運命の一部分は大筋で決まっていても、どんな経緯で終点にたどり着くのかは各自の裁量に任されているって気がする。

どこに行きたいか、どうやって行きたいか、どうしても行きたいか、そういうのは各人の意思に拠ると私は思っている。いのちの始まりと終わりは確定的なようでいて、実際のところはまだ判っていないことが結構あるわけで、死という機能を持たない生き物もいるくらいだから私たちが知っていることは実にわずかなことでしかないのだと思う。

「何かが起きていて、それが自分の手に負えないことだとしても それが自分自身何もしないことの理由にはならない。自分に今、できることをすることまで諦めてしまうのは自分自身への裏切りだ」

これはねー、歴史上の誰かが言った言葉とかじゃなくて去年の特撮番組で主人公が、姉の婚約者が言った言葉として語る台詞なんですけども、運命と言うのもこれと似たようなものじゃないかと思うわけです。
多分、何もしないでいても誰にも咎められることはないとしても忸怩たる思いに後で自分が駆られるとしたら結果がどうなっても、何かしたほうがいい。運命は決まっている、決して変えられないというのはあまりに悲観的過ぎやしないかというのが私の考えです。

自分だけで切り開けるものではないのも、運命だと思うけど何も行動を起こさないでいる所に不幸がなだれ込んだとしても、幸運が舞い降りることはなさそうだなあなんて思うわけです。独りでできることなんて限られているものね。

ブログネタ:運命は決められたもの? 自分で切り開くもの?