覚室の大きなスクリーンで初めて観た雪乃にはファンタジーの壮大さは刺激が強すぎたようで、非現実的なストーリー展開から覚めやらぬまま、ぼんやりと教室へ向かっていた。すでに部屋を出て画面の電源は切れているのに、未だ火を噴く凛々しいユニコーンの銅像や、氷でできたお城に住む美しくも冷たい目をした王女の姿が雪乃の脳裏にちらついていた。


そんな「脳内リプレイ機能大活躍中」の雪乃だったので、同じクラスの級長、多奈川夕に呼び止めらることは、不意打ちに輪をかけて不意打ちだったようだ。


「ふぇっ!?」
あまりにも素っ頓狂な声に一瞬夕が指を引っ込めひるんだが、にこりと首をかしげ雪乃に本題を持ち掛ける。

「ね、ね、今日放課後時間ある?日浦さんがね、今日ちょっと都合悪いみたいで…。藤平さんに『ありがとう会』のしおりを作るの手伝ってほしいんだけど…」

ありがとう会、というのは毎年学年が終わるごとに行うクラスのお楽しみ会のことだった。クラスの先生にありがとう、友達にありがとう、教室にありがとう、といった感謝の気持ちを込めて教室に飾り付けをして、先生を交えお茶やお菓子をいただきながらゲームなどで盛り上がり、プレゼント交換を行うというイベントだった。雪乃のクラスは今年はビンゴゲームと、フルーツバスケットをメインにワイワイと楽しむ予定らしい。


「いきなり頼んでごめんね…。教養部の副委員っていったら藤平さんだから、ピンチヒッターでちょっとだけ手伝ってほしいんだ。しおりまとめて買い出しのリスト作るだけ。2人でサクサクやれば1時間もしないと思うの」


雪乃の学校はクラスを出席番号順に5~7人のグループで6つに分けており、それぞれが総務、教養、体育や保健など学校行事をジャンル別に分担して運営していた。雪乃はクラスのレクリエーションや課外授業などの進行を補佐する教養部のグループだった。各グループには代表の委員が1名おり、日浦さんは雪乃たちの委員だった。当然、6つの委員をまとめる役として級長の夕がいる。


(そういえば私、副委員だった…。)
日浦さんは面倒見もよくしっかり者だったので、副委員に任命された雪乃の仕事は記憶する限り数える程しかなかった。まぁ、だから委員に選ばれたんだろうけど…


「あー…、うん、いいよ全然大丈夫。お手伝いね、できるよ。」

副委員だったことを既に8割がた忘れていたことをカモフラージュするかのように、コクコクと頷きながら答えた。


「ほんと!?ありがとう~。助かったよ!じゃあ、ホームルーム終わったら一緒に職員室行って、資料コピーしてもらいに行く所からね。」
胸の前でぽんと手を合わせながら明るく笑う夕を見て、副委員だったことを忘れていることは気づかれていないな、と雪乃はちょっぴり安心した。


「じゃっ、あとでねっ!」
雪乃はすたすたと自分を追い越し、教室へ向かう夕の背中を何となく目で追った。さっきの笑顔といい、この歩きかたといい…

神様はこうも人間を可愛くも隙なく作れるものかと、一人で妙な問いかけをしてみた。