画家と画廊(第8話)〜巨匠のエピソード〜
前回の記事では
個展での『値段』ということに関して
いろんなエピソードを交え
話しさせていただいた。
思った以上に反響があり、また
このシリーズ展開の中、
数多くの感謝メッセージなど頂きました。
とても嬉しく思っています。
(たぶん10話ほどで最終回と思います)
さて『値段』に関しては、あと少しだけ
話しておこうかな~と思います。
前回では画家が決める「値段」で話しましたが
逆に画廊が値段設定するというところもあります。
特に老舗系の大手の画廊である場合が多いですが・・。
ちょっと関係したエピソードがあります。
ずいぶんと昔読んだりしたところからなので
記憶が曖昧ではありますが・・。
私の好きな画家の一人
昭和の巨匠「池田満寿夫」さんの話しです。
ちなみに、知ってる人は多いはずですが
「絵画」だけでなく、小説では「芥川賞」を
獲られ、しかも映画化までされました。
すごく多才な画家でもあります。
そんな池田氏も若い頃は、とても貧乏で
「売れない時期」というのもがあり、
酒場では、そこの客たちの似顔絵を描いたり
新橋駅などで自作の抽象画を売ったりしてました。
しかも抽象画1000円とか・・。
当時買った人は、いい財産ですね^^
本人も決してそんな値段はすごく不本意だったと
そう思います。でも、「絵画」で食っていくと
腹を決めた以上、日銭を稼がないと食べていけない
背に腹はかえられない状況でした。。
その後に、やっと銀座の名のある画廊で
招待展とかできるまでになるのですが、
それで最低限の生活は補償されることとなるものの、
やっと画家としての自負や誇りもでてきたというのに
画廊に満足いかない値段設定され、
しかも大幅なコミッションも持ってゆかれる・・
長年の苦労は報われない感じだったようです。
実際、たまに招待展できるクラスになっても
とりあえずは食べていけるだけで、一般の同世代の
サラリーマンのほうがぜんぜん年収もいい状態。
命懸けてるというのに・・。
とはいえ、やっとつかんだ生活基盤となっている、
しかも若手だった自分に目をつけて
育ててきてもくれたその画廊に
いろいろそのやり方などに文句つけて
喧嘩するわけにもいかない。。
そうしたジレンマを抱えながら、
でも甘んじてそれを受け入れていたようです。
でも着々と実績を積み、数年後、転機が・・・。
なんと、美術界のアカデミー賞ともいうべき
ベネチアビエンナーレで国際大賞を受賞。
その一方が彼の耳に入った瞬間、
彼は真っ先に、自分の専属画廊に電話したという。
およそこんな内容・・・
「これからは自分を絵の値段を3倍(記憶が不確かです)
にしてもらう。だめなら、もう他の画廊でやっていきます」
みたいなことを言ったそうです。
でも、それも考えようで・・
事実そんな賞を獲った日には
テレビニュースでどんどん騒がれるレベルですし、
世界中の画廊や美術館から
すごいオファーがくるのが目に見えてますから
そんな数倍程度では、逆に人が良すぎるというか。。。
今回のエピソードはあまりに特異な例ですが
画家というのは、ある程度のレベルになっても
けっこう厳しいものだと思います。
現在も一般的な公募などで数多く受賞していても
なかなかそれだけで安定した収入は難しいもの。
それに美術の世界でもそれなりに流行すたりもあるもの
ですし、たとえそれだけで食べていけたとしても
ボーナスも退職金もない世界ですし。。。
前回は、駆け出しの頃は出来る限り安くと
いいましたが、そういう点で、
ある程度、売れるようになってきたら、
直接生活と結びつく「値段」というのも
自ら納得いく適正価格が必要だし、
その値段でその後の売れ行きも維持していくための
それなりの政治力も必要だと思います。
企業でも、営業があり、戦略があり
そうして大きくなってゆくのですから。。。
ただ描いて、周りの取り巻きの言いなりだけでは、
「絵だけで生活している画家」
にとっては、まだまだ日本の美術界の環境は
ぜんぜんじゅうぶんなものではないですし・・。
というわけで、次回は
画家の営業・政治力ってことも
触れていこうかな~と思います。。

ではまた~♪