絵における・・上手さを超えた、その向こう。。
絵を描く者が目指すべきものって何だろう。。
ふと、そんなことを思う時がある。
もちろん、ひとくくりに語りきれるようなものでは
ないことは最初に断っておかなければならないけど。。
まず、絵の第一段階として、いわゆる上手い絵は・・
誰にでも描ける。もちろん、一定期間は伴うけれど。。
で、絵を描く以上、ある程度は、「上手く」なければ
話しにならない、一般論として。。
なので、絵を志す人は、デッサン教室や絵画教室などに
いくなり、、もしくは専門の教育機関で学んだりとなる。。
そこでとりあえず、、「上手い絵」は誰にでもといったら
語弊があるけど、上手くなっていくことができる。。。
「絵」は・・簡単に言えば、デッサン力があって
彩色がきちんと出来ていれば、
誰からみても、それなりに「上手い絵」にはなる。。
でも、それは巷に氾濫しているし、
見る人も、「あぁ上手いね」「綺麗だね」などと
そうした感想だけで終わることも多い。。
やはり、問題はそこからだと思う。
さらにその先の「表現」をどう構築できるか
という部分は大きいと思う。。
もちろん、ふつうに「上手い」という部分をとっても、
さらにそれを極め、超技巧的に・・スーパーリアリズム
くらいな世界にもっていければ、それはそれで
人を圧倒することはできるし、そういう世界の画家の人も多い。。。
常人が簡単に踏み込めないような世界は、
それだけで人は憧れを持ったりするもだし。。。
なので、そういう方向に進むのであれば、まずはとことん
ひたすらに「技」を磨きつづけるほかないのだけど。。
それはそれとして、、最初に言った「上手さ」とか
「技量」を超えた部分で、人の心を打つものってなんだろう。。
絵における・・さらに大事なものとは。。。。
結局、それは、その絵のもつ「情趣」だったり
「味わい」だったり、、「わびさび」だったり
「かわいさ」だったり、「美的センス」だったり、
なんらかの感性に訴えかけてくる心的世界の表現性に
ほかならないのでは、と思うのである。。
僕が絵を描くものとして・・ではなく、
一般ユーザーの感覚として、一つの経験をいえば・・・
こんなことがあった。。
もう15年も前の話し。。絵を描きはじめたのが
約10年前だから・・・さらにその5年前になる。。
普通に絵は好きだった。。
それで、その当時に、伊勢丹美術館で開催されていた
「コーンコレクション展」というのを観に行った。。
ダリ・・ピカソ・・・マチス・・・ゴーギャン・・
ヨーロッパの財閥コレクターにおける
巨匠達の名画コレクション展といった内容のものだ。。
どの絵もすごいものばかり。。。
でもその中で、ふと釘付けになった「一枚の絵」があった。
その絵の前に来たとき、、心が一瞬にして絵の世界に
いざなわれていって・・・しばし呆然と眺めていた。。
そして・・・「誰が描いたんだろう、この絵」と
キャプションに目を落とすと、それはピカソだった。。
意外だった。。。。
当時の・・とても美術知識もない自分の中では
ピカソ=わけのわからんカラフルでポップな絵を描く
人だったのだけど、、もちろん、、初期における
悲しげな作風の「青の時代」くらいは知っていたけれども、、
それにも、有名となったキュビズムの世界にも
当てはまらない絵だった。。。
これピカソが描いたんだ・・・・。。
と、それにもビックリした。。
その絵がコレ。。↓

なんと詩情性にあふれてるというか・・・
母の優しさとか、それに包まれる子供の安心感とか
見る者にして幼い頃の郷愁へ誘われるというか・・・
もうその絵のもつポエトリー性というか・・
そういうものが心の奥にすっーと静かに響いてきて
その心地よい心の状態に、、30分くらいは眺めていたかな・・。
(けっこう混んでたけど/苦笑)。。
そして会場を出て、ミュージアムグッズコーナーに
行くと、なんと、コーンコレクションの特別限定の
複製画として、この絵が売られていた。。。
たしか58000円とかそんな金額で、、
しかも29歳とか・・そんなにまだお金も持ってない時に
つい無理して買ってしまった。。。
複製とはいえ、「本物」は億の単位のはずで
一生買えるはずがない。。複製でもいいから買いたいと
心からそう思った。。。
ちなみに、翌日、いきつけの名曲喫茶に行ったら、
常連客の仲良くしてる人も観に行っていて、
コーンコレクションにいき、この「母と子」の絵に
とても感動したと話しかけてきた。。
(わし、複製画買ったといえば、驚いてたけど^^)
そしてその絵は今でも、、我が家のリビングに飾られている。。
そして、いまなお、飽きない。。。
いまなお、時折、、、見つめ癒されている。。。。。
すでに有名であるが、ピカソは中学にして
美術の先生が驚愕するほどの古典絵画技法による
絵などかけていて、、美術学校における成績も
すごく優秀だったわけだが・・・・、、
若くして、有名になり、すでにのぼりつめてた
円熟期にこんな絵を描いたのがまた素晴らしい。。と思う。。
彼の画家としてのスタートから晩年をみても、
ただ単に上手い絵というのは
とっくに興味がなかったように思える。。。
いつもどんなスタイルのものを描くにせよ、その先の
絵から放つ「精神の世界」をどう表現するかに
もっとも心を砕いてたように自分は思う。。。。
自分も、もちろん、技術や技法は
磨けるだけ磨いていきたいと思うけれど、
やはり何より、、絵って、その作家の
大袈裟にいえば「魂の世界」であると思うし、
自分の中に生まれるポエトリーを
キャンバスの中の「形態と色」の中に
埋め込んでいきたいと思う。。。。
それが抽象的なものであれ
写実的なものであれ・・。
そして、絵に「心」が宿っていれば、
必ずいつかその絵は、出会いさえあれば、、
誰かの心に響いていくものとなるはず
と、そう思っている。。。
♢
昨日の二人展では
白倉と小原の3枚の絵に・・
「出会い」がありました。。。
ありがとうございました。。。
※現在、売約の詳細は公開しないことに
してますが、ご購入頂いた方は
ご自由にブログ等にアップして頂いても
それはまったく問題ありません。。