注意:

このブログは妻が辛い闘病生活を終え、天国へと旅立ったあと、ブログ主が妻との人生を振り返る目的で書いています。

長期間にわたることから記憶違い、記載間違いなどが起こる可能性は極めて高いです。ただ、わたしたちの経験してきた歴史はまごうことなき本物です。

それをご承知のうえでお読みください。

また、わたしの妻がどういう人間であったか。皆様の心の中に少しでも印象づけていただけたら幸いです。

 

前回からの続き。京都旅行の前日譚です。

 

みなさん、我々と同年代であれば覚えていらっしゃる方も多いかと。

以下は、わたしたちが当時好んで聞いた曲です。

特に、1994年のWINTER SONGはわたしたちの結婚式で使用した曲ともなりました。

(結婚式は9月なのにw)

 

1983年 クリスマスイプ(山下達郎) 

1989年 うれしい!楽しい!大好き!(ドリカム)

1990年 愛は勝つ(KAN)

1991年 どんな時も(マッキー)

1991年 未来予想図(ドリカム)

1992年 晴れたらいいね!(ドリカム)

1993年 HAPPY HAPPY BIRTHDAY(ドリカム)

1994年 WINTER SONG(ドリカム)

 

時は1993年。

毎週、二人で出かけていた時の話。行先は横浜方面(中華街)です。

因みに、京都、嵐山への旅行前のことになります。

 

彼女がドリカム好きだったこともあって、ドリカムのカセットテープを車の中で何度も繰り返し聴きました。

ある時、とある場所で駐車していた時に「うれしい!楽しい!大好き!」がかかると、彼女が少し興奮気味にわたしの方を見て、歌詞の「きっとそうなんだ、めぐり会ったんだ、ずっと探してた人に」というところで、

「ねえ、これって、わたしのことかな?」と訊くので、

「うん、そうだよ!、〇〇さんのことだよ!」

わたしは嬉しくて何度も頷いたのでした。

そのあと、二人でぎゅっと抱きしめ合いました。彼女の温もり、彼女の髪の香り、息遣い、すべてが愛おしくて、家に送って帰らないといけないのが辛かったですね。

彼女も帰りたくない、○○さんに連れて帰られたい、って言ってました。

わたしが会社の寮住まいでなければ、お泊り旅行が控えてなければ、きっと何かしらの理由をつけて帰さなかったと思います。

(お義父さん、お義母さん、ごめんなさい)

因みに、彼女はわたしが、あまりに「○○さん、可愛い、綺麗」というので、その都度首をかしげて「そんなこと言ってくれるのは○○さんだけだよ」と不思議がっていました。

 

そんなことあるかよ、誰が見てもそう思うだろ、と当時から思っていたわたしは、最近、自分の息子に当時の彼女の写真を見せて「どうよ、可愛いだろ?」と訊いたところ、「確かに、可愛いね。これ、母さん?」と言ってました。

 

「ほら、みろ、俺の言ったとおりだったろう?」と語りかけたのは亡き妻の位牌(涙)。

親子二代、血がつながってるから、同じタイプが好きなだけなんじゃない?とか言って笑ってそうです。。

 

夜、遅くなってしまったので急いで彼女を送り届けて、帰り際には当時みんなしていたであろう、ブレーキランプ5回点滅。

「ア・イ・シ・テ・ル」のサイン。

 

未来予想図を何度となく二人で聴き、我々は近い将来を予想していたのでした。

 

次回に続きます。