アートの意味という問題 | 画家の雑記帳

アートの意味という問題


美術の世界には・・たくさんの
「アートとは」の定義が転がっていたり、
時に・・どうあるべきかをめぐって
バトルをしていたり・・しています。。
一つの絵に対して・・
「癒し」なんてという人もおり・・
「絵には思想がないと・・」という人もおり・・
画廊してる人も、評論家の人も
そして画家自身も・・それはそれは
いろんな主義があったりします。。

でも、結局・・・
どんな高尚な理論の組み立てで
なぜそうなのかと持論を説いたところで、
そもそもアートは・・一元的に定義できる世界
なのだろうか・・とよく思う。。

たとえば・・
意味を求めたり・・思想性を求めたり・・しても、
それはまさにコンセプチュアルアートのように
「思想」や「意味の提議」、「発想」などが
作品の重要な要素なら・・、
それはそれでもちろんそうだと思う・・
のだが・・、でもそうした現代アートの人が
「癒し」って感じのファンタジックな絵に対して
こんなのアートじゃない、とか言うとしたら
それは筋違いな気がする。。
ジャズがPOPSを馬鹿にするようなものである。
また、癒しの絵の人が・・現代アートとか
こんなわけのわからんもん描いて、
ひとりよがりの自己満足かい?
と言ったところでそれも意味がない。。
たとえば、キャンバスに丸描いてるだけやん!とか。。
どちらも子供の喧嘩のような気がする。。

ファインアートしてる人は
どこまでも美の追求をして・・
見る人をして・・「あ~なんて美しいだ・・」と
ひとときの心に喜びや潤いを与えれたら
それで本望のはずだし、、、
現代アートの世界の人は・・
自身の思想的な世界を世に投げかけてゆければ
それでいいのだし・・、
まぁ、たとえとして単純に2つにわけたけど・・
アニメを取り入れた絵でも
思いっ切り抽象画でも
可愛い世界の絵でも
ともかく自分のめざず
それぞれのアートの中の分野で・・・
自分の心の世界を表現していけばそれでいいと思うし、
けっして答えは一つじゃないと思うんだな。。
こうであねばならぬといった
そんな偏狭なもんではないとそう思う。。

ありふれた林檎や花瓶などの静物画でも
すごくいいものはいいし・・
わけのわからん抽象画も、、いいものはいい。
それだけ。
ちなみに抽象画でいえば・・、
私、絵がわからないから・・とあと怖じする人が
いるけど、、知識なくても、素直な目で
感じるままに見ればいいと思う。。
たとえば服とかでも、いろんなわけのわからんデザイン
の色柄モノがあるけど、なんかこれ好き!とか
で買ったりすることあるでしょ。。
そんな感覚で絵を見る時にも、
まずはそれと同じような目でみれば・・
それでいいと思うんですよね。。

ともあれ、、あんまり知識だけでゴチゴチに固まって
絵とはこうだ、、アートとは・・と
こむずかしく向き合っていくと・・・
描く人も、、、鑑賞する人も・・・
大事な部分、見えなくなりづらくなるかも。。

以前、美術館で、、海外の古典美術の巨匠を絵
を観てたら・・・たまたま隣りにいたおばさん2人組が
「まぁ・・・すごい上手ね~」
などと感嘆しあっていた(笑)
アングルだのレンブラントだの
ああいう絵をみて「すごい上手」としか言えない
その語彙の少なさはいかがなものかと思うが(爆)
少なくとも素直に感動してたことは間違いない。。

それだけで、アートの役目も果たされてると思うし・・
鑑賞者も満足してるのだから、誰も文句いえないはずだ。。

もちろん、深く美術の造詣を深めて・・
その目で観ていくことも大事で素晴らしいことだし、、
そうした造詣を語ることも
そこから生まれた自分なりのアートの持論を
主張することも意義あることだと思うけど、、、
人それぞれのいろんな感じ方があってしかるべき
であるので、、、あまり・・
作家も批評家も・・これが上、これは下と
白黒つけたがるのはやめたほうがいいなぁと
個人的には思ってる。。。

クラッシックだってロックだって
ジャズだって歌謡曲だって・・
いいもんはいいんである。。

ただ、それぞれの分野で
クオリティーの差はあると思う。
駄作なロックだって、いかしたロックだって
あるように。。。
それだけのことだと思うんだよね。。

アートの世界も
多様性を認め合っていきたいもんですね・・。

なのでそういう部分で・・、
アートとはって・・あまり
意味を求め過ぎるのは・・、
僕は無意味だと思っている。。

ペタしてね

関係ないですが、
そうめんや冷やし中華がおいしい季節に
なりましたね^^

ではまた~♪