(私的絵画論)そこにキャンバスがあるからだ。 | 画家の雑記帳

(私的絵画論)そこにキャンバスがあるからだ。


~サブタイトル・私と絵画とそのテーマ~

※今回は少々長いです。自分の気持ちをまとめるためにも書きました。
絵とそのテーマ性における独自の絵画論の展開します、
やる気のある方だけついてきてください(^^;(笑)

なぜ、山に登るのか、そこに山があるからだ。
と、かつてある著名な登山家は言った。

彼は純粋に純粋に好きだったのだ。そして登山をこよなく愛していたのだ。
そこに、意味も理屈もヘッタクレもないと、
そういうことを言いたかったんだと思う。

最初の頃の記事で、太宰さんの
『芸術に、意義や利益の効能書を、ほしがる人は、
 かえって、自分の生きていることに自信を持てない病弱者なのだ。
 たくましく生きている職工さんなどは、いまこそ芸術を、美しさを、
 気ままに純粋に、たのしんでいるのではないか。』(太宰 治)
っていう言葉を紹介した。

僕も、その太宰さんの言葉をかりれば
そんな気持ちで絵を描いてるし、それ以上のなにものでもなく、
ただ、絵が好きなので、
なぜ、絵を描くのか、そこに、キャンバスがあるからだ。
としかいいようがない。これがまず大前提。

さて、少し話しは変わりますが、
よく自己の確立とか、絵でも自己の画風の確立
みたいなことがよくいわれる。
そのために描いてるみたいにいう画家も多くいます。
それはそれでとても素晴らしいと思うのですが、
僕はそれほど高尚な人種でもないので、
そんな風になかなか思えないのです。
その時々に好きなもん描けばいいじゃん、って自分に思うのです。

過去の偉大な画家で、僕が精神的な面で踏襲していきたいと思うのは
ピカソで、彼と、その他の多くの偉大な画家との違いは、
なんといっても、「変遷しつづける画家」ということです。
青の時代からキュビズムにいたるまで、そのスタイルも色の世界も、
どんどん、どんどん変貌をとげていった。
すでに画風を確立し有名となってからでも、
たゆまぬ好奇心とその逞しい想像力で
創造と破壊、また新たな創造、というかたちで生涯を貫いていった・・。
こんなにも作風変えていったのは、20世紀の画家で彼一人といえる。
画家って、いったん売れたら、作風はそうそう変えれないものですから。
画風が認められ売れたのだから、
変えたらたいてい売れなくなるし・・(笑)。
なので、そういう意味でも、
ものすごくピカソ大画伯を尊敬してるわけです。

で、そんなピカソの話しなどすると、
もはや自分の話しなどやりづらいわけだけど、
そのピカソにも、その時代時代に、テーマはあったわけで・・・
自分にはテーマすらない(爆)。
一日青の時代、次の日は黄色の時代なんてありえる(笑)
だから、よく、小原さんの絵のテーマは?なんて聞かれると
ほんと困っちゃうんだよね。。。
まぁそんなときは、「わけのわからん用語」連発によるカオス的トークで
混乱させてあげようと思えばできるのだが(笑)。

正直言って、僕の場合、裸婦画を描きたいと思えば、
一時期そればかり描くし、
飽きてくれば、翌月には空想画描こうって気になるし、
またそれに飽きて、こんどは風景画描いてみたり・・と。
作風自体も、筆のタッチも、絵肌の作りかたも、
描いてく絵の中で、すべて一つのスタイルを極めてゆこうともせず、
(オレはそんな風に自分を枠にハメタクハナイのだ)
などと自分を正当化しつつ(笑)、
いつまでたっても、その「画風の確立」などというカッコいい世界が
いっこうにのぞめそうにないのである・・。

なので、写真のようなリアルアートをひらすら描いてる人とか、
風景画だけをひたすらに描いてる人とか・・・、絵の世界にも
もちろんそれはそれは、いろいろなタイプの画家がいて、
そして、そういう風に自己の世界を
ひたすらに極めていこうとしている人を、
僕はとても尊敬でき、羨ましくもあるのだけど、
自分はそ~いう風には出来ない、ということなのだ・・・。
あえて、それがスタイルと言えばスタイルなのかもしれない。
言ってしまえば(笑)

ところで、美術の歴史、その流れにも文脈ってものがあって、
古くはキリスト教をモチーフにした宗教画や神話を題材としたよう絵があり、
アカデミックな絵画の時代があって、そこから時代をへて、
19世紀には画家の内面を重視した印象派への流れが主流となり、
20世紀にはウォーホルとかに代表されるポップアートが台頭してきて、
そこからダダとか現代アートへの流れもでてきて、
たとえば、便器にただサインして「はい作品です」(笑)みたいな・・・・。
その後は、いろんなコンセプチュアルアートも次々と生まれ、
そして現代のアートの世界は、村上隆や奈良美智さんのような
アニメ・キャラクターをモチーフにしたような
言ってみればサブカルチャーのアート化みたいな世界が
ど~んと幅をきかせてきているわけで、
まぁ、めちゃくちゃはしょりすぎな概略ですが、
そういう流れが、美術の世界にもあるわけなんですね。
なので、自分などは、完全に「流れ」から外れているわけ。
I am outsider.・・・

まぁこういう話しをこの前も、画家の友人と話しをしてたのだけど、
結局とりあえず食べてさえいければ、
好きなもんを好きなように描いていきたいよね~時流とかも考えず!
ということで話しは結実した。

ワタシが大好きなアーティストの坂本龍一さんも、
「現代においてアートとは何か?」という、かつてのインタビューで
「才能はいつの時代でもある。アートが時代性や歴史性を
 意図する必要はない。意図に限らずそれはあるものだから」という
含蓄深いお言葉をさらって答えていらっしゃった。
そう、あんまり、歴史性とか時代とか、はたまた「意味」とか、
そんなものをあれこれ意図しなくていいんじゃないかという、
大音楽家のお言葉に僕はすごく共鳴した。
また、ピカソの絵画姿勢を、上に書いたけど、
それと同じ趣旨のこと言われていて、
もうほんと、「大好き!」です、サカモト教授。(^^)。

そんなわけで、いろいろ書きましたが、
何か思うところありましたでしょうか・・
じつは少しまえに、こんどNYでやる個展の現地用チラシ作りのため、
それぞれの画家の「絵のテーマ」を、
紹介欄のところに書こうってことになって・・
「え、マジ!?まいったなぁ~」となり、
自分の絵に対する考えをまとめるためにも、
今回それを文にしてみたのでした・・・。


いちおう、でも、こだわりはあるんです。
その折々に、いろんなスタイルの(時代性も何も考えないで)
いろんな種類を絵を描いてるわけなのですが、
こだわりとしてるのは、色の組み合わせ。
一つの絵を描くなかで、たとえばこの絵の場合の、
この赤のとなりは、この黄色しかない、
みたいな色遣いのこだわりがあります。

絵って、たとえば画像にして、フォトショップか何かで自在に
まったく違う色にしてみればわかりますが、同じ絵でも
ぜんぜん違う世界の絵になったりします。
そんなわけで、色の合わせ方、その世界だけは、
(作風とか〇〇主義とか意味とか、
 白黒つけるのはどうでもいいのだけど)
それだけは生涯を通して、確立していきたいなぁという思いがあります。
そう自分の色探し・・・。
ミスチルの桜井さんが「GIFT」で歌ってた・・・
♪白か黒で答えろという難題を突きつけられ
・・・迷ってるけど♪
白と黒のその間に無限の色が広がってる
君に似合う色探して・・♪
そんな感じです(笑)

よく画集なんかでも、ひとつの絵をみて特に何とも思わなったのが、
美術館でその本物みると、もうその「色」の力、絵肌の力などに
圧倒されることがあります。紙印刷の「色」と同じ赤でも黄色でも
本当の色はぜんせん違うし、さらにその組合わせも、
実物の色での組合わせは、すごく説得力が違ったり・・。


これまで、それなりの人達から、実際に自分の絵を見てもらう中、
いろいろなご意見・ご感想・ご批評・アドバイスをたくさん頂いてきましたが、
「色」だけは、共通してどんな人からもお褒めいただいてきました。
まったく違う世界観や主義の違う画家からも・・・。
実際、色と色の組み合わせがテーマといえばテーマなので
そこを感じてもらえたら満足って感じ(^^)で描いてます。
まぁ、絵とか色とか、所詮人それぞれの好みがあるものですが・・・。

そんなわけで、
この調子でいくと、延々としゃべり(書き)つづけてしまいそうなので
もう、このへんでやめときます。長いおつきあい、ありがとうございました。


ところで・・テーマ、なんて書こう・・・(笑)