この物語はフィクションです。
実在するものとは一切関係ありません。
仮面夫婦【33】
自分たちの立ち話が行き交う人々の通行を妨げている
事に気づいた直樹は、
「久しぶりに会ったのだから、時間があるなら立ち話で
はなく何処かでお茶でも飲みながら話さないか?」と、
知世に問いかけた。
『いいわよ、でも、お茶よりも飲みに連れて行ってほしい
わ』
「よし、分かった。じゃあ行こう」
直樹は歩き出した。
知代は後を追うように歩きながら、後ろを振り返り親指と
人差し指でマルを作って示した。
知代の視線の先には松井が立っていて、小さく頷いた。
知代は昨夜、松井と話をしている中で村瀬に勤めていて
放り出された事務の面々が、橋本直樹を痛めつける計画
を立てていることを教えられた。
「何があったか知らないが、下津さんも橋本を怨んでいる
のなら我々の仲間に入らないか」
『それは出来ないわ、腐っても鯛という言葉があるように、
わたしは腐っても看護師よ、人の体を傷つける仲間になれ
ないわ』
「下津さん、それは僕らも一緒や、痛めつけるとは橋本が
副院長でいられなくすることや」
『そうなの、それなら面白そうね』
松井らの計画に興味を抱いた知代は、今日の午後もまた
松井と会って話をしていた。
知代と松井が、地下街の喫茶店から出てきた時、偶然に
歩いている直樹を目にして、知代は飛び出し直樹とぶつか
るように仕掛けた。
「何処へ行く?」
前を歩く直樹に駆け寄り腕を絡ませた知代に、直樹は
問いかけた。
『どこでもいいわ、あのときのホテルのラウンジでもいい
わよ』
「あのときのって?」
『先生たら、そんな事まで私に言わせるつもり』
「しかしあそこは、きみにとって不快な場所だろう」
『それはそうだけど、わたし、あのときの先生とのことが
忘れられないの』
直樹は、知代の顔を見つめながら
(何か話ができすぎているな)と感じつつも、若い看護師
石原との夢世界を自ら流した後だけに、好みのタイプでは
なかったが知代と戯れるのも悪くはないと思い足を急がせ
た。