あけましておめでとうございます。
先ほど、こんな言葉が頭に浮かんでいました。
「ある人と合わないからと言って切って行ったら、人生は広がらない」
自分と合わない人を自分好みに変えることは、基本、できません。できるのは、自分がその人にも対応できるように変わることです。
キリストやブッダ、日本で神様たちと呼ばれている高次存在たちは、たくさんの人格が寄せ集まったような存在です。彼らの中には、人間界に一度も生まれたことのない存在がいます。また、「高次存在」という名にはふさわしくない、単純に人間とは全く別系統の異質な存在たちもいます。この辺の話は、今年出す予定の本のあちこちにでてきます。
彼らはそのままでは人間と違いすぎて、人間と会話することすらできません。実際、たいていの存在は、わざわざ人間たちと関わろうとは思いません。彼らはすでに人間たちを、「自分たちには合わない」ということで切っているのです。でも、一部の高次存在たちは、人間たちにもっと良くなって欲しいと思っています。そんなとき彼らはどうするかというと、自分を変えるのです。
彼らは人間の特徴を取り入れて、自分たちを変化させます。そうしてやっと、会話が成り立つようになるのです。こうした実例がいくつか、今回の本に載っています。この際、どんな人間の特徴を取り込むかで、その存在の人格は変わってきます。イエス・キリストは、ペスカトールという高次存在の一側面が、イエスという人間を通して現れたものと言われています。
そんな風に自分を変化させて、会話が成り立つようになってから初めて、相手を変える機会が出てくるのです。ペスカトールがイエスという人間に自らを投影し、当時の人々にとって少しでもわかりやすい形で現れなかったら、現在のキリスト教はなかったでしょう。
自分を変えて相手に合わせるのは、優柔不断ではありません。相手を変えようと思ったら、まず最初にしなければならないことです。それでも相手が変わってくれるかどうかは知りません。ただ、本気で相手を変えたかったら、その人と対等の会話が成り立つように、自分を変えてみましょう