注意:
このブログは妻が辛い闘病生活を終え、天国へと旅立ったあと、ブログ主が妻との人生を振り返る目的で書いています。
長期間にわたることから記憶違い、記載間違いなどが起こる可能性は極めて高いです。ただ、わたしたちの経験してきた歴史はまごうことなき本物です。
それをご承知のうえでお読みください。
また、わたしの妻がどういう人間であったか。皆様の心の中に少しでも印象づけていただけたら幸いです。
前回からの続き。ではなく、時は京都旅行の前日譚からさらにさかのぼり。。
はい、1992年の記録漏れです。
書いていて思い出したのでした。
追記しておかないとです。
さて、わたしは無類のディズニー好きで、初めてエレクトリカルパレードを見た時は感動のあまり、オリエンタルランドに転職しようと思ったくらいでして、彼女も大のディズニー好きでありました。
因みに、1992年は大人気のアトラクション、「スプラッシュマウンテン」がお目見えした年になります。
サービスインは1992年の10月1日。
実はわたしたちは1992年の9月にディズニーランドに行っています。
きっかけは、彼女を車で迎えに行って「今日はどこに行くの?」と訊かれ、彼女がディズニー好きだったことを咄嗟に思い出したからでした。
(彼女が喜びそうな行先をいつも考え探していたのです)
「よし、ディズニーに行こう」
「えっ、ほんと⁉」
途端に目をキラキラさせ始めた彼女。
彼女はアトラクションの中でもビッグサンダーマウンテンといったジェットコースター系の乗り物が大好きでした。
みなさん、おぼえてますか?
彼女の手を引いて走り出した時、いつも「あはは」と笑って付いてきたのを。
そうなんです。スピード狂ではないのですが、風を切って走る乗り物が大好きだったんですね。
乗ると、いつも「きゃははは!」と笑っておりましたw
ディズニーに早朝について、入園者がお目当てのアトラクション目掛けて走っていくのと同時にわたしたちもダッシュ!(当時はファストパスとかない時代)
お目当てのビッグサンダーマウンテンに乗り、「後からまた乗ろうね」と言って他のアトラクションへ。
カリブの海賊も好きでしたね。
ゴンドラが流れていく途中でくぐる石橋の上。
座っている海賊をご存じでしょうか?
「ほらほら、よく見ると、あいつすね毛があるんだぜw」と彼女。
何が面白いのか全く分かりませんでしたが、本人が嬉しそうなので「そうだね、あるねw」と相槌。
「でしょ、でしょw」
ご満悦そうな彼女なのでした。
ディズニーについては何回か訪れていますが、この時のディズニーはちょっとしたサプライズがありました。
冒頭で書いた「スプラッシュマウンテン」。
サービスインは10月1日でしたが、実は9月に試運転を繰り返してしていたのです。
園内放送で「搭乗ご希望の方はアトラクション入口までお集まりください」と流れると、思わず「ラッキーじゃん、乗ろう!」
多くの方が押し寄せるということもなく、比較的空いていたと記憶しています。
急坂を上り、そして最後の水浴び。
スプラッシュマウンテン搭乗時の写真が何枚か残っていますが、この時のものであるかは確認できていません。
写真の整理が終わったら日付を確認してみることにします。
ディズニーは今後も登場しますが、今後経験する話はその時に譲るとして、彼女はディズニーについてこんなことを申しておりました。
「ディズニーランドはね。付き合いの長いカップルは来ちゃいけないんだよ」
スタスタ歩きながら話す彼女。
「どうして?」と横を歩いているわたし。
「うん、ほら見て。ああやってアトラクションで長時間並ぶでしょ?」(彼女)
目で続きを促がすわたし。
「そうするとね、付き合いの長いカップルは話題がなくてね、長時間無言で並んでるうちに喧嘩になって別れちゃうんだよw」(彼女)
「怖っ」(わたし)
ディズニーランドジンクス、なんだそうです💦
次回に続きます。