法廷での「反省」に思う。。 | 画家の雑記帳

法廷での「反省」に思う。。


ニュースをみていて
よく思うことがある。

最近では・・
「耳かき店・店員殺人事件」とか。
頭・顔・首など中心に20回以上も
メッタ刺しという凶悪な殺人事件とかしておいて、
捕まって、法廷に引きずり出されれば、、
量刑を少しでも減らしたいのか、、
「反省」の弁。。
「被害者家族の方々に・・」云々とか。。

僕が裁判官なら、
「調子こくな」と思うだろうな。。
反省がいけないとはもちろん言わないけど、、
たいてい、どんな事件を起こしても、
裁判に出ると、しくしくと
反省の弁を述べるもんだけど・・

もし、本当に反省してるのなら・・、

一日でも多く刑を長く受けて
罪をつぐないたいです、とか
犯罪内容によっては・・
死刑になって当然と思っています、とか
そんな言葉と表明のうえで、
そこから反省の弁をすれば
まだわかるんだけど。。

なんだか、、自分の感情や欲望のままに
好き勝手やって、残酷なまでに
人をめっちゃくちゃにあやめたりして、、
で、捕まったら、毎回のように
「申し訳なさでいっぱい」などとか
言ったて、、、結局は潜在意識や魂の状態が、
もう「自己保身でいっぱい」なんじゃないの・・
と思ってしまう。。

多くの場合、弁護士の言われるままに
量刑を軽くさせるための
「セリフ」のように聞こえてしまうことも
多い。。

今回のこの事件の少し前、
犯人は定期券を買ってるから
計画的でないといってるけど、、
単に躊躇してただけだと思う。。
でも、結局は自分の身勝手な感情を
押さえきれず、、「殺してやる」と
ナイフなど購入したにすぎない。。
ひどい話しである。。

秋葉原の事件でもなんでもそうだど
思うけど、人を殺すために凶器まで買って、
その目的の場所に向かってる時点で
もう充分、計画的でしょ、、といいたい。

死刑そのものについては
賛否両論あるし、ここでそれを
焦点に論じるつもりもないけど、、
少なくとも、そこまでの罪を犯した人は、
生涯を終えるまで牢獄にいて
罪を少しでも償ってもらいたいものだ
とそう思う。。。
海外のように懲役100年とか、、
あっていいと思う。。。

この10年ほど、ほんと
あまりに人の生命を軽視した
残忍な事件が多すぎる。。。
なんでこんな事件が
いつまでも増え続けてるのか・・
理解に苦しむ。。。。


ペタしてね


重~い記事ですみません。
昨晩のニュースみて、、
あまりに心痛めたました。。
僕が裁判員なら
断固、許せない。。。
それしかないような感じ。。。
ああいうことする人間に、
優しさとか、情状を酌量する必要なんて
あんのかな・・、、なんて思ってしまう。
(あくまで個人的見解ですが・・)