注意:

このブログは妻が辛い闘病生活を終え、天国へと旅立ったあと、ブログ主が妻との人生を振り返る目的で書いています。

長期間にわたることから記憶違い、記載間違いなどが起こる可能性は極めて高いです。ただ、わたしたちの経験してきた歴史はまごうことなき本物です。

それをご承知のうえでお読みください。

また、わたしの妻がどういう人間であったか。皆様の心の中に少しでも印象づけていただけたら幸いです。

 

前回の続き

彼女の指にキラキラと光りを放つダイヤの指輪。

彼女は彼氏さんの話をしたあと、指輪を指で触りながらポツリと言いました。

「もう遅いよ。。」

 

わたしは一瞬絶句していましたが、次の瞬間、

「〇〇さん!、申し訳ないけど、それ、彼氏さんに返してきて!」

と口にしていました。(決して大きな声ではなかったハズ。。)

 

彼女はびっくりした顔をしてしばらく黙っていましたが、最後には

「うん、分かった」と言ってくれました。

 

いまにしてみれば無茶振りだよなぁ、と思いますが、その時は必死も必死。

だって、その頃には彼女は彼氏さんよりわたしと遊びに行くことが多かったし(たぶん)、第一、彼女は彼氏さんより、わたしの方が好きに違いない!(たぶん)、と思い込んでいたし。

それに、この子を手放したら一生後悔するに決まっている!

きっとファミレスにいたお客さんはさぞ驚いていたことでしょう(全く記憶がないけど)

 

さて、こういう書き方をすると、彼女は二股かけていたんじやないの?とか、婚約は作り話じゃないの?とかいう人が出てきそうですが、彼女は絶対にそういう人ではありません。

だいたい、ダイヤの指輪を自分で用意するハズないじゃないですか。

わたしが遊びに誘う都度、「わたし彼氏がいるんだよ?分かってる?友達以上にはなれないんだからねっ?」といつも念押しされていましたし。

ある時、車の中で「もうこれ以上は彼氏さんに悪いから一緒に遊ぶのは止めようか」とわたしが言った時、涙ぐんで「ごめんね」と彼女は言ったものです。

今でもよく覚えていますが、「そんなこと言わずに、遊びに行こうよ」という答えを期待していたわたしは即座に「ごめん、やっぱり誘う!」と言ったのでした。

彼女は呆れて「言った意味ないじゃん」とため息をついておりました。

 

そうして、こうして、あーなって(適当💦)、彼女の彼氏さんが婚約に踏み切ったわけですが、このファミレス婚約強制破棄事件(通称)によって、彼女は正式にわたしの彼女となったのでした。

 

数日後、「婚約、ごめんねしてきた」と彼女が言ってくれた時は偽りなく天にも昇る気持ちでしたね。彼氏さんには申し訳なかったけど。

因みに、彼氏さんはわたしに会って話をつける、とまで彼女に言ったようです。彼女が何と言ってくれたのかは今となっては永遠の謎です。

(老後の楽しみにしてたのに。。)

 

みなさんも似たような?経験をされたことがある(いや、普通無いな)と思いますが、彼女が出来た時の嬉しさは、モノクロだった世界が、フルカラーに変わったくらいの変化が起きます。いや、ホントに。

しかもドラマみたいな展開。(真実なんです)

少し前にも書きましたが、わたしはそれまで女性と付き合ったことがなく、彼女のいる世界というものがこれほどキラキラとしているとは思いませんでした。

(彼女には内緒にしてください)

 

1991年の冬。クリスマスイブ。

わたしと彼女は初のお泊りデートに行きました。

クリスマスイブを一緒に過ごしたのはこの年が初です。

向かった先は会社の保養所だったと思いますが違うかも知れません。房総方面であったことは確実です。

結婚するまでお泊りデートは殆どしなかったので(彼女の実家は厳しかった。。)ドキドキものでした。早朝から車でお迎えに行って首都高に乗り、いざ千葉房総方面へ。

当時、ドリカムの歌が流行真っ只中であり、彼女が持ってきたカセットテープ(!)をかけてノリノリで保養所目指して疾走したのでした。

 

保養所について、彼女がなぜかほうれん草を茹でている写真が残っていますが、クリスマスイブに何を食べたか、今となってははっきり覚えていません。

あと、イブの写真で柴犬を抱いて笑う彼女の写真が残っていました。

柴犬はたまたま居合わせた子かな?

駐車場での写真で、背景に海が映っていることから途中で撮影したものだと思います。彼女の笑顔が実に可愛いです。

 

こうして時は1992年に向かいます。

結婚したのは1995年の9月ですから、ここからあと3年半。

当然、そう簡単に話が進むはずもなく。。

 

続きます。