考察~万葉集の枕詞「しらぬひ」の解釈について~ | 古代文化研究所

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○インターネットで「しらぬひ考」を検索したら、『万葉集の枕詞「しらぬひjの解釈について』と言う論文がヒットした。「佐賀大学文化教育学部研究論文集ー12(2)」に、2008年1月に掲載されたものらしい。

○以前、この論文は検索して見付けたが、肝心の論文が出ないで、結局見ることが出来なかった。今回、見ることが出来たので、『万葉集の枕詞「しらぬひjの解釈について』について、考察してみたい。

○『万葉集の枕詞「しらぬひjの解釈について』を書いたのは、竹生政資・西晃央の両名とある。2008年1月に出されたものと言うから、新しい視点があるのではないかと期待した。

○その冒頭の『要旨』には、以下のようにある。
   本論文は、これまで長年にわたり「定説をもたない枕詞」とされてきた万葉集における「筑紫」の
  枕詞「しらぬひ」について考察したものである。その語義とかかり方について、これまで七つの説が
  提案されてきたが、主なものだけをあげると次の三つの説がある。第一は「不知火」(九州の八代海
  や有明海に夜半点々と見られる怪火)の意に解する説である。第二は「白縫」(白い縫物)の意に解
  する説である。第三は「知らぬ日」(都から筑紫までの行程はどれだけの日数がかかるかわからない
  ほど遠い)の意に解する説である。
   第一説は、昭和の初期頃まではほぼ定説に近い地位をしめていたようであるが、その後上代特殊仮
  名遣の観点から「しらぬひ」の「ひ」が「火」の意味ではありえないことが証明され、現在ではこの
  説を支持するものはほとんどいない。本論文では、第三説にも多くの問題点があることを指摘し、総
  合的に見て第二説がもっとも妥当な説であることを示す。また、本論文の結論は「しらぬひ」を「白
  縫」(白い縫物)の意に解する点については従来の第二説と同じであるが、「筑紫」への「かかり方」
  については新しい解釈を提案する。

○その後、『1.はじめに』で、「万葉集」が載せる『しらぬひ』について述べ、『2.従来の諸説とその問題点』では、枕詞「しらぬひjの語義やかかり方について、鈴木武晴氏の七つの説を紹介する。続けて、『2.1「不知火」説とその問題点』、『2.2「知らぬ日」説とその問題点』を詳細に検証している。

○そして『3.新しい「白縫」説の提案』をしている。その冒頭は、次の通り。
   「白縫」説は、三つの「しらぬひ」の歌のうち、沙弥満警の歌(第l節の第一番目に掲載)の原文に
  「白縫」という表記が含まれることを重視し、この表記をそのまま文字通り「縫物の意味の白縫」と
  解するものである。この説は、栗原荒野氏によって提唱されたものであるが(倉野紀子氏によって一
  部補足された)、要点は次の三点である。
   (1) 沙弥満誓の歌の原文「白縫」は文字通り「縫物の意味の白縫jと解釈し、縫物を身に「つく(着
     く)」るという意味から「つくし」(筑紫)にかかる枕詞であると解すべきである。
   (2) 原文「白縫」を文字通り解釈する根拠として、枕詞の中には「たまもなす(玉藻成)」や「とり
     がなく(鶏之鳴)」 などのように原文の文字通りに解していいものが多数ある(他に十一例示し
     ている)。
   (3) 長歌に含まれる「しらぬひ」のニ例はそうでもないが、沙弥満警の歌については、これを「白
     縫」と解することによって、その歌が一層いきいきと情味を表わして実にいい歌になる。

○おっしゃる通り、『しらぬひの筑紫』は『白縫の筑紫』だと思う。ただ、『万葉集の枕詞「しらぬひjの解釈について』が述べる、
  (1)「縫ふ」という動詞も「尽くす」という動詞も万葉集中に多数の用制がある。
  (2)「恋ふ」と「尽くす」の複合動詞「恋尽くす」の用例が万葉集中にある(2089、2120番歌)。
  (3)万葉集中に「白塗(しらぬり)」 という表現が二例あることから(これについては後述)、これと
    似た表現である「白縫(しらぬひ)」 という表現もまた十分想定可能である。
と言うことはあり得ない。何故なら、肝心の『しらぬひの筑紫』で、枕詞『しらぬひ』が懸かるのは、『つくし』ではなく、『ちくし』であることがはっきりしているからである。

○最後に、『万葉集の枕詞「しらぬひjの解釈について』は、
  4.おわりに
   枕詞「しらぬひ」はこれまで長い間「定説をもたない枕詞」とされてきた。過去にさまざまな説が
  提案されてきたにもかかわらず、このように長年にわたり定説をもたない状態が続くことになった原
  因の一つは、おそらく万葉集中に用例がわずか三例しかないことによるのであろう。考えてみると、
  このわずか三例を手がかりにして、今から約1300年前に使われた枕詞「しらぬひ」の由来を、多くの
  人々が納得のいくように理解することなどそもそも不可能なのではないか、という気がしないでもない。
   本論文では、過去に提出された諸説のうち「白縫」説の観点から枕詞「しらぬひ」について検討を
  行い、少なくともこれまでに提出された説の中では「白縫」説がもっとも妥当な説であることを示し
  た。この説は、「しらぬひ」の三つの用例の一つに「白縫」と表記されたものがあることに注目し、
  「しらぬひ」を文字通り「白い縫物」の意に解するものであり、諸説の中ではもっとも素直な解釈と
  言えるものである。
   本論文で示した「白縫」説が安当なものであるかどうか今後の批判を待ちたいが、いずれにして
  も、「しらぬひ」の三つの表記の中に「白縫」という正訓表記(鈴木武晴氏のようにこれを借訓表記と
  見る説もあるが)が大きな手がかりとなることは疑いないであろう。もしこの歌がなかったならば、
  枕詞「しらぬひ」の解明は完全に手がかりを失いほとんど絶望的だったと思われる。その意味で、用
  例は三例と少ないながらも、このような正訓表記の例がたまたま一例含まれていたことは後世のわれ
  われにとって大きな幸運と言うべきであろう。
で締め括っている。

○この論文が九州で案内されたものであることが寂しい。九州人であれば、「筑紫」を『つくし』とは呼ばない。九州で「筑紫」を『つくし』と呼ぶ人は、多分、余所者か、言語感覚の相当鈍い人である。九州では「筑紫」は『ちくし』と呼ぶに決まっている。

○そんなことが判っていて、机上の空論を唱えることは虚しい。前にも書いているが、万葉集が偉いのではない。偉いのは枕詞である。万葉時代に枕詞はすでにその終末期を迎えていた。だから、万葉集に散見される枕詞だけに拘泥していては真実を見失ってしまう。もっと広い観点から枕詞は検討されない限り、こういう学者先生の言葉遊びに終始することになる。

○「筑紫」は『ちくし』と呼ぶに決まっている以上、『しらぬひのつくし』が成り立つ余地はない。枕詞『しらぬひ」が懸かるのは『ちくし』であって、『つくし』ではない。いくら万葉集に書いてあるからと言って、別に万葉集が万能で、聖典であるわけではない。万葉集の本文検証すらなされない研究は何処かおかしい。

○佐賀大学から筑後國一の宮高良大社は近い。1時間もあったら行けるのではないか。是非、お出掛けを。筑後國一の宮高良大社から望む景色こそが『しらぬひの千歳』である。『しらぬひの筑紫』はその『しらぬひの千歳』の変形に過ぎない。最もよく『しらぬひの千歳』が見えるのは、光の関係もあって、午後である。場所は高良会館展望所がお勧めである。

○本ブログで、『しらぬひ考』を書き始めた契機となったのが、福岡市天神の都久志会館に出掛けたことにあった。福岡市天神の都久志会館は教育会館であるとのことだが、筑紫国の地元で堂々と『つくし』会館と名乗っているのに驚いた。いくら万葉集が載せているとは言え、あんまりである。『しらぬひの つくし』説が差別表現であることもご存じないのであろうか。『熊襲』とか『蝦夷』とか呼ばれて喜ぶ人がいるとも思われないのだが。それが福岡県の教育レベルだと指摘されても仕方があるまい。

○同じように佐賀大学で、真剣に『しらぬひ つくし』が検討されている。枕詞は美学である。美学にそんな手法があるとも思われない。万葉集に書かれていることが正しいものではないことも検証しないで、書かれているだけで有り難がっている。今はもうそんな時代ではない。万葉人の筑紫に対する感覚を万葉集に学ぶことが、真に万葉集を読むことなのである。

○よくよく枕詞を学習すれば、枕詞『しらぬひ』が懸かるのは『ちくし』であって、『つくし』ではないことが判る。何時までも『しらぬひ つくし』説に拘泥する時代でもあるまい。それは万葉時代の誤った時代感覚に過ぎない。

○詳しくは、本ブログ、
  ・書庫「しらぬひ考」
に書いているので、参照されたい。