旅に病で夢は枯野をかけ廻る | 古代文化研究所:第2室

古代文化研究所:第2室

ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

○今日は、2023年12月31日、いわゆる、大晦日である。年の瀬も大詰めなのに、まだブログを書いている。何ともつまらないことをしていると、自分でも呆れる。しかも、書いているブログが、2022年11月30日の義仲寺参詣だと言うのだら、もっと呆れる。時間の感覚は無いのか。

○しかし、今年を振り返ってみると、当古代文化研究所では、

  ・古代文化研究所=413個のブログ

  ・古代文化研究所第2室=321個のブログ

と、計734個ものブログを書いている。つまり、ほぼ毎日、二つのブログを書き続けていることが判る。それでも、全然、書き終わらない。何とも、書くべきことが多くて困っている。

○せっかくの大晦日である。それに相応しい話をすべきであろう。それで、偶々、選んだのが、松尾芭蕉の『旅に病で夢は枯野をかけ廻る』句である。今書いている、義仲寺に芭蕉のお墓がある。それで、わざわざ、当古代文化研究所は、義仲寺へ参詣している。たぶん、今回が四回目の参拝になるのではないか。前回は2010年9月17日にお参りしている。

○芭蕉がどんな男だったのか。頗る気になる。それで、芭蕉の作品を読み、芭蕉の俳諧について考え、芭蕉の足跡を辿ったりしている。芭蕉が優れた文学者であることは、誰もが認める。しかし、本当に、芭蕉を誰もが理解しているかと言うと、そうではない。

○不幸なことに、芭蕉ほど、理解されていない文学者も珍しいのではないか。それは、もちろん、芭蕉に原因がある。芭蕉は常人が理解できるほど、つまらない文学者ではない。と言うか、芭蕉自身、理解されないことを悟っている。また、理解されようとも思っていない。

○誰もそういうふうに、芭蕉を理解していない。誰もが芭蕉の俳句を読んで、理解していると、勘違いしている。誰にでも理解されるほど、芭蕉の俳諧はつまらないものではない。芭蕉は道士なのである。道士が常人に理解されることは、まず無い。常人に理解されない世界に棲むのが道士なのだから。肝心のそういうことが判っていない。

○ブログを振り返ってみると、2010年9月17日に、義仲寺へお参りした際に、すでに、そういう話を書いている。それが次のブログになる。

  ・テーマ「義仲寺と幻住庵」:ブログ『旅に病で夢は枯野をかけ廻る』

 

○その中で、次のように書いている。

  ・芭蕉の真意を理解したところで、何か得るところがあるわけでもないけれども、

  少なくとも日本文学の最高峰の一つを極めた喜びだけは獲得出来るのではないか。

  山と同じで、山頂を極めることはなかなか難しい。まして、相手は、芭蕉と言う

  巨峰である。詳しくは、本ブログ書庫「奥細道俳諧事調」に、書いているので参照

  されたい。
  ・芭蕉の辞世の句を、
    旅に病で夢は枯野をかけ廻る
  だと思っていること自体がとんでも無い誤解である。その証拠に、「旅に病で」

  句には、芭蕉自らが『病中吟』と明確に前書きしている。誰が辞世句にこういう

  前書きを置くだろうか。

  ・念の為に、芭蕉の最期を看取った各務支考の「笈日記」(10月8日条)を

  案内すれば、以下のように記録している。
    之道住吉の四所に詣して、此度の延年を祈る所願の句あり。記さず。

    此夜深更に及びて介抱に侍りける呑舟を召されて、硯の音のからから

    と聞こえけるは、如何なる消息にやと思ふに、
      病中吟  旅に病で夢は枯野をかけ廻る  翁
    その後支考を召して、なをかけ廻る夢心と言ふ句作りけり。いづれをか

  と申されしに、その五文字は如何に承り候はんと申せば、いと難しき事に

  侍らんと思ひて、此句何にか劣り候はんと答へけるなり。如何なる不思議の

  五文字か侍らん。

○現在、世の中では、誰もが、芭蕉の辞世の句を、

  旅に病で夢は枯野をかけ廻る

だと信じて疑わない。しかし、それは明らかに誤りである。誰が辞世の句に、わざわざ『病中吟』などと付すことがあろうか。

○そのことについて、当古代文化研究所では、すでに、2009年12月に正解を得ている。普通に考えれば、芭蕉の辞世句は、

  露と落ちなをかけ廻る夢心

とすべきであろう。もちろん、芭蕉は道士であるからして、並みの辞世句など、作らない。

○この『露と落ちなをかけ廻る夢心』句が、太閤秀吉の辞世句とされる、
  露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢

と、付け句を楽しんでいることは、間違いない。何とも天晴な辞世句だと言うことになる。

○実は、このことは、すでに、2009年12月に、次のブログに書いている。

  ・テーマ「時雨忌」:ブログ『芭蕉辞世の句解』

 

○しかし、芭蕉は常人ではない。道士である。これくらいで満足するような男では無い。そう考えると、本当の芭蕉の辞世句は、次のようになる。

  露とくとくなをかけ廻る夢心

○たぶん、これが『芭蕉辞世の句・模範解答』になるのではないか。このことについても、2009年12月に、次のブログに書いている。

  ・テーマ「時雨忌」:ブログ『芭蕉の辞世の句・模範解答』

 

○この話は、長い。詳しくは、次のブログを参照されたい。

  ・テーマ「時雨忌」:11個のブログ

 

○芭蕉と言う男は、何とも面倒な男である。芭蕉十哲などと呼ばれたりするが、芭蕉の弟子で、芭蕉を理解できた弟子は、一人も居ない。芭蕉が亡くなったのは、元禄七年(1694年)十月十二日のこととされる。すでに330年も経つと言うのに、いまだに、誰も芭蕉が理解できない。

○もっともそれが、ある意味、道士、芭蕉の面目躍如なのかも知れない。そう簡単に理解されては、道士としての面目が立たない。芭蕉が義仲寺でほくそ笑んでいるような気がしてならない。

○芭蕉の俳諧は、そういうふうに読む。芭蕉は道士である。芭蕉を理解することは常人にはできない。そういうふうに、芭蕉は当古代文化研究所に教える。それで、仕方が無いから、当古代文化研究所は遥々と中国へ赴き、五岳をすべて踏破し、初めて、そのことが理解できた。それが道士、芭蕉理解の作法である。