神代三山陵の研究⑧ | 古代文化研究所

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古代文化には、多くの疑問や問題が存在する。そういうものを日向国から検証していきたい。

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◯ここでは、天孫降臨の山、霧島山高千穂峯について述べてみたい。前回、「古事記」「日本書紀」の記録すべてに該当する山は霧島山高千穂峯しかあり得ないと言う話をした。それを順次、検討するのが目的である。

◯「古事記」「日本書紀」の記録をまとめると、以下のようになると言うことを、前回紹介した。
  ー鎧隋紛綵)の日向(国)に存在する。
  高千穂と言う名の山である。
  5彁良枸多気・槵觸・槵日之峯(先の尖った山・異形の山・火の山・日に輝く山)である。
  て鋐?聞顱暴院ε困紡減澆垢觧海任△襦
  テ鷯緤?併劃困二つある山)である。
  ε敬盒供米悊里茲Δ謀袈?坊劼った山)である。

◯また、前々回には、天孫降臨の地としては、次の二カ所が有力視されているも紹介した。
  ゝ楮蠍西臼杵郡高千穂町
  宮崎県都城市御池町と宮崎県西諸県郡高原町との境にある高千穂峯

◯では、本当に、天孫降臨の山はどちらになるのか、また、その理由・根拠は何か、と言うことを、これから明らかにして行きたい。

◯前回、最後に触れたように、上記の全条件を充たす山は霧島山高千穂峯しかあり得ない。霧島山高千穂峯は、次のような山である。
  〔古膸海修里發里蓮九州の、鹿児島県・宮崎県に跨る大きな山塊である。
  ¬古膸海療貽鄰爾法高千穂峯は存在し、宮崎県都城市・西諸県郡高原町に跨る山である。
  ∋害瑤鰐古膸海噺世μ松里任△襪、その中で、一番東側に、独立して屹立する山を高千穂峯と呼ん
   でいる。
  9眄虔翳?鷲弦癸隠毅沓喚辰了海任△蝓活火山である。噴火の事例も記録に残されている。山容
   は、空に屹立する異形の山である。
  ぬ古膸街眄虔翳?寮章式貘咾禄院α庄?瓦噺討个譴訝楼茲砲覆辰討い襦
  ヌ古膸街眄虔翳?体に、山頂とは別に、御鉢(おはち)と呼ぶ火口とが存在し、その両方を合わせ
   て、二上峯と言う。また、別に霧島山最高峰韓国岳と高千穂峯を合わせて二上峯とも言う。
  Δ┐咾旅盡兇ら韓国岳・獅子戸岳・新燃岳・中岳を経る登山道は1300辰魃曚紅?道であり、
   まさに中空を遊覧する道となっている。その先に、高千穂峯は独立して屹立している。

◯これで、「古事記」「日本書紀」の記録を、霧島山高千穂峯はすべて充足していることがお分かりいただけるのではなかろうか。こんな山は他に存在しない。第一、誰が民族の発祥の地を、普通の場所に設定するであろうか。普通、尋常の地ではないところ、畏敬の念を抱くようなところに、その発祥の地は設定され、祭られるものであろう。

◯何度もしつこく言うようだが、天孫降臨の地は、それを記す、「古事記」「日本書紀」以外の記録を信じるわけにはいかないのである。まことしやかに、「日向風土記」逸文などを持ち出す人もいるが、「日向風土記」逸文の原文がどういうものか、本当に、ご存知なのだろうかと言いたい。「日向風土記」逸文の典拠は、「釈日本紀」で、その成立は13世紀末になる。そんな遙か後世の記録を当てにするほうが無理と言うものではないか。

◯一応、ここで、霧島山高千穂峯を終え、次回はもう一方の高千穂町について、考察を加えてみたい。二つあるものなのに、一方だけ取り上げて、もう一方を無視するようなやり方は良くないから。