仏法真理では、ウソを禁じています。
私が幼かったころは、ウソをつくと叱られました。
幼いころに習った「ウソつきは泥棒の始まり。」
が、
どこから来ているのか知りませんが、
仏法では、「不妄語」として、ウソをつくことを禁じています。
小中学生のころは、ウソをつくと先生からひどく叱られました。
私の幼い頃は、
「ウソをつくことはいけないこと」との認識は、
広く日本国民の間では、
共通の認識とされていたのでしょう。
その共通の認識は、いつの間にか消え去ってしまったようです。
最近の学校の先生は、どうしているのでしょうか?
ウソをついた生徒を見つけたら、注意しているのでしょうか?
「ウソつきは泥棒の始まりなのです。ウソをつくのはやめなさい!」
と、注意しているのでしょうか?
教師を統括する組織としては、
教育委員会があり、文科省があります。
武田先生の文科省評を聞いたことがあります。
文科省は、最低の省のようです。
威張ってばかりで、なんら仕事していないとの評価が下っています。
どんな組織であっても、
末端で個人(顧客)と直接、接触する部署はまともな人が多いものですが、
さて、文科省はどうなのでしょうか?
文科省だけは例外なのかもしれません。
文科省が、ウソつきの生徒を罰する指導をしていないので、
教師がウソをつく現場を見つけても放置しているのかもしれません。
あるいは、教師自体がウソをついているのかもしれません。
生徒は、先生の真似をしているだけなのかもしれません。
DSにとっては、ウソつきは歓迎なのです。
ウソつきが増えて、世の中が混乱するといざこざが増えるので、
DSは大喜びします。
悪想念が、DSのエネルギー源なのです。
文科省は、DSからウソつきを増やせとの指令でも受けているのでしょうか!?
ウソで塗り固めた歴史教科書をまだ許しているとしたら、
その通りなのかもしれません。