この物語は
フィクションであり、登場人物等他
実在するものと一切関係ありません。
身勝手な選択【48】
倫子は、ワイングラスを手にして話を続けた。
『でも、長く待つ必要はなかった。あなたが直ぐにマンション
入り口に荷物をもって現れたから。しかし、そのあとは慌てた
わ。だって、あなたは大通りに出て直ぐにタクシーを拾うんだ
もの』
倫子は、ワイングラスを口に運んだ。
『すぐ後から来たタクシーにわたしも乗り込み後を追って貰っ
た。そうしたら、あなたは天王寺駅に行き、案の定あなたは歯
科衛生士と落ち合った』
孝太郎は倫子の顔を見つめながら、彼女の話に耳を傾けて
いた。
『そこからが、また大変。わたしは適当な切符を買って、あな
たたちと同じ特急に乗り込んだの。あなたたちはグリーン車、
わたしは自由席車両。まあ席が空いていて良かったけど』
倫子はそこで一息おいて、孝太郎を見つめた。
『でも、自由席車両はグリーン車のすぐ後ろだったから、見張
るのには都合良かったわね』
孝太郎はワインを一口口に含んだ。
『あなたたちは白浜駅で降りた。わたしはそこでも大変だった
のよ。あなたに見つかってはいけないし、見失ってはいけない
から。そこでもあなたたちが乗ったタクシーの後を追跡』
倫子は組んでいた脚を組みなおし、話を続けた。
『あのホテル、何て言ったっけ。ブルービーチ白浜?あそこで
も大変だったんだから。ああーいうのって難しいのよね。わたし
がロビーに入った時にはあなたたちの姿も影もない。それはそ
れで都合が良いのだけど、わたしがロビーに入ったとき一番最
初に目に入ったのは、ホテルの裏の方、海の方に行ける出口
よ。もしかして通り抜け?』
倫子はワイングラスを手にして、ゆらゆらさせながら話を続けた
『わたしは、大急ぎでフロントに駆け寄り。南孝太郎さんて泊っ
ています?って尋ねたの。そうしたらフロントマンが何かに目を
移した後、そのようなお名前では頂戴しておりませんが、言った
のよ。わたしは慌てたわ、ここは素通りのルートだったと思って』
孝太郎は、 それにしても長い話だな、手短に要点だけを
言えよと思いながら疲れ気味に聞いていた。
『わたしは、ここであの歯科衛生士の子が言っていたことを思
い出したのよ』
「歯科衛生士が何を言っていたというのです?」
『あなたの、彼女の名前。ほ し の ひ ろ み』
倫子が、悪戯っぽい瞳で孝太郎を見つめ、孝太郎は慌てたよ
うにその視線を逸らした。
『わたしは、もう一度フロントマンに尋ねたわよ。星野宏美さん
って泊っているって?そうしたら今度は、そのお名前でなら頂戴
しておりますって。で、わたしが何号室?尋ねたら、わたしの事
をどう思ったか知らないけど、それはお教えできませんって』
宏美は、孝太郎のグラスにワインを注いだ後、また延々と話を
続けた。
『でも、あなたたちがここに泊っているとわかったから、わたしも
今晩停めていただけます?って言ったら、お客様申し訳ございま
せん。本日満室でございますって、平日なのにね』
『で、どうしたって思う?』
孝太郎の顔を覗き込むように倫子は問いかけてくる。
「どうされたんです?」
『フロントマンの横にいたフロントウーマンさんが、わたしの方を
チラッと見て、お客様さえよろしければ添乗員様とかドライバーの
方が泊られるシングルルームならご用意できますがって言ってく
れたの。あなたたちは、その頃にはお部屋で何をしていたか知ら
ないけど、わたしは苦労してあそこに泊ったのよ』