著書「地獄の法」から、

 

「人類の生存を不可能にする出来事」を探っています。

 

 

新冊、大川隆法、「地獄の法」

 

 

危機的な状況を起こして、その体制を崩壊させるということです。

 

 

          ・

 

 

誰かの動画で懐かしい名前を見つけたので、観ました。

 

その懐かしい名前とは、小林興起氏です。

 

 

mainichi.jp からの小林興起 画像

 

 

(以下、WIKIより)

 

小林 興起(こばやし こうき、1944年昭和19年〉1月1日 – )は、日本政治家通産官僚

衆議院議員(5期)、労働政務次官第2次橋本内閣)、財務副大臣第1次小泉改造内閣)、衆議院安全保障委員長衆議院法務委員長自由民主党国会対策委員会副委員長、新党日本代表代行(初代)、減税日本代表代行(初代)、オリーブの木代表(初代)などを歴任した。

 

 

 私が小林興起議員に注目していたのは、30年くらい前になります。

 

前世が織田信長だと大川総裁の過去世リーディングで示されていたので、

 

もしかしたら革命でも起こして天下取りでもするのかな、と期待していました。

 

 

当時は、大手マスコミは堂々と政権党批判を繰り広げていたのです。


政権党の悪政は報道されていました。

 

 

小林興起氏は、郵政民営化選挙で落選してしまい、政治の表舞台から消え、気になっていました。

 

いちど下野したのちに復活した自民党でしたが、内閣は安定せず、ソーリは一年ごとに交替していた時代でした。

 

小林興起議員の活躍の場は、環境としては、準備されていたのでしょう。

 

が、

 

残念ながら、織田信長の再来とはならなかったようです。

 

 

そんな観点で小林興起氏を観察していると、一般とは少しばかり違った印象を受けることになります。

 

 

小林興起氏が動画で言っていたことは、とてもまともな正論でした。

 

 

「こんなことをしているから日本がダメになったんだ!」

 

と、具体的に述べていました。

 

 

・小池百合子は、何も考えていない。ただ、権力の座に就きたいだけ。


・勉強していないし頭が悪い。(だから間違った政策とわからずにデタラメを行なう。)

 

・ただ出世したいだけのために、常に権力者にくっついていた。

 

・細川護熙(日本新党)

・小沢一郎(新進党・自由党)

・森喜朗(自民党)

・小泉純一郎(自民党)

・二階俊博(自民党)

 などにくっついて、権力者としてのステップを踏んでいった。


・郵政民営化に反対した私(小林興起氏)に対して、小泉政権は小池百合子を刺客として送り込んだ。

 

・郵政民営化は、350兆円もの郵便貯金を米国に差し出すものなので、(勉強している)日本の政治家としては当然、反対となる。

 

・私が尊敬していた田中角栄は、この郵便貯金を使い、高速道路網を築き、日本を繁栄に導いた。

 

・小泉純一郎は、350兆円を米国に差し出して日本を没落に導いた。

 

・この350兆円を(財政投融資として)日本国内で使っていたら、我が国は経済成長していた。


・日本国民は、勉強して物事を良く知っている小林興起を選ばずに、馬鹿な小池百合子を選んだ。

 

・小林興起 → 東大法学部 → 通産省キャリア → 政治家

 

・小池百合子 → 偽物のカイロ大卒 → TVキャスター → 政治家

 

 

その他いろいろとありますが、しごく真っ当な主張に思えます。

 

 

        ・



小泉・竹中コンビが、日本を没落させたいちばんの戦犯(張本人)のように私も思っています。

 

 

そして、

 

仏法真理の観点からは、また、違った面が気になります。

 

小林興起氏は、今世、カルマの刈り取りをしているように思えます。

 

東大法学部から通産省(現経産省)キャリア、そして政治家への転身組です。

 

いわば、エリートコースを歩んでいるわけです。

 

 

順調にいけば、その頭の良さを理解できる宰相から優遇されて、大臣のポストを得ることも出来たでしょう。

 

その後、天下取りも出来たかもしれません。

 

 

ところが、

 

小泉郵政民営化の矛盾点に気づきました。

 

悪政を見抜き反対を唱えたために、順調なコースを外れてしまいました。

 

 

頭が良すぎたために、物事が見えすぎて、悪政を許すことができなかったのでしょう。

 

 

織田信長の時代には桶狭間の奇襲が天下取りにつながったのに、

 

今回の人生では、小泉純一郎の奇襲にやられてしまったわけです。

 

 

結局、エリートコースから脱線することになりました。

 

 

歴史の皮肉と言えそうでもありますが、まあ、DS支配の世の中なのですから、

 

まともなことをやっていたのではそうならざるを得ない、

 

ということなのでしょうかね。

 

 (その後の霊査では、小林興起氏は織田信長ではなかったとの訂正が入ったようです。当時は、守護霊の言葉をそのまま採用していましたが、三点測量に切り替えて修正が入っています。)

 

(過去世を公開したための弊害が多くなり、修正されたり公開を控えたりがあったそうです。)