ちょっといい感じの部屋だなと思ってキープしておいたんだけど

このジャグジーって掃除が大変。

メイドがいる生活じゃないと、手間がかかる。

 

どうしても、こういう感触の場所が落ち着いたりするんだけど

そうなると

 

スコットランドのお城のスパが懐かしい。

 

 

なんて言いながら、

 

2月は本当に仕事していないなあ

 

 

講座や、ワーク

やってない

 

セッションはやってるけどね

 

 

と言っても、サンジェルマン出版の仕事はお正月からずっと立て込んでいて

編集

編集

編集三昧の毎日

 

そんな中で

 

自費出版なんかしなくてよかった

 

というようなタイトルの広告がFBに出ていたりすると

何を?~くそ~

 

(笑)

 

と、すごく嫌な気分になっていたり

自費出版が、まるで製作費をぼっているような書き方されていて

すごく頭に来たり

 

 

(笑)

 

それで

そういうことを言っている方の本を取り寄せて読んでみたら

 

本として

 

どうなんだ…という体だった。

 

と言っても、私のコンセプトと違うだけで、それはそれで成り立つのだろう。

学校帰りに古本屋に毎日寄って、何か目新しいものはないか…と、あの古い本の香を

餌としていたような私の世界とは違う。

 

ま、そんなことはどうでもいい

本題に入ります。

 

1月から、究極考え方や、感じ方を変化させなければ

今後、どこに向かうんや?

と言った感じの状態になっていた方が

とうとう

 

コクーンから出て

自由になりました。

 

 

簡単に書くけど

すごいね

これ。

 

しかも

一個、一個、過去を解決する方法ではなく

ノート一冊に、自分の思っていることや、やったことや、過去の体験や

こうなりたいとか

内側にある世界をどんどん書いていく方法をとった。

 

そして

精神科で診断を2回受けて

自分には、何も問題がないことを知り

 

過去、あまりよい業績を残せなかったが

その仕事の資格をもっていて

キャリアは25年もあると言う職業が

 

いきなり降って湧いて来て

思っていた通りのファイナンシャル・プランができあがってしまった。

 

今まで、あきらめていたような手当や

有給休暇も退職金も

全部ついていて、

家賃もいらなくなる。

仕事着も全部支給。

 

有給休暇はできるだけ、ぶつ切れではなく

例えば10日続けてとるようにしてほしいと言われたとか。

 

海外行くのにちょうどいいじゃん!

 

 

もう

よかったねとしかいいようがない。

 

 

1月の状況がたった2週間でぱっかりと変わってしまったのは

全く持って、彼女の考え方が全とっかえできたからで

 

全とっかえするためには

書き出したノートのジャーナルが、功を奏したと言える。

 

うすうす気づいていたことをどんどん書いていく。

自分で打ち消してしまっていることも

とにかく書いていく。

 

この作業に

掛かった時間は

7日間。

 

寝ても起きても、部屋にこもって

自分のことだけを書いていく。

 

ちょっとノートを見せてもらったら

まあ

 

 

蟻のような小さな字がいっぱい!

 

(笑)

 

 

こういうことをすると

自分が何を信じていないのかが

けっこうわかる。

 

いい?

 

シミュレーション仮説をとるとしたら

信じているタイムラインにしか

私たちはいられないのよ。

だって、そこにあなたの観察子があるから。

 

それで彼女は

昨日、彼女なりのお言葉(笑)を編み出した。

 

それは

 

この現実(物質+時間の4次元)は、物質の世界だから、誰の所有物だということが

はっきりしていなければならないシステム。

例えば、自分の体は、誰のものか?

と言えば、

「私のものである」

ということだ。

 

しかし

ひとつ上の次元である5次元世界にはこの「所有」という概念がない。

そこには、モノになる前のものがり

状況になる前のものしかないので

いわば、雲のような煙のようなって、実際はそんな荒いものじゃないと思うけど

それが、こちらの現実界にやってきて、やっと形や状況になる

しかも、そのタイムラインは無数にあるというすごさなんだけど

 

簡単に言って

もともと、何にも…だから、すべてのものは所有権を持っている人もいなければ、所有物でもないということ。

 

そこで

彼女は、お寿司の「おいなりさん」を例にした。

 

つまり、それ、食べようか~とお土産に買ってきていたのだからね。

 

おいなりさんは

もともと誰のものでもない

誰の所有物でもない

おいなりさんに、私の名前が書いてあるわけでもない

 

5次元には、カタチになる前のおいなりさんがあるだけ。

数もいくらでもいい。

1個でも億個でも、もう、なんでもいい

 

そのおいなりさんが、食べたいと思う

そうすると

そのおいなりさんは、もたらされる

 

それはいつものお店からもたらされてもいい

家族からでもいいし

帰って冷蔵庫の中をみたら、入っていたということでもいい

なんでもいい

どこから来なくてはならないかを

限定したり制限する必要はない

おいなりさんは

 

ある

 

あるものを

受け取るだけ

 

手にしたときに

 

「あ~ん、私、これ食べたかったの~ん」

 

なんて声を出してもいい。

 

だいたい、彼女は、食べ物はこうして空間からいつも引き出している。

 

気になった食べ物の名前を言うだけで、食べ物のほうから、彼女に向かってやってくる

 

「も…もう・・いいです・・・」

 

というまで来る。

 

 

 

 

 

しかし

長年、これをお金にすることができなかった

 

しかし

おいなりさんも、お金と同じだということがわかったらしい

 

おいなりさんもお金も単なるエネルギーであり

5次元にあるお金は、誰のものでもない。

誰の所有物でもない

お金に名前が書いてあるわけでもない

欲する時に、それが食べ物のカタチをとって

やってきて

お金を持ってお店にいったり、作ったりする手間が省けた形でくることもある

だから

元はお金だ。

 

しかし

 

お金は、誰のものでもない5次元のエネルギーだ。

 

ということらしい。

 

この考え方が彼女の中に定着してから

一気に変わったことがある。

 

それは

自分のポジショニングと価値が、統一されたと言う点。

 

これを総称して

 

存在という。

 

 

彼女はクリエイトしながら、存在する存在である

つまり、「創造主」であるという

ポジショニングにいたったわけです。

 

神さまのことではありません。

創造する主(あるじ)であるということ。

 

ジャーナルを書くためのテーマは

「存在理由について書いて」

というものだったが

 

このアイデンティティの輪郭をはっきりさせることが

こんなにすごい変化をもたらすのか?

 

と、思うと同時に

 

こんなん

 

当たり前やん

 

 

(笑)

 

という笑いもこみあげてくる。

 

だって、みんなこの4次元世界の中で

ドラマのクィーンになりたいわけで

中には、それで不治の病のなったり、裁判で戦ったりしている人もいるわけで

 

なんでそんなことしているかというと

テレビや映画が悪いね。

 

って、自分もそういう世界にいたわけだから

片棒かついていたわけだし

父もそういう世界にいたわけだから、悪党の一味のようなものだよね、私…。

 

つまりね

テレビのドラマや映画だけでなく、小説であれ漫画であれ

みんな

この4次元の商品目録のようなもので

 

こういう人生ドラマどう?

 

と、選択してもいいよと提示されているわけね。

その中ではっきりともう、お笑いレベルなのか

起承転結

 

よく

プロフィールを起承転結で書いている人いたでしょ?以前?

今、もうあんまり見なくなったけど

子供のころ、

貧乏だった という人はビジネス系

子供のころ

虐待を受けた という人はスピリチュアル・心理系

子供のころ

病気がちだったと言う人は、健康志向系

子供のころ

デブでいじめられたと言う人は ダイエット系

その他にも

英語で苦労したと言う人

旦那で苦労した人

持てなかった人

 

みんな、みんな、以前はこうだったけど

こう考えを改めたら

とか、これを使ったら

こんな風に180度向こう側に変わりました!

 

という起承転結のドラマばかりでしょ?

これを少し複雑にして、どんでん返しなどを加えれば

おもしろいテレビドラマになるってことなのよ。

 

それで

みんな、どこかで見たストーリーを生きているって知ってた?

あなた独自のものじゃなくて、どこかにあなたの人生のひな型となるストーリーがあって

それを生きているって知ってた?

 

うすうす

感づいていたでしょ?

 

似通った人生の物語が無数にあるので

すべてが同じとはいえないけれど

同じようなドラマのストーリーを選んで人生上でそれを生きて来た(演じて来た)人は

類友といって、寄り集まらない?

 

でしょ?

 

それに気づいていたんじゃない?うすうす?

 

隣接するパラレルワールドにいるからね、その人たちは、近いわけ。

 

 

おお~~~~~~~~~

 

そうでしたか~~~~~~~~~

 

と、思う人と

今私が言っていること、説明していることのほころびをみつけて

こけさせてやりたい!

(笑)

 

と思っている人もいるよね?

 

わかるわかる

 

 

 

それでいい

 

これ

正しいわけでもなんでもなく

そうなっているだけだから。

 

だからね

 

立身出世物語がよければそうすればいいし

ぜんぜんモテないうだつの上がらない男で、ある日、交通事故にあって死んじゃった

みたいなストーリーでも全然いい。

 

5次元に著作権も版権もないから

所有権ないので

どんな人生にしてもいいの。

 

でも

多くは、創造性の発揮の仕方をしらないから

御伽噺とか

ディズニーとか

偉人伝とか

大河ドラマとか

映画とか

漫画とか

そういうものを垣間見て

 

あ~

あれっていいなあ

と思ったり

 

いいなあ

でも私には無理だな~

と、選択して制限を与えてみたりして

毎日、頭の中でストーリーを作っているわけ。

 

それで

 

 

ここからが

更に、本題

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのね

 

 

 

 

 

どう

 

 

そんなまがい物のストーリーにかまけていて

 

本来のストーリーを起動させていないんじゃない?

 

 

 

って

 

誰の?

 

 

あなたの。

 

 

こうでなくちゃならない、なんてないのよ

起承転結なんてなくていいの

 

あなた独自のストーリーでいいの

失敗ばかりしていて、最後に成功したら

その時、初めて失敗したと言う価値観が、生じるだけで

成功しなければ

失敗は単なる経験にしかすぎないのだけど

成功したいと思うから

起承転結が生まれる

 

いらない

それ

 

 

そこからさえも

 

自由になること。

 

 

 

 

 

樹木希林のお嬢さんの也哉子さんが

テレビでこう言っていた

 

「自由すぎて、窮屈」

 

 

それ

違う。

 

自由を与えられたように見えて、「窮屈」を与えられていたことに

気づいてないだけ。

 

だって、感じたことの方が、正しいから。

 

って

正しいも間違っているもないけど

この場合、いいじゃん、「正しい」のよ。

 

でね

こういう理屈を頭に中だけで知っている人も結構いるじゃない?

 

でしょ?

 

 

それで自由なの?

 

 

だったらいいかも。

いや、いいも悪いもない。

どっちでもいい。

好きにしていればいい。

 

時間の使い方は自由。

 

だけど

急がなくちゃとか

早くとか

遅いとか

クロノス時間の中の自分を大切にしようとがんばるよね。

 

クロノスとカイロスの時間

 

知らない?

 

また、今度書くね。