文章と絵画制作。〜欲求不満とモチベーション〜
まず、文章の話しから・・。
上手いとか下手とか
そういう次元での話しではなく、
僕自身が「文章」というものに
ついて感じていること。。
僕は、小さい頃からおおよそ、
文章を書くときに
悩んだということがまずない。
小さい頃から、学校の作文でも、
原稿用紙が配られたとたん、
いきなりすらすら。
まず一行目がすぐ浮かぶ。
それに連動して2行目が出てくる。
そして3行、4行・・
よどみなく進んでいく。。
これは詩でも同じ。
すべて即興詩であり即興文である、
といっても過言でもない。。
とにかく喋るように書ける。
口の変わりに手が動いてるだけの感覚。
というか、口で話すのは時として苦手だが
文章だとなぜかすらすら出てくる。。
そんな感じなので、ブログでも
毎日、長文の記事がどんどんアップできる。
さしたる苦もなく、楽しんで書いている。
時に、内容がどうあれ、また、人から読まれる
読後の感想もひとそれぞれで様々でしょうが、
自分では満足してる。。。
「文章」の世界に関して、なんら欲望もないし、
興味がない。。日記でも詩でも
ただ思うがまま感じるがまま綴るだけである。。
なので、文章に関しては、
いささか、努力とか精進とか
そういう感覚になったこともないし、
きっとこれからもない。。
しかし、絵画となると、これがまるで違う。。
絵は好きだし、こうしていろいろ描いてきて、
個展でも発表し、画家として絵画の販売も
いろいろしてきたのだけど・・
いつも描きながら、
たいてい、あ~でもない、こ~でもないと
苦悶する、苦悶するほうが圧倒的に多い。
制作途中で煮詰まって、
そのままわけわかんなくなり
押し入れで眠ってしまっている
未完成品もいろいろある。。
それだけに、一枚が
完成したときの充足感は
特別なものがある。
もちろん、本当の意味での完成はない
のだけど、これを話し始めてたら
ちょっと哲学的な話しまでいっちゃうので
やめとく(笑)
というわけで、絵画制作は
すらすらと思い通りに
表現したいまま描けるわけではなく、
逆に、制作の苦悶や欲求不満があるからこそ
より燃えるのかもしれない。。
だからこそ、もっともっと深めていきたい、
いろんな技法もものにしていきたい、、
(だからいろんなスタイルの絵も描いてる)
そんな欲望や精進する気持ちも
わき起こるのだと思う。。。
そう、上手くいかないから、
その自分を征服したいという気持ちが
どんどん湧くのである。。