芸術に対する思考の随想的断片。
(思索のためのプチ日記だったりする。。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自分の中から湧きあがってくるものを
何かの枠に当てはめようとしている。
取り決められた世界を壊したほうが
そのままポエムになるのに。
アウトサイダーでもなく
インサイダーでもなく
それらは枠組みにすぎないのである。
人はいつもフォームを作りたがるが
そのカタチのなかで足かせをも作っている。
アカデミックな世界にいるものも
たんにそれに添う必要はないのだ。
創作は自分の中から湧き上がるものだからだ。
アングルが背中を大胆に長く描いたように。。
♢
もうこの世界は残念なことに
いやある意味、喜ばしいことでもあるが
溢れんばかりの思想や芸術がある。
君の居心地いい場所を見つければいいのだ。
心に宮殿を夢見る者。山里の民家に安らぎを得る者。
パリの裏通りあたりに心惹かれる者。。
君が好む場所に、君の思想の種は眠っているのである。
そして、たくさんの音がある。たくさんの色がある。
それらを組み合わせ紡ぎあわせて
音楽や絵画が生まれる。
君の好きな場所で、君の組み合わせ方、
君の織りなし方というものがあるはずだ。。
それが君のポエムだ。
君の心こそ君のオリジナルだ。
♢
この世界には、いまだゲーテが活躍していて
いまだモーツァルトも活躍していて
いまだダ・ビンチが活躍している。
芸術こそが永遠の命をもつ。。
それ以外の世界ではいつも
建設と破壊が繰り返されている。
「永遠」にもしも連なることができたなら
君の命もまた「永遠」だ。。
これほどのロマンはないかもしれない。。
少なくとも君が描く絵は
君の寿命よりも長生きすることだろう。
油彩ならば何百年も生きることだろう。。。
だからチャンスは何百年もある。。。
♢
オレが好きな絵は、いつもアートフォームを問わない。
現代アートのなかにも好きなものがあるし
古典画の中にも好きなものがある。
フォームより、その絵が何を有しているかが
オレには大切な要件だ。
ある絵は・・暖かさに満ちあふれいる。
ある絵は親密さに満ちあふれている。
ある絵は哀愁に満ちあふれている。
ある絵は知性に満ちあふれている。
そう、そんな風にして
何かが詰まっているものである。。
それを感じた時、それを好きになる。
ある誰かに、何かを感じさせるものが
自分の作品にはあるのだろうか・・。
自分の作品に対する最終的な審査はいつも
それが基準であり、フォームそのものではない。
♢
キッチンの窓辺にならんだ、ありふれた空き瓶。
瓶そのものは、「瓶」以外の何者でもない。
しかし、朝日が差し込み、光りの反射を伴った、
その表情に、瓶以上の価値が生まれる瞬間がある。
美術とは、「術」であるその技術の根底に、
何を感じ・・何を切り取ったり・・何を抽出したり・・
といった、自身の感覚の詩が根底になければ
なんの意味の見い出さないように思える。
でなけば、巨匠の絵画ポスターでも買っている
ほうが、美術として価値があるかもしれない。
キャンバスはキャンバスでしかない。
絵の具は絵の具でしかない。
何を見いだしていくべきか。。。。
自分のとっての光りとは。心の詩とは。。。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(※個人における個人的感想です)

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自分の中から湧きあがってくるものを
何かの枠に当てはめようとしている。
取り決められた世界を壊したほうが
そのままポエムになるのに。
アウトサイダーでもなく
インサイダーでもなく
それらは枠組みにすぎないのである。
人はいつもフォームを作りたがるが
そのカタチのなかで足かせをも作っている。
アカデミックな世界にいるものも
たんにそれに添う必要はないのだ。
創作は自分の中から湧き上がるものだからだ。
アングルが背中を大胆に長く描いたように。。
♢
もうこの世界は残念なことに
いやある意味、喜ばしいことでもあるが
溢れんばかりの思想や芸術がある。
君の居心地いい場所を見つければいいのだ。
心に宮殿を夢見る者。山里の民家に安らぎを得る者。
パリの裏通りあたりに心惹かれる者。。
君が好む場所に、君の思想の種は眠っているのである。
そして、たくさんの音がある。たくさんの色がある。
それらを組み合わせ紡ぎあわせて
音楽や絵画が生まれる。
君の好きな場所で、君の組み合わせ方、
君の織りなし方というものがあるはずだ。。
それが君のポエムだ。
君の心こそ君のオリジナルだ。
♢
この世界には、いまだゲーテが活躍していて
いまだモーツァルトも活躍していて
いまだダ・ビンチが活躍している。
芸術こそが永遠の命をもつ。。
それ以外の世界ではいつも
建設と破壊が繰り返されている。
「永遠」にもしも連なることができたなら
君の命もまた「永遠」だ。。
これほどのロマンはないかもしれない。。
少なくとも君が描く絵は
君の寿命よりも長生きすることだろう。
油彩ならば何百年も生きることだろう。。。
だからチャンスは何百年もある。。。
♢
オレが好きな絵は、いつもアートフォームを問わない。
現代アートのなかにも好きなものがあるし
古典画の中にも好きなものがある。
フォームより、その絵が何を有しているかが
オレには大切な要件だ。
ある絵は・・暖かさに満ちあふれいる。
ある絵は親密さに満ちあふれている。
ある絵は哀愁に満ちあふれている。
ある絵は知性に満ちあふれている。
そう、そんな風にして
何かが詰まっているものである。。
それを感じた時、それを好きになる。
ある誰かに、何かを感じさせるものが
自分の作品にはあるのだろうか・・。
自分の作品に対する最終的な審査はいつも
それが基準であり、フォームそのものではない。
♢
キッチンの窓辺にならんだ、ありふれた空き瓶。
瓶そのものは、「瓶」以外の何者でもない。
しかし、朝日が差し込み、光りの反射を伴った、
その表情に、瓶以上の価値が生まれる瞬間がある。
美術とは、「術」であるその技術の根底に、
何を感じ・・何を切り取ったり・・何を抽出したり・・
といった、自身の感覚の詩が根底になければ
なんの意味の見い出さないように思える。
でなけば、巨匠の絵画ポスターでも買っている
ほうが、美術として価値があるかもしれない。
キャンバスはキャンバスでしかない。
絵の具は絵の具でしかない。
何を見いだしていくべきか。。。。
自分のとっての光りとは。心の詩とは。。。
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