最近、メンタル不調が続いているわたし。
妻のものは何一つ捨てられず、部屋の片づけも出来ないまま日々が過ぎ去っていきます。
想うのは妻のことばかり。
一日中妻のことを考えていて、少し時間が空くと、妻と一緒に行った場所に行き写真を撮ったりするのです。
「ここに来たことがあったね」
でもそこには妻が写っていないんです。
撮った写真も無機質に思えてなぜか凹みます。
普通に生活していれば何でもない、普通の場所が、妻と一緒に行った場所というだけで聖地と化す。こんなことが起きるとは想像だにしていませんでした。
昨日、ベランダの荒れ果てぶりが目に留まり、重い腰を上げて整理をしました。
いくつか置いてある植木鉢には、かつて家族でお世話に勤しんだ多肉植物が、見るも無残な形となり枯れはてています。
彼女の病気が進み、状況が緊迫していく中で、お世話を出来なくなってしまったのでした。
ところが、整理を続けていると、なんと数個の植木鉢では多肉植物がまだ頑張って生きていることが分かりました。
「え、お水をやっていなかったのに!」
そういえば生前の妻が「枯れていないよ」、と言っていたのを思い出しました。
身体が辛い中でも水をやり続けていたものと思います。
生き残っていたのは彼女が特に気に入っていたものたちでした。
一気に気持ちが高揚して、他の植木鉢も確認し、生存確認できた多肉植物をメンテナンスして、お水をやり始めました。およそ半数の生存確認が出来ました。
日当たりも良いので、きっとこのまま生き続けてくれるものと思います。
妻がまだ元気だった頃のようにお世話を続けなければ!と誓いました。
ベランダの整理が終わり、妻の仏前に話しかけたあと、諸手続きに彼女の保険証番号が必要となり、妻の遺骨を安置している場所に置いてあったミニトートバックに手を伸ばしました。(この中に彼女の貴重品が入っているのです)
長い期間使ったと見えて持ち手が綻んでいます。
これは遺品であり、わたしの生涯にわたって守り抜いていくものですが、同時に新しいものを買ってあげたくなり、AMAZONで同じ商品を探して発注しました。
幸いなことにまだ販売していました。
AMAZONの画面で発注が完了したことを確認し、席を立とうとしたのですが、ふと違和感を覚えて再び画面に見入りました。
「何か違う。。」
商品は間違いなく同じものです。ただ何かが。。
分かりました。
彼女のミニトートバックには刺繍が施されていたのです。
ほんの小さな刺繍でしたが、ワンポイントとして可愛らしいものです。
画像を添付します。表面です。
ちょっとわかり難いですが、ALOHAの文字の右隅に小さく刺繍が施してあります。
次いで裏面。
裏面を見た時、驚いて思わず二度見しました。
熊さんでしょうか。
そこには手の込んだ刺繍があったのです。
彼女が持ち手が綻んでいるのに使い続けていたのは手の込んだ刺繍を施していたからだと思います。
いや、気に入ったミニトートバックだから刺繍を施したのか。
あるいは補強?
今となっては分かりません。。
彼女は闘病中、このバックを常に持ち歩いていました。
会社に行く時にも、わたしと出かける時にもです。
わたしは、この刺繍に気づかないまま一緒に過ごしていたことになります。
一気に苦しくなりました。
職場や、ケモ室では女性のスタッフが多く、すぐに気づいて褒めてもらっていたものと思います。
彼女が作った編みぐるみと同じように。
わたしも、可愛いね、上手だね、って褒めてあげたかった。。
妻は手芸が得意だと以前にも書きました。
妻が作る作品は可愛いものが多く、家のあちこちにその作品があります。
妻がわたしと息子に残してくれた大切な遺品です。
いつも楽しそうに作品を作り、出来上がったら嬉しそうに小走りで見せに来る。
わたしは彼女のそうした姿を生涯をかけて守ると約束したのに、その約束を果たせませんでした。
妻は本当に可愛らしい性格で、いくつになっても可愛らしいもの言いをし、しぐさをする人でした。特にわたしに対して。。
故人を美化しているということもあるでしょう。
ただ、それが彼女の本質であることは間違いありません。
改めて妻の可愛らしさというものを気づかされた一日でした。
本当に大切な人を亡くしてしまいました。
世の理なんてものはどうでも良いので、本当に、本当に帰ってきて欲しいです。。

